ニッケイ新聞 2009年7月16日付け 「アマゾン80周年を盛り上げたい」―。アマゾン入植80周年記念式典のアピールのために、トメアスーから佐々木ジェトゥーリオさん(写真、トメアスー文化農業振興協会財務理事)が現在、出聖中だ。農協のトロピカルなアマゾン産物を持参。今週末の県連「日本祭り」で、黒・白胡椒、クプアスーやゴイアバ、マラクジャのジャムを販売する予定だ。12日に開催された援協チャリティーショーの会場でも販売し、珍しいアサイーの実やクプアスーが人目を引いていた。売上金を9月式典へ充てるために、「ちょっとでも宣伝しないとね」と佐々木さん。現在、同農協の組合員は135人で95%が日系人。主力産物は、世界的ブームのアサイー絞り汁。年間3千トン生産し、5割をアメリカや日本に輸出している。また自然志向の化粧品会社に、クプアスーの油などの出荷を始めたそうだ。式典まであと2カ月を切った。「ちょうど金融危機で悪い時期にあたってしまった。だけどできる範囲で式典を盛り上げたい。皆さん協力お願いします」と呼びかけている。 (親)
Mês: julho 2009
ニッケイ新聞 2009年7月15日付け 冬の風物詩「第三十一回サンパウロリベルダーデ仙台七夕祭り」(ブラジル宮城県人会、リベルダーデ文化福祉協会=ACAL共催)が十一、十二両日、リベルダーデ広場で開催された。初日は雨のために延期することも検討されていたものの決行。二日目の午前五時早朝には約七十本の七夕飾りが取り付けられ、雨雲の去った青空の下、来場者の見る目を鮮やかに楽しませた。主催者によれば二日間で六万人が来場した。 雨が降りしきる中、初日午後二時過ぎに、広場に設けた特設舞台で開会式が行われた。飯星ワルテル、ウィリアン・ウー両下議、ロメオ・トゥーマ上議、神谷牛太郎聖市議、木多喜八郎文協会長、与儀昭雄県連会長、菊池義治援協副会長、後藤猛領事ら多数の来賓が出席のもと、神式セレモニーが行われた。予定されていた広場での催しは中止されたものの、傘を片手にヤキソバや天ぷら、手巻き寿司などを食べながら祭りを楽しむ人、雨の中短冊を買う人もいた。穏やかな冬晴れとなった二日目は、七夕飾りがリベルダーデ一帯を色とりどりに飾り、歩行者天国となったガルボン・ブエノ、エスツダンテ街は人で埋め尽くされた。ボランティアによって作られた七夕飾りは、アニメや鶴、リサイクルごみ箱をかたどったものなど趣向豊か。あちこちで写真撮影や短冊を竹にくくりつける姿が見られ、大阪橋上の日本食屋台には長い行列ができた。特設舞台では沖縄太鼓、空手のデモンストレーション、ガイジン戦隊や歌手平田ジョーさんのショーが行われ盛り上がりを見せていた。浴衣姿で訪れた姉妹の見世リリアン(31)、クリスチアーネさん(26)は、「祭りに来ると日本へのサウダージもふっきれる。雰囲気が日本の祭りみたいで大好き」とはしゃいだ様子。「健康と幸せを願いに毎年参加してますよ」と話す古賀みつえさん(81)は、「願いがかなうといいですね」と笑顔を見せながら、竹に短冊をくくりつけていた。実行委員長の中沢宏一宮城県人会会長は、「雨が降ったおかげで日系社会とブラジル社会の温かい協力を改めて感じた。ブラジルの七夕発祥の地として今後も協力してやっていきたい」と意気込みをみせた。池崎博文ACAL会長は、「初日の雨は地ならしだったんでしょうね。多くの人が訪れて喜んでくれて嬉しい七夕祭りになった」と話していた。なお、祭りで募集した俳句・短歌・ハイカイは選者の選考後、邦字紙などで入選者発表、二十四日に表彰式が行われる。恒例の「短冊炊き上げ祭り」は八月二十三日にアチバイア市の中沢教育スポーツセンターで開催予定。
ニッケイ新聞 2009年7月17日付け 県連主催の第十二回フェスティバル・ド・ジャポン(日本祭り)がきょう十七日から三日間、聖市のイミグランテス展示場で開催される。フェスティバルの楽しみと言えば、各県人会が趣向を凝らした郷土食。その一つ、長野県人会が長年提供している「野沢菜漬け」の漬け込み作業が十三日、ビリチバ・ミリン市の北澤重喜会長の農場で行なわれた。種を蒔いてから刈り取りまで二カ月。十人あまりで三百六十キロを漬ける、なかなかの重労働だ。 作業当日、聖市は早朝から濃い霧の中。午前七時過ぎ、県人会相談役の石井賢治さんと共にモジ・ダス・クルーゼスへと出発した。車で約一時間、モジ市のコクエラ日本人会館で県人会モジ支部長の山口正邦さん、相談役の矢崎逸郎さん、婦人部の皆さんと合流して、北澤会長の農場へと向かう。北澤会長と元モジ支部長の小宮山佐一さんが待っており、準備万端。朝のカフェを済ませ、早速作業へ移った。長野県人会では一九九八年の第一回郷土食・郷土芸能フェスティバル(日本祭りの前身)から野沢菜漬けを販売している。当時の婦人部長だった土橋敏恵さんは、研究のため産地の長野県野沢温泉村も訪れたという。開始当初から栽培は北澤会長の農場。近年はイタクアケセツーバの県人農場で作業を行なってきたが、今年から北澤氏が本部会長に就任したこともあり、三年ぶりにビリチバ・ミリンでの作業となった。野沢菜の種は北澤会長が長野県から持ってきたものだ。農場内の一〇×三〇メートルほどの面積に、約一メートルの野沢菜がびっしりと成長している。六十日を過ぎると固くなってしまうため、フェスティバルにあわせて栽培してきた。畑のほか水耕栽培なども手がけ、聖市の大手スーパーやモジ市内各所に葉野菜を卸している北澤会長。「休みはナタルと元旦くらい」というが、その一方で、「期間が限られているし、野沢菜の方が神経を使いますよ」とも話す。昨年は六百グラム×一千袋分を用意した。今年は六百袋分、三百六十キロ。収穫され箱に入った野沢菜を、土橋さん、有賀春子さん、指宿君江さん、矢崎幹子さんら婦人部の皆さん、北澤会長の家族らが水洗いしていく。土を落とし、別なたらいでゆすぐ二度洗いの後、漬け込みへ。小宮山さん、北澤会長らが、茎が折れないように容器に詰め、岩塩をふって上から重石を乗せた。以前はモジ支部の会員たちが参加していたが、高齢化もあって、「なかなか集まらなくなりましたね」と小宮山さん。「期間が限られているし、手入れもある。植える人には責任があるから大変です。北澤さんが植えているからできるんですよ」と話す。「会員が高齢になって、人を集めるのが大変。どこの県でもそうじゃないかな」――。イタクアケセツーバでも手伝ったという指宿さん。水洗いの手を休めずにそう話しながらも、「野沢菜を知らないブラジル人でも、味見して買っていく人もいるんですよ」と嬉しそうな様子を見せていた。朝の九時前から始め、昼食をはさんで作業が終わったのは午後二時半。二日ほど漬けた後に水分を絞り、少々の砂糖やピンガなどで味をつけ、十七日からフェスティバルの県人会バンカに並ぶ。
ニッケイ新聞 2009年7月15日付け 熊本県人会(小山田祥雄会長)は先月の理事会で、「九州新幹線開通慶祝訪問団」の実行委員会を結成した。二〇一一年四月頃に開通する九州新幹線鹿児島ルートの全線開通式典に訪問することを目的とし、今から参加者を募っている。七日に来社した小山田会長、赤木数政実行委員長に意気込みを聞いた。「目標は百人」と話す小山田会長。〇七年の熊本城築城四百年祭にブラジルから八十人で訪問し祝った。「そうしたら昨年の県人移民百周年・県人会創立五十周年の際に、なんと百四十人が母県から来てくれた。だから今度は百人くらいで訪問しないと」と笑う。「人と人との交流が第一」という会長の信念のもと、実行委員会が結成された。新幹線開通を盛り上げエールを送り、「なるべく若い人を連れて行って、将来にかけて母国との繋がりのきっかけを作りたい」と赤木実行委員長は意気込む。訪問日程や費用などの詳細は決まっていないが、式典参加や母県との交流を予定。これを機に「ゲートボールや農業研修交換を提案する」としている。同県人でなくても参加可能で、二人は「新幹線に興味のある人、孫と一緒に、またこの頃に日本に行く予定のある人、誰でも参加して」と呼びかけている。詳細・問い合わせは同県人会(11・5084・1338)。
ニッケイ新聞 2009年7月15日付け 今年のアマゾン日本人入植八十周年を記念し、ニッケイ新聞社(高木ラウル社長)は、第一回アマゾン移民として、一九二九年にトメアスー(旧アカラー)移住地に入植した山田元さん(82、広島県出身)による講演会『トメアスーに生きる』を二十日午後六時半から、文協ビル貴賓室で開く。入場無料。広島県人会との共催。ベレン総領事館、ブラジル日本文化福祉協会、サンパウロ日伯援護協会、ブラジル日本都道府県人会連合会、サンパウロ人文科学研究所、ブラジル・ニッポン移住者協会、コチア青年連絡協議会、ブラジルを知る会後援、レアル銀行協賛。 アマゾンへの日本人入植の歴史は、一九二九年九月二十二日、トメアスー移住地に到着した四十二家族百八十九人から始まる。入植当時、山田氏は二歳。両親の義一、スエノ、姉三江(7)の四人で渡伯した。マラリアが蔓延する苦闘の開拓生活を送り、敵性国民とされた戦争を乗り越え、戦後の「黒いダイヤ」と言われたピメンタ景気を経験している。 七、八〇年代には、トメアスー総合農業協同組合の理事長として生産・普及・輸出に携わり、六九年から三年間、市議も務め、トメアスーの発展に尽くした。第一回移民で健在なのは、わずか二人。そのなかで入植当時の場所に現在も住むのは、元さんのみとなっている。戦後のピメンタ景気を迎えるまでの一家の苦闘の歴史は、ノンフィクション作家角田房子の作品『アマゾンの歌~日本人の記録』(一九六六年に毎日新聞社から出版、後に中央公論社が文庫化)に詳しい。なお、七九年にフジテレビ開局二十周年を記念し、仲代達矢主演でドラマ化されている。このドラマの一部も講演会で上映される予定だ。なお、講演会後に行なわれるカクテルパーティーは「ブラジルを知る会」(清水裕美代表)が料理を担当、トメアスー総合農業協同組合の提供でクプアスーのバチーダが振舞われる。会場では、同農協がアサイーのジャム、Tシャツ、ピメンタなどを販売、収益は九月に開催される記念式典の運営費に充てられる。講演会に関するお問い合わせはニッケイ新聞社(11・3208・3977、堀江)まで。
ニッケイ新聞 2009年7月14日付け ブラジル岐阜県人会(山田彦次会長)は六月二十一日、聖市アクリマソン区にある同会館でヤキソバ会を催し、約百二十人が参加してにぎわった。五年前から年に三~四回行われている恒例行事だ。青年と婦人ら有志が中心になって年三~四回行われている同会は、「お金集めというより、友好の場になっています」とは事務局長の足立健紀さん(69)。忙しそうに料理をする合間に、山田信子さん(64)は、「鳥や牛の骨を三時間位かけて煮込んで特別なダシをとって具にからめ、麺に焼き目をつけて出すので、とても美味しいとみなさんに言われます」と秘訣を教えた。「いつも食べにきている」という聖市在住の塩野義治さん(67、東京)は、「常連です。あちこちでヤキソバはあるが、ここが一番美味い」と太鼓判を捺す。今年中にもう一回行う予定で、年末には餅つきも計画している。そのほか毎年母県から受け入れている農業高校生の交流使節団は、新型インフルエンザの関係で今年だけ中止になったという。
ニッケイ新聞 2009年7月11日付け 【クリチーバ発=金剛仙太郎記者】パラナ州民族交流協会(AINTEPAR)主催の第四十八回民族芸能祭が一日からパラナ州クリチーバ市で始まり、八日夜、クリチーバ日伯文化援護協会(山脇ジョルジ会長)による公演が同市グアイーラ劇場で開かれた。祭では若者による迫力ある太鼓演奏や、力強いYOSAKOIソーラン、日本の情景が浮かぶ民舞、花柳龍千多さん(日本舞踊花柳流名取)の門下生による日本舞踊、コーラスなど、繊細さと迫力を兼ね備えた二時間の舞台を作り上げ、会場は二千人の観客で埋め尽くされ〃日本〃に酔いしれた。 静まり返った会場に横笛の美しい音が響き渡り、揃いの半被を着た若葉太鼓の力強い演奏で幕開け。一糸乱れぬ演奏に観衆は一気に引き込まれた。続いて、龍千多さんから指導を受けた同文援協舞踊部の生徒達が手に藤の花を持ち、抑揚のついた歌に合わせながら、日本舞踊「藤娘」を披露。着物の袖をかえすたびに描かれた色鮮やかな藤の花が現れ、踊りに彩りを添えていた。同文援協の若葉YOSAKOIソーラングループはほとんどが非日系人。鳴子を持ちながら、体全体を使い「ソイヤー、ソイヤー」と波をイメージした踊りや、網を引っ張る仕草で会場を盛り上げた。総勢四十人以上が舞台に上がった琉球國祭り太鼓は聖市からの参加。黄色や赤、青色が映える揃いの衣装を着て演奏。太鼓捌きと、体を回転させながらリズムのある踊りで、琉球世界一色に。民舞愛好会のメンバーが踊るのは、お馴染みの「日本音頭」。水色を基調とした浴衣に身を包み、団扇片手に懐かしのメロディーで日本の夏を演出した。生長の家コーラス団は愛と友情をイメージした劇と共に、歌を披露。真っ白な衣装で登場した大嶋裕一同文援協副会長(実行委員長)は、ニプソン楽団の生演奏と共に「島唄」を力強く歌った。第二部は揃いの緑の半被を着た、若葉太鼓の十三人の女性メンバーによる、力強い演奏で幕を開けた。日本舞踊「天津の舞」では烏帽子のような背の高い冠を被り、鮮やかな水色の直衣と指貫を着た男性と、真紅の着物を着た女性が赤を基調とした扇子を右に左に軽やかに舞って見せた。続く「夕鶴の舞」では、鶴と空をイメージした青い衣装でしっとりと踊り上げ、扇子を使った鶴の舞のポーズが決まるたびに拍手が送られた。ブラジル琉球舞踊協会による「花の松竹梅」では、黄、赤、青色の鮮やかな沖縄の紅型染めの衣装と三線の音色に合わせて六人が踊った。舞台の最後は、出演者約百人総出で「春夏秋冬」を踊り二時間の公演のフィナーレを飾った。 ▽ ▽ 「もう戦争でした」――。今回は裏方に徹して弟子達の活躍を見守った龍千多さんは公演後、感想を語った。聖市から月一度、三日間日本舞踊を教えに通い始めて十八年。「生徒が待っていてくれるから続けられる。本当に幸せ」と生徒らに囲まれながら嬉しそうに気持ちを表した。大嶋実行委員長は「大きな舞台で若い子も多く、やりがいがありました」と振り返る。舞踊部の林ドラリッセ部長は「たくさんお客が入り嬉しいです。旦那や家族の理解があっての成功です」と喜んでいた。「藤娘」を演じた久保マリ・エウビーラさんは元舞踊部長。「舞踊はただ踊るのではなく、唄や踊りに日本の心が入っている。裾引きや笠被り、花などいろいろ使うので難しかった」と話す。若葉太鼓として出演した梶原安正さんは「リズムが少し狂ったが、よく出来た。来年の曲も今から作っており楽しみ」と意気込みを表わした。北海道協会の木下利雄会長は、「毎年楽しみにしている」と、二十人の応援団を引き連れて聖市から飛行機で駆けつけた。公演終了後、観客で二世の古川孝夫、和恵さん夫婦は「若い人が年々増えていて元気がよい。本物は力強くていいね」と満足そうに話した。パラナ民族芸能祭は、各民族の伝統芸能の継承を目的に、同交流協会が毎年七月ごろに開催。ドイツやイタリア、スペイン、ウクライナ、など十以上の民族系コミュニティが参加し、後日、公演の来場者数などを基準に優勝グループを決める。昨年の同文協の公演では約二千人が来場し、総合二位だった。
ニッケイ新聞 2009年7月9日付け 長崎県人会(野口圭三会長)は毎年恒例の「チャンポン祭り」を十二日午前十一時から、同県人会会館(General Waldimiro de Lima,241,Jabaquara)で開く。前売り券十五レアル、当日券十七レアル。案内のため来社した野口会長、大河正夫副会長によれば、「約二百五十食を金曜日の朝から仕込む。スープも豚骨から作る自家製。味は長崎の人もビックリする本格派です」と自信を見せる。婦人会メンバーらが会員らに調理を指導、「みんなで名物チャンポンの味を残していきたい」と話す。八月末に再度の開催も予定、「美味しいチャンポンを食べに来てください」と呼びかけている。前売り券の問い合わせは長崎県人会(11・5011・6026)まで。
ニッケイ新聞 2009年7月9日付け 聖市アクリマソン区の広島県人会で三十日午後七時から開催される第二回日系著名人講演会で、陸軍では日系最高位の小松パウロ・カズノリ中将を始め、海軍の三谷エドゥアルド・シゲル予備大佐、空軍の谷アントニオ・タクオ大佐など、初めて三軍から二世将官が集まって、軍での業務と経歴について話をすることが決まった。ブラジル広島県人会(大西博巳会長)、ブラジル日系協会(京野吉男会長)、ACAL(リベルダーデ文化福祉協会、池崎博文会長)、汎アメリカン・ブラジル日系人協会(矢野敬崇会長)の四団体の共催となる。コーディネーターの平崎靖之さんは、「三軍の日系将官が一堂に会し、話が聞けるのは、非常に珍しい機会。ぜひ皆さん聞きにきてください」と呼びかけた。小松陸軍中将は一九四八年八月聖州パカエンブー市出身で父はタケオさん(鹿児島)、母はトワさん(香川)。六八年に士官候補生として陸軍に入隊、八六年に参謀補佐としてパライーバ州ジョアンペッソアに赴任。九七年から九九年まで米国ワシントンの伯国大使館で勤務。〇二年には少将に昇格し、北東地方の参謀長に。〇六年に日系最高位の陸軍中将(Genaral de Divisao)に就任し、日系初の〃三ツ星〃を肩に光らせる将官が誕生した。それまでは、小原彰陸軍予備少将が最高位だった。三谷予備大佐が所属する海軍は日系将官が非常に少ない。一九五九年八月聖市生まれで、父はケンイチさん(埼玉)、母はサヨコさん(広島)。七六年に海軍学校に。〇四年から大佐に昇格し、リオの海軍総監部長になどを歴任し、〇六年から予備役になった。トップに斎藤準一総司令官を頂くように、日系将官が比較的多い空軍からは、現役の谷大佐が参加する。五九年三月に南麻州ドウラードス生まれ、父はヨシマサさん(徳島)、母はセイコさん(茨木)。八一年に空軍アカデミーに入り、現在はサンパウロ空域第四司令部に所属している。会場住所は同会館(Rua Tamandare, 800)。問合わせは電話(11・3207・5476)まで。
ニッケイ新聞 2009年7月9日付け ブラジル日本都道府県人会連合会(県連、与儀昭雄会長)が主催する国内最大の日本文化イベント、「第十二回フェスティバル・ド・ジャポン(日本祭)」が十七日から十九日まで、聖市のイミグランテス展示場(Rod.dos Imigrantes,km1.5)で開催される。今年のテーマは「環境保護年」。郷土食・郷土芸能の二本柱に加え、今年も様々な趣向をこらして日本の文化をブラジルに紹介する。六日、県連事務所で与儀会長、山田康夫副会長が会見し、来場を呼びかけた。 環境をテーマにした今年は、会場内でも種類別のゴミ箱を準備し、分別などを指導し、地球に優しい祭りを目指す。また、ブラジル・ニッポン移住者協会とオイスカ・ブラジル総局が中心となって会場内で「緑の羽根募金活動」を行う。日本祭の目玉は、何と言っても各県の郷土食。今年は四十二の県人会が〃お国自慢〃の味を提供するほか、福祉五団体、カルモさくらの会が出店。舞台ではYOSAKOIソーランや健康体操、太鼓などのほか、平田ジョー、伊藤カレンさんらコロニア歌手、来伯中の中平マリコさんのショーも開催される。(各団体のメニュー、芸能プログラム等は十一日発行の「フェスティバル特集」で紹介)パビリオン内には企業・団体ブースをはじめ、様々な広場を設置。日本文化広場では、折り紙や切り紙、生け花、お茶などが体験できる。スポーツ広場では古武道や空手などの演武が披露される。援協のブースでは、血圧や血糖値測定など、簡易健康診断を行なう。また、今年入植八十周年を迎えるトメアスーから関係者が参加し、ブースでピメンタをはじめ、熱帯果実やゼリーを販売する。例年郷土食コーナーに出店している弓場農場は、今年はパビリオン内のブースで参加し、生味噌、福神漬け、千枚付け、椎茸から作った佃煮、マンゴーやゴイアバ、グレープフルーツなどのジャムなど多彩な品を販売する。そのほか、SEBRAE(小・零細企業支援サービス)が十七日から十九日まで、今年初めて起業家育成セミナーを開催する。人気のミス・フェスティバルは十八日午後六時から。 ▽ ▽ 昨年の日本祭は十七万人が来場する盛り上がりをみせたが、今年は世界不況の影響を受け、スポンサー収入が目標に届かない状態。今回は一から経費を見直し、予算を昨年の百五十万レアルから百二十万レアルに抑えたが、運営は厳しい状態だという。昨年までの五レアルから、今年は入場料を七レアルに設定した(八歳以下と六十五歳以上は入場無料)。前売り券は約一万枚準備し、当日券は三万枚を準備しているという。与儀会長は「質の高いものを作っているので理解してほしい」と説明するとともに、「今年は特に子供やお年寄り向けに、広場を設けたので、より楽しんでもらえると思います。家族みなさんで来て下さい」と来場を呼びかけた。 ◎ 【第十二回フェスティバル・ド・ジャポン】開催時間は十七日=正午~午後九時、十八日=午前十時~午後九時、十九日=午前十時~午後六時。前売り券は県連はじめ市内・近郊十八カ所で販売。期間中、地下鉄ジャバクアラ駅から会場まで無料バスが出る。(開催要領等は十一日の特集号に掲載)問い合わせは県連(11・3277・8569)まで。
ニッケイ新聞 2009年7月8日付け 鳥取熟年大学は十五日午後一時からブラジル鳥取交流センター(セザリア・ファグンデス街323)で例会を開く。今月の講師は佐々木陽明南米別院浄土宗日伯寺開教総監。参加費七レアル。一般の参加を歓迎している。
ニッケイ新聞 2009年7月8日付け 北海道協会(木下利雄会長)は今年、道人移住九十周年を迎え、八月三十日に記念式典を開催する。式典に高橋はるみ知事が参加することが決まり、木下会長が一日、説明に本紙を訪れた。高橋知事は八月二十四日から九月二日の日程でブラジルとパラグアイを訪問する。パラグアイで移住七十周年式典に出席後、ブラジル入りし、聖州知事らと会談し三十日の式典に臨む予定。木下会長によると、衆議院選挙の解散時期によっては選挙期間と日程が重なる可能性があるが、「知事は選挙に関係なく来る意気込み」と述べ、「在伯の道民一同、知事が来るのを待っています」と話した。道知事のブラジル訪問は、九九年の堀達也前知事以来十年ぶり。慶祝団は民間からも参加する予定で、百周年記念事業として行った「北海道雪だるま祭り」の際、雪だるまを送った北海道安平町の早来雪だるま郵便局の真保生紀局長らも来伯する予定だという。
ニッケイ新聞 2009年7月8日付け アマゾン・トメアスー日本移民八十周年記念の「サンパウロ前夜祭」(トメアスー文化農業振興協会主催)が、十五日午後七時からリベルダーデの客家会館(Rua Sao Joaquim, 460)で開催される。ブラジル日本文化福祉協会、ブラジル日本都道府県人会連合会の後援。〃アマゾン移民のふるさと〃トメアスー移住地の移民八十周年である今年。サンパウロでは第一弾となる記念事業に相応しく、日本から来伯する浪曲家の国本武春氏、曲師の沢村豊子氏、ピアニストの宮下和夫氏が出演する豪華ディナーショーだ。援協五十周年「チャリティーショー」のために来伯する三氏が、このために計一時間ほどの特別ショーを企画している。サンパウロで三氏が一般向けにショーを披露するのは、これが最後の機会となる。また、他にも踊りや歌のプログラムも用意されている。同地移住八十周年記念祭実行委員会のサンパウロ支部ボランティアのフカヤマ・ナンシーさんは、「みなさんどうぞ参加して、サンパウロでも一緒に盛り上げましょう」と呼びかけた。食事はブッフェ桑鶴。入場料百五十レアル(夕食代込み)。申し込みはFKプロダクション(11・3207・6626)まで。◎入植八十周年を記念して、トメアスーでは今年一月から相撲大会、ミス日系コンテストなどの記念イベントを実施。十五日の前夜祭に加え、十七日に始まる県連日本祭りにも出展するなど、サンパウロでの広報活動に力を入れている。入植八十周年式典は九月十六日。前日の十五日に先亡者追悼法要が行なわれる。式典にあわせ、十六~十七日に農産展が開催される予定だ。
ニッケイ新聞 2009年7月8日付け 「コロニアのみなさんの協力で募金目標を達成し、無事に開館しました」。移民が日本最後の数日間を過ごした思い出の建物、旧神戸移住センターを改修・再整備して開設された「神戸市立海外移住と文化の交流センター」への伯国側の募金活動に感謝するために、海外日系人会館協力委員会・西村正委員長(財団法人日伯協会理事長)とカワサキプレシジョンマシナリ社・園田誠代表取締役社長が来伯して六日に来社、冒頭のようにコロニアに感謝した。 昨年の百周年、第一回移民船笠戸丸が出航した四月二十八日にあわせて同移住センターで「友情の灯火」採火式が行われ、商船三井の貨物船に乗せられてサントス港に届けられた。聖州政府が特別に仕立てた移民列車で聖市百年祭式典会場まで運ばれ、元伯サッカー代表のカフー選手らの聖火リレーを経て、六世の大西優太くんらによって会場に点火されたことは記憶に新しい。移民と縁の深いこの建物は昨年六月頃から改築工事に入り、今年六月三日に「神戸市立海外移住と文化の交流センター」として生まれ変わった。西村委員長らは昨年一月に来伯し、コロニアに二千万円を目標とする募金を呼びかけ、県連、文協などが取りまとめする形で、多くの日系団体や企業が寄付を寄せた。各県人会、南青協、学移連のほかマナウスの西部アマゾン日伯協会、エフィジェニオ・デ・サーレス自治会なども浄財を寄せ、伯国からの寄付総額は三十万七千レアルにのぼったという。新装なった同センターの総工費は六億七千万円で、内部には移住ミュージアム(博物館)「希望と未知への船出の広場」、地域在住の外国人の支援を行う「多文化との共生の広場」、国際芸術交流を目的とした「芸術を生かした創生の広場」が設けられた。寄付者・団体の名前は、開館の時点までの分は既にセンター内の壁面に刻まれている。移住ミュージアムには、移住者が渡航時に持参した荷物や移住先国で使用した道具類の実物が展示される。移住者が滞在していた部屋の様子が再現され、移住者の生活を追体験できるようになっている。三階の壁面にはコチア青年が残した落書きも保存されており、基本構想を担当した国立民族博物館の中牧弘允教授のコメントともに、同センター開設の様子は当日のNHK神戸でもニュースとして取り上げられた。今後の運営を担うのは同協会ほか、いずれも神戸に本拠を置く「カワサキライフコーポレーション」「関西ブラジル人コミュニティ(CBK)」「芸術と企画会議(CAP)」の四者による共同事業体となる。さっそく今年十月からは神戸市と同協会が主催し、ニッケイ新聞などの邦字紙が協力する形で写真展「伯国移住百周年を振り返る」などを企画しており、新装後も有効活用を図っていく予定。西村委員長は募金活動の呼びかけに協力したニッケイ新聞に対しても感謝状を贈った。
ニッケイ新聞 2009年7月7日付け ブラジル沖縄文化センターは十二日午前九時半から午後七時までジアデマ市の同センター(Av.7 de Setembro)で第十二回郷土祭りを開催する。 午前中はエイサー太鼓や舞踊、午後一時から「ミス琉装コンクール」のほか、歌手中平マリコさんのショー、太鼓、民謡、空手古武道などが披露される。バザーや沖縄料理の屋台なども出店する。入場無料。詳細は同センター(電話11・4057・2275)。
ニッケイ新聞 2009年7月7日付け ブラジル日本都道府県人会連合会(県連、与儀昭雄会長)は十月十八日午後一時から広島県人会館(タマンダレー街800)で「第三回県連主催弁論大会」を開催するにあたり、現在参加者を募集している。 今回のテーマは「私の周りの日本文化」。身近に感じる日本人会や運動会、盆踊り、マンガ等の日本文化を自分なりに認識し、将来どのように引き継ぐことができるかを、発表して欲しいという。 応募条件は次の通り。▼日系、非日系を問わず、十五から三十五歳まで。▼昨年の参加者で、二位以下は参加発表可能。 メール、ファックス、郵送いずれかで応募する。参加費は無料で原稿締め切りは九月十日。 大会当日の発表時間は五~七分、参加人数は三十人。副賞は一位が日本往復切符、二位がフォス・ド・イグアス往復切符、三位が五百レアルの商品券。参加者全員に参加賞が用意される。 問い合わせ、申し込みは各県人会または県連(電話=11・3277・8569、FAX=3207・5224)まで。
山口県人会(平中信行会長)は、母県の山口ロータリークラブから寄せられた現金十万円分のブラジル米千二百キロを、希望の家(上村ジャイロ理事長)に寄付した。関係者出席のもと、六月二十三日に同県人会会館で寄贈式が行なわれた。 平中会長は、「母県団体の好意を伯国の福祉団体に届けることができ、喜ばしい」と満面の笑みで目録を贈呈した。 米食百二十日分の寄付に、大野孔三副理事長は、「本当にありがたい」と謝意を伝えた。 山口ロータリークラブは山口県人会を仲介とし、国際交流予算の十万円で、十年にわたって伯国への寄付を続けている。 写真:ブラジル米千二百キロを前に関係者の皆さん
【福井市発】福井県伯国会(片岡重信会長)はこのほど一時帰国して福井に里帰りしたサンミゲール・アルカジョのコロニア・ピニャール在住の福井村村長さんと言われる西川修治さんを招いて歓迎会を開いた。 伯国会は一九八五年から九〇年の五年間にわたり、県下の農業組合で営業指導をしていた若き指導員を国際的な視野での農業振興に寄与してもらうために、栗田幸雄福井県知事(当時)が故・多田清志農協五連会長(同)、故・武田静県中央会専務(同)らの熱意でブラジル派遣制度の実施されたもの。 延べ十九人の青年指導員が全拓連、県拓連の配慮で農業体験やホームステイを通じて一か月から二か月間、ブラジルで大規模農業の研修や農業青年との交流を行った。西村村長には特に世話になったもの。 研修生は第一回生の小寺惣吉さんはJA花咲ふくい営農部長、安井さんは、JA福井市営農販売部などJAの要職に就任しているほか、片岡会長(第一回生)はJA退職後、上田五平商店営業部長、第二回生の木村茂さんは南越前市議で活躍している。 いずれも地元福井県で農業振興のため活躍している人材となっており、「これもブラジルでの貴重な体験がいま開花している」と関係者や県日伯友好協会(前田康博会長)は喜んでいる。 歓迎会では西川村長を囲んで、当時の研修会の思い出や、苦労話に花を咲かせ、また昨年の移民百周年記念に出席した慶祝使節団団員の話も出て、賑やかな宴となった。 研修生OBたちは近い将来、夫婦で訪伯を果たし研修先などを尋ねたいと約束、ブラジルでの再会を誓っていた。
島袋秀子さんを尋ねています ―沖縄県那覇市― 重要文化財保存で権利者の消息を 沖縄県那覇市壷屋にある日本国指定の重要文化財で、今年三月に崩壊した登り窯「東ヌ釜(アガリヌカマ)」が敷地内にある陶工住宅「新垣家住宅」。その保存・修理を目的にこのほど、西原篤一・沖縄ブラジル協会長を通じて沖縄県人会(与儀昭雄会長)に、同住宅所有権利者の一人で伯国内在住者の捜索依頼が行なわれた。その結果、同県人会では権利者である島袋秀子さん(五八)がパラナ州クリチーバに在住していることを探し出し、母県側に報告。本人の承諾を得て、九月頃を目処に重要文化財の修復作業が行なわれる予定だ。 琉球新報によると「新垣家住宅」は、千二十九平米の敷地内に登り窯、木造赤瓦ぶき母屋や工房などが残されており、那覇市「壷屋陶業」の歴史を伝える貴重なものだという。 しかし、近年は老朽化が激しく、五月下旬には日本政府と沖縄県、那覇市の三者が保存・修復に乗り出すことを決定。沖縄県内の建物所有権利者の合意を取りつけた。 住宅の登記簿上の所有者は故・新垣オトさんとなっており、権利者の一人でオトさんの孫に当る秀子さんがブラジルに在住していることが判明した。 那覇市教育委員会文化財課では、沖縄ブラジル協会長の西原氏を通じて、六月初旬に伯側の沖縄県人会に連絡。秀子さんの消息確認を依頼していた。 県人会では、会員などを通じて秀子さんを探した結果、クリチーバに在住していることが判明。現在、秀子さんはブラジル人と結婚しているという。 沖縄県人会では、「母県からは遺産相続などでいろいろな人探しの依頼があるが、今回は重要文化財に関わることでもあり、特に力を入れて、あちらこちらを探した」と話している。 日本政府は、今回特別に所有者の経済負担を求めず、総事業費約四億三千万円のうち、文化庁が八五%の補助を拠出し、残りを沖縄県と那覇市が折半するという。
ニッケイ新聞 2009年7月4日付け ブラジル日本都道府県人会連合会(県連、与儀昭雄会長)と日本語版ブラジル日本移民百年史編纂委員会(森幸一委員長)は、百周年記念事業の一環として、ブラジルの日本人移民の歴史と実態を調べている。現在、約四百ある各地の文化協会の実態調査を行っており、今回は在伯都道府県人会の組織実態や活動内容について、「在伯都道府県人会実態調査票」を用いて調査を行う。調査票には創立年や母県からの経済補助の有無、年間予算、総会の開催頻度など四十八項目が書かれている。調査票は六月二十五日の県連代表者会議で各県人会に配られた。今月二十日までに県連事務所(文協ビル三階)へ提出すること。問い合わせは同委員会(電話=11・3277・4891または3209・3875、担当=鈴木奈緒)まで。
