07/03/2026

Dia: 24 de agosto de 2009

宮崎県人会主催による「宮崎県南米移住史ポルトガル語版」出版記念会が二十五日午後七時からサンパウロ市リベルダーデ区リベルダーデ大通り三六五番のACALリベルダーデ商工会館で開催されるにあたり、同県人会では関係者の参加を呼びかけている。 問い合わせは電話(11)3208・4689、E―メール=miyazaki@nethall.com.br
宮崎県人会(黒木慧会長)創立六十周年記念式典が、二十三日に聖市ビラ・マリアーナ区の北海道協会会館で開催されるにあたり、慶祝団として母県から東国原(ひがしこくばる)英夫宮崎県知事一行が来伯して出席する。 同県知事一行は、翌二十四日午後一時半頃、同区マノエル・デ・パイヴァ街四五番にある日本語センター(谷広海理事長)を訪問するとして、センターでは一般の来場・歓迎を呼びかけている。 同県知事は、元お笑いタレントで、日本国内でも人気があり、センターでは「一般でご関心がある方は、日本語学校の生徒さん、先生方と一緒に歓迎していただければ、県知事もお喜びになるかと考えています」と話している。 詳細に関する問い合わせは、同センター(電話11・5579・7337)まで。
ブラジル青森県人会(玉城道子会長)は、築三十年で老朽化した同会館の補修工事を行うための募金活動を実施している。 工事は二〇〇九年九月から年内いっぱいを予定し、トイレの雨漏りの補修、通路の拡張、バリアフリー化に向けた手すりやスロープの設置を行う。 総工事費は三十三万一千レアルで、うち十二万千レアルに募金を充てる。募金は一口二十レアルから。玉城会長は「出来るだけ多くの皆さんからの協力を」と呼び掛けている。 振込先=ブラジル銀行001-3324-3-458821-5 Associacao Aomori Kenjin do Brasil 問い合わせ=電話、FAX兼用11・3207・1599まで。 (写真=渋川さん、玉城会長、近澤さん(左から)) 2009年8月21日付
岩手県人会(千田曠曉会長)は十二日、同県人会会館で岩手県立盛岡農業高等学校海外派遣団十人の歓迎会を行なった。同県人会関係者ら三十人が駆けつけ、故郷話に花を咲かせた。 一行は、一八七九年に開校した同校の創立百三十周年記念事業としてパラグアイを訪問、農業研修や地元高校との交流を体験。イグアスに入ることを知った千田会長の呼びかけで、サンパウロ地区の研修も追加。セアザの卸市場やブラジル日本移民史料館の見学を行なった。 将来の農業スペシャリストを育成する同校だけあって、生徒の農業への関心も非常に高く、「大規模農業経営が学べて勉強になった」という感想が多く聞かれた。 酪農を学んでいる藤原栄美さん(一六)は、「日本で大型機械とされているものが、こちらでは小型機。市場の果物も大きかった」と、スケールの違いに驚いた様子だった。 吉田吏樹さん(一七)は、「同世代の人たちと日本語で交流できた。剣舞も見せてもらえて楽しかった」と振り返り、「サッカーも見たかった」と、サンパウロ半日間の滞在を少し惜しんでいた。 引率した藤本正彦先生(四一)は、「五十年前までは農業高校で海外移住の歴史も学ばれていた」とし、「今回の経験を自分のものにして農業に理想や希望を持って取り組んでほしい」と、要望していた。 同郷の先輩に囲まれて昼食をとりながら、終始和やかに歓談。歓迎の礼には、普段から練習している郷土芸能「さんさ踊り」、校歌斉唱、応援歌が披露された。また、応援団長を務める上野健人さん(一六)によるエールでは、「フレフレ岩手、フレフレブラジル」の声に感極まる参加者の姿も見られた。 参加者を代表して菊地義治同県人会名誉会長が、「自分の可能性を信じて、岩手県人の度胸、能力を発揮していって」と、帰国の途に着く一行を笑顔で送り出していた。 (写真=同郷の思い一つに) 2009年9月20日付
年々増す賑わいに関係者感慨 沖縄県人会ビラ・カロン支部(知花ルイ支部長)主催の第七回おきなわ祭りが、十五日正午から聖市マンチェスター区のハロルド・ダルトロ広場で開催され、昨年の二万五千人を上回る約四万人(主催者側発表)が詰めかけ、盛況を博した。聖市の公式カレンダーにもなっている同イベントは、来年は二日間にわたって行なわれることがすでに決定しており、今後さらに拡大路線を歩みそうだ。 会場では、ラジオ体操を皮切りに、空手、琉球民謡・舞踊、エイサー太鼓、獅子舞、歌謡ショーなど二十九の演目が特設舞台上で披露。また、約六十のバザリスタも出店して「沖縄県人会版フェスティバル・ド・ジャポン(日本祭り)」といった様相を呈し、午後四時の時点で場内がまともに歩けないほどの人々で賑わった。 地元ビラ・カロン支部の長浜清美婦人会長の説明によると、午後四時の時点で十五キロ分用意したサーターアンダギー(揚げ菓子)が売り切れの状態で、十三日から準備した七百食分の沖縄ソバも午後七時には完売していた。 また、サン・マテウス支部では恒例の「ヒージャー(ヤギ)汁」づくりのために、当初の八頭から十頭に増やしてヤギを使ったという。 午後七時から舞台上で行なわれた式典には、飯星ワルテル下議、高橋カルロス聖市長代理、神谷牛太郎市議、羽藤ジョージ市議、清水オリジオ・レアル銀行取締役、聖市観光局関係者ら来賓が揃いの赤色のハッピを着て出席した。 あいさつに立った知花支部長は、聖市の公式行事となっている「おきなわ祭り」の大切さを説いた上で、「我々ウチナーンチュがブラジル人と一緒に日本とブラジルをつなげる、これだけの祭りを開催することができたのも多くの人たちの協力のお陰」と感謝の意を示し、「『いちゃりば・ちょーでぃ(会えば、皆兄弟』の精神でこれからもやっていきたい」と述べた。 引き続き、あいさつを行なった上江田エドワルド実行委員長は各方面関係者に対して「オブリガード(ありがとう)」を連呼。今後も同祭を一緒に続けていくことの大切さを強調した。 毎年同祭に足を運んでいるという地元ビラ・カロン在住の山内幸寿(こうじゅ)さん(六九)は、「ピンガを飲んで、ヒージャーも食べた」とし、「こういう機会があることは本当に楽しい」と満足げ。 午後二時頃から会場に来たというサント・アンドレ支部長の糸洲(いとす)三郎さん(七二)も、ブラジル産泡盛とビールを飲みながら充実した表情を見せていた。 (写真=約四万人の来場者で賑わった会場/式典であいさつする知花支部長(中央)) 2009年9月20日付