聖市と大阪市が姉妹都市友好提携を結んでことしで四十周年になるが、大阪サンパウロ姉妹都市協会(吉川謹司会長)は九月、慶祝使節団をサンパウロに送り、聖市の文協記念講堂で『歌でつむぐ心の旅』をテーマに日伯親睦交流を予定している。 平松邦夫大阪市長も力をいれており、大阪在住の歌手・成世昌平さんを親善大使に任命して協力、メッセージも託すという。 さらに作曲家・船村徹さんが、移民の苦難の歴史に思いを馳せて作曲した『みかえり富士』を披露する歌謡ショー、紅白歌合戦、交流の夕食会などのプログラムが組まれている。 このほか、大阪市からの記念品『澪の鐘』の聖市への贈呈、宮崎県民謡「ひえつき節」の作詞者・酒井繁一さんを顕彰する歌碑建立計画推進、マナブ・マベ近代美術館建設支援歌謡大会協力などが予定されている。 2009年7月21日付
Dia: 21 de julho de 2009
2009年8月23日(日)9時半 先没者慰霊法要10時 60周年記念式典場所 北海道協会会館 在サンパウロ日本国総領事、宮崎県知事、県議会議長、慶祝団を迎えて行われます。
【福岡発・吉永拓哉福岡支局長】海外福岡県人会の後継者育成を目的として、県人会子弟を母県に招き、福岡の自然や文化、県民たちとのふれあいを体験させる『海外福岡県人会子弟招聘事業』(福岡県主催)が、今月十一日から実施されている。 昨年に続き、今年で二度目となった同事業では、ブラジル、ペルー、アメリカなど六か国の福岡県人会から子供たち二十人、引率者十人が来日。県内の吉武小、大島小で小学生同士の交流を行なったほか、福岡、北九州市内を見学した。 子供たちは十六日午前、麻生渡知事(海外日系人協会会長兼任)を表敬訪問するため、福岡県庁を訪れた。 特別会議室のテーブル席で行儀よく待機し、麻生知事が現れると起立、礼をした後、元気よく「おはようございます」と挨拶。知事の顔をほころばせた。 同招聘事業の発案者でもある麻生知事は、挨拶で「福岡県は皆さんの父祖の地です。皆さんのルーツを知って頂くとともに、日本の子供たちと仲良くなって帰ってもらいたい」と話した。 また、麻生知事は、同事業の世話役として子供たちと行動を共にしている南ビビアンさん(二四、九大法学部)ら県費留学生たちに対し、「ご苦労さまです」と感謝の意を述べた。 表敬訪問では、知事と子供たちとの対話の時間が設けられ、パラ・デ・ミナス市の柔道教室に通っている三田フェリッペ君(一一)が「知事は柔道が強いんですか?」と質問すると、麻生知事は「強いぞ。私は柔道四段で、得意技は内股だ」と、終始子供たちに目線を合わせながら楽しそうに話した。 最後に知事と子供たちとのプレゼント交換が行なわれ、ブラジル福岡県人会の子供たちは、移民百周年記念誌や記念DVDなどを手渡し、麻生知事は子供たち一人ひとりに和ごまを贈った。 ベレンから来た小野ベアトリアさん(一四)は、「とても優しい知事だった」と笑顔を見せた。 今後、子供たちは、太宰府天満宮や九州国立博物館などの見学や、ホームステイを体験する予定で、二十二日に帰国する。
ニッケイ新聞 2009年7月21日付け 天気にも恵まれ、無事に終了した県連フェスティバル。今年三回目の参加となったコチア青年連絡協のブースでは、聖南西各地をはじめとする青年らによる花卉、農産物が早朝から次々と到着。南伯サンジョアキンから名産のリンゴも出品されるなど、青年たちの結束は健在だ。隣接する農協婦人部連合会の加工食品も相変わらずの人気。味見をする客と談笑するなど、忙しい中でも和気藹々とした雰囲気に包まれていた。 ◎ 血圧・コレステロール無料検査に、例年の一・五倍の千九百人が並んだ日本祭りの援協ブース。買い物の時に使うエコバックを配布するなどの工夫からか、はたまた健康志向の高まりからか、援協関係者もびっくり。お隣、サンタクルース病院の眼科無料検査も好評だったよう。今年のテーマ「環境保護」は存在感が薄かったが、来年のテーマは長寿国日本として「健康」にしてはいかが? ◎ 神奈川県文化協会は日本祭りの文化広場で二宮尊徳展を開催。神奈川県庁から送られた像を飾り、周りでは尊徳の物語が、折り紙で作った模型と共に紹介されていた。二宮精神がブラジル社会に根付くには時間がかかりそうだが、郷土食とは違った形で、心に残る日本の文化だ。
ニッケイ新聞 2009年7月21日付け アマゾン・トメアスー日本移民八十周年記念の「サンパウロ前夜祭」(トメアスー文化農業振興協会主催、文協・県連後援)が十五日夜、聖市リベルダーデ区の客家会館で挙行された。大部一秋総領事、木多喜八郎文協会長、与儀昭雄県連会長、上原幸啓百周年協会理事長、千坂平通JICA聖支所長らが列席。飯星ワルテル、ウィリアン・ウー両下議も途中かけつけた。来伯中だった国本武春浪曲師やピアニスト宮下和夫氏が艶やかにディナーショーを飾り、九月の八十周年式典を前に盛大に祝った。約二百五十人が集まり和やかな雰囲気の中、司会を務める頃末アンドレさんと藤瀬圭子さんが登場。ディナーショーがはじまった。来賓紹介後、海谷英雄トメアスー農協会長は、四十二家族百八十九人で始まったトメアスー移住地の歴史に触れて、「今はサンパウロや海外にも加工品を出荷できるまで力がついたが、それまでの苦労は並大抵のものではなかった」と振り返り、「今日はまことにありがとう。サンパウロの方と手を結び仲良く交流していきたい」と感無量の表情であいさつ。大部総領事は、「昨年の百周年に引き続き、アマゾン八十周年が盛大に祝われることを願う」と言葉を贈った。木多文協会長のあいさつ後、斉藤準一空軍総司令官からの祝電が読み上げられた。宮下氏が登場し、「アマゾン組曲」七曲をピアノソロ。これは氏が約十年前のアマゾン滞在中に、ジャングルの上に昇る朝日、町の風景やリオ・ネグロに沈む夕日を曲にしたもの。「アマゾンらしい力強い曲。どんな苦境も乗り越えてきたアマゾン移民にぴったり」と海谷会長は頷きながら聞き入っていた。花柳流なでしこ会の二人が艶やかに舞台を飾り、国本浪曲師が、「着いたところはトメアスーで、八十周年おめでたい」と迫力ある声を節に乗せ、三味線での弾き語りを披露し盛り上げた。大きなケーキが運び込まれてケーキカット。ドレス姿のミス・トメアスーの久保田タチアーニさん(17)も壇上にあがり華を添えた。宮下氏のピアノ伴奏で「パラベンス」を歌って乾杯し、会場は和やかな雰囲気。久保田さんは、「こんな素晴らしいショーを開いてくれてありがとう」と片言の日本語でお礼を述べ、温かい拍手が沸き起こった。終盤には、国本、宮下両氏やコーディネーター兼司会の藤瀬さんに、同農協から感謝状が送られた。海谷会長は、「遠い田舎の私たちのためにサンパウロの人たちが協力してくれ励まされました。嬉しくて涙が出るくらい」と喜びを噛みしめていた。
ニッケイ新聞 2009年7月21日付け 今年のフェスティバルのテーマ「環境」にあわせ、三日間を通し様々な催しや企画が行われた。中でもブラジル・ニッポン移住者協会とオイスカ・ブラジル総局などが中心となり、パビリオン内の一角で植樹や環境保護への取り組みを紹介した。緑の羽根募金活動も行われ、「緑の募金」と書かれた箱に募金した参加者に緑の羽根が配られ、早速衣服の胸に付けている人もあった。ボランティアの若者ら六人は、募金箱片手に植樹や環境保護への理解を求めて会場内を歩き回っていた。移住者協会の小山昭朗会長は「二世、三世にも説明すれば理解してもらえる。非日系人は、一人が買うとみんな羽根を買ってくれます」と、初めての取り組みに手応えを感じているようだった。会長によれば、祭の最終日夕方ごろまでに約千六百本の羽根が理解ある人に配られたという。募金は同会の植樹活動に充てられる。会場の各所にダンボールで作った簡易ゴミ箱が設置された。ボランティアたちがゴミを片付ける姿も見られ、郷土食のバンカの周辺も比較的清潔に保たれていた。また、期間中、何度もゴミ箱が交換され、会場の裏手にあるゴミ収集所で係りの人が袋を一つ一つ開けて分別していた。パビリオン内のJICAブースでは、熱帯林の持続的な森林利用として期待されているアマゾンでのアグリフォレストリーの様子を映した写真が展示され、来場者の関心を呼んでいた。
ニッケイ新聞 2009年7月21日付け 日本祭二日目の十八日、午後六時から人気のミス・フェスティバルコンテストが会場内の舞台で行なわれ、大勢の観客が詰め掛けた。北はトメアスー、南はポルト・アレグレなど全伯各地から候補者二十一人が出場。出場者の応援団も座席の前方に陣取り、揃いのシャツと横断幕、笛などで熱の入った応援合戦を繰り広げた。山井ケンジさんが司会を務め、軽快な調子で進行。与儀会長や加藤実行委員長、〇八年度のミス日系、ミス・フェスティバルら十五人が審査員を務めた。二十一人の出場者が華麗な衣装で舞台に一斉に登場し、会場を盛り上げ。司会者により衣装やプロフィールが紹介された後、コンテストに移り、一人一人が漢字や竹など日本を思わせる柄の入った浴衣に赤い帯で登場。ステージの前方まで歩き、観客の前で浴衣を脱いで水着でアピールすると、会場からは大歓声が上がった。水着の次はドレスで登場、艶やかで華麗な衣装に身を包み日系美をアピールした。午後九時、二十一人全員のコンテストが終了した。夜遅くにも関わらず会場の熱は冷めず、司会者が呼びかけると応援団はさらに盛り上がりをみせ、移民百一周年のミス誕生を待ちわびていた。審査の結果、ミス・フェスティバルにはピラシカーバのラリッサ・ロマーニ・ミズヒラさん(19)が選ばれた。ニッケイ新聞の取材に対しミズヒラさんは「大学で演劇を学び、将来は女優になりたい」と夢を語った。プリメーラ・プリンセーザにはパラナ州クリチバのツアニ・エフィティン・ヤマグチさん(18)、セグンダ・プリンセーザにはマットグロッソ州クイアバのレジーナ・ニシタニさん(20)、ミス・シンパチアにはパラナ州ロンドリーナのヴィヴィアン・イワイさん(17)が選ばれた。 写真=(左から)ミスニッケイのミズヒラさん、ヤマグチさん、ニシタニさん、イワイさん
ニッケイ新聞 2009年7月21日付け いらっしゃい!――、売り子が声を張り上げる姿が会場のあちこちでみられた郷土食は、日本祭の目玉の一つ。今年は四十二県人会と福祉団体など六団体が趣向を凝らした様々な料理を提供した。「雨が降らず助かった」と杉本教雄会長が語る静岡県人会のバンカでは、タレの香りが香ばしい、炭火で焼き上げたうなぎの蒲焼が売られ、最終日の正午前後に五百食を完売した。また、茶処静岡ならではの、日本から直送された新茶葉を惜しげもなく使った緑茶も販売され、非日系人のグループが熱いお茶をすする姿も。北海道直送のニシンの塩焼きと、イカ焼きを販売していた北海道協会ではイカ千五百杯、ニシン一千尾を最終日の午後一時半には完売。木下利雄会長は疲れた顔を見せながらも、「みんなが手伝ってくれた」と満足気な様子。ひぐま会(青年部)会長の藤田高史エリオさん(29、二世)は、去年の反省を生かして、コンピューターで売るペースや売り子の配置を考えたという。「お客に見せながら作り、揚げたてが良かったのでは」と語るのは、エビがたっぷり入った天ぷらを出品した群馬県人会の内山住勝会長。三日間で二千五百枚を完売した。青年部長六年目の有賀マルセイロさん(三世)は「疲れるけど面白い」と語った。四、五日前から出汁をとるという、独特の風味と味わいのヤギ汁を提供したのは沖縄県人会。今年は初めて各支部の婦人会が交代で三日間の販売にあたり、県人会関係者などで屋台周辺はにぎわった。汁には山羊肉や皮、血のにこごりなどが入っており、ヨモギ、生姜などを入れて食べる。サンタマリア支部の玉城セイコ会長は「沖縄の一世はもちろん、ノルデステの人には羊を食べる習慣があり、好評でした」と語った。市内から訪れた仙台栄治さん(88、北海道)と屋嘉比康雄さん(85、沖縄)は、「ブラジル人に日本文化が浸透し、さらに百年先まで残ってほしい」と話した。
