バルサでグアマー川越え てんやわんやのトメアスー視察
午前四時半、ふるさと巡りの一行を乗せたバスは、ベレンから八十キロ走ったイニャンガピーで停止した。薄暗い中、グアマー川をバルサ(車両運搬用筏)で渡るため、一旦バスから下りる。
ベレン―トメアスー間は一九六〇年の道路工事まで、二百七十キロの水路を船で十五時間かけて往来していた。今はこの一か所だけ、バルサを使う。対岸のブジャルーまでは約半時間、随分便利になった。
ただ、乗船までがやたら時間を食う。バックで車両を乗せるのが面倒で、バスなどの大型車は、斜面差でボディをこすらないよう、整理係がタイヤに添え木して誘導しなければならない。
ふるさと巡りの面々は、「ここは時間がゆっくりだから」、「昔は桟橋も地道だったんだよ」とさして気にならない様子。隣のスタンドで、朝のカフェを一服している人もいる。
バルサがいっぱいになったところで出発。一般客は車両と車両の隙間に入り込み、一行も乗り込んだ。既に太陽が昇り、時計は六時を指している。七台の大型車と十台の普通車を乗せたバルサは、静かに岸を離れ、対岸へ。
少しずつ熱くなってきた。日中の平均気温は三十五~三十九度だという。ブジャルーに着くと、さっそくバスに乗り込み、トメアスーに向かう。もう一眠りの人もいれば、車窓の風景を楽しんでいる人もいる。
トメアスーのドゥ・ノルテ・ホテルで朝食をとる。出発以来、全員での食事は初めてだ。バス毎に時間差を設けているのだが、「二百人」という大変さは、今後も旅行中つきまとう。
席がない、皿がない、パンがないとあって、てんやわんや。「街に一つ」の民宿系ホテルで、そこにバス四台が押し寄せたわけだから、想像に難くない。長蛇の列となったトイレは、ホテル側が宿泊部屋を開放してくれて緩和されたが、どうやら客のいる部屋らしく、壁にはスーツがかかっていた。
腹ごしらえをすると、出発だ。トメアスーの八十周年式典日ではあるが、ふるさと巡りの一行は、全員が会場に入れないということで、同地の視察をした。
十五分でトメアスー農協(CAMTA)に着いた。日系の組合で、創立六十年。五〇年代は黒コショウがメインだったが、六〇年代後半から果物へ転向。現在は、十三種類の冷凍果物をジュース加工している。
主力のアサイーは、年間四万トン分を生産。主に国内市場用だが、二〇〇〇年に入ってからは、日本と米国にそれぞれ、三百トン、五百トンずつ輸出しているという。
時間の都合上、工場内を見学できなかったのだが、外で絞りたてのアサイージュースを頂く。サンパウロなどでは味わえない、濃いドロッとしたフレッシュな味だ。
鉄分が濃いため若干生臭く、喉越しもいいとは言えないため、初めて飲んだ人は、「ダメ」とギブアップ。または、なんとも言えない表情で砂糖をしこたま入れていた。
川縁に自然生育するアサイーは、果実は濃い紫色で直径二センチほど。種が大きく、ジュース一杯分に相当量を要する。「なんて贅沢」、二杯目をグイッと飲み干し、バスに駆け込む。
トメアスーの町は、主要道路から一本外れると未舗装も多い。子どもたちは自転車で、幼子を抱えた若い母親は、赤土の上をゆっくりと歩いている。日本移民が初めて来た八十年前も、こうして赤土を踏みしめたのだろう。
(つづく・上岡弥生記者)
写真:トメアスーへは途中、バルサでグアマー川を渡る
2009年10月23日付
