地元コロニアとの交流少ない旅に 式典途中退席、ツアー趣旨や如何に?
九月十八日、ベレン八十周年式典日は快晴。午前中は、前日に引き続きベレン市内の観光だ。マンガルダス・ガルサス・エコロジー公園、鉱物資源博物館、パス劇場を訪問。三号車では、花土淳子さん(七二、岡山県)が誕生日ということでパラベンスを合唱し、和やかな一日のスタートを切った。
ゴム景気の折、パリとミラノの劇場をモデルに、一八六九年から十年をかけて建設されたというパス劇場。三種の高級木材を使用した床や、種々の輸入資材、当時の階級差などについて、係員が詳しく説明してくれる。
マナウスのアマゾナス劇場よりも古くて収容人数も多く、贅の限りを尽くした当時の建造物は、一見の価値あり。観覧席にも入れてもらい、天井絵などをカメラに収めることができた。
午後三時からの式典は、前日の前夜祭と同じ会場で行なわれた。ただ三号車は、六人が式典に参加せず自由行動を取ることになった。前日、山田団長が「出たくなければ出なくてもいい」と呼びかけたからだった。
「式典は長引くのが常。形式張っておもしろくないのはわかっているから、無理強いはしない」という趣旨の発言で、これを聞いた参加者らは、「県連の人がそう言うのだから」となってしまった。
式典は結果的に長引き、予定時間を大幅にオーバーしたものの、それが予測できたからといって、慶祝ツアーの趣旨や団長としての立場を考えると、軽率な発言だと思わざるを得なかった。
観光地のエスタソン・ダス・ドッカスに向かうため、式典から途中退席したのも残念だった。出席者の五分の二にあたる人数がすっぽりといなくなったものだから、会場は閑散となってしまった。
式典後は、日本舞踊や箏曲演奏などのアトラクションも用意されており、隣の文化週間会場では、日本から来た舞踊劇団・曼珠沙華(まんじゅしゃか)や歌手の宮沢和史氏のステージも盛り上がったし、地元の人と話すチャンスもあった。
上杉美樹サンドラさん(四一、二世)は、ベレン近郊のイガラペー・アスーの初の日系郡長。父親の嘉幸さん(七〇、静岡県)は東京農大拓植科卒。同期九人とトメアスー入りし、同地に十四年間踏みとどまり、胡椒栽培などに従事した。
アマゾンにジュートをもたらした尾山良太氏の子息、万馬氏の未亡人である尾山片岡エミさん(八〇、二世)は、父親が笠戸丸移民。母親は高知県出身で、坂本龍馬の従兄妹だとか。
また、『群馬の森』を管理している、岡島博さん(六七、群馬県)など、地元民らしい人に声を掛けると、いろいろな話を聞くことができた。従来のふるさと巡りのように、「移住地を回って慰霊しつつ、現地の人と交流する」ことができない分、貴重な時間だった。
常連参加者らは、「ふるさと巡りの何がいいって、思いっきり日本語ワールドで旅をして、昼は観光、夜は地元の人との交流ってね。今回は慶祝だから主旨が違うと分かっていても、ちょっと寂しいね」と話していた。(つづく・上岡弥生記者)
写真:地元コロニアの上杉さん、尾山さん、岡島さんたち(右から)
写真:係員からパス劇場の説明を聞く
