06/03/2026

Mês: novembro 2009

矍鑠(かくしゃく)とした104歳翁 聖市サウーデ区在住の丹羽義雄さん 日散歩に出かける元気印 サンパウロ市サウーデ区在住の丹羽義雄さん(兵庫県垂水区出身)が今月で104歳(数え年、1906年11月9日生まれ)となり、その誕生日会が 日、聖市内の長男の家で行われ、子孫たちに囲まれて祝福されるなど充実した1日を過ごした。義雄さんは多少耳が遠いものの食事の好き嫌いもなく健康そのもので、毎日散歩に出かけたり、孫や曾孫ら家族と過ごしたりと有意義な日々を送っている。 サウーデ区で自動車部品販売店を経営する次男の丹羽清さん(68、2世)の話によると、義雄さんは1926年、父母、兄妹4人の計7人で渡伯。当時20歳で、働き盛りの若者だった。ミナス州のカフェザルに契約移民として入植し、カフェ生産に従事してきた。 その後、聖州アララクアラ線のサンタ・ベリアに転住し、同州マットン生まれの2世、キクエ夫人(86年に70歳で死去)と結婚した。30年代半ばにパラナ州ロンドリーナに新しいカフェ生産地を求めて家族で転住したが、義雄さんは「勝ち負け抗争」により、一時的に身柄を警察当局の拘束されたこともあったという。 ロンドリーナでは霜害にやられ、カフェ生産を断念し、サンパウロに出てきたのが戦後すぐの 年代半ば。現在のサウーデ区で洗染業を営み、家族総出で家計を助けた結果、70年代後半には30人近い従業員を使用できるほどに成長した。 しかし、長男の英雄さんが43歳の時に若くして病死。義雄さん、英雄さんとともに家計を支えてきた清さんは、信頼していた兄の突然の死に「やる気が無くなった」と洗染業を辞め、学生時代から勉強していた電気関連業に転換。現在の場所に自動車部品販売会社を経営して、すでに25年になるという。 15日、今は亡き英雄さんの自宅で開かれた義雄さんの104歳誕生祝賀会には、同居している清さん家族をはじめ、孫、曾孫など20人近い親戚や兵庫県人会の尾西貞夫会長も出席。義雄さんは、家族に囲まれながら記念ボーロのローソクを吹き消すなど、家族たちとの充実した1日を過ごした。 清さんによると、義雄さんは丹羽家が戦国武将・織田信長の家来だったことをよく話し、家族たちと一緒に過ごすのが一番の楽しみだという。 耳が多少遠いものの、食べ物に好き嫌いがなく、100歳を超えてなお心身ともに健康そのもので、「自宅から、お父さんがやっていた洗濯屋の店まで100メートルほどあるのですが、いつも1人で歩いていって、家族を驚かせるんですよ」と清さん。「自分のことはすべて自分でやってくれるので、本当に手のかからない父親です」と、更に長生きしてくれることを望んでいる。 写真:家族とともに104歳の誕生日を祝った丹羽義雄さん(前列中央) 写真:ボーロの火を吹き消す義雄さん 2009年11月27日付
兵庫県産の海苔を輸出 実現に向け関係者が来伯調査 兵庫県産の高級海苔(のり)をブラジルに輸出することを目的に、その事前調査として兵庫県漁業協同組合連合会のり海藻事業本部の高瀬博文本部長、(株)三菱総合研究所海外事業研究センター主席研究員の中野正也氏、同研究員の齋藤美穂子氏の3人が16日から来伯。サンパウロ、クリチーバなどの輸入業者、日本食レストラン・食料品店関係者などと会い、情報交換を行った。 23日、尾西貞夫兵庫県人会会長の案内で3人が来社、調査状況などについて説明した。 中野氏によると同調査は、日本の農林水産省からの委託により平成21年度農林水産物等輸出ステップ・アップ推進委託事業として実施。兵庫県漁協連が実際の輸出を行う予定だという。 高瀬本部長の説明では、日本の海苔の年間生産量は90億枚で、そのうちの10億枚を神戸、須磨、明石、淡路島など兵庫県内で生産している。兵庫県産は、「色が黒くて、艶があり、味が良いのが特徴」(高瀬本部長)で、毎年12月には皇室にも献上しているほどの逸品だそうだ。 今回、ブラジルを輸出先に選んだことについて高瀬本部長は、「世界最大の日系社会があり、海苔の消費量が多いこと。ブラジルでは、中国産、韓国産が多いと聞くが、元々海苔は日本から伝わったもので、ブラジルに住む方々に兵庫県の高品質の海苔の食べていただきたい」と、差別化を図りたい考えだ。 サンパウロやクリチーバの日本食関連業者に実際に試食してもらったところ、「味と香りが凄く良い」との評価をもらったという。しかし、その一方で価格面の問題があり、伯国で販売する場合、関税の影響などから日本国内の小売値段(10枚約600円)の3倍ほどの値段になる可能性が高い。 このことについて3人は、高級日本食レストランを対象にしたり、輸送方法などを考慮し、来年2月下旬に改めて来伯して調査を行う。 来年創立50周年を迎える兵庫県人会では、来年7月の日本祭りに、これら兵庫県産の海苔を使用した料理も出品するとし、郷土の海苔をアピールしていく考えだ。 写真:海苔の調査で来伯した高瀬本部長(右から2人目)ら 20009年11月27日付
大阪なにわ会(下平尾哲男会長)は、12月6日午前9時から、同会館(聖市ビラ・マリアナ区ドミンゴス・デ・モラエス街1581番)で、恒例の『第64回慈善バザー』を開催する。婦人部の手芸品をはじめ、協賛業者の出店が予定されている。また食堂部では、寿司、なにわうどん、天ぷら、お汁粉、おはぎなどが用意されている。 同バザーの売り上げは3団体に寄付され、毎年婦人部から「希望の家」に車椅子2台が贈呈されている。案内に来社した久保美恵子、松原信子、桑原妙子各氏は「皆さんお誘い合わせの上、ふるってご来場ください」と呼びかけている。問い合わせは(電話11・5549・7226)まで。 写真:松原、久保、桑原各氏(左から) 2009年11月27日付
ニッケイ新聞 2009年11月28日付け 東洋街の師走の風物詩、恒例の「東洋祭り」が5、6両日、リベルダーデ広場、ガルボン・ブエノ街などで開催される。今年で41回目。主催のACAL(リベルダーデ文化福祉協会)から池崎博文会長と舞踊教師の池芝緑苑さん、祭り実行委員長の浜崎マルセリーノさんが案内に訪れた。リベルダーデで行われる行事としては花祭りに次ぐ歴史を誇る東洋祭り。今年も広場で様々な芸能が披露され、色鮮やかなのぼりがはためくガルボン・ブエノ街の大阪橋には日本食など約30の屋台が出店する。5日は午後2時20分からラジオ体操、健康体操で幕開け。2時40分から鳥居前で神事を行う。その後はひまわり太鼓、ACAL舞踊部の踊り、阿波踊り、来賓あいさつ、花柳金龍会の踊り、民舞のYOSAKOIソーラン、鳥取の傘踊りなどが続き、4時半ごろから全員参加の盆踊りとマツリダンスが始まる。ACAL舞踊部では、約20年間指導に当たってきた篠崎いちさんが今年10月に死去。現在は、それまで舞台用の踊りを担当していた池芝さんが教えている。今回はリベルダーデ音頭とほのぼの音頭などを披露する予定。6日は正午開会。宮マウリシオ、平田ジョーさんなど日系歌手のショーや、ヨーヨー、ストリートダンスなどが披露され、午後6時50分に終了する予定。「祭りを通してバイロに感謝したい」と浜崎実行委員長。一行は「たくさんの方に来ていただきたい」と呼びかけた。
ニッケイ新聞 2009年11月28日付け 県連代表者会議の席上、来年創立の節目を迎える県人会が発表された。来年は13の県人会が節目の年を迎え、うち7県人会が現時点で記念式典を予定している。もっとも古いのは福岡県人会で、創立80周年。そのほか、兵庫、奈良、富山、秋田、富山の5県人会が50周年にあたる。群馬は65周年、佐賀、広島、香川は55周年、東京、神奈川、大阪は45周年となる。また来年は笠戸丸に続く第二回移民船「旅順丸」の着伯100年にあたり、同船により県人ブラジル移住が始まった佐賀、岡山、福岡、富山の4県人会は県人移住100周年を祝う予定だ。現時点で分かっている式典の開催日(予定)は次の通り。 【兵庫県人会】=7月25日、【佐賀県人会】=8月1日、【奈良県人会】=8月8日、【岡山県人会】=8月22日、【福岡県人会】=8月29日、【富山県人会】=10月10日、【秋田県人会】=10月24日。
ニッケイ新聞 2009年11月28日付け 2009年秋の叙勲伝達式が26日、サンパウロ総領事公邸で行われた。受勲者の家族や親戚、知人らも含め、約40人が祝賀に駆けつけた。同管内の邦人受勲者は荻原(おぎはら)孝行さん(79、広島、帰化人)=カンピーナス市在住=と、坂手實さん(73、二世)聖州ボツカツ市在住=で、この日、大部一秋総領事から勲章・勲記が手渡され、喜びの一日となった。同日夜、文協貴賓室で祝賀会が開かれ、21の日系団体の代表、家族・知人ら80人が集まり、受章した2人を祝福した。 旭日単光章を受章した荻原さんは1973年から23年間、ペドラブランカ日伯文化協会の会長として、婦人部、青年部を創設するなどして活性化、後継者育成に貢献。 また、カンピーナス市と岐阜市との姉妹都市交流事業に積極的に参画し、訪伯団の受け入れ及び訪日団送り出しに全面的に協力した。ペドラブランカ植民地では旧南伯産業共同組合を中心とし、果樹、特にグァバの生産地として栽培地を作りあげ果樹栽培農家の形成に力を注いだ。大部総領事から勲章・勲記を伝達された荻原さんは3歳で移住し、移住内での野菜作りなどの思い出を語り、「身に余る光栄。地元の人々や友人、そして妻の力が偉大です。ブラジルに渡ってきて苦労した両親やみなさんに感謝する」と謝辞を述べた。伝達式の後、荻原さんの隣で座って談笑していた娘の荻原ジェニさん(43、二世)は日頃の父の、元気な様子を語り「まだまだいろんなことをしたいみたい。そういう元気なところが誇りです」と語った。瑞宝中綬章を受けた坂手さんは、聖州立パウリスタ総合大学ボツカツ校にて教鞭をとる日系二世の教授とボツカツ日本文化協会の設立に尽力し、初代会長として日系人の地位向上、協会の発展に貢献。ブラジル青年協会では青少年講習会を定期的に開催して、日伯農村青少年指導者の育成をした。さらに、同大学で日本文化学術交流コーディネーターとして日伯間の文化学術交流にも貢献した。同総領事から勲章・勲記を伝達された坂手さんは、「我々の世代はみんな大変な努力が必要だった。その中で選ばれたのは光栄。人生一度しかない。これからも社会に役立つ仕事を続けたい」と謝辞を述べた。伝達式に同席した姪の林恵子さん(55、三世)は「いつも忙しくて働きすぎ」と坂手さんの様子を述べ、「シュラスコや誕生日などでしか会えないが、本当に頑張ったと思う」と語った。夜の祝賀会では、受勲した2氏が紹介され、主催団体の代表として木多喜八郎文協会長が挨拶に立ち、「移住者の開拓精神を発揮し、各々の分野で活躍したことを嬉しく思う。日系社会の模範であり続けるようお祈り申し上げる」と祝辞を述べた。在聖総領事館の小林雅彦首席領事があいさつ、荻原さん、坂手さんの謝辞が続き、参加団体の紹介があった。サンパウロ日伯援護協会の森口イナシオ会長の音頭で乾杯し、祝賀会に移行した。会には2人の家族や親戚を始め、日系団体の関係者ら約80人が祝福に駆けつけた。親戚同士記念撮影をしたり、思い出話をしたりと、あちらこちらで話に花が咲き、盛会のうちに終了した。
ニッケイ新聞 2009年11月28日付け ブラジル日本都道府県人会連合会(県連)の11月度代表者会議が26日午後、文協ビルで開かれ、来年の第13回フェスティバル・ド・ジャポン(日本祭り)のテーマを「伝統芸能の継承~Artes das Provincias」とすることが発表された。実行委員会では来週からスポンサーの訪問を本格化させる考えだ。また当日は会議に先立って定款改正の臨時総会が開かれ、賛成多数で新定款を承認した。第13回日本祭り(坂本アウグスト実行委員長)のテーマは、来年奈良県で平城遷都1300年を祝うことにちなんで決められたもの。各県の伝統芸能・文化の紹介に重点を置く考えだ。坂本実行委員長(栃木県人会長)はさらに、スポンサー訪問を例年より早め、来週から開始して今年中に終わらせる考えを示した。坂本委員長とともにスポンサー訪問を行う与儀昭雄会長も、「今年より立派なフェスティバルにしたい」と述べるとともに、これまで訪れていない企業も回りたいとして各県人会代表に協力を求めた。与儀会長は今年のフェスティバル収支にも触れ、一部未収金はあるものの、約34万レアルの黒字がほぼ確実であると発表した。会議ではこのほか、新潟県人会の柿嶋昭三会長が9月に母県で行われた「トキめき新潟国体」、10月に海外日系人大会に参加したことを報告。今月創立55周年式典を行った和歌山県人会の木原好規会長からは、各県人会の協力に感謝の意が述べられた。次回代表者会議は12月17日に栃木県人会館で開かれ、会議後忘年会が催される。 ▽   ▽ 代表者会議に先立ち、午後3時半(第二次召集)から定款改正の臨時総会が開かれた。県連の定款改正は08年の与儀執行部選出の以前から検討されていたもの。現執行部の選出後、4月に園田昭憲副会長(鹿児島県人会長)を委員長とする委員会を立ち上げた。同年5月に委員・オブザーバーが決定。7月から勉強会等を開催し、定款の改正案、邦訳の不備の修正などを検討してきた。委員会ではオリジナルと邦訳の新定款を今年9月度の代表者会議(10月1日)で会員に配布、意見等を今月21日まで受け付けていた。主な改正点としては、会の目的にスポーツを加え、親睦活動と明記。また、会員の規定を見直し、これまで顧問にも認められていた投票権は県人会等からなる正規会員が持つとした。そのほか、これまで14人だったシャッパ(候補者連記名簿)の人数を12人に変更。また、執行部役員の県人会長が任期中に交代した場合、県連の定期総会の月末まで役員を務めることができるとしている。総会では坂和三郎・東京都友会長が議長を務め、園田委員長が改正案作成にいたる経緯を説明した。出席者からは改正後の定款案を検討する時間がほしいとの意見が出たが、園田委員長から、当時配布した改正案と同じものを9月代表者会議で配布していること、21日まで意見を受け付けたことを説明。賛否の記入式で採決が行われ、結果、賛成29、反対2、白票3で改正定款が承認された。園田委員長によれば、新定款は今後弁護士のチェックを受け、あわせて邦訳の修正を行う予定という。議決後、同委員長は「多少なりとも時代に沿った内容になったのでは。ようやく肩の荷が下りた」と安堵した様子を見せた。
鹿児島県人会(園田昭憲会長)は2日、灯籠流しで有名なレジストロ市へ慰安旅行を行った。 遠くはサント・アンドレ支部等から集まった総勢33人は、午前6時半にリベルダーデ、午前7時に同県人会会館前からバスで出発。車内で園田会長は、「最後まで事故なく元気で楽しい旅にしましょう」と挨拶し、旅行の安全を祈願した。 一行が、まず目指したのは同市から更に55キロ離れた場所にあるヌークレオ・カベルナ・ド・ジアボ。120年前に奴隷が隠れていたとされる鍾乳洞で、50~60年前にドイツ人によって発見され、現在は観光名所になっている。 8キロに及ぶ鍾乳洞だが、立ち入れるのは入口から600メートル地点まで。年中18度の洞窟内は、照明も少なく冷ややか。初見学という上原美代子さん(62)は、「高所恐怖症なので暗がりの中での段差が少し怖かった」と、興奮した表情を見せていた。 午後4時前に灯籠流し開場に到着した一行は、奉納相撲を観戦し、マンジューバの刺身に舌鼓を打ちながら、リベイラ川の灯籠を鑑賞。多くの参加者が初めて目にしたという幽玄な灯りには、一同、「きれい」という感嘆の声を漏らしていた。 一行は、午後10時の花火と前後して行われた盆踊りにも率先して参加。来伯して5か月の30代学生は、「コロニアの活動で伝統ある行事に足を運べて有意義だった」と、感想を口にしていた。目一杯祭りを楽しんだ一行は、満足の表情を浮かべて翌午前0時、同地を後にした。 写真:親睦を深めた参加者の皆さん 2009年11月26日付
技術研修生制度、拡大の可能性 伯国野菜の導入にも意欲 長野県記者会見 22日に創立50周年記念式典を開催した長野県人会(北沢重喜会長)は、同日式典終了後の正午過ぎから会場内で記者会見 を行い、母県からの慶祝団として来伯している村井仁県知事らが質問に応じた。 現在、長野県で技術研修生制度のみの受入れとなっていることについて村井県知事は、医療分野を中心に県の調査機関が土壌・水質汚染など環境関連の研究所にも関心が高まっているとし、今後、同研修制度の枠組みを広げていく可能性もあると述べた。 また、村井県知事は県内で受け入れているブラジル日系人就労者の問題について、少子高齢化が進む日本国内で「労働力」としての必要性を感じ、「日系人環境を整える努力はしている」と説明。その上で、「日本社会そのものが、外国人労働者をどう受け入れて、どうお付き合いしていくのか、歴史が短くて慣れていないのが現状」とし、就労者の日本での定着、帰伯の動きが激しい中で、日本政府全体の問題として取り組む必要があると語った。 一方、資源が豊富で広い国土を有するブラジルにある世界最大の日系社会について、「ブラジルで高い評価を受けていることに感銘を受けた」と述べ、日本国内で外国からの移民を新たに受入れるべきかどうかの議論もあるとし、「日系ブラジル人との融和の問題が、明らかに今後のひとつの手がかりとなる」(村井県知事)との考えを示した。 そのほか、高原野菜の生産高が日本一だという南佐久川上村の藤原忠彦村長(長野県町村会長)は、伯国内で生産されている野菜類に少なからず興味を示しているという。具体的な品目については今後の検討課題だが、ブラジルの葉野菜を日本に導入し、技術面での相互交流を行っていきたいと話していた。 写真:記者会見に臨んだ村井県知事(左端)と長野県人会関係者たち 2009年11月26日付
沖縄県人会の青壮年会(新里哲雄会長)創立 周年記念式典が、29日午後3時から聖市リベルダーデ区の同会館大サロン(トマス・デ・リマ街72番)で開催される。 青壮年部初代会長を務めた与那嶺真次顧問によると、78年に青年部を創設した際、1世と2世ら次世代の間に年齢差と考え方の隔たりがあり、数年後に一時的に青年部が消滅したという。 その後、83年頃に再び青年部を立ち上げる動きが出た時に、青年と壮年を併せた「青壮年部」をつくることが提案された。 「年齢的には青年ではないが、思いやパワーがあり、単に青年や壮年、婦人たちを分けることができないため青年と壮年を併せたら、それまで県人会の活動に参加していなかった人たちが数多く加わりだした」と与那嶺顧問は青壮年部の創立当時を振り返る。 現在、月1回1品持ち寄りによる集まりがあり、講演会などの活動を実施。青壮年会メンバーの中には、沖縄県人会の各支部長などを歴任している人材も少なくないという。 当日の式典では、歴代会長の表彰をはじめ、青壮年会の歴史をビデオ上映するほか、カラオケ、琉球舞踊や芸能などが舞台上で披露。記念夕食会も開かれ、350人が招待される予定だ。 詳細に関する問い合わせは、沖縄県人会事務局(電話11・3106・8823)まで。 2009年11月26日付
ニッケイ新聞 2009年11月27日付け ブラジル福島県人会(小島友四郎会長)は2010年度県費留学生を募集している。定員は中南米から2人。福島県人の子弟で、年齢30歳くらいまでの人が対象となる。希望者は12月10日までに県人会事務所(R. da Gloria, 721、電話=11・3208・8499)へ申し込む。問い合わせは同事務所まで。
ニッケイ新聞 2009年11月27日付け 大阪なにわ会(下平尾哲男会長)は12月6日午前9時から同会館(Rua Domingos de Morais, 1581, Vila Mariana)で第64回慈善バザーを催す。午後5時頃まで。年に3回開かれる恒例の同バザーは、婦人部による寿司、なにわうどん、天ぷら、お汁粉、おはぎなどの料理が毎回好評。また、婦人部の手芸品ほか、バザリスタが各種商品を販売する。案内に来社した久保美恵子・婦人部部長、役員の松原信子さん、桑原妙子さんは、「少しでも県人会を支えたいという思いで頑張っています」と話し、多くの来場を呼びかけた。問合わせは同会(11・5549・7226)。
ブラジル北海道協会青年部ひぐま会(藤田エリオ会長)主催の『第18回北海道もち祭り』が、29日午前11時から午後3時まで、同協会会館(聖市ビラ・マリアーナ区ジョアキン・タボラ街605番)で行われる。 今年も毎年恒例となっている持ち帰り用の白餅を用意しているほか、会場では雑煮、汁粉など様々な味付けのもち料理も取り揃えている。白餅は500グラムで8レアルとなっている。 また、アトラクションでは、1980、90、2000年代のJポップなどを歌う『バンダ・デアイ』のショーや、よさこいソーラングループ『イッシン』のショーが披露される。 藤田会長は、「家族連れ、友だち同士、老若男女、誰もが楽しめるイベントです。カレンダーの 月 日にマークを付けることを忘れないでください」と来場を呼び掛けている。 問い合わせは、同協会事務局のウスイさん(電話11・5084・6422)まで。 写真:29日に開催される、もち祭りのポスター 2009年11月25日付
更なる日伯友好親善への貢献を 在伯長野県人会(北沢重喜会長)の創立50周年記念式典が、22日午前 時から聖市ビラ・マリアーナ区の北海道協会会館で開催され、サンパウロをはじめ、アルゼンチン、南マット・グロッソ、アリアンサ、リオ、アチバイア、レジストロなど遠方支部会員を含めた約400人が参加した。母県から村井仁県知事、望月雄内県議会議長ら11人の慶祝訪問団も来伯して出席し、半世紀の節目の年を祝った。 長野県人会は、1930年頃に前身の「信友会」から始まり、県人会として正式に発足したのは59年11月。文協会長などを歴任した宮坂国人氏が初代会長として就任した。 この日の記念式典では、先没者への黙祷、軍警軍楽隊による日伯両国歌斉唱、県歌「信濃の国」斉唱に続いて、北沢会長が挨拶。母県からの慶祝団の式典出席と先人の努力により現在の県人会活動が行えることに感謝の意を示し、近年の国際的な経済状況の悪化の中、「長野県人会は今までの母県のご恩義に報いるべく思いを同じくし、互いに無駄を省き、協力していきたい」と述べた。 村井県知事は祝辞の中で、日本移民が文化、風土の異なる地で苦労しながらも今日の発展を遂げたことに敬意を表した上で、伯国航空機メーカーのエンブラエルについて言及。日本航空が、今年2月から国内線として同社航空機を導入していることに触れ、近い将来、同機が信州の空を飛ぶことを期待するとともに、BRICsの一員としてのブラジルの経済発展を評価。「長野県人の誇りを胸に、ブラジルの発展、日伯の友好親善のために更なるご貢献をいただきたい」との願いを込めた。 引き続き、望月県議会議長、小坂樫男市長会会長(伊那市長)、藤原忠彦町村会会長(南佐久川上村長)、大部一秋在サンパウロ総領事、西本エリオ聖州議員、羽藤ジョージ聖市議、山下譲二文協副会長がそれぞれ祝辞を述べた。 祝電披露に続き、松村昌和氏(88)、菅沼久人氏(83)、上原久司氏(83)、北沢会長(79)、畑俊雄氏(77)、新井均氏(74)6人とアチバイア支部(寺田三千男支部長)に功労者表彰として賞状と記念品が授与。また、松村氏をはじめとする4人とアチバイア支部への県人会特別表彰と、高齢者179人への高齢者表彰(80歳以上)も行われ、畑氏(サンパウロ)、上原氏(グァタパラ)、松村氏(レジストロ)がそれぞれ謝辞を述べた。 また、聖市議会から県側と長野県人会に対して記念プレートが手渡され、97年度技術研修生の代田睦美さんが、母県に対する感謝の言葉を贈った。 創立40周年の際に、「長野県童謡唱歌を歌う会」から贈られた「ブラジルの大地に生きて」を合唱、矢崎逸郎副会長による万歳三唱により、式典は閉会した。 記念のケーキカット、石井賢治元会長による乾杯の音頭により祝賀会となり、午後からは記念アトラクションとして、日本舞踊や洋舞・ダンス、能楽のほか、県人会青年部による「松本ぼんぼん」も披露。飛び入り参加も続出し、踊りの輪が広がった。締めくくりはサンバショーが行われ、県人会員も一緒になって楽しんだ。 南マットグロッソ州ノーバ・アンドラジーナ在住の代田正二さん(84)は50年の節目の年について、「これからも県とのつながりを、さらに良くしていきたいです」と、意気込みを示していた。 工業移民として長らくサンベルナルド・ド・カンポに住み、定年退職後に聖市ビラ・マリアーナ区に転住したという熊井中治さん(69)は、邦子夫人(65)とともに出席。「25周年の時以来、式典には来ていませんでしたが、今回は会場が近くて良かった」と楽しんだ様子。 アルゼンチン長野県人会の会長代理としてブエノス・アイレスから出席した木田威彦(たけひこ)さん(66)は、グァタパラ移住地に住む親戚の上原久司さんと会えたことを喜ぶ。「私の母親と上原さんの亡くなった奥さんが従姉妹同士で、個人的に会いたいと思っていましたが、念願がかないました」と充実した表情を見せていた。 写真:創立50周年式典で挨拶する北沢会長 2009年11月24日付
研修生枠の増員を要請 長野県人会館で懇談会 21日 長野県人会(北沢重喜会長)創立50周年記念式典を前日に控えた21日午前10時から、聖市リベルダーデ区にある同県人会館で村井仁県知事、望月雄内県議会議長をはじめとする母県からの慶祝団一行との歓迎懇談会が行われ、県人会員ら約50人が出席した。 懇談会では、北沢会長、村井県知事らの挨拶に引き続き、母県への要望事項や今後の県人会のあり方など、率直な意見交換が行われた。 リオ支部長の鹿田明義氏は(1)県での研修生枠の増加(2)長野県名物「そば打ち」講習会のブラジルでの実施(3)サッカー研修など県からブラジルへの若い人材の派遣、の3点を要望した。 また、県人会員側から現在の会館が土曜日、日曜日が閉まって使用できない現状が説明され、「今後の会館づくりへの知恵を貸していただきたい」との意見も出された。 さらに、矢崎逸郎副会長は、県人会活性化を目的にした若い人々の交流と相互の情報交換の必要性を強調。「県側でのホームステイで結構ですので、県人子弟を積極的に受け入れてほしい」と陳情した。 引き続き、歴代県費留学生・技術研修生OBたちが自己紹介と、県で世話になったことへの謝辞をそれぞれが述べ、現在、年間1人だけにとどまっている技術研修生枠の増員を希望した。 これらの意見について村井県知事は、日本がデフレ宣言を行い、県として経済的に苦しい状況であることを説明。反対にブラジル経済が明るい兆しにあることを示した上で、県人会に対して自助努力の方向性を示唆した。 写真:長野県人会員との懇談会で挨拶する村井県知事(奥側中央) 2009年11月24日付
和歌山県・仁坂吉伸県知事主催の観光意見交換会が、7日午後7時から聖市内ホテルで開かれ、日系旅行社関係者ら約30人が出席した。同会は、和歌山県人会連合会(木原好規会長)創立 周年記念式典出席のため来伯した仁坂県知事が、和歌山の観光資源を広く知ってもらうことを目的に開催したもの。 意見交換会では、仁坂県知事が 分にわたって和歌山の魅力をプロジェクタを用いて視覚的に紹介。「京都、奈良にお越しの際に、ぜひ和歌山にも足を運んでいただきたい」と呼びかけた。 説明によると、和歌山県へのアクセスは大阪から電車で1時間、関西空港から車で約30分で行くことができる。 日本全国で空港から2番目に近い「白浜温泉」をはじめ、04年に世界遺産に登録された「高野山・熊野古道」など巡礼の旅も魅力で、現在各種シンポジウムや世界遺産をめぐる活動も実施されているという。 串本の珊瑚(さんご)礁、白浜アドベンチャー・ワールドのパンダなどにも人気があるほか、「ヒット商品」(仁坂県知事)である林業、ホエール(鯨)ウオッチングや藍染作業など300種以上ある体験ツアー「ほんまもん体験」には、これまでに約30万人が参加している。 また、「果物王国」として、みかん、柿、梅、八朔(はっさく)の生産量はすべて全国1位を誇る。さらに、アオマグロの水揚げやクエの養殖も行っているほか、梅干の漬け汁を利用した「梅鶏」や「梅たまご」、高菜で巻いた「めはり寿司」なども名物料理として扱っている。 仁坂県知事は締めくくりとして、「ブラジルの日系の方々が訪日される時に、ぜひ和歌山のことを勧めていただき、旅行プランに加えていただきたい」と述べ、日系旅行関係者にアピールしていた。 写真:和歌山の魅力をアピールした仁坂県知事 2009年11月20日付
男性優勝は77杯の森田さん 女性部門中村さんが2連覇 岩手県人会(千田曠曉会長)は15日午前11時から、同県人会会館で『第3回わんこそば食べ放題』を行った。雷雨などの悪天候で客足が心配される中、150人が来場。すっかり定着した岩手名物を味わっていた。 「いわてまつり」の幟(のぼり)が飾られた会場に足を踏み入れると、手馴れた手つきでそばを茹で上げる婦人部や、人気の餃子を忙しく焼いている会員らの姿が。ざるに盛られたわんこそば、餃子、薬味や漬物を添えたセットメニューが調理場から次から次へと運ばれていた。 司会の千田会長は、ホームビデオ片手に郷土料理の紹介。映像は、NHK盛岡支局放送の番組内で紹介されるとあって、マイクとカメラの二役に自然と力が入ってしまう様子だった。 食堂で目を引いたのが、非日系人客の多さ。家族や友人と連れ立って、そばという純日本食に見事な箸捌きで舌鼓を打ち、会話を楽しんでいた。同会館の太鼓グループに所属して6年になるリカイン・ハッサン・アランさん(22)は、「そば、おいしい」と、嬉しそうに箸を進めていた。 午後1時からは、ステージ上に設置された特設会場で、3分間で何杯食べられるかを競う、『わんこそば大会』も実施された。競技開始に先立ち千田会長が、岩手県盛岡市で開催されている「全日本わんこそば選手権」の歴代優勝記録を公表。 10分間で399杯を食べた 代女性の記録が紹介されると、場内からはどよめきが起こった。その様子を見た千田会長は、「ゆっくり食べてもいいんじゃないですか」と語り、参加者らを笑わせていた。 8人が参加した男性部門は、森田泰人さん(31、2世)が、用意された77杯を完食しての優勝。「つぎ手の人が積極的に麺を入れてくるので、息ができなかった」と、苦笑しながらも連携力での勝利について喜びを語っていた。 女性部門で苦戦を強いられたのは前回大会の覇者、中村瞳さん(29、鹿児島県出身)。 杯をたいらげ優勝したものの、手持ちの椀に溜まったつゆを切る動作にもたつき、僅か3杯差での連覇達成となった。 2分間で行われた子ども部門を制したのは、井上公裕さん(13、新潟県出身)。父親の仕事の都合で1月に帰国する公裕さんは、「良い思い出ができた」と、28杯の記録に満足の表情を見せていた。 千田会長は、「ブラジルで郷土の紹介をしている様子を見て、今後の交流促進につながれば」と、日本で放送されることについて期待を込めながらも、競技者が客から遠かったことや、つぎ手が前に立ち、顔が隠れてしまったこと等を反省点に挙げ、「次は改善して」と、早くも次回開催に目を向けていた。 写真:熱戦が繰り広げられた男性部門 2009年11月20日付
アリアンサ移住地創設80周年記念家族写真集「写真アリアンサ2008―サンパウロ州奥地のある日系移住地と日系家族の肖像」(アリアンサ日伯文化体育協会発行=山崎静明会長、143ページ、日ポ両語、40レアル)が、このほど完成した。 1924年に長野県の信濃海外協会が中心となって建設された第一アリアンサ移住地を始まりとし、26年に長野・鳥取県による第二アリアンサ移住地、1927年に長野・富山県による第三アリアンサ移住地、35年には第一アリアンサ内に弓場共同体が創設され、入植当時には全体で1千家族が住んでいたとされる。 同文協は創設80周年を記念して、編纂委員会を発足。日本語版とポルトガル語版、日系人家族写真集から成る記念史を企画し編集作業を進めている中で、別に同写真集が発刊されることとなった。 現地に住む150家族の写真と名前、出身地が記録されているほか、移住地の歴史、産業などがまとめられている。 「移ろいやすい人の世にあって、本写真集が将来、移住地の過去の姿を偲ぶよすがとなれば幸いである」と編集後記に記されている。 購入希望者は山崎会長(18・3708・1228)まで。
JICA中部と三重県は今年度から始まった「現職教員特別参加制度(青年海外協力隊及び日系社会青年ボランティア)」の事前調査と、同県が推し進める「多文化共生、帰国子女受け入れ」、さらに「同県への日本語教師の受け入れ」調査のため、関係者が昨月12日から20日まで滞伯した。 一行は現職教員が派遣されている学校や州立校などを見学し、聖州教育局と協議をした。 滞在期間中の17日、JICA中部・市民参加協力課の矢部優慈郎課長、JICAブラジル事務所サンパウロ支所の東万梨花ボランティア調査員、三重県生活・文化部国際室の楠木優室長、同県教育委員会事務局・小中学校教育室の黒川一秀指導主事、さらに聖州教育局の日野寛幸さんらが説明のため、本紙を訪れた。 同県には現在、約5万3千人の外国人が登録され、そのうち2万人以上がブラジル人。鈴鹿市や四日市市など7市町村では特に外国人登録者が多く、生徒の5割以上が外国人という小学校も多い。 黒川主事によれば「外国人がクラスに半分もいれば、授業は先生一人ではできない」と現状をこぼす。 「日本の状況は悲惨。親が工場で働いている家庭では、(将来子どもが工場で働くなら)勉強しなくていい」と考えているという。 黒川主事は「子ども達は、会話が出来るからといって学力がついたとは限らない。学力と会話の日本語は全く違う」と続け、将来の夢への実現に結び付けるには、学習言語の獲得が必要、と力を込める。 初期の日本語や生活習慣を教える国際教室や、プレ・スクールは各市町村が独自に取り組んでいる。 しかし、昨年からの経済不況で帰国した家族も含め、月謝の高いブラジル学校から公立校に転校してくる子ども達もおり、彼らの動きは把握されていないのが現状だ。 また、楠木室長によると同県ではポ語でホームページを立ち上げたり、雇用の情報やフォークリフトや起業の手続きなど実用的な内容をアドバイスしたり、新型インフルエンザの情報などを流したりしているという。 一方、同県と姉妹都市提携をしているサンパウロ州も日系子弟の問題には協力姿勢を見せる。 日野さんは「我々ブラジル人の子弟を預かってもらっている。是非力になりたい。日語しか話せない子どもなど、日伯双方で問題を解決するため、お互いにどのような学習をしているか、情報交換しながら作戦を考えていきたい」と意気込みを見せた。 楠木室長は「やらざるを得ない。国を待っていたら後手後手になってしまう」と語り、矢部課長は「この制度を利用すれば語学も学ぶことができ、是非ポ語を覚えて帰って欲しい。教員自らも学ぶ機会」と話した。
ニッケイ新聞 2009年11月25日付け ブラジル北海道協会青年部ひぐま会(藤田エリオ会長)主催の「第18回北海道もち祭り」が29日午前11時から午後3時まで、同協会会館(R. Joaquim Tavora, 605, Vila Mariana)で行われる。今年も毎年恒例となっている持ち帰り用の白餅を用意するほか、会場では雑煮、汁粉など様々なもち料理も取り揃えている。白餅は500グラムで8レアル。また、アトラクションでは、80~00年代のJポップなどを歌う「バンダ・デアイ」のショーやYOSAKOIソーラングループ「イッシン」のショーが披露される。藤田会長は、「家族連れ、友だち同士、老若男女、誰もが楽しめるイベントです」と来場を呼びかけている。問い合わせは、同協会事務局のウスイさん(電話11・5084・6422)まで。