ニッケイ新聞 2009年3月14日付け 琉球舞踊の玉城流扇寿会斉藤悟道場(斉藤悟代表)による琉球芸能公演「絆~心を結ぶ踊り(KIZUNA:CORACOES UNIDOS PELA DANCA)」が二十二日午後四時から、文協大講堂(サンジョアキン街381)で行なわれる。沖縄の歴史を創作舞踊で表現する二時間半の舞台だ。同道場と沖縄県人会が主催。斉藤代表ほか同道場門弟、レキオス芸能同好会エイサー太鼓、玉城流小太郎会大嶺初枝琉舞道場、日本舞踊の花柳寿美富浩さんと門弟、琉球民謡保存会の米須正教師、歌手の具志恵さんなど約六十人が出演する。舞台は琉球王朝首里城建設のシーンで幕開け。以後二部構成で王朝の歴史から明治時代の沖縄県設置、戦後の占領と本土復帰、そして現代にいたる沖縄の歴史を、創作舞踊と歌で描いていく。「若手のホープである斉藤さんの公演。すぐに委員長を引き受けました」という呉屋春美実行委員長は、「あっという間の二時間半だと思います。全部の場面を見逃さないでほしい」と呼びかける。三世の斉藤さんは〇五年に県費留学生として沖縄県立芸術大学で舞踊を学び、帰国後サンパウロで道場を開設。〇七年には県人会館でおさらい会を開き満員の好評を博した。県人会での芸能公演などに参加・協力する傍ら、今年に入ってからはイビラプエラ日本館でも公演するなど活動の場を広げている。今回の会場はさらに大きな文協大講堂。舞台監修から楽屋裏、出演まで一人数役をこなす斉藤さんは、「二年前のおさらい会から大きなイベントをやりたいと思っていました」と話し、「楽しい舞台にしたい」と意気込みを語った。公演チケットは前売り二十レアル、当日二十五レアル。リベルダーデの沖縄県人会(3106・8823)、県連(3277・8569)、レストラン喜怒哀楽(3207・8569)、HAIKAI(ガルボン・ブエノ街224)、ビラ・カロンのHIKARU Bar & Restaurante(2225・1466)で取り扱っている。(局番11)問合わせは電話11・9273・2357(呉屋)、7337・5273(上原)まで。
Dia: 14 de março de 2009
三重県人会は、去る二月十五日に定期総会を開き、会長の徳力啓三氏が「若い人に良い形でのバトンタッチをしたい」との思いから任期(二年)半ばで辞任を表明。同二十八日の役員会で改めて承認され、後任には第一副会長だった日系三世の前田ネルソン氏が新会長に就任した。 一年で会長を辞任したことについて徳力氏は、「(昨年一月に)会長就任要請の声がかかった時、二世会長から一世に戻るのは良くないと辞退したが、前会長の身体的問題や県知事が来伯することなどもあり引き受けた。私が一番目標にしてきたのは後継者への早い時期でのバトンタッチで、二年の任期の後に交替したのでは、後継者のやる気を損なうと感じた」と説明した。 同県人会では、定期総会前の同じ二月十五日に臨時総会も開き、一部定款を改正。これまで二十九人必要だった役員シャッパを十三人に減らしたほか、県人関係者および県人子弟以外の一般会員の入会を認める「協賛会員」制度導入などの承認を得たという。 昨年八月、母県から野呂昭彦県知事をはじめとする慶祝団を迎えて行なった県人会創立六十五周年式典で、会員の協力を得ながら一世会長として手腕を振るった徳力氏。「(式典時は)今まで県人会に来ていなかった人たちも、たくさん出席していただいた。この一年間、心置きなく会長職を務めることができた。思い残すことはない」と、さっぱりとした口ぶりで話し、新体制への期待感を示していた。
素晴しく充実した一年間 鹿児島研修生思い出いっぱい胸に帰国 二OO八年度鹿児島研修生として一年間、ブラジルの企業で研修生活を送ってきた研修生四人が、研修生活を終え、六日帰国(うち一人は四月三日)した。 帰国に先立って挨拶に来社した下松八重ひとみ、有島弥生、上甫木久美子、宇住庵真弓さんはそれぞれ研修生活を振り返って次のように感想を述べていた。 ピラール・ド・スール日本語学校教師として務めていた宇住庵さん(広島大学卒業)は「最初は日本とブラジルの生徒たちの授業態度が異なるのに違和感を感じた。日本では授業中の生徒はきちんと、受けるのにブラジルでは、友達同士でお喋りしたり、席を急に立ったりと、落ち着かない。しかし、指導していくうちに、生徒たちも指示に従うようになり、闊達で素直だと思うようになった」と述べた。 日系レストランで働いた上甫木さん(東京外国語大学ポルトガル語科卒業)は「言葉で苦労した。日本料理店だが経営は日本人ではなく、日系ブラジル人。客へのサービスもブラジルが多く、接客に戸惑うことが多かった」。 邦字紙社長秘書を務めた有島さん(鹿児島志學館大学卒業)は「いろいろと日系コロニアの社会のことを知ることが出来た。ありすぎるくらい。旅行もしました」。 同じく邦字紙の社会部記者として活躍した下松八重(歯科専門学校卒業)さんも「日本移民百周年記念の取材に参加出来、また、皇太子殿下のすぐお側近くで取材の機会が持て感激。いろいろと、コロニアの人と大勢、お逢い出来て、楽しい記者生活でした」と充実した研修だった様子。 四人とも異口同音に「ブラジルは素晴らしい。またぜひ来たい」と帰国が名残惜しそうだった。
ニッケイ新聞 2009年3月13日付け 建設中の福祉センターの募金活動を本格的に行っているサンパウロ日伯援護協会(森口イナシオ会長)のもとに、温かい寄付が少しずつ届けられている。十一日午前十時に援協本部で寄付金贈呈式が行われ、老ク連など九団体・個人から計三万レアル以上が手渡された。 今回の寄付は、老人クラブ連合会から二万レ、サンパウロ自閉症療育学級「青空学級」(PIPA)から千レ、コチア青年連絡協議会から二千レ、ビラ・カロン沖縄県人会、同婦人会、同かりゆし老人クラブから計五千レ、永山レストランから二千レ、坂東博之さんから千レ、杓田美代子さんから二百レの合計六団体、三個人。受け取った森口会長は、金融危機で特に企業からの募金が集まらない厳しい状況に触れつつ、「言葉や気持ちが誠にありがたい。コロニアがしっかりした基盤で繋がっていると実感し、家族のような温かさを感じる」と感謝を示した。今月七日の青葉福祉祭りで屋上の食処を担当したPIPAは、売上金全額を寄付。生徒の佐伯ひろしくんと保護者の佐伯春美さん、矢野和美さん、サンドラ・ルシアさんが出席した。「いつもお世話になっているので、ちょっとでも恩返しできたら」と話す矢野さん。福祉祭りでは天ぷらや餃子、焼き鳥、おにぎり、飲物を販売し、生徒らが野菜を切るなど手伝って寄付に貢献したという。老ク連からは五十嵐司、内海博、小坂誠副会長が出席。このたびの寄付は、老ク連がとりまとめている団体保険プラザッキの積み立て金から捻出した。五十嵐副会長は「非常に重要なことなので、お手伝いしなきゃいかんと寄付を決めた。大変な時代にセンター建設の決断をしたことは大変立派」と励ましの言葉を贈った。コチア青年連絡協議会は、新留静会長と永山八郎相談役が出席した。「以前からお世話になっており、心ばかりだがお役に立てれば嬉しい。立派に完成して頂きたい」と新留会長。援協理事でもある永山相談役は、息子らが経営する永山レストラン、坂東博之さん、杓田美代子さんから預かった寄付も一緒に手渡した。ビラ・カロン沖縄県人会からは知花ルイ会長、与那嶺イヴァナ会長補佐、伊波保老人クラブ会長、上原武夫同副会長、長浜清美婦人会長が訪れた。知花会長は「今後もコロニアの中心団体として活躍して欲しい。寄付できて嬉しい」と述べた。坂和三郎副会長は感謝の言葉とともに、「より素晴らしい地域福祉活動をしていきたい。がんばりますのでどうぞよろしくお願いします」と抱負を述べていた。
ニッケイ新聞 2009年3月13日付け ブラジル宮城県人会(中沢宏一会長)は十四日午前十時から同会館(ファグンデス街152)で「二〇〇九年度ブラジル七夕祭り祈願祭」を行なう。同会の発表によれば、今年は主に次の行事を予定している。1)日本移民アマゾン入植八十周年への参加協力、2)第四回サンセバスチョン祭りなどへの参加協力、3)ポルトガル語によるブラジル七夕祭りの小誌作成、4)第三十一回サンパウロ仙台七夕祭りの主催、5)各地の七夕祭り開催指導・協力、6)第二回ブラジル七夕サミット開催。
来年創立50周年式典に全力 兵庫県人会(尾西貞夫会長)は一日、宮城県人会会館で二OO九年度定期総会を開いた。 ことしは生憎のカーニバルの期間中とあって出席者は三十五人と少なかったが、熱気ある意見や、和気あいあいのなかで、県人会の結束と親睦が図られた。 尾崎俊彦副会長の司会でプログラムが進められ、昨年中に亡くなった六人の会員の冥福を祈って黙祷、ついで尾西会長の挨拶、酒井芳樹副会長から二OO八年度の事業報告。移民百周年記念事業、海上自衛隊練習艦隊、農業高校生グループ歓迎、後藤留吉翁百歳表彰、若林和夫さん訪日しての兵庫県での海外日系人画家百年の歩み展開催などを振り返った。 続いて鎌谷昭会計理事から会計報告があり、苦しい県人会の現状が報告され、今年はじめて繰越金が赤字になったことが詳しく報告された。 尾西会長ら現役員の他に立候補者がいないことから、現役員体制継続を承認、尾西会長の続投が決まった。監査役では坂本由紀夫雄アントニオ氏が入った。 次いで二OO九年度の事業計画、予算案の審議に入り、来年は県人会創立五十周年式典挙行の年で、知事の招待を全員一致で決めた。 総会終了後は恒例の親睦昼食会に移り、和気あいあいと懇談が続いた。各自が寄付した賞品でビンゴを楽しんだり、八十歳以上の会員に後藤留吉翁からプレゼントが贈られたり楽しい時間を過ごした。 千坂平通総領事館分室室長も特別出席して大変有意義な話しを聞かせてくれて会員一同感謝だった。記念写真に収まった後解散した。
