ニッケイ新聞 2009年11月25日付け 兵庫県産海苔をブラジルに―。農林水産省は「平成21年度農林水産物等輸出ステップアップ推進委託事業」で、来年度から、兵庫県漁業協同組合連合会を通した県産海苔をブラジルに輸出する方針をほぼ固めた。加熱する寿司ブームに後押しされる形で、日本料理に使用する良質の海苔を提供する。 この事業の調査のため、「三菱総合研究所」の中野正也主席研究員、斎藤美穂子研究員、同連合会の高瀬博文・のり海藻事業本部長兼のり研究所長が市場調査のため、このほど来伯した。聖市、パラナ州クリチーバ市で日本食料品店、日本食レストラン、ブラジルのスーパーを視察、海苔の需要の程度などを調査した。「伯国市場で出回っているのは韓国産、中国産のものが多い」と話す中野、斉藤両研究員は、「日本の海苔は味も香りも違う。パリパリと歯ごたえがあり、良質で全く別物」とその違いに強調、「本家日本の海苔を輸出する価値は大きい」と話す。兵庫県は全国で1、2位を争う海苔の産地。神戸市から赤穂、家島群島、淡路島の一帯で生産され、約17億枚(全国生産量の17%)の生産力があるとされる。高瀬所長も、「兵庫の海苔は色とつやが良い」と自信を見せる。しかし、輸入の関税などから、日本での価格の2~3倍の価格設定になるという懸念もあり、今後検討が重ねられる予定だ。来年2月に行われる再調査では、試食会も企画される。来社した兵庫県人会の尾西貞夫会長は、「来年に県連主催のフェスティバル・ジャポンで海苔を使ったオニギリを売りたい」と笑顔を見せ、母県自慢の味のブラジル普及に期待を寄せていた。
Mês: novembro 2009
SP日系社会を表敬訪問 國方公使が初来聖 9月4日に在ブラジル日本大使館に着任した國方(くにかた)俊男公使(57、広島県出身)が、初めての出張として15日夜から来聖。日系各団体への挨拶を行うとともに、17日本紙に来社した。 國方公使は、東京大学法学部法学科を卒業し、1976年に外務省入省。ドイツ語が専門で、これまでに北米ロサンゼルス、ドイツ・デュッセルドルフ、ハワイ・ホノルルなどを経て、今回ブラジルでの勤務は初めてとなる。 前任地のホノルルやロサンゼルスでも地元日系人との付き合いがあったことから國方公使は、「日系の方々が苦労されながら、それぞれの地で生活を立ち上げてきたことは北米でも南米でも一緒で、改めて敬意を感じている」との気持ちを表した。 現在、「ポルトガル語を勉強中」(國方公使)で、ブラジルについて「気候が素晴らしく、空が東京やハワイに比べて高くて広い」との印象を示した。また、「野菜と果物が新鮮で美味しく、幼少の頃に食べた野菜の味がする」とブラジルの魅力を話した。 今後の抱負については「与えられたポストでベストを尽くすことが私の信条。日伯関係のためになる良いことを積極的に見つけていき、何でもやっていきたい」と意欲を見せ、まずは全伯にある日本政府公館を回り、「現場を見ていく」という。 また、来年大統領選を控えたブラジルの政治について「民主主義に根付いていて、ダイナミズムを感じる」と述べた上で、日本からの出稼ぎ帰伯者問題については、日本経済の好転とともに再び戻るとの考えを示し、日本での残留者へは日本語教育など適応策の必要性を説いた。 写真:来社した國方公使 2009年11月19日付
旅順丸移民 来年六月で100周年 節目の年に向け日本庭園を整備 福岡県人子弟 矢野さんが集い呼びかけ 第2回移民船「旅順丸」が、1910年6月28日にサントス港に到着して、来年で100年の節目の年を迎える。聖市ビラ・レオポルジーナ区にある仕出しレストラン「ブッフェ・ヤノ」を営む矢野春子さん(72、3世)は、「旅順丸」移民として渡伯した祖父・矢野彦次郎さん(故人)への思いを胸に、6年ほど前から同区にほど近い公園内の清掃と、同園にある日本庭園の整備を行っている。来年6月には改築工事を完成させ、同船に縁のある人々に集まってもらっての開園式を行う考えだ。 歴史資料などによると「旅順丸」は、日本郵船が明治時代後期に輸入した貨客船で、第2回日本移民の送り出しは竹村殖民商館が実施した。移民906人と自由渡航者3人を合わせた909人が、1910年5月4日に神戸港を出港、同6月28日サントス港に到着している。 春子さんの祖父に当たる彦次郎さん(70年代初頭に86歳で死去)は、福岡県の良家の出で、13歳の時に実家で調教していた競馬用の馬に蹴られて片目を失い、その時からガラスの義眼をはめていたという。 矢野家は隆盛を誇ったが、諸事情で一時的に財産を失い、移民としてブラジルに渡ることになった。彦次郎さんは最初、聖州バウルーに入植し、プレジデンテ・プルデンテ、パラナ州ロンドリーナなどを経て、 年代頃にサンパウロに出てきている。 生前の彦次郎さんを知る春子さんは、「厳しい人でしたが、とてもきれい好きでね。家の中でも朝からネクタイを締めて、指にはダイヤやルビーの指輪をはめていたりと、派手な方でした」と振り返る。 春子さんは、来年2010年が「旅順丸」移民が渡伯して100年の節目の年になることに先立って、03年頃からアルト・ダ・ラッパ区にある市立クラブ「クルービ・ペレゾン」内の公園清掃作業に取り組んできた。その頃、戦後移住者協会関係者が同公園内で桜やイッペーの苗木など約600本を植樹しており、公園の美化運動に協力もしている。 当初は、春子さんが1人で清掃を行い、私費を投じて4人の労働者を雇うなどしてきたが、昨年 月からは同区役所が援助し、3人の労働者を清掃作業に当てているという。さらに、地元住民が個人で資金協力を行うなど、美化運動の輪は年々広がりつつある。 「掃除を始めた頃は、草が自分の頭の高さぐらいに、ぼうぼうに生えていました」と春子さん。家族の話では、春子さんが掃除を継続してからは、園内に居た浮浪者や麻薬中毒者なども姿を消し、今では春子さんが毎日、こつこつと植えてきた花々が咲き、地元住民が散歩をするなど憩いの場として利用されている。 園内には30年ほど前に建立された日本庭園があるが、管理していた地元の日本人たちが高齢化し、荒れ放題の状態になっていた。 見かねた春子さんは、公園全体の清掃とともに日本庭園の整備も考慮し、来年の6月までに完成させたい考えを示している。 春子さんは、「旅順丸の子孫もまだたくさん居ると思います。来年の100周年のお祝いを開くことによって、今後も(旅順丸関係者が)集まるきっかけになれば」と話し、来年6月に予定されている同公園内での記念の集いへの出席を呼びかけたい考えだ。 詳細に関する問い合わせは、春子さん(ブッフェ・ヤノ内、電話11・3833・9317)まで。 写真:整備が行われつつある日本庭園...
高知県人会(高橋一水会長)は、22日午前9時から、同県人会会館(聖市ピニェイロス区ミラニャス街196番)で「郷土料理講習会」、正午からは「土佐市出身者親睦会」を行う。 高知の郷土料理のほかにも一般メニュー3品ほどのレシピを伝授する。講習会、親睦会ともに、会員以外の一般参加可。「誘い合わせてどうぞ」と多数の参加を呼びかけている。会費は1人40レアル。詳細・申し込みは事務局(電話11・3031・6799)まで。 2009年11月19日付
9月21日に出発した第37回パラナ友好経済使節団23人全員が10月中頃に無事戻り、上野アントニオ義雄団長が報告書を書き上げ来社した。 加藤テルオ州議夫妻、パラナ州水道局のステニオ・ジャコブ局長、ロンドリーナ市のバルボーザ・ネット市長、パラナ日伯文化連合会の丹フランシスコ多喜男会長らそうそうたるメンバーが今回も参加した。 9月24日には東宮御所にて、皇太子殿下にご接見たまわった。上野団長は「一人一人に声をかけられ、親しく話をさせてもらい、団員一同深い感銘をうけました」と振り返る。「皇太子殿下はことのほかブラジルがお好きであられ、日系コロニアの躍進振りにお喜びになっておられる様子でした」とし、30分の予定が40分を過ぎたほどだったという。 翌25日はJICAの蔵元文吉中南米部長らと懇談し、ジャコブ水道局長とネット市長は同州の水源地保護プロジェクトへの協力を求めた。 京都、富士山見物のあと創価大学、29日には神戸に日伯協会の西村正理事長を訪ねた。30日には姫路市に石見利勝市長を、西宮市にも山田知(さとる)市長を表敬訪問した。 10月1日には加古川市に樽本庄一市長を表敬訪問し、神戸商工会議所にも訪れた。夜は兵庫県庁公館において、井戸敏三知事を表敬し、2010年には兵庫県パラナ州姉妹州県提携40周年を迎えるので、7月頃にブラジル兵庫県人会創立50周年、パラナ州同40周年式典に出席したいとの意向を示したという。 上野団長は、「大阪万博が開催された1970年、亡き金井元彦知事とパウロ・ピメンテル・パラナ知事代理として私が署名した。以来、緊密な関係が維持されてきた。あれから40年とは月日がたつのは本当に早い」と述懐した。 この使節団は第1回から上野氏が団長を務めており、今回を最後にし、後進に譲りたいとの希望を語った。
ニッケイ新聞 2009年11月20日付け ブラジル岩手県人会(千田曠曉会長)は、大会「第3回わんこそば食べ放題」を15日、同県人会館で開き、約150人が参加した。同大会は、男子の部2回、女子の部、子供の部の4回に分けて行われ、14人が出場。「はいドンドン」という威勢のいい掛け声に合わせ、勢いよくそばを啜った。今回の制限時間は、前回の2分から3分に。一回目の男子の部では、駐在員の松井一(43)さんが71杯で優勝。通りがかり出場したという松井さん、「まだ食べられます」と大会後も余裕の表情だ。女子の部は、63杯を食し優勝した鹿児島実習生の中村瞳さん(29)が念願の二連覇。中村さんのお椀にそばをついだ青年部の田中エレーナさんは、「いい食べっぷりですね。おいしそうに食べるのでつぎ甲斐があります」と語る。中村さんは、「日本で岩手に行く機会にまた挑戦したい」と喜びを噛み締めた。子供の部は2分間で行われ、前回優勝者の中北ケイイチくんを含め3人が出場。接戦の末、中北くんは25杯で2位に、初出場の井上公裕くん(13、新潟)が28杯で優勝した。「飲み込みずらかったけど、がんばった」と健闘した。男子の部2回目では、以前力士だったという森田康人さん(31、二世)が、77杯という記録を打ち出し優勝に。森田さんは「つぐ人が積極的だった」と笑い、「次は、100杯食べて優勝します」と力強くコメント。72杯で2位についたのは「おいしかった」と話す非日系のアラン・ハッサンさん(22)。器用な箸使いで会場を沸かせた。その様子を日本に伝えようとビデオカメラを回す千田会長も「若い人もがんばって、盛り上がっています」と満足そうな笑顔を見せていた。散歩の途中で立ち寄ったというアパレッシーダ・パウリーニ(55)さんも、「初めて食べたが、味が自然で気に入った」と話していた。
ニッケイ新聞 2009年11月20日付け ブラジル秋田県人会(小松雹玄会長)は21、22日午前10時から午後6時まで同県人会館(Av. Lins de Vasconcelos, 3390, Vila Mariana)で「第3回手工芸品バザー」を開催する。陶器、アクセサリー、刺繍、ハンドバッグ、和紙絵、折紙、切紙などを15のバザリスタが出品する。やきそば、パステル、ケーキなどの食べ物、飲み物も準備される。そのほかワラビの酢付けも販売。案内に訪れた小松会長、米谷ヨシ子婦人部長、和紙絵を教える大久保ルイザさんは、「太く、柔らかくておいしいです」と話し、「工芸品は全部手作り。お気に入りの品を探しに来て下さい」と来場を呼びかけた。問い合わせは、同県人会(電話=11・5573・4107)まで。
ニッケイ新聞 2009年11月18日付け ブラジル鳥取県人会(本橋幹久会長)は8月8、9日に母県で開催された「第45回鳥取しゃんしゃん祭」に参加するため、鳥取しゃんしゃん傘踊りグループ11人からなる訪日団(本橋幹久団長)を派遣した。移民100周年の08年には県人会創立55周年も重なり、平井伸治県知事や竹内功鳥取市長ら慶祝団50人が来伯。今回は45回目の同祭を記念し、鳥取市が同県人会を招待したもの。一行は8月3日から13日の日程で祭りに参加したほか、市長や市議会、県知事などを表敬訪問したり、日本舞踊や茶道などの充実した日程をこなした。鳥取市から訪問団一行が母県を訪問した時の様子や、踊りの場面が撮影されたDVDが同県人会に届いたため、お披露目も兼ねて10月16日、聖市内の同会館で報告会が行われた。報告会には訪日した一行を含む傘踊りグループ32人のほか、ブラジルの地に傘踊りを根付かせた西谷博さん(90)・千津子さん(84)夫妻も参加し、モニターに映し出される、母県で舞われた踊りの様子や、参加者たちの嬉しそうな感想に耳を傾けていた。最初に本橋会長は挨拶の中で、現在伯国内では日系社会以外でもいろいろな所で披露され、活発に活動している旨を説明し、「傘があっても指導する人がいないとできない。西谷夫妻のお陰です」と謝意を表し、「お陰様で昨年は皇太子さまや県知事、市長の前で披露できました」と述べた。続いて京野マリ良枝副団長から、傘踊りを通して日伯友好に尽力した西谷夫妻に日本移民百周年記念協会からの感謝状が手渡された。続いて本橋会長の解説のもとDVD上映に移った。一行はしゃんしゃん祭で3800人が踊った一斉踊りに「ブラジル連」として参加。通常、傘の上に紙で作った白い飾りをつけるが、訪日団は特別に黄と緑を付けてブラジルを表現、熱気あふれる踊りを披露した。さらに県と県人会が毎年交互に2人ずつ派遣する、中堅リーダー交流会の制度を利用して来伯経験のある若者も「ブラジル連」に参加、共に舞った。参加者の一人は「日本人の祭りの醍醐味を感じた」という。その他一行は、鳥取市にある仁風閣に市長、市議会長を表敬訪問し、大変な歓待を受けた。参加者の美甘好重さん(63、二世)は傘踊りを始めて3年、「西谷さんのお陰で日本まで行けて夢のようだった。大変な歓迎を受け感激した」と感想をのべ、「(しゃんしゃん祭で)3時間も踊れるかなと思ったが、踊りだしたら『もう終わったの?』と思うほど。良い思い出になった」と笑顔で応えた。また1977年に県費留学生として鳥取大学に在学した塩見輝子さん(65、二世)は「鳥取は広く綺麗になっていた。変わっていないのは県人の優しさ。留学もさせてもらい、再び訪れる事ができ嬉しい」と感想を述べた。じっと報告を聞いていた西谷さんは「みなさんが傘踊りで交流し、鳥取県を好きになってくれたのが一番嬉しい」と喜びの笑顔を見せた。 ◎ ◎ 傘踊りはもともとは雨乞いの踊り。同県因幡地方の男性が踊り始めたのがきっかけで、この〝因幡の傘踊り〟を戦後、アレンジしたものが県内に普及した。ブラジルでは82年、鳥取県の農業研修生が来伯した時、初めてブラジルで傘踊りが舞われた。当時の県人会長、西谷さん夫妻が見よう見まねで傘を回し始めた。98年には日本移民90周年を記念して、母県から500本の傘が寄贈された。移民100周年では平井県知事や竹内功市長らも式典で踊りを披露した。現在では毎週金曜日に県人会館、他にサンミゲルやサントアンドレーなどでも練習をしている。
SP管内、世界最多の26人が受賞 日本政府が実施する二〇〇九年度百歳高齢者表彰状伝達式が、十二日午後三時より聖市モルンビー区にある在サンパウロ日本国総領事公邸で行なわれた。今年度の在サンパウロ総領事館管内の表彰対象者は二十六人で、そのうち八人が本人出席。さらに家族などの代理人八人も式場に足を運び、大部一秋総領事から祝状及び記念品が贈呈された。 全国16公館で65人が対象 今年度の在外公館の百歳表彰者は十六在外公館で合計六十五人。そのうち在サンパウロ管内が半数に近い二十六人を占めたほか、在クリチバ管内が七人、在リオ管内が二人、在ベレン管内、在マナウス管内、在レシフェ管内がそれぞれ一人だった。また、山下譲二文協副会長、森口忠義イナシオ援協会長、与儀昭雄県連会長、重岡康人老ク連会長らが来賓として列席した。 挨拶に立った大部総領事は、当日十二日が日本国内で天皇陛下即位二十周年式典が行なわれているめでたい日であることについて触れ、さらに「ブラジルに移住して言葉や習慣、文化など異なる環境のもとで並々ならぬ苦労と努力をされてきた皆さんが、この日を迎えられたことを本当に嬉しく思います」と祝辞を述べた。 続いて表彰者全員の名前が読み上げられ、出席した表彰者に対して大部総領事から祝状と記念品が手渡された。与儀県連会長が表彰者全員の長寿を祝して乾杯の音頭を取った後、表彰者及び家族と総領事夫妻、来賓各氏らによる記念撮影が行なわれた。会場を隣部屋に移しての懇談会では、用意された刺身や寿司などを食べながら表彰者同士がお互いのさらなる健康を誓い合う場面も見られた。 聖市在住の平井志づこさん(山梨県出身)は、一九三七年にブエノスアイレス丸に乗って三人の子供と夫、弟とともに来伯。パラグアス市、マリーリア市で綿や米を作っていたが、言葉が通じずに苦労したため、夜に家族が寝てからランプをつけてポルトガル語を学んだ経験を持つ。五四年に聖市に移り住み、バールと倉庫を経営。生活が落ち着いた現在は、友人に会うことが一番の楽しみとなっている。長年会っていなかった友人に会うと、嬉しさのあまり自然と涙が流れてくるという。 一九二六年に呼び寄せ移民としてサントスの地を踏んだ花城淑子さん(沖縄県出身)は九人の子供を抱える大家族で、日本語学校の教師を務める夫を支えながらバナナ園の経営を行なった。その後ホテル経営など多角的な分野で成功を収めた経緯を経て聖市に移住。趣味の沖縄民謡は今でも欠かさず続けていると語り、懇談会場でも見事な歌声を披露してくれた。豚肉、大根、ごぼう、昆布を煮込んで作るスープが好物で、昆布などの栄養が長寿の秘訣だと笑顔を見せながら教えてくれた。 同じく沖縄県出身の安里幸永さんは昨年のブラジル移民百周年の際に、自ら作詞を行なって『移民百年の歩み』という曲を完成させ、当時の様々な思いを歌に乗せた。期待を胸に神戸港からサントス丸に乗って出帆したこと、移住後は苦難の連続だったが耐え忍んで耕地開拓により移民村を築き上げたこと、ノロエステの上塚第二植民地でコーヒー豆生産を行なっていたときの収穫の喜びなどが、鮮やかな情景として浮かび上がってくる歌詞になっている。安里さんは移民百年への万感の意を込めて「ここに幸あり希望あり、楽土ブラジル平和郷――」と同曲の最後を締めくくっている。 写真:表彰者8人と総領事夫妻、来賓各氏による記念撮影
麻生太郎政権が交代したのは9月半ば。私が会長を務める伯日議員連盟が真っ先に懸念したのは、麻生前総理のもとで社会経済、文化の面で良好に維持され、強化されてきた日伯関係である。 麻生氏は日伯議員連盟の会長であり、また若い頃からこの国にとても友好的な人物として知られている。この退任で、私たちの心配は、「これからどうなる?」ということだった。 東京での第50回海外日系人大会の招待状を受け取ったのは、鳩山由紀夫政権が誕生したのと同じ頃。日本の権力者と会って、麻生氏によって始められた日伯プロジェクトが新政権によって中断されないことを確認するために、絶好の機会だった。 10月11日に公式使節として渡日し、4日間の過密スケジュールをこなした。始めの2日間は天皇皇后両陛下がご出席のもとで大会に参加し、日伯議員連盟との会合も行われた。 同連盟の事務局長を務める藤村修衆議院議員は、30回以上も渡伯経験があり、若者の文化交流の推進者であり、また日伯の政治関係の重要な掛け橋となる人物だ。この会合で、私は安心した。 藤村議員の情報によれば、鳩山総理はブラジルに対して興味と理解を示しているという。となると、前政権と同じレベルでの交流を期待できるだろう。新幹部になったが、見通しは明るい。 高速鉄道やモノレールの日本方式導入プロジェクトや、日本でのブラジルエタノール販売の計画は中断されることはないだろう。それどころか、2014年ワールドカップ、16年のオリンピック開催決定は、両国に新しいパートナーシップや投資が築かれる傾向にある。 もう一つの朗報は、鳩山首相が在日永住外国人への選挙権付与(地方公共団体の議会の議員、および長)の可能性をほのめかしているということだ。実現すれば、日本に根付いている何千ものブラジル人が、自分たちの願いのために闘ってくれる代弁者を選ぶチャンスが持てることになる。 だが、私たち伯日議員連盟が最も期待するプロジェクトは、2010年の第1四半期に行われる予定の、社会保障の分野での両国間協力協定の署名だ。数年におよぶ交渉の結果、伯国社会保障省の専門家がこのほど東京に行き、公式使節により期待以上の結果を得たことが発表された。 すでにこの起草案はできており、全て期待通りに進めば、在伯日本人9万人と在日ブラジル人27万人が、近い将来、恩恵を受けられることになる。この協定は、日伯議員連盟も望んでいることである。 今回の公式訪問によって、政治や政党を超えた二国間の友情の絆が示された。政権交代こそしたが、日伯の関係は継続し、また成長するものと信じている。 飯星ワルテル(いいほし・ワルテル) ブラジル連邦政府下院議員、民主党(DEM)。ゼツリオ・バルガス大学を卒業後、北米カリフォルニア大学院で貿易学を学ぶ。伯日国会議員連盟会長。連邦政府消費者保護委員会副委員長。
ブラジル秋田県人会(小松雹玄会長)は二十一、二十二日の両日、午前十時から午後六時まで同県人会館(聖市ビラ・マリアナ区リンス・デ・バスコンセロス大通り三三九〇番)で『第三回手工芸品バザー』を開催する。 バザーには陶器、アクリル加工飾り物、刺繍(ししゅう)品、メモ用紙飾り、メタル加工品、ハンドバッグ、和紙絵、折り紙と切り紙、各種アクセサリーなど、色とりどりの作品が展示即売される。また会場では焼きそば、パステル、ボーロなどの食事も用意される。 案内に来社した小松会長、米谷ヨシ子婦人部長、アリアンサ(日伯文化連盟)の大久保ルイザ講師は「皆さんお誘い合わせの上、多くの人に来てもらいたいです」と来場を呼びかけた。入場無料。 問い合わせは同県人会(電話11・5573・4107)まで。 写真:小松会長、米谷、大久保各氏(左から)
ニッケイ新聞 2009年11月17日付け 料理に定評のあるブラジル鳥取県人会婦人部が、新しい試みを成功させた。聖市の同会館で15日に行われた北東伯の伝統料理ムケッカ・デ・ペイシの会で、300食を用意して見事に売り切った。本橋幹久会長は「ムケッカは初めて。他の県人会でもやったことない。いったいどの程度売れるのか心配でした」と胸中を明かす。1食20レアルと安くはないが、フタを開けたら満員御礼だった。 それもそのはず、高居ジャシー婦人部長は「5回も試食してレセイタを決めた。いろんな魚を試したがこれが一番だった」という自信の作だ。100キロのピンタード・ド・マルを購入。5日ほど前から仕込みを始め、当日は朝6時半から下準備をし、婦人部20人が総出であたった。来場者の一人、隣のサンタクルスに住む戦後移住者の60代女性は、「美味しかった。魚といえば普通は和風に調理するけど、こういうのも中々いけますね」と納得の表情を浮かべる。やはり市内在住の滝友梨香さん(69)は、「どこにいってもヤキソバばっかり。変った料理を食べたかったからちょうど良かった。ラーメンとか五目寿司とかでも普通のは食べあきたから、ここみたいに、こだわりの一工夫をして欲しい」と要望する。会場は、家族や非日系の友人を連れた会員でいっぱいとなり、なごやかな昼食風景が広がった。本橋会長は「県連日本祭りでは和牛の牛丼で400食を売り上げ、郷土料理の大仙おこわも例年通りだった」と報告。婦人部サマサマのようだ。高居婦人部長は「今日もたくさん来てもらって苦労した甲斐があった。ものすごく手間がかかるから、来年もやるかどうかは、評判しだいね」と微笑んだ。名前こそムケッカだが、どうやら〃結果〃は上々のよう。なお、22日には同会館を使って習い事をする人の発表会「鳥取ファミリー親睦会」があり、終日いろいろな芸事が披露されるという。
ニッケイ新聞 2009年11月17日付け 日本政府の2009年度100歳高齢者表彰状伝達式が、12日午後聖市モルンビー地区の在聖日本国総領事公邸で開かれ、26人が表彰された。表彰者8人、代理人8人、その家族のほか、山下譲二文協副会長、与儀昭雄県連会長、重岡康人老ク連会長など約50人が出席した。今年の表彰者は在聖総領事館の26人に続き、在ホノルル総領事館13人、在クリチバ総領事館7人、在アルゼンチン大使館3人、在リオ・デ・ジャネイロ大使館2人、在サンフランシスコ総領事館2人、在リマ大使館2人など16在外公館で計65人。在ブラジル大使館、在ベレン総領事館、在マナウス総領事館、在レシフェ総領事館での各1人の表彰者を含め、伯国では計39人が表彰を受けた。大部一秋在聖総領事は、「並々ならぬ御苦労の末に今日の晴れ舞台を迎えましたことは、本当に喜ばしいことです」と伝え、「立派な人生の模範を多くの後輩たちに示してくれたことに、深く感謝を申し上げます」と称えた。花城淑子さん(沖縄)、川村さたよさん(宮城)、中田政人さん(広島)、日野重雄さん(愛媛)、矢野若江さん(愛媛)、安里幸永さん(沖縄)、石神とみえさん(岐阜)、平井志づこさん(山梨)に大部総領事と栄子総領事夫人から、祝状と記念品が伝達された。「身に余るほどの喜びです」―。そう大きな声であいさつし会場を沸かせたのは、19歳で移住した花城さん。来場者に歌を披露するなど、お達者ぶりを見せつけた。「ありがとうしかありません。皆さんがよくして下さり、私は本当にめでたい生まれです」と感謝を示した。1928年に来伯、農業に従事した後バールを経営した中田さんは、「本当にありがたいことです」としみじみと語った。「全く嬉しいですね」と話す川村さんは、今でも自ら家事を行う。付き添った嫁の川村佐智江さんは、「すごくやる気があって、洗濯も一人でやってしまうんです」と笑顔を見せていた。その他の表彰者は以下の通り(在サンパウロ総領事館管内)。藤井はな(千葉)、河野アヤコ(愛媛)、神谷清次(沖縄)、池田豊年(鹿児島)、伊藤直久(北海道)、上サツキ(広島)、宗形ハツヨ(福島)、平田イツノ(福岡)、大木みなゑ(山形)、大塚絹子(福岡)、岸田勇(富山)、小川トメノ(福岡)、高尾清太(福岡)、野田三蔵(熊本)、上川フサ子(広島)、小野リウ(福島)、外間ウト(沖縄)、寺西伊登子(山口)。
ニッケイ新聞 2009年11月17日付け 今年で入植90周年を迎えたモジ最古の入植地コクエラで14、15両日、コクエラ日本人会(農業者協会、木本照親会長)が「第19回ふるさと祭り」(田島弘実行委員長)を開催した。最盛期の1970年代には、約400家族が会に参加していたというが、現在は120家族へと減少。都会に出てゆく若者が集まれる場所にしたいとの思いも詰まっている同祭に、今年も二日で3万人が訪れ、ふるさとを満喫した。 90年前の1919年、鈴木重利一家の第1回入植を皮切りに、モジ最古の入植地として現在も続く同地。日本人会は26年に発足し、翌年には子弟らの教育のために自治体に働きかけ、現在の会館の地に州立小学校を建設。さらに戦後66年に中学校、72年には高等学校と、当初から一貫して子弟教育に取り組んできた。14日午前10時過ぎから行われた開会式には、飯星ワルテル下議、マルコ・バエルタイオーリ市長、安部順二元市長、長尾オズワルド同市農務局長、織田順有副領事、中山喜代治モジ文協理事長ら多くの来賓が列席。真っ青な空の下、150人が参加した。先人に黙祷を捧げた後、田島実行委員長は、歴史を簡単に振り返ったうえで「今年で入植から90年を迎え、今まで農業を引き継ぎ、同祭を今年も開催でき嬉しい」とあいさつ。市長は、日本人の農業発展への貢献を称え、「モジの発展を支えたのは日本人移民のおかげ」と敬意を表した。飯星下議の提案で、5万レアルが観光省から同祭に贈られ、飯星下議、市長、木本会長、田島実行委員長によってサイン調印式が行われ、祭りが幕開けした。前身の「桃祭り」から数え約40年続き、モジ市の農業イベントの中でも最古を誇る同祭。目玉の農産物品評会には、60種にもおよぶ野菜・果実・鶏卵・花などが農家から出品され、市長も興味深そうに農産物を一つ一つ鑑賞していた。田島実行委員長は、「昔に比べて技術が進んでいるから、そりゃもう昔に比べて随分と発展したよ」と話していた。外の会場では、日本食やショーが一日中行われ、最終日の夜は、恒例の花火で締めくくられた。枇杷の部で一位と二位に選ばれた細谷武雄さん(62、二世)は、独立しコクエラで農業を始めて28年。約17ヘクタールの土地で柿、枇杷、アテモイア、レイシや蔬菜を栽培し、地元やセアザで、「細谷」マークのシールをつけて販売している。「僕は前に出るのは嫌い。農業は自分に合ってるね。誰も見てないところで一生懸命努力して、いいものだって認めてもらいたい」と話し、「今回評価されて嬉しい。一つの生きがいでしょうか」と静かに喜びを表した。木本会長(68、三世)は、「今、子供が外に出てる。今までは日本文化が続けてこられたけど、今後はもっと混ざっていくと思う。仕方ないよねぇ」と話しつつ、「やっぱり(会の活動を)息子らに続けてもらいたい」と同地生まれの坂田正雄さん(77)と塚原忠男さん(73)らと同祭への思いを漏らしていた。
ニッケイ新聞 2009年11月14日付け 建立50周年を迎えた曹洞宗南米別院佛心寺(采川道昭総監)は13日午前から、同寺で大鑑閣落慶式を開催した。日本から渕英徳曹洞宗宗務総長ら60人、欧州、ハワイなどから40人の慶祝団を迎え、檀家や一般客も駆けつけ、盛大に催された。同日、開山像開眼供養、慶祝転読大般若祈祷も行われ、厳粛な雰囲気の中、粛々と落慶が祝われた。来賓には大部一秋総領事夫妻、ウィリアン・ウー下議、羽藤ジョージ市議、与儀昭雄県連会長、菊地義治援協副会長、池崎博文ACAL会長らの姿も見られた。 午前10時、法堂において渕宗務総長による三ケイ三拝で幕を開けた。続いて大鑑閣前に移動した。日伯両国歌の演奏の後、宗務庁教化部長の宮下陽祐老師らによって額「大鑑閣」の除幕式が行われ、続いて渕総長や采川総監、玉田伯夫理事長、伊藤勉パウロ建設委員長らによりテープカットが行われた。続いて大鑑閣2階の開山堂にて「開山像開眼供養」が行われ、大鑑閣の完成を祝った。導師は千葉県新井寺住職の松井道孝老師が務めた。さらに法堂に場所を移し「慶祝転読大般若祈祷」が行われ、采川総監が導師を務めた。10人の禅師が大般若心経を次々と転読し、堂内にはお経が響き渡った。その後、参加者は順に焼香し、先人の労苦に祈りを捧げていた。その後、場所を大鑑閣1階サロンに移し、慶祝昼餐会が催され、会は盛会のうちに終了した。ニッケイ新聞の取材に采川総監は落慶した大鑑閣について、「座禅会はもちろん、サロンもある。檀家さん以外でも結婚式などのイベントにも使用して欲しい」と応えた。12日に着聖した渕宗務総長は「おおらかな印象を受けました」とブラジル人の印象を語り、「植えてみて 花の育たぬ 里はなし」と詠み、先人の苦労を称えた。さらに、「(采川総監が)苦労していたのは知っていたので、大鑑閣を見た時には涙が出ました。黙って実行する姿こそ、禅です」と労いの言葉をかけた。◎大鑑閣は日本の曹洞宗の各寺や檀家など多くの寄付によって建築され、地下1階、地上3階建て。1階にはサロンが設けられ、個々の家族に対応した納骨堂の設置も予定されている。2階には座禅堂を始め、佛心寺を開いた高階瓏仙禅師を奉った開山堂、歴代総監の位牌や、ブラジルの地方に布教へ赴いた物故者の位牌も並べられる。3階には茶室も備え付けられる。14日は午後1時から開山搭開眼供養、午後3時半から大権修理菩薩・達磨祖師像開眼供養などを予定している。15日は午前8時半から福山諦法曹洞宗管長代理の渕宗務総長の五ケイ三拝で始まり、9時から南米開教物故者諷経、10時から50周年慶讃法要などが行われる。
ニッケイ新聞 2009年11月13日付け ブラジル熊本県文化交流協会(小山田祥雄会長)は15日正午から、「第1回たけのこ祭り」を同協会会館(R. Guimaraes Passos, 142, Vila Mariana)で開催する。今まではバザーをやっていたが、開催する団体が多くなってきたため、変わったことをやろうということで始まった。聖市郊外の会員宅に生えているたけのこを利用する。季節の香り、味の良いたけのこを販売する。また、婦人部が腕をふるったたけのこご飯やたけのこ肉料理、塩漬けなどの保存食などたくさんのたけのこ料理が販売される。いずれも1食10レアル。県人会関係者は「いろいろな料理を味わいながら、楽しい時間を過ごしてください」と参加を呼びかけた。問い合わせは県人会(電話=11・5084・1338)まで。
ニッケイ新聞 2009年11月13日付け 桜やパウ・ブラジル、もみじなど新春の緑が目に鮮やかな聖市モルンビー区の聖州政庁バンデイランテス宮に「銀杏(いちょう)」を植える植樹式が6日行われ、西本エリオ州議や防災局聖州コーディネーターのキタ・ルイス軍警大佐の代理として聖州防災局軍務部武官のカサイ・トニー軍警大尉、広島文化センターの大西博己会長、リベルダーデ地区治安協議会(CONSEG)の小川彰夫会長なども出席した。さらに、イタケーラ区の州立ヒロシマ学校の生徒90人も参加し、平和の象徴である銀杏へ思いを託した。本企画はヒロシマ学校の生徒が同宮を見学する際、聖州教育局のプログラム「ビバ・ジャポン」コーディネーターを務めた日野寛幸さんと広島文化センターの平崎靖之理事が「平和を願う、意味のあることをしたい」という思いから始まった。植樹式をするにあたり、同宮の小講堂で広島学校の生徒に対し、平和に対する学習会が開かれた。平崎理事や大西会長から挨拶があった後、日野さんは生徒達に向かって「銀杏を知っていますか?」と問いかけると、顔を見合す生徒たち。原爆が投下された広島で、まっさきにすくすくと育った銀杏のたくましさを説明し、平和の尊さを訴えた。小川代表は今年訪れた広島、長崎の話に触れ、「原爆の影響で未だに苦しんでいる人がいる。戦争は二度と起こしてはいけない」と語気を強め、来年8月にレジストロで行われる灯ろう流しへの参加を呼びかけた。西本州議は市会議員を経た後、州議となった経緯を自身の半生と共に振り返り、「是非、夢や目的をもち、実現できるよう努力してください」と学生に励ましの言葉をかけた。一行は同宮敷地内の庭園に移動し植樹を行った。植えられた銀杏の苗木2本は日野さんから寄付されたもの。平崎理事は「協力して銀杏を植え、ブラジルに根付いて欲しい」と思いを語った。日野さんは「この銀杏は通りからも見えるので、大きく育つのが楽しみ。植樹する意味を生徒にも分かって欲しい」と述べた。また、同校、高校3年生のファブリシオ・リスボア・ソウザさん(17)は「今日、話を聞いて、植樹とヒロシマ学校との関係がわかった。育つのを見るたびに思い出すだろう。見守っていきたい」と感想を述べた。
鹿児島県人会(園田昭憲会長)は八日、同県人会会館で県人会創立九十六周年記念法要並びに敬老会を行なった。 午前十時半から、曹洞宗国際布教師の大畑天昇住職(九二、静岡県出身)によって厳修された先没者慰霊法要では、出席した五十人の会員らが焼香。 大畑住職は法話の中で、「これからも供養を続けていってほしい」と語り、「朝起きたらご先祖様に感謝の気持ちを三回は唱えること。そうすることで、次世代にも恩恵が続いていく」と、説いていた。 引き続き開かれた敬老会で園田会長は、「鹿児島県人は世の中の流れを変えるような血を引き継いでいる。今の自分たちがあるのはご先祖のおかげ」とし、七十五歳以上の高齢者に、「感謝の気持ちを込めて」と、県人会特製かばんや紅白餅、花等を記念品として手渡していた。 参加者代表で挨拶した小森広さん(八〇)は、「日本人の誇りを持ち続け、喜び、感謝をもって生きていくことが大事。会長が頑張っているから、もっと会を盛り上げていこうという気にならにゃいかん」と、集まった会員らを鼓舞。 池上忍名誉会長らによる祝辞の後は、昼食懇談会に移り、会員相互に親睦を深め合った。 出席者最高齢は、藺牟田栄蔵さん(九三、南さつま市出身)。一九三四年に単身呼び寄せで来伯し、ノロエステ線アラサツーバのグァタンビに入植して、食料品等を扱う商売で生計を立てた。最近は、自宅で飼っている小鳥に毎朝餌をやるのが日課になっていて、鳥の観察や庭で花を育てるのが楽しみだという。 毎年恒例の敬老会に、「こういう機会があるのはありがたい」としながらも、戦前移住の知り合いの姿が見られなくなってしまったことに、「話し相手がいないのは、寂しいですね」と、少し残念な様子だった。 下窪ハキさん(九〇、枕崎市出身)は、九月に同市市制六十周年祝賀慶祝団の一員として訪日。五歳年上の姉の様子を見に行ったそうで、「元気でしたわ」と、喜びの表情を浮かべていた。 久しぶりに見た田舎では、田畑の中にも家が建っていたことに驚き、「昔はキツネが出て騙されるというから一人じゃ歩けんかったのに」と語り、日本については、「もう行かん」と話すも、毎回そういいながら五年に一度来伯してしまうことを明かし、周囲を笑わせていた。 久しぶりに顔を揃えた会員らは、ビンゴゲーム等を催しながら午後二時過ぎまで懇談し、笑顔に溢れた和やかな一日を過ごしていた。 写真:厳修された先没者慰霊法要 2009年11月10日付
山形県人会(荒木克弥会長)主催の第六回民謡コンクールが、十五日午前九時から聖市リベルダーデ区の宮城県人会館(ファグンデス街一五二番)で開催される。後援は、ブラジル日本民謡協会、ブラジル郷土民謡協会、伯国日本民謡同志協会、江差追分会ブラジル支部、小路流民謡尺八道ブラジル支部、老人クラブ民謡部。 同大会は、山形県の魅力を広く知ってもらい、相互交流を活発にすることを目的に毎年開かれている。当日は、県人会員をはじめ、一般の民謡愛好者たちが「山形県の民謡」を唄って成績を競い合う。 詳細についての問い合わせは、同県人会事務局(電話11・3208・8781)まで。 2009年11月11日付
鳥取県人会(本橋幹久会長)は十五日正午から午後三時半まで、同県人会会館(聖市ミランドポリス区セザリア・ファグンデス街三二三番)でバイア料理「魚のモケカ」を提供する。 当日は、同県人会婦人部(高井ジャシー部長)が、魚のモケカに、ご飯、サラダ、ピラオンを添えて提供。調理される魚は海で獲れるピンタードで、セアザ卸売市場から新鮮なものを取り寄せる。味付けには個人の嗜好を考慮し、海老や薬味を除いたものも用意。価格は一食分二十レアル。 十日、本橋会長と婦人部の末永勇美子さんが案内のため来社。「美味しいのでぜひ食べに来て」と、多くの来場を呼びかけている。 食券の購入・問い合わせは同県人会事務局(電話11・2276・6032)まで。 写真:本橋会長、末永さん(右から) 2009年11月10日付
