06/03/2026

Dia: 29 de dezembro de 2009

ニッケイ新聞 2009年12月29日付け 移民2世紀目への第一歩を踏み出したブラジル日系社会。昨年の百周年に続き、今年はアマゾン移住80年という節目を迎えた。聖市では援協の社会福祉センターが落成。9月に50周年を祝ったノロエステ連合のように、各地のコロニアも新時代に向け歩み出している。一方で金融危機が在日ブラジル人におよぼした影響は深刻さを増し、今も出口は見えていない。今年も編集部が選んだ10大ニュースをお届けする。 第1位=アマゾン入植80周年=各地で関連行事を開催 アマゾンに日本人が最初の一歩を記した1929年のトメアスー初入植から今年で80周年を迎えることから、アマゾン各地で関連式典・行事が華やかに執り行われた。9月16日のトメアスー式典には、約600人が出席。移住事業を担った南米拓殖株式会社の創立に尽力した鐘淵紡績社長武藤山治氏の孫、武藤治太氏(71)も駆けつけ、「祖父が生きていたら、喜んだでしょう」と話した。18日にはベレンでアナ・ジュリア・カレパ州知事も出席した記念式典、20日にはマナウスでも関連行事が盛大に執り行われた。これらの式典には、皇太子殿下からの祝辞が寄せられ、島内憲大使が代読した。歌手の宮沢和史さんもギターを持って、祝いの歌声を響かせた。22日には、ジュート産業の担い手となった高拓生(日本高等拓植学校卒業生)が戦前に入植したヴィラ・アマゾニアでジュート開拓碑の除幕式、本拠地だった「八紘会館」再建に向けた定礎式も行われた。県連は恒例の「ふるさと巡り」でアマゾン慶祝団を結成、異例の211人に加え、9県人会長が参加、現地で共に節目を祝った。本紙は、第1回移民で現在もトメアスーに住む山田元さん(広島)を招き、講演会「トメアスーに生きる」を7月、文協貴賓室で開催。紙面でも記念企画「アマゾンを拓く」を長期連載するなど、アマゾン移住の歴史と今の声を追った。 第2位=デカセギが6万人帰国=経済危機の影響受け 昨年9月に顕在化した世界金融危機。真っ先にその波を受けた在日ブラジル人たちの苦境は、当初の予想をはるかに超え、まさに「崩壊」の様相を示した。派遣雇用を切られ住宅を失う人が出、雇用保険の受給期間も次々と切れる。親の失業により子弟はブラジル学校に通うことが難しくなり、生徒減少により閉校に追い込まれるところも出てきた。公立校への転校に備える政府主導の日本語教室はまだ始まったばかり。大人たちの再就職にも日本語能力が壁となり、現実は厳しい。一方、地域による食料支援が各地で行われている。日本で踏ん張りながら農業や介護など、新しい道を切り開こうとする人たちも出てくるなど、在日コミュニティと地域との関わり、ブラジル人自身の意識の変化など新たな兆しも見え始めた1年だった。法務省の統計によれば、昨年10月からの1年間で約6万5千人のブラジル人が帰伯したと見られる。年末までには7万人を超えているだろう。戦後移民の総数を軽々と上回る昨年来の人口移動。現在帰国している人たちの今後の動向とあわせ、来年も予想を超える状況が出てくるかもしれない。 第3位=帰国支援金が大波紋=1万4千人以上が受給 3月19日、自民・公明両党の新雇用対策プロジェクトチームが緊急雇用対策をまとめ、麻生太郎首相に提出した。「日系人就労準備研修事業」と合わせて、帰国旅費の援助として働いていた本人に30万円、家族に20万人を支給する「日系人離職者に対する帰国支援事業」を発表した。問題になったのは、支援を受けて帰国した人は「日系人の身分に基づく再入国は認めない」とされる点。本紙3月26日付け記者の眼コラム「帰ったらデカセギじゃない!?」を先駆けに、4月中には東京新聞、TBS、毎日新聞、愛媛新聞のほかNYタイムスからも「二度と再入国できない印象を与える」との批判を浴びた。静岡県浜松市の鈴木康友市長は「日系人として再入国できないのは問題だ」と同月の記者会見で意見をのべ、伯国のカルロス・ルッピ労働大臣が「施策の無効化」を求める公文書を送るまでに発展したのを受け、日本政府は5月11日に「再入国禁止期間を3年を目処にする」と発表をした。10月に来伯した厚生労働省外国人雇用対策課の山田雅彦課長によれば、申し込んだ南米日系人は10月2日現在で1万4329人にも上る。日本政府は「日系人の身分に基づく新たな入国管理のあり方について検討する」とも発表しており、世界同時不況を機に、デカセギ情勢は根本的変化を迎える可能性すら示唆されている。 第4位=援協創立50周年=福祉センター完成 サンパウロ日伯援護協会(森口イナシオ会長)が創立50周年を迎え、地上6階地下3階建て約6千平米の「社会福祉センター神内良一ビル」をリベルダーデ区のファグンデス街に堂々落成させた。総工費は1300万レアル以上。神内医療福祉基金と日伯友好病院からの出資を取り掛かりに、大々的に募金運動を展開し多くの反響を呼んだ。日系団体・個人、ブラジル社会、日本から寄せられた浄財は計186万1394レアル(12月17日現在)。世界不況に負けない移民101周年目の最大プロジェクトへと発展し、8月15日に記念式典と福祉センター落成式を挙行した。前身の「日本移民援護協会」創立から半世紀、現在は診療所や友好病院など九つの福祉施設を持つ援協。日系社会が必要とする福祉事業が時代とともに移り変わる中、来年2月を目処に開業する〃新生〃援協に寄せられる期待は大きい。 第5位=西村農工学校、歴史に幕=最後の卒業生送り出す 28年の歴史を誇った西村農工学校(ポンペイア市)が、11月28日に同校最後の卒業式を開催、卒業生25人が巣立っていった。同校は、1982年に西村技術財団の西村俊治理事長(99)が創立した3年間の全寮制を特色とする農業専門学校。日本式の厳格な教育方針を貫き、優秀な人材を輩出する実業校として全伯に知られた。26期にわたり、計843人の卒業生を送り出した。卒業生たちは、「3年間で得られる一番大きなものは友情」と声を揃える。閉校の知らせに、「思い出の学校がなくなり寂しい」という声が多く聞こえた。同校は、来年からFATEC(サンパウロ技術大学)マリリア校ポンペイアキャンパスとして使用される。同校の持つ設備を利用して機械工学科が開講され、今後も農業技術者の育成という役割を担っていく。俊治さんの息子ジョルジさんによれば、俊治さんは「ポンペイアに最高学府をつくるのが夢であり、州の大学として活用されることは喜ばしい」と期待を込めているそうだ。 第6位=5道県が創立式典開く=宮崎の東国原知事も来伯 県人会の式典は五つの道県が開催し、知事や副知事が来伯した。北海道協会は8月、道人ブラジル移住90周年の記念式典を開催、高橋はるみ知事をはじめとする慶祝使節団が来伯。同会の創立70周年、同センター建設10周年とあわせ、三つの節目を盛大に祝った。さらに同月、宮崎県人会は母県から元お笑いタレントの東国原英夫県知事など官民合わせ32人からなる慶祝団を招き、県人移住95周年、創立60周年の記念式典を行った。また、青森県人会は10月に創立55周年を祝して日本から蝦名武副知事をはじめ11人の訪問団招いて開催した。さらに11月、長野県人会が創立50周年式典を村井仁知事ら11人の慶祝団を迎え祝った。同月、和歌山県人会が創立55周年を記念して仁坂吉伸知事を迎え式典を開催し、公式訪問団11人、民間訪問団16人が駆けつけた。 第7位=文協選挙 木多氏が新会長に=涙飲んだ小川彰夫氏 ブラジル日本文化福祉協会(文協)の会長選挙が4月25日に行われ、木多喜八郎氏(シャッパ名「統合と進歩」)が6票の差をつけて、小川彰夫氏(シャッパ名「チェンジ文協」)を下し、新会長に就任した。3月の会員総会で行われた評議員(選挙権を持つ)選挙も盛り上がりを見せ、コロニア巷間で話題を呼んだ。本紙は、サンパウロ新聞との共催で、討論会「文協の将来を考える」を4月に開いた。木多会長は3期務めた上原体制を踏襲、全伯日系団体を繋ぐ「文協ネット」を改革に旗印に、全伯日系団体の代表を標榜しているが、百周年後の舵取り役として期待するコロニアの声には、事実上まだ答えていない。 第8位=コチア花嫁第1陣=金婚式迎える...