瀬古 義信氏
瀬古義信(せこ・よしのぶ)氏が十三日、膵臓病のため死去した。九十六歳。岐阜県海津郡出身、一九二六年十二月、らぷらた丸で渡伯、モジアナ線セラナ駅トランズバール耕地入植、二九年、ノーバフローラ耕地、三O年、バカラ耕地、三四年、アンジェラで独立農、市一年、ロンドリーナ市郊外に転居、農園を経営。若いときから川柳を嗜み、指導者として、ブラジル川柳社代表、全日本川柳者幹事を務め、川柳の普及、後進の育成に尽力した。岐阜県人会顧問。『いい友が居て貧乏が苦にならず』。(クリチーバ・間嶋正典氏通信)
瀬古 義信氏
瀬古義信(せこ・よしのぶ)氏が十三日、膵臓病のため死去した。九十六歳。岐阜県海津郡出身、一九二六年十二月、らぷらた丸で渡伯、モジアナ線セラナ駅トランズバール耕地入植、二九年、ノーバフローラ耕地、三O年、バカラ耕地、三四年、アンジェラで独立農、市一年、ロンドリーナ市郊外に転居、農園を経営。若いときから川柳を嗜み、指導者として、ブラジル川柳社代表、全日本川柳者幹事を務め、川柳の普及、後進の育成に尽力した。岐阜県人会顧問。『いい友が居て貧乏が苦にならず』。(クリチーバ・間嶋正典氏通信)
