06/03/2026

Mês: dezembro 2009

ニッケイ新聞 2009年12月29日付け 移民2世紀目への第一歩を踏み出したブラジル日系社会。昨年の百周年に続き、今年はアマゾン移住80年という節目を迎えた。聖市では援協の社会福祉センターが落成。9月に50周年を祝ったノロエステ連合のように、各地のコロニアも新時代に向け歩み出している。一方で金融危機が在日ブラジル人におよぼした影響は深刻さを増し、今も出口は見えていない。今年も編集部が選んだ10大ニュースをお届けする。 第1位=アマゾン入植80周年=各地で関連行事を開催 アマゾンに日本人が最初の一歩を記した1929年のトメアスー初入植から今年で80周年を迎えることから、アマゾン各地で関連式典・行事が華やかに執り行われた。9月16日のトメアスー式典には、約600人が出席。移住事業を担った南米拓殖株式会社の創立に尽力した鐘淵紡績社長武藤山治氏の孫、武藤治太氏(71)も駆けつけ、「祖父が生きていたら、喜んだでしょう」と話した。18日にはベレンでアナ・ジュリア・カレパ州知事も出席した記念式典、20日にはマナウスでも関連行事が盛大に執り行われた。これらの式典には、皇太子殿下からの祝辞が寄せられ、島内憲大使が代読した。歌手の宮沢和史さんもギターを持って、祝いの歌声を響かせた。22日には、ジュート産業の担い手となった高拓生(日本高等拓植学校卒業生)が戦前に入植したヴィラ・アマゾニアでジュート開拓碑の除幕式、本拠地だった「八紘会館」再建に向けた定礎式も行われた。県連は恒例の「ふるさと巡り」でアマゾン慶祝団を結成、異例の211人に加え、9県人会長が参加、現地で共に節目を祝った。本紙は、第1回移民で現在もトメアスーに住む山田元さん(広島)を招き、講演会「トメアスーに生きる」を7月、文協貴賓室で開催。紙面でも記念企画「アマゾンを拓く」を長期連載するなど、アマゾン移住の歴史と今の声を追った。 第2位=デカセギが6万人帰国=経済危機の影響受け 昨年9月に顕在化した世界金融危機。真っ先にその波を受けた在日ブラジル人たちの苦境は、当初の予想をはるかに超え、まさに「崩壊」の様相を示した。派遣雇用を切られ住宅を失う人が出、雇用保険の受給期間も次々と切れる。親の失業により子弟はブラジル学校に通うことが難しくなり、生徒減少により閉校に追い込まれるところも出てきた。公立校への転校に備える政府主導の日本語教室はまだ始まったばかり。大人たちの再就職にも日本語能力が壁となり、現実は厳しい。一方、地域による食料支援が各地で行われている。日本で踏ん張りながら農業や介護など、新しい道を切り開こうとする人たちも出てくるなど、在日コミュニティと地域との関わり、ブラジル人自身の意識の変化など新たな兆しも見え始めた1年だった。法務省の統計によれば、昨年10月からの1年間で約6万5千人のブラジル人が帰伯したと見られる。年末までには7万人を超えているだろう。戦後移民の総数を軽々と上回る昨年来の人口移動。現在帰国している人たちの今後の動向とあわせ、来年も予想を超える状況が出てくるかもしれない。 第3位=帰国支援金が大波紋=1万4千人以上が受給 3月19日、自民・公明両党の新雇用対策プロジェクトチームが緊急雇用対策をまとめ、麻生太郎首相に提出した。「日系人就労準備研修事業」と合わせて、帰国旅費の援助として働いていた本人に30万円、家族に20万人を支給する「日系人離職者に対する帰国支援事業」を発表した。問題になったのは、支援を受けて帰国した人は「日系人の身分に基づく再入国は認めない」とされる点。本紙3月26日付け記者の眼コラム「帰ったらデカセギじゃない!?」を先駆けに、4月中には東京新聞、TBS、毎日新聞、愛媛新聞のほかNYタイムスからも「二度と再入国できない印象を与える」との批判を浴びた。静岡県浜松市の鈴木康友市長は「日系人として再入国できないのは問題だ」と同月の記者会見で意見をのべ、伯国のカルロス・ルッピ労働大臣が「施策の無効化」を求める公文書を送るまでに発展したのを受け、日本政府は5月11日に「再入国禁止期間を3年を目処にする」と発表をした。10月に来伯した厚生労働省外国人雇用対策課の山田雅彦課長によれば、申し込んだ南米日系人は10月2日現在で1万4329人にも上る。日本政府は「日系人の身分に基づく新たな入国管理のあり方について検討する」とも発表しており、世界同時不況を機に、デカセギ情勢は根本的変化を迎える可能性すら示唆されている。 第4位=援協創立50周年=福祉センター完成 サンパウロ日伯援護協会(森口イナシオ会長)が創立50周年を迎え、地上6階地下3階建て約6千平米の「社会福祉センター神内良一ビル」をリベルダーデ区のファグンデス街に堂々落成させた。総工費は1300万レアル以上。神内医療福祉基金と日伯友好病院からの出資を取り掛かりに、大々的に募金運動を展開し多くの反響を呼んだ。日系団体・個人、ブラジル社会、日本から寄せられた浄財は計186万1394レアル(12月17日現在)。世界不況に負けない移民101周年目の最大プロジェクトへと発展し、8月15日に記念式典と福祉センター落成式を挙行した。前身の「日本移民援護協会」創立から半世紀、現在は診療所や友好病院など九つの福祉施設を持つ援協。日系社会が必要とする福祉事業が時代とともに移り変わる中、来年2月を目処に開業する〃新生〃援協に寄せられる期待は大きい。 第5位=西村農工学校、歴史に幕=最後の卒業生送り出す 28年の歴史を誇った西村農工学校(ポンペイア市)が、11月28日に同校最後の卒業式を開催、卒業生25人が巣立っていった。同校は、1982年に西村技術財団の西村俊治理事長(99)が創立した3年間の全寮制を特色とする農業専門学校。日本式の厳格な教育方針を貫き、優秀な人材を輩出する実業校として全伯に知られた。26期にわたり、計843人の卒業生を送り出した。卒業生たちは、「3年間で得られる一番大きなものは友情」と声を揃える。閉校の知らせに、「思い出の学校がなくなり寂しい」という声が多く聞こえた。同校は、来年からFATEC(サンパウロ技術大学)マリリア校ポンペイアキャンパスとして使用される。同校の持つ設備を利用して機械工学科が開講され、今後も農業技術者の育成という役割を担っていく。俊治さんの息子ジョルジさんによれば、俊治さんは「ポンペイアに最高学府をつくるのが夢であり、州の大学として活用されることは喜ばしい」と期待を込めているそうだ。 第6位=5道県が創立式典開く=宮崎の東国原知事も来伯 県人会の式典は五つの道県が開催し、知事や副知事が来伯した。北海道協会は8月、道人ブラジル移住90周年の記念式典を開催、高橋はるみ知事をはじめとする慶祝使節団が来伯。同会の創立70周年、同センター建設10周年とあわせ、三つの節目を盛大に祝った。さらに同月、宮崎県人会は母県から元お笑いタレントの東国原英夫県知事など官民合わせ32人からなる慶祝団を招き、県人移住95周年、創立60周年の記念式典を行った。また、青森県人会は10月に創立55周年を祝して日本から蝦名武副知事をはじめ11人の訪問団招いて開催した。さらに11月、長野県人会が創立50周年式典を村井仁知事ら11人の慶祝団を迎え祝った。同月、和歌山県人会が創立55周年を記念して仁坂吉伸知事を迎え式典を開催し、公式訪問団11人、民間訪問団16人が駆けつけた。 第7位=文協選挙 木多氏が新会長に=涙飲んだ小川彰夫氏 ブラジル日本文化福祉協会(文協)の会長選挙が4月25日に行われ、木多喜八郎氏(シャッパ名「統合と進歩」)が6票の差をつけて、小川彰夫氏(シャッパ名「チェンジ文協」)を下し、新会長に就任した。3月の会員総会で行われた評議員(選挙権を持つ)選挙も盛り上がりを見せ、コロニア巷間で話題を呼んだ。本紙は、サンパウロ新聞との共催で、討論会「文協の将来を考える」を4月に開いた。木多会長は3期務めた上原体制を踏襲、全伯日系団体を繋ぐ「文協ネット」を改革に旗印に、全伯日系団体の代表を標榜しているが、百周年後の舵取り役として期待するコロニアの声には、事実上まだ答えていない。 第8位=コチア花嫁第1陣=金婚式迎える...
2009年日系社会回顧㊤ 文協会長選、阿波人形浄瑠璃公演 昨年の移民100周年記念事業に続いて、アマゾン移民80周年という節目の年を迎えた2009年。今年も各地でそれぞれにイベントが開催されるとともに、日系社会に関連する様々な出来事が起こった。 1月、日本経団連自然保護協議会植林視察団(大久保尚武団長)10人が、5日間にわたってブラジルとパラグアイを初訪問。聖州立チエテ・エコロジコ公園植林への資金援助を決定したことや、ラジル日本商工会議所関係者との意見交換、聖州森林院表敬訪問や聖州および聖市環境担当者と懇談し、同公園内で「経団連の森」と称した植林作業を行った。 2月、沖縄県人会(与儀昭雄会長)が200年以上前と見られる貴重な三線(サンシン)が、聖市内で埋もれていることを発見。その「お披露目式」が行われた。 同月、神奈川県人会(村田洋会長)の依頼で、母県関係者の協力により「21世紀を生き抜く為に」をテーマにした二宮金次郎(尊徳)像寄贈記念セミナーが開催。同県人会館で石像の除幕式も行われた。 3月、長崎県総会で、会の公金約4万レアルを横領着服した会計理事と06年当時の会長の責任について話し合われ、3か月の期間を区切った話し合いの上、県人会の要求に応じなければ刑事裁判も辞さない対応を行うことで意見をまとめた。 同月、アマゾン日本人移民80周年祭典委員会(生田勇治委員長)主催の記念事業の皮切りとなる「ミスニッケイ・汎アマゾニア09」大会が、ベレン市内のコンベンション・センター「HANGAR」で開催され、約1500人の観客が詰めかけた。 4月、沖縄県のエイサー太鼓の動きを取り入れた琉球国祭り太鼓(浦崎直秀会主)の創立10周年記念公演「島に戻(むどう)てぃ」が、聖市サンタナ区のアニェンビー・コンベンション・センターで開催され、会場がほぼ満員となる約2500人が来場した。 同月、全伯日系団体の代表を標榜する文協の会長選挙が行われ、体制派が推す木多喜八郎氏と、再生グループ・谷広海氏と連立を組んだ「チェンジ文協」の小川彰夫氏との一騎打ちとなり、公開討論会などを経た上での投票の結果、木多新会長が誕生した。 5月、徳島県の伝統芸能である「阿波人形浄瑠璃・平成座ブラジル公演」が、徳島県人会館で開催され、ブラジル初めての公演を成功させた。 同月、本紙主催のアマゾン日本人移民80周年を記念した「アマゾンを拓いた日本人、日系人―『緑の地獄』を楽園に変えた歴史を辿る―」写真展および「ブラジルへ渡った100人の女性の物語」単行本出版を記念した「日系女性100年の歴史―ブラジル100人の女性物語」写真展が聖市リベルダーデ区の文協ビル内貴賓室で開幕。同祭祭典委員長で汎アマゾニア日伯協会会長の生田勇治氏の「アマゾン移民の過去、現在、未来」講演も実施された。 6月、5月下旬に北米ラスベガスで行われた世界最大の総合格闘技イベント「UFC 」で、パラー州ベレン市出身の日系2世LYOTOがライトヘビー級で世界チャンピオンの座を獲得。ベレンの地元紙でも連日、大きく取り上げられ、「パラー州の英雄」として同地で凱旋パレードが行われた。(つづく) 2009年12月23日付
ニッケイ新聞 2009年12月25日付け 「かごしま国際交流フェスティバル」(財団法人鹿児島県国際交流協会主催)が去る11月22日、かごしま県民交流センターで開催され、ブラジル鹿児島県人会研修制度OB・OGの有島弥生さん、下松八重ひとみさんらが、ブラジルの魅力や移民の歴史などを幅広くアピールした。鹿児島ブラジル研修交流会が「ブラジルブース」を出展。元研修生のほかにも、県費留学・研修中の日系子弟、園田昭憲・県人会会長の日本在住の親戚、ボランティアが協力した。自分たちが撮影したブラジルの写真や移民についての資料展示、アサイーの実を使ってアクセサリーを作るコーナーを用意した。シュハスコ、ガラナ、スーコなどブラジル食を出す「バール・ブラジル」も大人気。カポエイラの実演もあった。今年3月に日本に帰国した元研修生の有島さんは、「小雨が降ったりで寒い中でしたが、楽しかった。仲間と一緒に紹介できて良かった、ブラジルに帰りたくなりました」と話していた。
ニッケイ新聞 2009年12月25日付け 在聖総領事館、ブラジル日本文化福祉協会、サンパウロ日伯援護協会、ブラジル日本都道府県人会連合会、ブラジル日本商工会議所、日伯文化連盟の6団体は1月1日午前10時から「2010年度新年祝賀会」をリベルダーデ区の文協大講堂(Rua Sao Joaquim, 381)で開催する。会では、文協合唱団のリードによる「1月1日」の歌を合唱、祝賀パーティなどが催される。問い合わせは同文協(電話=11・3208・1755)まで。
ニッケイ新聞 2009年12月23日付け ブラジル日本都道府県人会連合会(与儀昭雄会長)は17日午後、栃木県人会館で代表者会議を開いた。与儀会長は挨拶の中でフェスティバル・ド・ジャポン(日本祭り)やふるさと巡りについて触れ、「今年は厳しい運営になると心配していたが、予定通り進んだことは各県人会のおかげ」と感謝した。今年の第12回日本祭りについて与儀会長は、「スポンサーからの支払いが全て済み、来月には完全な収支報告を発表できる」と報告。来年の開催に関しては坂本アウグスト実行委員長が「大きなスポンサーはだいたい挨拶を終えた」と述べ、2月から本格的に話を進めていく考えを示した。園田昭憲副会長から県連案内パンフレットを作成する計画が発表された。活動内容の説明に加え、資料として残すのが目的。40~50ページでオールカラー、約50枚の写真、日ポ両語で毎年発行する予定。今回は移民百周年、1年の行事、訪問者紹介のほか、各県人会の会館や記念式典等の主要行事を掲載する予定で、2月末には仕上げたいという。出席者からは「サンプルを見たい」「県人会として補足説明をできる項目を作って欲しい」との意見があり、拍手で承認された。会議後、午後6時半から忘年会が開かれ、在聖総領事館やJICA、日系政治家、日系団体、県人会関係者など約200人が訪れた。与儀会長、鎌倉由明領事、森口イナシオ援協会長、飯星ワルテル、ウィリアン・ウー両下議らの挨拶の後、森口会長の音頭で乾杯。1年の労を労ってあちこちで話に花が咲き、大いに盛り上がりをみせた。8月に北海道人ブラジル移住90周年式典を行った北海道協会の木下利雄会長は、「知事からも喜ばれ、意義ある1年だった。来年は若い人を育て、次の百周年に向け頑張っていきたい」と感想を述べた。当日は県連から和順会、やすらぎホーム、こどものその、憩の園、希望の家の5団体に各1千レアルの寄付も行われ、与儀会長から各団体代表者に手渡された。
20日、岐阜県人会(山田彦次会長)で毎年恒例の餅つき忘年会が行われ、1世、2世の会員以外に、10代、20代の若者たちも10人近くが参加。率先して餅をついていた。その若者たちが話していたのが、日本文化を自分たちの世代でも積極的に継承していきたいという内容。日本語を巧みに話しながら、1世の高齢者たちとも良い雰囲気で打ち解けていたのが印象的だった。若きリーダーが育っていくことに期待。
ニッケイ新聞 2009年12月22日付け ブラジル岩手県人会(千田曠暁会長)は、13日午前11時から同県人会館で2009年度忘年会と第42回交流誕生会を開催し、約60人が歓談しながら今年を振り返った。岩手の地酒南部美人を片手に「県人会の雰囲気が良いね」と語るのは、宮城義晴さん(65)。東京都出身だが、同県人会の仲の良さが気に入り賛助会員になったそうだ。11月に旅行で来伯した松岡不二子さん(66、茨城)も賛助会員。県人会の温泉ツアーに飛び入り参加したそうで、「こんなに県人会の活動が盛んだったとは。居心地が良いです」と、すっかり溶け込んだ様子だ。岩手県子弟の妻野口ミサさん(、二世)と共に入会したという陳文財さん(76)は、台湾出身。会員歴は5年で「親切な会員たちは、共に愉快に楽しく過ごせる仲間」と話す。日本語の書籍を読むのが好きだという陳さんは、同県人会の図書室も頻繁に利用しているそうだ。9月から12月生まれの約15人の誕生日が祝われたほか、会員らが一緒になりビンゴやカラオケに興じた。今年同県人会では賛助会員が増えたほか、フェスティバル・ド・ジャポンで過去最高の売上を記録。ふるさと図書室の利用も増え、利用者は毎月平均200人以上に上るという。千田会長は、「今年も実りの多い年でした」と振り返り、「今後岩手の物産を南米に広げたい。東北の6県人会と北海道協会で合同物産展を実現できれば」と来年の目標を掲げた。
ニッケイ新聞 2009年12月22日付け ブラジル岐阜県人会(山田彦次会長)が2013年の県人移住100周年に向けて、新会館建築と同百年史編纂を掲げて動き出している。訪日した山田会長が9日に古田肇知事に面談するなどの呼びかけを行った結果、赤字の県が支出するのではなく、県民広くに募金を呼びかける「千葉県方式」で進めることになったという。この方式で千葉県人会は会館を完成させた。10年以上温められてきた新会館建設構想だが、今度こそ動き始めたようだ。 聖市ブエノ・デ・アンドラデ街にある同会館は、築100年以上で、あちこちが老朽化して雨漏りするなど、新会館建築が10年以上前から総会で決議され、念願となっていた。08年の県人移住95周年の折り、古田知事も来伯して同会館を視察しており、現状は認識されている。現在の構想では、500平米の土地に3階建て、1千平米の延べ床面積の会館を建築するもの。法律上、道路側を5メートル、脇片側を3メートル幅で空ける必要がある。総工費は約1億円を見積もっており、うち5千万円を母県側からの支援に頼りたいとしている。新年の総会まで「目算をたてたい」との考えにより、先月22日から3週間、山田会長は訪日して交渉に当たっていた。それによれば、知事からは「金はない」と釘を刺されたが、県内の経済団体に対し、応分の協力を呼びかける約束をしてくれたという。県国際課と相談した結果、県民に募金を呼びかける「千葉県方式」で進めることになり、現在、来年に向けて下準備をしている。今後、ブラジル岐阜県人移住100周年記念事業協賛会を立ち上げ、知事や県市長会会長らを顧問とし、経済関係団体に協力を依頼する予定だという。その上で、県民広くに募金を呼びかけていきたいとしている。山田会長は「ようやく目鼻がついた」と胸をなで下ろすも、「どこまで募金に協力が得られるか。実現はそれ次第」という。「我々としては、会館を使ってくれる若い世代、後継者問題にこれまで以上に焦点をあてて活動して行かなくては」と表情を引き締めた。20日に同会館で行われた餅つき兼忘年会には青年ら10人以上を含めた約40人が訪れ、交代で餅をつき、酒を酌み交わすなど活気のある様子を見せていた。餅のような粘り腰で新会館建築に取り組んできた同県人会だけに、「今度こそ」との声が聞かれた。
【福岡発・吉永拓哉福岡支局長】福岡県国際交流センター(麻生渡理事長)、福岡県海外移住家族会(武藤英治会長)の共催による『平成21年度県費留学生着物体験』が12日、福岡市内の友泉亭公園で行われた。この催しは、南米からの県費留学生たちに着物の着付けを体験させるもので、毎年この時季に実施されている。 今年はブラジルから平田エリス、砥綿アンナ、永島イラシ、秋岡シルビア、稲田アルミーさんの5人とペルー、ボリビアから2人が参加した。 友泉亭は喧騒な市中心地付近に所在するが、園内は静かな日本庭園となっており、250年前は黒田藩主の別館(別荘)として使われていた由来がある。 留学生たちは、園内本館で用意された15着の着物の中から好みの柄を選び、まゆの会(着物お助け隊)から着付けを教わりながら袖を通した。 午後2時半からはじまったお披露目会には、海外移住家族会の会員が多数出席し、晴れ着姿の留学生たちと茶会を楽しんだ。 同家族会の武藤会長はあいさつで、「まるで婿1人、花嫁6人を送り出している感じがする。みんな本当に着物がよく似合う」と嬉しそうに話した。 つづいて留学生たちがそれぞれ感想を述べた。 この日、はじめて紋付を羽織ったという北伯トメアスー移住地出身の稲田さん(24、九大農学部)は、「着物を着ているというよりも『日本』を着ている気分。ブラジルにいる祖父母に早く報告したい」。 サンパウロ市出身の秋岡さん(27、九大工学部)は「こんなに綺麗な着物が着れて、皆さんに感謝します」と日本語でお礼を述べた。 閉会後には、紅葉が美しい日本庭園を背景に記念撮影を行い、留学生たちは生き生きとした表情を見せていた。 写真:参加者らに着物体験の感想を語る県費留学生たち 2009年12月18日付
岐阜県人会(山田彦次会長)は、20日午前8時から同県人会館(聖市アクリマソン区ブエノ・デ・アンドラーデ街446番)で毎年恒例の忘年餅搗き大会を行う。 当日は、搗きあがった餅を1キロ11レアルで販売する。 同県人会では「一般の方も気軽にご来場ください」と参加を呼びかけている。 問い合わせは同県人会(電話11・3209・8073)まで。
ニッケイ新聞 2009年12月18日付け 岡山県のNPO法人(非営利団体)「ももたろう海外友好協会」(枝松孝典理事長)と、OSCIP(公益免税団体)「カンポ・グランデ文協」(南マット・グロッソ州、知花幸重ベルナルド会長)がこのほど、パートナーシップ協定を結んだ。「現状の仕組みを利用して、NPOとOSCIP間でこういう取り組みができる。日伯のデカセギ子弟の教育モデルになる画期的なパートナーシップにしたい」と関係者は意気込んでいる。 先月23日、岡山県から高山一則・同NPO理事が来伯、同文協を訪問し調印を行った。今後、同NPOが運営する「エスコーラ・モモタロウ岡山」へ伯国教職免許を持つ人材を送り、また伯国政府認定の教科書を送るなど、デカセギ子弟の教育の向上を目的に協力してゆく。同文協は「Escola Visconde de Cairu」を古くから運営しており、教育への感心が高いことで知られる。急な提案にも関わらず、臨時役員会を開いて即決し素早く対応した。知花会長は、「私たちも何かの形で協力したい。日伯でパートナーシップを結んで、一つの目的に向かって取り組むのは素晴らしいこと」と話す。ブラジル人学校のエスコーラ・モモタロウは、岡山県総社市に2008年3月に開校。日本語とブラジル教程の授業を半日ずつ行い、派遣会社、雇用会社、父兄が一緒になって運営している。私塾扱いのため、税制面の優遇措置など国や自治体の公的支援が得られず、経済危機後、親の契約更新打ち切りなどで、40人ほどいた生徒は10人に激減、さらにブラジルに戻る教師も出て、学校の運営も危ぶまれていた。だが今月初め、平成21年度補正予算の「定住外国人の子どもの就学支援事業」を受けて文部科学省によって設立された「子ども架け橋基金」の認可が正式に下り、来年から向こう3年にわたり年1500万円の支援を受けることが決まった。同パートナーシップはその資金を利用して進められるという。来年3月には、駐日ブラジル大使館のルイス・アウグスト・デ・カストロ・ネーベス大使が視察訪問予定。ブラジル政府も、日伯のNPOとOSCIP間パートナーシップに高い関心を示しているようだ。今月7日、山中イジドロ氏と一緒にニッケイ新聞を訪れた高山理事は、「親が働き詰めで子供が学校に行かず非行に走ったケースをいくつも見ている。私たちは教育する義務がある」と話し、「しっかり日本語とポルトガル語で教える体制を整えられれば、日伯で子供たちの抱えている問題が減る。日伯でメリットがある」と説明する。両者を繋いだ山中氏は、「いまある制度を利用して、NPOとOSCIPで協力してできることをするだけ。法改正みたいに難しいことをしているわけじゃない」と強調し、「合同で国際人を育成できるパートナーシップに成長して欲しい」と語っていた。
11月15日に開催された岩手県人会のわんこそば大会。勢い良くそばを啜る老若男女が盛り上がりを見せた。その様子を撮影した千田曠暁会長、さっそく日本へビデオをNHK盛岡支局に郵送。すぐに編集され、同局放送の「おばんですいわて」の今月14日18時45分~50分の時間帯に2分間で放映された。後日その番組はビデオになって県人会に届けられる。千田会長も「みんなに早く見てもらいたい」と待ち遠しい様子。
【共同】日系ブラジル人ら外国人住民が多い7県の28市町でつくる「外国人集住都市会議」の清水聖義群馬県太田市長と鈴木康友浜松市長が15日、文部科学省で中川正春副大臣と会い、外国人関連の施策を一元的に担う「外国人庁」の設置などを求める緊急提言を手渡した。 提言は、不況で職を失っても日本にとどまる外国人住民が多いことなどから「生活者としてとらえた施策が必要」と指摘。外国人庁のほか、外国人の子どもの教育環境を充実させるため、就学の義務化や受け入れる公立学校への財政支援などを求めている。 ◎ 都市会議は外国人住民との共生を目指す地方自治体が、施策の情報交換や共通の問題を解決するため2001年に設立。2009~10年は群馬県太田市が事務局を務める。 このたび提出した提言は今年11月26日に下旬に太田市で開いた定期会合で決議され、会場を訪れた民主党の細野豪志副幹事長に提言書を手渡した。 外国人庁設置は昨年に続く要望。 日本人と同様に権利を尊重し、義務の履行を求める「受け入れ方針」策定を提言しているほか、外国人の子どもの就学義務化と、受け入れる公立学校への十分な人的・財政的措置なども求めた。 ◎ 外国人集住都市会議の現在の会員都市は次の通り(今年4月1日現在)=【群馬県】伊勢崎市、太田市、大泉町、【長野県】上田市、飯田市、【岐阜県】大垣市、美濃加茂市、可児市、【静岡県】浜松市、富士市、磐田市、掛川市、袋井市、湖西市、菊川市、【愛知県】豊橋市、豊田市、西尾市、小牧市、知立市、【三重県】津市、四日市市、鈴鹿市、亀山市、伊賀市、【滋賀県】長浜市、甲賀市、湖南市。 同会ホームページによれば、2009年4月1日現在で最も多くのブラジル人が住む自治体は静岡県浜松市で、1万8247人。28都市のうち長野県飯田市を除く27都市で、外国人登録者の中でブラジル人が最多となっている。
在伯長野県人会(北澤重喜会長)は1月30日午前10時(二次召集)から同会事務所(Pca da Liberdade,130 9andar cj.910)で2010年度定期総会を行う。 主な議題は09年度事業及び会計報告、今年度の事業及び予算案の審議など。 総会終了後に新年会を催す。費用は同会負担 問い合わせは同会(11-3106-1268)まで
孫11人、曾孫16人、玄孫1人 【堀内登クリチーバ支局長】平成21年度100歳高齢者のパラナ州における受賞者7人の内、クリチーバ在住の末光トメさん(明治42年5月24日生まれ、宮崎県出身)に、内閣総理大臣からの祝状並びに記念品の贈呈が、去る11月25日正午からクリチーバ総領事館公邸で行われた。 この日、同居する次男マリオさん(73、バンデイランテス生まれ)夫妻や末娘の長南アリセさん(63)ら家族に付き添われ、元気な姿を見せた。 佐藤宗一総領事夫妻の手により祝状並びに記念品が贈呈されると、きちんとした姿勢で「有難うございます」と礼を述べ、記念写真に収まった。 なお当日は、末光さんの表彰と併せてクリチーバ市に居住する85歳以上の高齢者40人(内90歳以上96歳までが13人)を招待して敬老会が催された。 佐籐総領事は「老人福祉に国民の関心と理解を深め、また自身の生活の向上に努める意欲を高めて頂くために色々な行事を行っております。長年にわたり社会の発展に貢献された感謝のお祝いをするものです」と、日本の「老人の日」についての意義に触れた。 その上で、「習慣や文化、言葉の異なるブラジルで、めでたく100歳を迎えられたのは、ご本人の常日頃の心がけはもとより、ご家族やお友達の方々の温かい思いやりがあったからであり、誠に喜ばしく思います。ここにお集まりの皆様も、末永くお元気でお暮らし下さい」と祝辞を贈り、一同を励ました。 山脇ジョルジ文協会長夫妻及び大崎ローザ文協副会長(教育・福祉)も出席、山脇会長の音頭で乾杯の後、総領事夫妻の心温まる昼食の接待を受け、久し振りに若返ったような高齢者たちの表情が印象的だった。 末光さんは郷里で結婚し、1934年、25歳の時に夫・繁美さん(98年に91歳で他界)とともに、1男2女を伴って移住し、聖州モジアナ線のカフェ耕地に配耕された。36年、パラナ州バンデイランテスに転耕し、そこで次男マリオさんが生まれ、2男4女の子供に恵まれ、全員がそれぞれ独立している。 65年にクリチーバ市へ移転、末娘の家族も近くに住み、現在次男マリオ・チエさん夫妻の家族と同居し静かな余生を送っている。孫11人、曾孫16人及び玄孫1人がいる。 この日招待された高齢者は総領事夫妻をはじめ星野領事や岩波副領事及び館員たちの温かいもてなしをうけた。高齢者同士の話題は尽きず、互いの健康と無事を祈り、家族の出迎えを受け総領事夫妻に感謝しながら嬉々として家路についた。(一部既報) 写真:総領事夫妻や家族に囲まれる末光トメさん(前列中央) 2009年12月12日付
今年から「アクションなくして結果なし」をモットーに活動している埼玉県人会(飯島秀昭会長)の忘年会が6日、サンパウロ近郊アルジャーにある飯島会長の別荘で行われ、会員ら約40人が参加した。 忘年会を前に尾崎眞次副会長が、今年10月24日、25日の2日間にわたって埼玉県所沢航空公園で開催された『所沢市民フェスティバル』に、県人会として訪日参加した内容を報告。約40万人が入場した会場でブラジルを紹介するパネル展をはじめ、ビデオ上映や特産工芸品の販売を行ったり、元日本選抜選手を招いての「青少年サッカー教室」を実現させたことを説明した。 引き続き、県人会の会計を担当している吉原正之さん(74)、仁子(きみこ)さん(74)夫妻に日頃の活動の感謝を込めて県人会から記念品と花束が贈呈された。 忘年会では、飯島会長が「数日前から準備した」という手作り料理が披露され、会員たちを満足させていた。 食事の後はビンゴ大会となり、会員たちはリラックスした雰囲気の中、週末の1日を楽しんだ。 飯島会長は、この1年間の活動について、「『アクションなくして結果なし』を実践してきたことで、少しでも小さな波が作れたと思う」と振り返った。また、来年に向けて「母県だけに頼るのでなく、半分は自立できるやり方を行っていきたい」とし、スタッフの協力に感謝するとともに、「埼玉県人会に興味のある方は誰でもウェルカム」と述べ、広い視野で日本とブラジルをつないでいく考えを示した。 写真:飯島会長の別荘で一同に会した埼玉県人会員たち 2009年12月12日付
ブラジル日本文化福祉協会、サンパウロ日伯援護協会、ブラジル日本都道府県人会連合会、日伯文化連盟、ブラジル日系人老人クラブ連合会の5団体共催による『天皇陛下御即位20年記念、天皇皇后両陛下御結婚満50年記念・天皇誕生日祝賀会』が、10日午前10時から文協貴賓室で行われた。 天皇皇后両陛下の肖像画がお目見えする中、開かれた祝賀には、在サンパウロ総領事館の小林雅彦首席領事、国際協力機構サンパウロ支所の千坂平通支所長、国際交流基金サンパウロ文化センターの内山直明所長も来賓として出席、訪れた60人と共に祝った。 文協合唱団のリードによる日伯両国国歌斉唱の後、木多喜八郎文協会長は祝辞の中で、「日系社会に対する温かい御慈愛に満ちたお言葉をかけていただいた」と、先般の海外日系人大会を振り返った。 更に、「日本民族の血を受け継ぐ者として、その精神でブラジル国の発展に一層努力することで喜んでいただける」と、力強く語り、「天皇陛下の御健康と御皇室の弥栄を心より祈ります」と、祝いの言葉を寄せた。 続いて、小林首席は、祝賀会が毎年開かれることについて、「御皇室に対する日系社会の温かい気持ちを感じます」とし、4月の御結婚50年や11月の御即位20年記念国民祭典で喜びに沸いた1年であったことを振り返り、「御皇室の更なる御繁栄を御祈念申し上げます」と、祝辞を述べた。 祝賀会ではこの後、「第125代今上天皇の御誕生日おめでとうございます」という、園田昭憲県連副会長の発声で万歳三唱を実施、森口イナシオ援協会長が、「天皇陛下万歳、ビバ、乾杯」と、音頭をとって祝杯が挙げられた。 総領事公邸には 404人が出席 また、同日午後1時半からは在サンパウロ総領事館主催の天皇誕生日祝賀会が、聖市モルンビー区の総領事公邸で催された。公邸には日系団体やブラジル社会の関係者など404人が訪れ、天皇陛下 歳の誕生日をお祝いした。 日伯両国国歌の斉唱後、挨拶に立った大部一秋総領事は、天皇皇后両陛下は皇太子殿下だった時代も含め1967、78、97年と計3回にわたりブラジルを御訪問されたことに言及。更に昨年のブラジル移民100周年の際には皇太子殿下をブラジルにお招きして、各地で大きな盛り上がりの中記念式典が行われたとした上で、「移民100周年は日系社会がブラジルにとっていかに重要な位置づけにあるかをアピールできた良い機会でした。今後は日系社会の連帯感がより一層強化され、日伯両国の架け橋として発展することを強く祈念する次第であります」と述べた。 その後は用意された昼食を食べながら来場者全員が歓談し、最後に記念撮影を行った。サンパウロ市長秘書のアルフレド・コタイト・ネット氏は「日本の天皇陛下の誕生日祝賀会に参加させていただき光栄に思う。これもひとえに日伯両国の友好関係があったおかげで、今後は両国の関係が更に緊密なものになっていくはず」と語った。 写真:文協貴賓室で祝杯を挙げる参加者 写真:挨拶に立った大部総領事(左) 2009年12月11日付