大阪サンパウロ姉妹都市提携四十周年を記念した成世昌平民謡・歌謡コンサート(北川彰久実行委員長)が五日、文協記念大講堂で行なわれた。千百人が来場し、時折故郷の歌を口ずさみながら、七時間に及んだステージを楽しんだ。 開会式には、大部一秋在サンパウロ総領事夫妻も来賓として訪れ、大阪市公式代表団の岡田茂男会長、木下吉信顧問、ブラジル移民の思いを歌にした『みかえり富士』の作詞家で、大阪市民交流団のもず唱平団長などが出席した。 第一部で、南は沖縄から北は北海道まで十七の民謡曲メドレーを披露した成世さんは、「四十七曲も歌ったら疲れてしまうので抽出した」と笑いを誘いながらも、「故郷の歌を届けたい」と、来場者のリクエストに応えるファンサービス。聴衆の心を一気に引き付けていた。 第二部では、もず団長が「日本の歌を考える」と題し、特別講演。「歌は心の架け橋、歌に国境はない」と話し、二〇〇六年に来伯した際に、「一世の祖父が富士山は世界中で一番美しい山だとよく言っていた」という話を耳にしたことを明かしていた。 そのときの体験から、「日本を離れる際に振り返り、振り返り、富士の姿を焼き付けていた移民の心を歌にしたい」と、『みかえり富士』を作詞。「この歌を出せないようなら日本の音楽業界は駄目だ」と、日本音楽著作権協会会長の船村徹氏が曲をつけ、世に出すことができたという。 第三部では、成世さんが『船村徹メドレー』や『みかえり富士』を披露。ポルトガル語でも歌われた『みかえり富士』に大きな拍手が送られていた。第四部は、日本からの市民交流団も参加しての日伯交流紅白歌合戦が行なわれ、接戦の末、僅差で紅組が勝利。出場者に歓声がとぶなど最後まで盛り上がったステージとなった。 写真:リクエストに応えて熱唱する成世さん
Dia: 22 de setembro de 2009
福岡県人会(南アゴスチーニョ俊男会長)は十四日、聖市内のレストランでアマゾン日本人移民八十周年を記念した福岡県慶祝団(海老井悦子団長)の歓迎会を行なった。団員ら六人と集まった同県人会関係者三十四人は、郷里の話に花を咲かせるなどし和やかな時間を過ごした。 同日着聖した一行は、午後三時からブラジル日本移民史料館を見学。同県人会からは案内役として、松尾治名誉会長、鶴我博文理事、鶴我圭子同夫人が参加した。 慶祝団の顧問を務める井本邦彦同県県議会副議長は、「自分の感覚で移民の歴史を認識したい」と、ガイドに頼らず一つ一つの資料に足を止めた。「カーニバルの国程度の知識だった。県人の方が随分とブラジルに貢献している。嬉しく思います」と移民史に触れ、感激の表情を浮かべていた。 歓迎会の席で同県副知事の海老井団長は、「移民の皆さんがここに至るまでに抱いた思いを感じることができた」と史料館見学の感想を述べ、昨年から実施している子弟招聘制度などを通して、「グローバルな時代に対応できる県人会と、県の絆を更に深めていきたい」と、あいさつ。 同県から参加者に対して漆塗りの夫婦箸も贈呈され、南会長は、「母県から慶祝に来ているのはうちだけ。ブラジルのことを気にかけてくれているのがわかる。本当に嬉しい限り」と喜び、「良い旅にしましょう」と、一行の安全を祈念していた。 写真:歓迎会でスピーチする笑顔の海老井団長と、南会長
物産、ラーメン共に完売御礼 物産展の継続を示唆する木下会長 北海道協会(木下利雄会長)は十二、十三の両日、同協会会館で『第二回北海道物産展』を行なった。北海道移民九十年、同協会創立七十周年記念事業の一環でもある同展は、二〇〇四年に続き二回目の開催。前回は寄付に頼った食材も、今回は品数を増やして母道から直接買い付けた。ブラジルでは入手困難な品も並び、訪れた九百人は北の大地の味覚を満喫していた。 初日、午前十時の開場時刻には、産地直送の特産品を買い求めようと、二百人が列を成し、協会側が急遽二十人ずつの入場制限をするほど。数の子、ほたて、たらばがに等の魚介類に加えて、「白い恋人」、「マルセイバターサンド」といった銘菓も昼過ぎには完売し、「予想以上の手応え」と、関係者らは顔をほころばせていた。 二日目は、協会婦人部「はまなす会」による『第十四回ラーメン祭り』も同時開催。二日前から漬込んだチャーシューに、コーン、海苔、ねぎなどをトッピングしたしょうゆラーメンは、一時間足らずで満席となるほどの人気ぶり。 父親が北海道出身の瀬戸千恵子さん(六四、二世)は、「初めて食べたラーメンはとても美味しかった。これからも続けてほしい」。友人の秋末朝子さん(六一、二世)は、「目当てだった北海ちらしも美味しい」と、持ち帰り用の袋を抱えて大満足の様子だった。 調理場は、ちらし寿司、あんみつ、いちご大福の追加注文に大忙し。午前七時から四度の炊飯をこなした水野誠子同会会長は、「仕込みは昨日から。回を重ねるごとに手際も良くなってきて、今年も完売、成功です」と充実した表情を見せていた。 同協会青年部「ひぐま会」によるヨサコイソーランが披露されると、来場者で賑わう会場の熱気も一段と高まった。用意した品の多くが午後二時には売り切れ、高橋昭副会長は、「うちは独立採算制だから、利益はそれぞれの会に入る。だから婦人部も青年部も一生懸命」と、活気の源について笑顔で語っていた。 五年前の初回物産展では品数が手薄だったため、今回は要望に応えて品数を増やし、赤字覚悟で直輸入に踏み切ったという木下会長は、「税関を通るとどうしても高値になってしまう」としつつも、「ニーズがあるなら続けたい」と、盛況に応じて来年以降の継続開催を示唆していた。 写真:目当ての品を買い求める来場者
ニッケイ新聞 2009年9月22日付け 「アクションなくして結果なし」。五月に新体制となった在伯埼玉県人会(飯島秀昭会長)のテーマだ。新飯島体制の下、まず始めに企画されたのは母県の祭りに参加するもので、「ブラジルを身近にしたい」、さらに「県人会のモチベーションが上がれば」と飯島会長は意気込む。同県人会は、所沢航空記念公園(埼玉県所沢市)で十月二十四、二十五両日開催される「所沢市民フェスティバル」(同実行委員会主催)に参加することを決定。また、伊佐沼公園(川越市)で十月三十一日、十一月一日両日開催される「09川越産業博覧会」(川越市主催)に参加することも決定した。同県人会事務所で三日、飯島会長、尾崎眞次副会長夫妻、植(つげ)教子婦人部長、吉原正之会計、根本信元・元会長夫妻らが記者会見を開き、参加に至る経緯と新体制の抱負を発表した。両会場では、JICAや伯国大使館が提供するパネルやパンフレット、映像を使った観光や経済の紹介。ブラジルの文化などを日本語で紹介する雑誌も提供する予定。さらに、伯国航空機メーカーのエンブラエル社が伯国紹介のパンフレットを二千部提供する。市民フェスティバルでは、サッカー元日本代表の岩本輝雄氏、エクアドル元プロ選手の中川賀之氏の二人を講師に迎え、県内青少年サッカーチーム所属選抜選手や一般募集した計二百人に対して、少年サッカー教室を開催する。博覧会では業者によるシュラスコ、パステイスや飲み物などが振舞われる。昨年、同県人会創立五十周年・県人移住九十周年式典に母県から参加した、同県議会議員で構成する日伯友好議員連盟の竹並万吉会長との縁がきっかけで、参加することが決まった。ブラジルからの訪問団は実行委員長の飯島会長と準備委員長の尾崎副会長。日本側は飯島会長の知人の日系ブラジル人や、友人らが手伝いを申し出ている。現在、同県人会は飯島会長や尾崎副会長らを中心に同事務所で月に二回会合を開いているが、会館がないこともあり、青年部は大きな行事しか参加しない。だが、飯島会長は「今までの県人会を培ってきた先人のお陰で礎があるからこそ、今行動できる」と述べ、「日本祭での活躍を見て、県人会としてもっと何か良いものが作れるのではないか」と感じたという。「ある金は使う。何もしないと何も動かない。今回、県人会の〃良い商品〃を作り、それで楽しい時間が過ごせたら」とし、「石を投げてみて、どれだけの波紋が立つか分からないが、小さな足跡でも良いからやってみたい」と語った。同県人会では同県出身者や縁のあるもの、また趣旨に賛同してくれる人を募集している。問い合わせは同県人会(電話=11・3253・8554、住所=Av. Brigadeiro Luiz Antonio, 2367, conj. 508, Bela Vista)まで。
ニッケイ新聞 2009年9月22日付け 【ベレン発=松田正生記者】パラー州都ベレンで十八日夕方、日本人アマゾン移住八十周年記念式典(生田勇治祭典委員長、須藤忠志実行委員長)が開催され、六百人以上が出席した。十六日のトメアスーに続くベレン式典には、日伯国会議員連盟を代表して井上信治衆議院議員も出席して麻生太郎議連会長のメッセージを披露。第一回トメアスー移民の大橋利雄さん(92)、山田元さん(82)や各日系団体の功労者、親日家ブラジル人など多くの人が表彰を受けた。 会場となったコンベンションセンター「HANGAR」には、汎アマゾニア日伯協会の加盟十八団体から関係者が参集。日本からは井上議員や福岡県の海老井悦子副知事、井本邦彦県議会副議長、今村忠雄・日本海外協会会長、聖市からは県連ふるさと巡り一行約二百人をはじめ文協、援協の代表者も出席した。式典に先立ち、午後三時から表彰式が行われ、祭典委員会表彰(九十四人)、日伯功労賞(五人)、パラー州農業者連盟表彰(三人)、日本国外務大臣表彰(四人)の順に受賞者が表彰を受けた。北伯日本語普及センター(山瀬楢雄理事長、十七校)が八十周年を記念して実施した日本語作文コンクールの表彰式も行われた。午後四時半からの記念式典には、アナ・ジュリア・カレパ州知事、島内憲大使、名井良三ベレン総領事、ベレン市のドゥシオマール・コスタ市長、山田フェルナンド・パラー日系商工会議所会頭、飯星ワルテル下議ら連邦議員が来賓として出席した。生田祭典委員長はあいさつで、ペルーからアンデスを越えて来た「ペルー下り」の日本人、一九一五年にベレンへ来たブラジル柔術生みの親コンデ・コマ(前田光世)などの移住前史から、二九年に始まったトメアスー移民の苦闘と成功、五世が誕生する現在に至る北伯日系社会の歩みを振り返り、「先人のおかげで盛大な式典ができる」と感謝を表した。さらに日本移民を受け入れたパラー州と長年の日本政府の支援への感謝とともに、「これからも二つの民族の絆を強めるため、日本の文化をパラー、ブラジルに、ブラジルの文化を日本へ広めていきたい」と述べた。井上議員が麻生日伯議連会長の祝辞を代読。麻生会長は、日本移民と日系人が「誠実さと忍耐力で確固たる地位を築き、高い評価を得ていることを誇りに思う」と敬意を表した。トメアスーの式典に続き、島内大使から皇太子さまの祝辞が紹介された。席上、州政府が八十周年を記念して各分野での功労者へ記念メダルを贈呈する政令を定めたことが報告され、島内大使、山田元さん、Y・YAMADAの山田純一郎社長、山田フェルナンド副社長、生田祭典委員長、格闘家の町田リョートさんら十三人に知事から手渡された。最後にあいさつに立ったカレパ知事は、日本移民が「子を育て、孫までパラーに住み、地域発展に貢献している」と述べ、同州に国内三番目、約三万人の日系社会があることを誇りに思うと話した。また「日本は伝統を守りながら技術と共存する手本を世界に示している。パラー州も日本に見習い、環境に配慮した持続可能な開発を目指している」と述べ、経済面での協力関係継続にも期待を表した。知事は「道のりは楽ではなかったが、努力と忍耐で障害を越え、今日の地位を築いた」と日本移民・日系人をたたえ、州への貢献に「ムイント・オブリガード」と感謝の言葉を送った。パラー州歌を歌い、六時半過ぎに式典は終了。鏡割りに続いて祝賀アトラクションが行われ、花柳流金龍会の舞踊や筝曲演奏などが披露された。
ニッケイ新聞 2009年9月22日付け イチョウのように逞しく―。日系人が多く通った「コレジオ・パウリスターノ」の卒業生らが中心となり、被爆2世のイチョウ苗3本を19日、同校跡地に建つ私立大学FMU(Rua Tagua 150)に植樹した。幹事役の平崎靖之さん(63、広島)は、「イチョウは太古の昔からあり、生命力が強い。リベルダーデ発展の思いも込めた」と嬉しそうな表情を見せた。コレジオ・パウリスターノはリベルダーデ区タグア街(現在のFMU)にあり、日系人子弟が多く通っていた私立校。七〇年に最後の卒業生を送り出した。卒業生で、ブラジル被爆者平和協会の斎藤綏子理事(62、広島)は、「日系だけでなく、エジプトやドイツなどポルトガル語のままならない移民の子供が多くいました」と懐かしそうに振り返る。平崎さんが知人のアデリコ・マチオーリ陸軍少将と話しているうちに、お互い同校出身であることが分かった。知りあいに呼びかけ、昨年十月にあった初の同窓会には九人が参加。旧交を温めるなかで、「来年集まる時には、何か意義のあることを」と、胎内被爆者である平崎さんが被爆イチョウを〃古巣〃に植樹することを発案。FMUに打診し、実現した。今回植樹したイチョウは、宮城県人会の中沢宏一会長(65、アチバイア在住)が育てていたものを寄付した。「十五年ほど前、広島に里帰りした知人の女性がブラジルに持ち帰った被爆イチョウの銀杏をもらい育てた」(中沢会長)という。十九日午前、FMUには十人の卒業生のほか、日系唯一のサンパウロ州議で、祖父母が広島出身の西本エリオ氏(46)、広島県人会の大西博巳会長、長崎県人会の大河正夫副会長(58)、FMU関係者が集まった。南米大神宮の逢坂和男宮司が神事を執り行い、三本の苗をタグア街に面した入り口の庭に植樹した。FMUの環境教育担当クリス・アラウジョさん(37)は、「このような機会を嬉しく思う。心の中にイチョウのような強さと耐える力を持つことを生徒たちに伝えたい」と感謝の言葉を述べていた。
