二年に一度、沖縄県名護市(島袋吉和市長)に派遣されている同市子弟研修生の二〇〇八年度生が半年間の研修を終えて帰国。十月二十二日、ブラジル名護市親睦会の末吉業幸会長と来社、研修報告を行なった。
例年は一人ずつ派遣される研修生だが、ブラジル日本移民百周年記念だった〇八年は、同市に特別予算が組み込まれ、城間聖羌(まりみ)カリーナさん(二六、三世)と比嘉ベニテス・タシアナさん(二四、四世)の二人が参加。
研修は、当初の三か月間、名桜大学で午前中週四回、日本語を学習。同大学では、英語やポルトガル語のスピーチコンテストを手伝ったりもした。また、午後や後半の三か月間は、個人研修とし、それぞれ三味線、空手、琉球舞踊の郷土芸能等を学んだ。
二月には、同市主催の『家庭料理フェア』にマンジョッカ芋のボーロを出品し、市民との交流の場にも積極的に参加。帰国前には、島袋市長をはじめ関係者ら二十人に、感謝の気持ちを込めて、野菜サラダとフェイジョアーダ、ブラジル風に味付けしたご飯を振る舞い、喜ばれたという。
〇八年九月から〇九年三月まで研修した城間さんは、サンパウロ市出身の薬剤師。週に一度、病院の養護施設で介護実習を行なった。
シーツやオムツの交換、食事の補助等を実施し、時にはわがままな入居者から叩かれることもあったという。「大変だったけど、毎日新しい体験ができた。お年寄りが方言で話しているのが面白かった」と、実習を振り返っていた。
帰国後の変化については、「日常の挨拶でブラジル人にも会釈してしまう」と話し、「日本人っぽくなりました」と、笑顔で語っていた。今後は、十二歳から習っている琉球舞踊を通して、先祖、沖縄の文化を広く伝えていきたいとしている。
大学院で経営学を学んでいる比嘉さんは、カンポグランデ市出身。〇八年十一月から〇九年四月の研修では、週に一度、幼稚園で保育助手を経験。
五歳の子どもたちと一緒に太鼓の練習をしたり、サッカー等の球技をして遊んだ。実習中、悪ふざけをしている子を注意すると、言うことを素直に聞いてくれるので、「日本の子どもは躾が行き届いていて、とても行儀が良い」印象を受けたという。
「四世ということで、今まで遠くに感じていた日本が、帰国後は身近な存在になった」と語り、「ウチナンチューの血が流れていると感じるようになった」そうで、「これからは、感謝の気持ちを忘れずに生きていきたい」と、話していた。
写真:比嘉さん、末吉会長、城間さん(左から)
2009年11月6日付
