06/03/2026

Dia: 23 de novembro de 2009

SP日系社会を表敬訪問 國方公使が初来聖 9月4日に在ブラジル日本大使館に着任した國方(くにかた)俊男公使(57、広島県出身)が、初めての出張として15日夜から来聖。日系各団体への挨拶を行うとともに、17日本紙に来社した。 國方公使は、東京大学法学部法学科を卒業し、1976年に外務省入省。ドイツ語が専門で、これまでに北米ロサンゼルス、ドイツ・デュッセルドルフ、ハワイ・ホノルルなどを経て、今回ブラジルでの勤務は初めてとなる。 前任地のホノルルやロサンゼルスでも地元日系人との付き合いがあったことから國方公使は、「日系の方々が苦労されながら、それぞれの地で生活を立ち上げてきたことは北米でも南米でも一緒で、改めて敬意を感じている」との気持ちを表した。 現在、「ポルトガル語を勉強中」(國方公使)で、ブラジルについて「気候が素晴らしく、空が東京やハワイに比べて高くて広い」との印象を示した。また、「野菜と果物が新鮮で美味しく、幼少の頃に食べた野菜の味がする」とブラジルの魅力を話した。 今後の抱負については「与えられたポストでベストを尽くすことが私の信条。日伯関係のためになる良いことを積極的に見つけていき、何でもやっていきたい」と意欲を見せ、まずは全伯にある日本政府公館を回り、「現場を見ていく」という。 また、来年大統領選を控えたブラジルの政治について「民主主義に根付いていて、ダイナミズムを感じる」と述べた上で、日本からの出稼ぎ帰伯者問題については、日本経済の好転とともに再び戻るとの考えを示し、日本での残留者へは日本語教育など適応策の必要性を説いた。 写真:来社した國方公使 2009年11月19日付
旅順丸移民 来年六月で100周年 節目の年に向け日本庭園を整備 福岡県人子弟 矢野さんが集い呼びかけ 第2回移民船「旅順丸」が、1910年6月28日にサントス港に到着して、来年で100年の節目の年を迎える。聖市ビラ・レオポルジーナ区にある仕出しレストラン「ブッフェ・ヤノ」を営む矢野春子さん(72、3世)は、「旅順丸」移民として渡伯した祖父・矢野彦次郎さん(故人)への思いを胸に、6年ほど前から同区にほど近い公園内の清掃と、同園にある日本庭園の整備を行っている。来年6月には改築工事を完成させ、同船に縁のある人々に集まってもらっての開園式を行う考えだ。 歴史資料などによると「旅順丸」は、日本郵船が明治時代後期に輸入した貨客船で、第2回日本移民の送り出しは竹村殖民商館が実施した。移民906人と自由渡航者3人を合わせた909人が、1910年5月4日に神戸港を出港、同6月28日サントス港に到着している。 春子さんの祖父に当たる彦次郎さん(70年代初頭に86歳で死去)は、福岡県の良家の出で、13歳の時に実家で調教していた競馬用の馬に蹴られて片目を失い、その時からガラスの義眼をはめていたという。 矢野家は隆盛を誇ったが、諸事情で一時的に財産を失い、移民としてブラジルに渡ることになった。彦次郎さんは最初、聖州バウルーに入植し、プレジデンテ・プルデンテ、パラナ州ロンドリーナなどを経て、 年代頃にサンパウロに出てきている。 生前の彦次郎さんを知る春子さんは、「厳しい人でしたが、とてもきれい好きでね。家の中でも朝からネクタイを締めて、指にはダイヤやルビーの指輪をはめていたりと、派手な方でした」と振り返る。 春子さんは、来年2010年が「旅順丸」移民が渡伯して100年の節目の年になることに先立って、03年頃からアルト・ダ・ラッパ区にある市立クラブ「クルービ・ペレゾン」内の公園清掃作業に取り組んできた。その頃、戦後移住者協会関係者が同公園内で桜やイッペーの苗木など約600本を植樹しており、公園の美化運動に協力もしている。 当初は、春子さんが1人で清掃を行い、私費を投じて4人の労働者を雇うなどしてきたが、昨年 月からは同区役所が援助し、3人の労働者を清掃作業に当てているという。さらに、地元住民が個人で資金協力を行うなど、美化運動の輪は年々広がりつつある。 「掃除を始めた頃は、草が自分の頭の高さぐらいに、ぼうぼうに生えていました」と春子さん。家族の話では、春子さんが掃除を継続してからは、園内に居た浮浪者や麻薬中毒者なども姿を消し、今では春子さんが毎日、こつこつと植えてきた花々が咲き、地元住民が散歩をするなど憩いの場として利用されている。 園内には30年ほど前に建立された日本庭園があるが、管理していた地元の日本人たちが高齢化し、荒れ放題の状態になっていた。 見かねた春子さんは、公園全体の清掃とともに日本庭園の整備も考慮し、来年の6月までに完成させたい考えを示している。 春子さんは、「旅順丸の子孫もまだたくさん居ると思います。来年の100周年のお祝いを開くことによって、今後も(旅順丸関係者が)集まるきっかけになれば」と話し、来年6月に予定されている同公園内での記念の集いへの出席を呼びかけたい考えだ。 詳細に関する問い合わせは、春子さん(ブッフェ・ヤノ内、電話11・3833・9317)まで。 写真:整備が行われつつある日本庭園...
高知県人会(高橋一水会長)は、22日午前9時から、同県人会会館(聖市ピニェイロス区ミラニャス街196番)で「郷土料理講習会」、正午からは「土佐市出身者親睦会」を行う。 高知の郷土料理のほかにも一般メニュー3品ほどのレシピを伝授する。講習会、親睦会ともに、会員以外の一般参加可。「誘い合わせてどうぞ」と多数の参加を呼びかけている。会費は1人40レアル。詳細・申し込みは事務局(電話11・3031・6799)まで。 2009年11月19日付
9月21日に出発した第37回パラナ友好経済使節団23人全員が10月中頃に無事戻り、上野アントニオ義雄団長が報告書を書き上げ来社した。 加藤テルオ州議夫妻、パラナ州水道局のステニオ・ジャコブ局長、ロンドリーナ市のバルボーザ・ネット市長、パラナ日伯文化連合会の丹フランシスコ多喜男会長らそうそうたるメンバーが今回も参加した。 9月24日には東宮御所にて、皇太子殿下にご接見たまわった。上野団長は「一人一人に声をかけられ、親しく話をさせてもらい、団員一同深い感銘をうけました」と振り返る。「皇太子殿下はことのほかブラジルがお好きであられ、日系コロニアの躍進振りにお喜びになっておられる様子でした」とし、30分の予定が40分を過ぎたほどだったという。 翌25日はJICAの蔵元文吉中南米部長らと懇談し、ジャコブ水道局長とネット市長は同州の水源地保護プロジェクトへの協力を求めた。 京都、富士山見物のあと創価大学、29日には神戸に日伯協会の西村正理事長を訪ねた。30日には姫路市に石見利勝市長を、西宮市にも山田知(さとる)市長を表敬訪問した。 10月1日には加古川市に樽本庄一市長を表敬訪問し、神戸商工会議所にも訪れた。夜は兵庫県庁公館において、井戸敏三知事を表敬し、2010年には兵庫県パラナ州姉妹州県提携40周年を迎えるので、7月頃にブラジル兵庫県人会創立50周年、パラナ州同40周年式典に出席したいとの意向を示したという。 上野団長は、「大阪万博が開催された1970年、亡き金井元彦知事とパウロ・ピメンテル・パラナ知事代理として私が署名した。以来、緊密な関係が維持されてきた。あれから40年とは月日がたつのは本当に早い」と述懐した。 この使節団は第1回から上野氏が団長を務めており、今回を最後にし、後進に譲りたいとの希望を語った。