ニッケイ新聞 2009年9月2日付け 東洋街にキャンパスを持つ私立大学FMU(エデヴァルド・アルベス・ダ・シルバ学長)と、コレジオ・パウリスターノOB会は十九日午前十時からウリッセス・ギマランエス講堂(タグア街150番)で、原爆イチョウの植樹式を行う。現在FMUのキャンパスがある場所は、元々コレジオ・パウリスターノだった。その時代は生徒の三割が日系人だった縁で、OBの一人、広島県人会理事の平崎靖之さんが発起人となり、「意味のあることをやろう」と原爆イチョウを植えることを発案。シルバ学長が快諾したことから実施されることになった。来社した森陽一郎さん(眼科医)は同コレジオのOBだが、「三十五年後にFMUの法科に入学したので、同じ校舎の同じ部屋で二度学んだ」と笑う。「昔小さかった庭木が大きくなっていて感慨深いものがある」と振り返る。当日は、やはりOBのアデリコ・マチオーリ陸軍少将もブラジリアから駆けつける予定。広島県人会の大西博巳会長、長崎県人会の野口圭三会長も出席する。原爆イチョウを育ててきたのは中沢宏一さん(アチバイア市タンケ区)で、「一メートルぐらいに育ったのを三本提供します」という。平崎さんは「興味のある方はぜひいらして下さい」と呼びか
Dia: 2 de setembro de 2009
ニッケイ新聞 2009年9月2日付け 「日本にいないからこそ日本人の心を温めてきた移民の方々を思って歌いたい」。大阪・サンパウロ姉妹都市提携四十周年記念し、日本のメジャーから発売された初めてのブラジル移民の歌「みかえり富士」を披露すべく初来伯した、大阪市音楽親善大使の民謡歌手・成世昌平さん(58、広島)は八月三十一日に着聖、本紙を訪れ抱負を語った。「本当は昨年来たかったけど、でもどうしてもスケジュールが合わなかった。ついに来伯を実現できた」と成世さんは笑顔で話す。一九八五年に日本クラウンレコード専属契約、「はぐれコキリコ」などのヒット曲がある有名歌手だ。成世さんが特に力を込めるのはズバリ「みかえり富士」(日本クラウン)で、「みかえり仰ぐ富士の山 あの姿 鑑(かがみ)かな 日本の誉れというひとの ブラジル目指し 乗り込む移民船」という歌詞の本格的ブラジル移民の曲で、今年二月に発売されたばかり。さらに「ノスタルジア椎葉(しいば)」は、戦後日本で大ヒットした民謡「ひえつき節」の作詞者で、伯国に移民し聖州スザノ市で亡くなった故・酒井繁一氏を顕彰した曲。メジャーから発売された、特定の移民を顕彰した曲も初めてだ。成世さんら大阪市慶祝団が参加して行われる記念歌謡ショーと紅白歌合戦は、五日午後一時から文協大講堂(サンジョアキン街381)で開催される。聖市大阪姉妹都市協会(高木ラウル会長)、ブラジル日本アマチュア歌謡連盟(北川好美会長)が共催、読売新聞社、クラウンレコードが後援する。成世さん、作詞家のもず唱平さんが出演し、第一部「成世昌平ふるさと民謡巡り」、第二部「作詞家もず唱平大阪芸術大学教授特別講演」、第三部「成世昌平歌謡ショー」、第四部「日伯交流紅白歌合戦(両国から約三十人が出場)」などが行なわれる。第一部では各地の民謡を歌った後、会場からのリクエスト曲を歌う企画もあり、盛り上がりが期待できる。第三部では「はぐれコキリコ」はもちろん「貝殻恋唄」「逢えてよかった」などを披露。話題の「みかえり富士」は伯国初だ。また船村徹作品メドレーで「王将」や「矢切の渡し」「みだれ髪」も歌われる。成世さんは「皆さんに自分の歌を歌ってもらっているだけでも嬉しい」と話し、「大阪市からのプレゼントとして一生懸命歌います。皆さんに喜んでもらいたい」と期待を込めた。案内に訪れた成世さん、北川会長、北川彰久名誉会長、同連盟会員らは「この機会に、ぜひ移民の歌を聞きにきて下さい。一緒に一日音楽を楽しみましょう」と来場を呼びかけた。当日券三十レアル。問い合わせは、同連盟(電話=11・2275・8277)まで。前売り券(三十レ)の購入は、同連盟又はニッケイ新聞社(3208・3977)まで。
ニッケイ新聞 2009年9月2日付け 沖縄県人ブラジル移民百周年記念事業としてジアデマの沖縄文化センターで建設が進められてきた移民資料館の建物落成式が、五日午前十一時から同所で挙行される。実行委員会の松堂忠顕委員長(県人会第二副会長)、高安宏治さん(同第四副会長)が案内に来社した。母県から二千万円、県内市町村から一千万円、さらに沖縄ブラジル協会の西原篤一氏(在那覇ブラジル名誉領事)が中心となって集めた一千万円の協力を受けて進められている同事業。落成式には母県から西原氏が慶祝に訪れる。式典ではまた、昨年の県人移民百周年で金武町から贈られた記念石碑と、会の記念事業として建設した夫婦像「万国津梁の民」の除幕式も行なわれる。会場では沖縄太鼓の披露もあり、軽食も用意される。参加無料。このたび落成する資料館は半円型の一階建ての建物。屋根掛けも終わって外装工事はほぼ終了しており、落成式後、内部の展示を進めていく考えだ。展示品としては、移民が使用した道具や資料のほか、県人・県系人の名前のデータベースも設置する計画。また、あわせて位牌を安置する場を設けることも検討しているという。松堂さん、高安さんは「今のうちに集められるものを集めておきたい。県人会へ連絡してもらえれば取りにうかがいます」と話し、会員に対し展示品、資料の提供を呼びかけた。また、落成式前日の四日午後六時から県人会館(トマス・デ・リマ街72)で、西原氏の歓迎会が開催される。会費は百レアル。問い合わせは県人会(11・3106・8823)まで。
ニッケイ新聞 2009年9月2日付け 北海道人ブラジル移住九十周年の記念式典が八月三十日午前十時過ぎから、聖市の北海道交流センターで開かれ、国内各地から四百人以上が訪れた。北海道からは高橋はるみ知事をはじめとする慶祝使節団が来伯。同会の創立七十周年、同センター建設十周年とあわせ、三つの節目を盛大に祝った。 北海道人のブラジル移住は一九一八年、小笠原尚衛氏が一族五十数人とともに聖州奥ソロカバナのブレジョン植民地(現アルバレス・マッシャード)へ入植したことに始まる。その後戦前戦後を通じて約二万七千人が移住。現在の道人系人口は約十五万人とされる。北海道協会は一九三九年に聖市で発足。現在の会員は約八百家族で、聖市など国内八都市に支部がある。雲ひとつない快晴に恵まれた式典当日、サンパウロ、バストス、ロンドリーナ、ミナスなど各地から縁の人たちが参集した。北海道からの使節団は知事のほか、市町村訪問団(団長=谷川弘一郎・浦河町長)、伊藤芳朗・北海道商工会議所連合会名誉会頭、松田利民・北海道日伯協会長、北方圏センター代表など約四十人。ブラジル側からも、島内憲駐伯大使、大部一秋在聖総領事夫妻など日本政府関係者、ウィリアン・ウー、飯星ワルテル両連議はじめ日系政治家、与儀昭雄県連会長ら日系団体代表など多数の来賓が出席した。先亡者への黙祷、両国歌斉唱に続き、木下利雄会長は「北海道のフロンティア精神を子孫が受け継ぎ、社会の各界でブラジルへ貢献していることは大きな誇り」とあいさつ。同式典を「一世主体の最後の式典」と位置付け、今後も会を通じて後進育成が進むことに期待を表わした。あわせて、十周年を迎えた現センター建設当時に受けた道庁、関係者の支援に改めて感謝した。高橋知事は「移住一世、二世の不屈の開拓精神が子供たちの世代へ受け継がれていることを誇りに思う」と称え、同協会に対し「今後も北海道とブラジルの友好発展に尽力いただきたい」と述べた。連議、聖市議会などから知事、木下会長ら関係者へ感謝状、記念プレートを贈呈。知事から功労者三人(山田勇次さん、岡野脩平さん、佐藤泰司さん)と八十歳以上の高齢者百二十四人、北方圏センターから功労者二人(川南政雄さん、藤沢舟橋瑠璃子アンナさん)が表彰された。記念品の交換も行なわれた。功労賞受賞者を代表してあいさつした山田さんは、ミナス州ジャナイーバでバナナなど熱帯果実の栽培・販売を手広く手がける。「先人の血と汗と涙の上に私たち戦後移民の今がある」と感謝を表わし、「ブラジルの農業を私の力で少しでも良くしたい」と決意を新たにした。北海道が六四年から実施する道費留学、技術研修員(七七年から)制度。これまで南米から三百五十三人の子弟が先祖の故郷で学んできた。式典では六四年に第一回留学生として北海道大学工学部で学んだ吉井篤さん(70)と、〇八年度研修員の田尻えりかさんがそれぞれ挨拶し、感謝とともに、制度継続へ期待を表わした。最後に謝辞を述べた青年部「ひぐま会」の藤田エリオ会長は、「北海道の血を持って生まれたことは大きな誇り」と語り、「北海道人の勇気と勇敢さをもって夢を追いつづけていきたい」と宣言した。来賓一同で鏡割りを行なった後、知事、大部栄子総領事夫人、婦人部「はなます会」の水野誠子会長がそれぞれ、九十、七十、十周年のケーキをカット。祝賀昼食会をはさんで午後からは、サンバショーやヨサコイソーランで盛り上がり、その後も花柳龍千多さん、丹下セツ子さんの舞台、歌や三味線、民謡などが披露された。歌手の井上祐見さんも出演し、式典に花を添えた。ロンドリーナ市から訪れた沼田信一さん(91)は、今年で移住七十六年。「八十歳以上の人が表彰されて良かった。苦労は皆がしてきたから」と喜び、「式典が昔の事や、北海道の事を思い出す機会になれば」と話す。この日は小笠原尚衛氏とともに三歳でブレジョン植民地へ入植した小笠原直臣さん(94)も会場を訪れていた。十三歳で父親を亡くし、家長として二十歳まで一家を支えた植民地の思い出を振り返り、「印象的な式典でした」と話していた。
