ニッケイ新聞 2009年6月19日付け ブラジル熊本県文化交流協会(小山田祥雄会長)は八月二日に「熊本県人芸能祭」を開催するにあたり、各支部からの出演申込みを受付けている。 踊りや浪曲、コーラス、カラオケなど、毎年多彩な演目が披露される同芸能祭。同会では「日頃の腕前を披露する出演をお待ちしています」と呼びかけている。 芸能祭の会場は聖市の同県人会館(ギマランエス・パッソス街142)。問い合わせは同県人会(11・5084・1338)まで。
Dia: 19 de junho de 2009
ニッケイ新聞 2009年6月19日付け 日本移民百一周年記念開拓先亡者追悼大法要が、各日系団体の共催により十八日午後一時半からブラジル日本文化福祉協会大講堂で開催され、約五百人が来場した。釈尊讃仰会会長の伊藤パウロ勉氏による開会の辞、エスペランサ婦人会、仏連コーラス、白樺コーラスによる「道の光」合唱に続き、茶道裏千家、生け花協会、和楽研究美和会による献茶、献花、献灯が行なわれた。その後、稚児・諸僧・導師が入堂し焼香。導師による三帰依、表白文読上げに続いて、追悼の歌「心静かに」が歌われた。続いて来賓が追悼の辞を読上げ焼香した。木多喜八郎文協会長は「困難に耐え、コロニアの発展に貢献した先亡者に敬意と感謝を示し、冥福を祈る。両国の友好と親善に尽力することをご霊前に誓う」と日本語で述べた。大部一秋・サンパウロ日本国総領事は日伯両国の架け橋となった先駆移民の功績を「伯国民が日本を理解する上での貴重な財産」と称え、「受け入れてくれたブラジルとブラジル人に感謝し、発展に寄与した先亡者に追悼の辞を送る」と述べた。千坂平通・国際協力機構(JICA)聖支所長は「開拓者としての使命を果たし、子弟教育に努めた先亡者に敬意を表す。今後さらに同社会が発展していくこと確信している」と述べた。与儀昭雄ブラジル日本都道府県人会連合会会長は「開拓先亡者の努力があり今日の我々の社会が存在すること、それを新しい世代にも伝えていかなければ」と話した。森口イナシオ・サンパウロ日伯援護協会会長は「多くの問題に対処し勝利を得てきた移住者の歴史・日本人の心を伝承していきたい。また、それを導いてくださいますように」と述べ、追悼の辞とした。読経が始まり、会場は静寂に包まれた。導師を務めた采川道昭ブラジル仏教連合会会長は、「今年も盛大に移民先亡者を弔うことができた。日系社会の発展は世界の発展、人類の発展にも繋がるはず」と挨拶した。浄土真宗本派本願寺開教総長・松峯慈晄師による法話の後、曹洞宗梅花流、真言宗金剛流、和楽研究美和会によるご詠歌が流れる中、来場者は一人一人焼香し、先人へ思いをはせた。ブラジル仏教婦人連盟会長・斉藤明子さんにより閉会の挨拶が行われ、今年の法要は終了した。
ニッケイ新聞 2009年6月19日付け ブラジル日系社会は六月十八日、日本移民百一周年となる「移民の日」を迎えた。今年も聖市内各所で恒例の慰霊行事が営まれ、出席者らは先人へ感謝の思いを捧げた。百周年を祝った一年が過ぎ、新たな世紀へと入ったコロニアの歴史。節目の一日の表情を伝える。 ■130人集い先駆者慰霊ミサ=過去と未来へ感謝と祈り 日本人ブラジル移民百一周年を迎え、六月十八日午前八時から「先駆者慰霊ミサ」(ブラジル日本文化福祉協会、日伯司牧協会共催)が、聖市ジョン・メンデス広場のサンゴンサーロ教会で厳かに執り行われた。「移民の日」最初の記念行事には、教会が埋まる約百三十人が参列し「ブラジルを作りこの地に眠った先人へ、またこれからの日系社会のために」(司祭)神に祈りを捧げた。◎ ◎連日の寒さが和らぎ穏やかな日差しに恵まれ、ロウレンソ主任司祭らによってミサが執り行われた。聖歌や祈りを交えながら、朗らかな雰囲気で進められた。マタイによる福音書六章七節から十五節までが福音朗読され、続いてアレシオ司祭は日本語で説教を行い、日本人の祈り深い心を例にあげ、祈ることの大事さを説いた。「共同祈願」では、出席した木多喜八郎文協会長、森口イナシオ援協会長、松尾治百周年協会執行委員長、丸橋次郎在聖首席領事らが、日系社会、日伯社会、また困難な状況にあるデカセギ、すべての青少年の安泰を祈った。「感謝の典礼」で参列者たちは「平和のあいさつ」として握手や抱擁をかわし、聖体拝領を受けてミサが終わった。参加者の中には老人の姿も多く、同教会に通い半世紀という錦田やす子さん(92、二世)は、「日系社会がこれからも大切にされていくように願いました」と杖をついて参加していた。ミサ終了後は、聖母婦人会(畑中アリセ会長)らによって用意されたカフェと軽食を囲んだ。同婦人会会員の中矢キサさん(88、福島)は、五十年近く、毎年慰霊ミサに参加している。「この日を忘れちゃいけない。子弟に日本文化や日本語を伝えていくのは難しいけれど、これからも繁栄していって欲しい」。文協会長として移民百一周年を迎えた木多さんは、ニッケイ新聞の取材に対して「初期移民がいなければ私たちは存在していないし、ブラジルも違った国になっているだろう」と先人らに感謝し、「百周年は全伯で祝賀され、日系への認識がさらに上がった。新文協会長として、これからもっと日本文化を広め、より多くの日系人を活動に取り込んでいきたい」と話していた。
ニッケイ新聞 2009年6月19日付け ブラジル日本都道府県人連合会(県連、与儀昭雄会長)は十八日午前十時半から、聖市イビラプエラ公園の開拓先没者慰霊碑前で、「ブラジル日本移民百一周年慰霊法要」を執り行った。県人会、日系団体代表ら約百人が列席した。法要はブラジル仏教連合会(采川道昭会長)が取り仕切った。はじめにあいさつした与儀会長は、「笠戸丸移民に始まり、幾多の苦労を経て、日系社会は今や六世の時代になりました」と先人へ報告し、「開拓者に感謝したい」と語った。着任後、移民の日行事に初めて出席した大部一秋在サンパウロ日本国総領事は、「百一年前に笠戸丸が到着し、サントスで歴史が開かれた。おかげさまで大先輩が築いた道の上を歩いています」と先人の功績を称えた。慰霊碑前には各県人会の先没者名を記した過去帳が並べられた。導師を務めた采川仏連会長は、「我々の命は先祖あってのもの。先亡開拓者への供養と感謝の気持ちを絶やさないことで恩に報いたい」と話した。読経が響く中、出席者が一人一人焼香をした。輝千代会会主で、在伯奈良県人会理事の池本輝千代さんは、百年祭で開拓者に捧げる盆踊りを指導したことを振り返り、「百年祭のことを思い出しました。五歳から九十二歳まで踊ってくれた。先祖やみなさんにありがとうと言いたい」と話していた。
