SP管内、世界最多の26人が受賞 日本政府が実施する二〇〇九年度百歳高齢者表彰状伝達式が、十二日午後三時より聖市モルンビー区にある在サンパウロ日本国総領事公邸で行なわれた。今年度の在サンパウロ総領事館管内の表彰対象者は二十六人で、そのうち八人が本人出席。さらに家族などの代理人八人も式場に足を運び、大部一秋総領事から祝状及び記念品が贈呈された。 全国16公館で65人が対象 今年度の在外公館の百歳表彰者は十六在外公館で合計六十五人。そのうち在サンパウロ管内が半数に近い二十六人を占めたほか、在クリチバ管内が七人、在リオ管内が二人、在ベレン管内、在マナウス管内、在レシフェ管内がそれぞれ一人だった。また、山下譲二文協副会長、森口忠義イナシオ援協会長、与儀昭雄県連会長、重岡康人老ク連会長らが来賓として列席した。 挨拶に立った大部総領事は、当日十二日が日本国内で天皇陛下即位二十周年式典が行なわれているめでたい日であることについて触れ、さらに「ブラジルに移住して言葉や習慣、文化など異なる環境のもとで並々ならぬ苦労と努力をされてきた皆さんが、この日を迎えられたことを本当に嬉しく思います」と祝辞を述べた。 続いて表彰者全員の名前が読み上げられ、出席した表彰者に対して大部総領事から祝状と記念品が手渡された。与儀県連会長が表彰者全員の長寿を祝して乾杯の音頭を取った後、表彰者及び家族と総領事夫妻、来賓各氏らによる記念撮影が行なわれた。会場を隣部屋に移しての懇談会では、用意された刺身や寿司などを食べながら表彰者同士がお互いのさらなる健康を誓い合う場面も見られた。 聖市在住の平井志づこさん(山梨県出身)は、一九三七年にブエノスアイレス丸に乗って三人の子供と夫、弟とともに来伯。パラグアス市、マリーリア市で綿や米を作っていたが、言葉が通じずに苦労したため、夜に家族が寝てからランプをつけてポルトガル語を学んだ経験を持つ。五四年に聖市に移り住み、バールと倉庫を経営。生活が落ち着いた現在は、友人に会うことが一番の楽しみとなっている。長年会っていなかった友人に会うと、嬉しさのあまり自然と涙が流れてくるという。 一九二六年に呼び寄せ移民としてサントスの地を踏んだ花城淑子さん(沖縄県出身)は九人の子供を抱える大家族で、日本語学校の教師を務める夫を支えながらバナナ園の経営を行なった。その後ホテル経営など多角的な分野で成功を収めた経緯を経て聖市に移住。趣味の沖縄民謡は今でも欠かさず続けていると語り、懇談会場でも見事な歌声を披露してくれた。豚肉、大根、ごぼう、昆布を煮込んで作るスープが好物で、昆布などの栄養が長寿の秘訣だと笑顔を見せながら教えてくれた。 同じく沖縄県出身の安里幸永さんは昨年のブラジル移民百周年の際に、自ら作詞を行なって『移民百年の歩み』という曲を完成させ、当時の様々な思いを歌に乗せた。期待を胸に神戸港からサントス丸に乗って出帆したこと、移住後は苦難の連続だったが耐え忍んで耕地開拓により移民村を築き上げたこと、ノロエステの上塚第二植民地でコーヒー豆生産を行なっていたときの収穫の喜びなどが、鮮やかな情景として浮かび上がってくる歌詞になっている。安里さんは移民百年への万感の意を込めて「ここに幸あり希望あり、楽土ブラジル平和郷――」と同曲の最後を締めくくっている。 写真:表彰者8人と総領事夫妻、来賓各氏による記念撮影
Dia: 17 de novembro de 2009
麻生太郎政権が交代したのは9月半ば。私が会長を務める伯日議員連盟が真っ先に懸念したのは、麻生前総理のもとで社会経済、文化の面で良好に維持され、強化されてきた日伯関係である。 麻生氏は日伯議員連盟の会長であり、また若い頃からこの国にとても友好的な人物として知られている。この退任で、私たちの心配は、「これからどうなる?」ということだった。 東京での第50回海外日系人大会の招待状を受け取ったのは、鳩山由紀夫政権が誕生したのと同じ頃。日本の権力者と会って、麻生氏によって始められた日伯プロジェクトが新政権によって中断されないことを確認するために、絶好の機会だった。 10月11日に公式使節として渡日し、4日間の過密スケジュールをこなした。始めの2日間は天皇皇后両陛下がご出席のもとで大会に参加し、日伯議員連盟との会合も行われた。 同連盟の事務局長を務める藤村修衆議院議員は、30回以上も渡伯経験があり、若者の文化交流の推進者であり、また日伯の政治関係の重要な掛け橋となる人物だ。この会合で、私は安心した。 藤村議員の情報によれば、鳩山総理はブラジルに対して興味と理解を示しているという。となると、前政権と同じレベルでの交流を期待できるだろう。新幹部になったが、見通しは明るい。 高速鉄道やモノレールの日本方式導入プロジェクトや、日本でのブラジルエタノール販売の計画は中断されることはないだろう。それどころか、2014年ワールドカップ、16年のオリンピック開催決定は、両国に新しいパートナーシップや投資が築かれる傾向にある。 もう一つの朗報は、鳩山首相が在日永住外国人への選挙権付与(地方公共団体の議会の議員、および長)の可能性をほのめかしているということだ。実現すれば、日本に根付いている何千ものブラジル人が、自分たちの願いのために闘ってくれる代弁者を選ぶチャンスが持てることになる。 だが、私たち伯日議員連盟が最も期待するプロジェクトは、2010年の第1四半期に行われる予定の、社会保障の分野での両国間協力協定の署名だ。数年におよぶ交渉の結果、伯国社会保障省の専門家がこのほど東京に行き、公式使節により期待以上の結果を得たことが発表された。 すでにこの起草案はできており、全て期待通りに進めば、在伯日本人9万人と在日ブラジル人27万人が、近い将来、恩恵を受けられることになる。この協定は、日伯議員連盟も望んでいることである。 今回の公式訪問によって、政治や政党を超えた二国間の友情の絆が示された。政権交代こそしたが、日伯の関係は継続し、また成長するものと信じている。 飯星ワルテル(いいほし・ワルテル) ブラジル連邦政府下院議員、民主党(DEM)。ゼツリオ・バルガス大学を卒業後、北米カリフォルニア大学院で貿易学を学ぶ。伯日国会議員連盟会長。連邦政府消費者保護委員会副委員長。
ブラジル秋田県人会(小松雹玄会長)は二十一、二十二日の両日、午前十時から午後六時まで同県人会館(聖市ビラ・マリアナ区リンス・デ・バスコンセロス大通り三三九〇番)で『第三回手工芸品バザー』を開催する。 バザーには陶器、アクリル加工飾り物、刺繍(ししゅう)品、メモ用紙飾り、メタル加工品、ハンドバッグ、和紙絵、折り紙と切り紙、各種アクセサリーなど、色とりどりの作品が展示即売される。また会場では焼きそば、パステル、ボーロなどの食事も用意される。 案内に来社した小松会長、米谷ヨシ子婦人部長、アリアンサ(日伯文化連盟)の大久保ルイザ講師は「皆さんお誘い合わせの上、多くの人に来てもらいたいです」と来場を呼びかけた。入場無料。 問い合わせは同県人会(電話11・5573・4107)まで。 写真:小松会長、米谷、大久保各氏(左から)
ニッケイ新聞 2009年11月17日付け 料理に定評のあるブラジル鳥取県人会婦人部が、新しい試みを成功させた。聖市の同会館で15日に行われた北東伯の伝統料理ムケッカ・デ・ペイシの会で、300食を用意して見事に売り切った。本橋幹久会長は「ムケッカは初めて。他の県人会でもやったことない。いったいどの程度売れるのか心配でした」と胸中を明かす。1食20レアルと安くはないが、フタを開けたら満員御礼だった。 それもそのはず、高居ジャシー婦人部長は「5回も試食してレセイタを決めた。いろんな魚を試したがこれが一番だった」という自信の作だ。100キロのピンタード・ド・マルを購入。5日ほど前から仕込みを始め、当日は朝6時半から下準備をし、婦人部20人が総出であたった。来場者の一人、隣のサンタクルスに住む戦後移住者の60代女性は、「美味しかった。魚といえば普通は和風に調理するけど、こういうのも中々いけますね」と納得の表情を浮かべる。やはり市内在住の滝友梨香さん(69)は、「どこにいってもヤキソバばっかり。変った料理を食べたかったからちょうど良かった。ラーメンとか五目寿司とかでも普通のは食べあきたから、ここみたいに、こだわりの一工夫をして欲しい」と要望する。会場は、家族や非日系の友人を連れた会員でいっぱいとなり、なごやかな昼食風景が広がった。本橋会長は「県連日本祭りでは和牛の牛丼で400食を売り上げ、郷土料理の大仙おこわも例年通りだった」と報告。婦人部サマサマのようだ。高居婦人部長は「今日もたくさん来てもらって苦労した甲斐があった。ものすごく手間がかかるから、来年もやるかどうかは、評判しだいね」と微笑んだ。名前こそムケッカだが、どうやら〃結果〃は上々のよう。なお、22日には同会館を使って習い事をする人の発表会「鳥取ファミリー親睦会」があり、終日いろいろな芸事が披露されるという。
ニッケイ新聞 2009年11月17日付け 日本政府の2009年度100歳高齢者表彰状伝達式が、12日午後聖市モルンビー地区の在聖日本国総領事公邸で開かれ、26人が表彰された。表彰者8人、代理人8人、その家族のほか、山下譲二文協副会長、与儀昭雄県連会長、重岡康人老ク連会長など約50人が出席した。今年の表彰者は在聖総領事館の26人に続き、在ホノルル総領事館13人、在クリチバ総領事館7人、在アルゼンチン大使館3人、在リオ・デ・ジャネイロ大使館2人、在サンフランシスコ総領事館2人、在リマ大使館2人など16在外公館で計65人。在ブラジル大使館、在ベレン総領事館、在マナウス総領事館、在レシフェ総領事館での各1人の表彰者を含め、伯国では計39人が表彰を受けた。大部一秋在聖総領事は、「並々ならぬ御苦労の末に今日の晴れ舞台を迎えましたことは、本当に喜ばしいことです」と伝え、「立派な人生の模範を多くの後輩たちに示してくれたことに、深く感謝を申し上げます」と称えた。花城淑子さん(沖縄)、川村さたよさん(宮城)、中田政人さん(広島)、日野重雄さん(愛媛)、矢野若江さん(愛媛)、安里幸永さん(沖縄)、石神とみえさん(岐阜)、平井志づこさん(山梨)に大部総領事と栄子総領事夫人から、祝状と記念品が伝達された。「身に余るほどの喜びです」―。そう大きな声であいさつし会場を沸かせたのは、19歳で移住した花城さん。来場者に歌を披露するなど、お達者ぶりを見せつけた。「ありがとうしかありません。皆さんがよくして下さり、私は本当にめでたい生まれです」と感謝を示した。1928年に来伯、農業に従事した後バールを経営した中田さんは、「本当にありがたいことです」としみじみと語った。「全く嬉しいですね」と話す川村さんは、今でも自ら家事を行う。付き添った嫁の川村佐智江さんは、「すごくやる気があって、洗濯も一人でやってしまうんです」と笑顔を見せていた。その他の表彰者は以下の通り(在サンパウロ総領事館管内)。藤井はな(千葉)、河野アヤコ(愛媛)、神谷清次(沖縄)、池田豊年(鹿児島)、伊藤直久(北海道)、上サツキ(広島)、宗形ハツヨ(福島)、平田イツノ(福岡)、大木みなゑ(山形)、大塚絹子(福岡)、岸田勇(富山)、小川トメノ(福岡)、高尾清太(福岡)、野田三蔵(熊本)、上川フサ子(広島)、小野リウ(福島)、外間ウト(沖縄)、寺西伊登子(山口)。
ニッケイ新聞 2009年11月17日付け 今年で入植90周年を迎えたモジ最古の入植地コクエラで14、15両日、コクエラ日本人会(農業者協会、木本照親会長)が「第19回ふるさと祭り」(田島弘実行委員長)を開催した。最盛期の1970年代には、約400家族が会に参加していたというが、現在は120家族へと減少。都会に出てゆく若者が集まれる場所にしたいとの思いも詰まっている同祭に、今年も二日で3万人が訪れ、ふるさとを満喫した。 90年前の1919年、鈴木重利一家の第1回入植を皮切りに、モジ最古の入植地として現在も続く同地。日本人会は26年に発足し、翌年には子弟らの教育のために自治体に働きかけ、現在の会館の地に州立小学校を建設。さらに戦後66年に中学校、72年には高等学校と、当初から一貫して子弟教育に取り組んできた。14日午前10時過ぎから行われた開会式には、飯星ワルテル下議、マルコ・バエルタイオーリ市長、安部順二元市長、長尾オズワルド同市農務局長、織田順有副領事、中山喜代治モジ文協理事長ら多くの来賓が列席。真っ青な空の下、150人が参加した。先人に黙祷を捧げた後、田島実行委員長は、歴史を簡単に振り返ったうえで「今年で入植から90年を迎え、今まで農業を引き継ぎ、同祭を今年も開催でき嬉しい」とあいさつ。市長は、日本人の農業発展への貢献を称え、「モジの発展を支えたのは日本人移民のおかげ」と敬意を表した。飯星下議の提案で、5万レアルが観光省から同祭に贈られ、飯星下議、市長、木本会長、田島実行委員長によってサイン調印式が行われ、祭りが幕開けした。前身の「桃祭り」から数え約40年続き、モジ市の農業イベントの中でも最古を誇る同祭。目玉の農産物品評会には、60種にもおよぶ野菜・果実・鶏卵・花などが農家から出品され、市長も興味深そうに農産物を一つ一つ鑑賞していた。田島実行委員長は、「昔に比べて技術が進んでいるから、そりゃもう昔に比べて随分と発展したよ」と話していた。外の会場では、日本食やショーが一日中行われ、最終日の夜は、恒例の花火で締めくくられた。枇杷の部で一位と二位に選ばれた細谷武雄さん(62、二世)は、独立しコクエラで農業を始めて28年。約17ヘクタールの土地で柿、枇杷、アテモイア、レイシや蔬菜を栽培し、地元やセアザで、「細谷」マークのシールをつけて販売している。「僕は前に出るのは嫌い。農業は自分に合ってるね。誰も見てないところで一生懸命努力して、いいものだって認めてもらいたい」と話し、「今回評価されて嬉しい。一つの生きがいでしょうか」と静かに喜びを表した。木本会長(68、三世)は、「今、子供が外に出てる。今までは日本文化が続けてこられたけど、今後はもっと混ざっていくと思う。仕方ないよねぇ」と話しつつ、「やっぱり(会の活動を)息子らに続けてもらいたい」と同地生まれの坂田正雄さん(77)と塚原忠男さん(73)らと同祭への思いを漏らしていた。
