アクレー州に日語学校開校 元県費留学生矢野さんが奔走
【ベレン支局】ブラジルの最西端の地、ペルー国と国境を接するアクレー州の州都リオ・ブランコに、3月から日本語学校が開設されそうである。昨年、同地の私立大学の教師としてベレンから転住した矢野パトリシアさん(35)が、地元の日系人の協力を得て開設にこぎつける。
地元日系人会の再発足の引き金に
ちょうど1年ほど前、最北端のローライマ州に日本語学校が設立されたが、このアクレー州初の日本語学校が開かれれば、アマゾン地方全域に日本語教育施設が行きわたることになる。
パラー州出身の矢野さんは、宮崎県の県費留学生として日本へ行き、その後引き続き、名古屋市立大学で心理学の修士から博士号まで修得し、6年間にわたる留学を終えて2009年にベレンへと戻ってきている。
その後、アクレー州リオ・ブランコにある私立西部アマゾン大学に請われ心理学教師として昨年8月に同地へ赴いている。
矢野さんは同大学へ着任早々から「日本語学校を設立し、自分が先生となり、リオブランコの人達へ日本語を教えてみたい」という、強い希望を持ちベレンの北伯日本語普及センター(山瀬楢雄理事長)や汎アマゾニア日伯協会(生田勇治会長)とコンタクトを持ちながら学校設立の準備を進めてきた。
また、この情報を知ったJICAブラジリアでは吉田憲次長を昨年11月にアクレー州へと派遣し青年ボランティアによる支援の可能性をさぐった。この折、北伯日本語普及センターに所属している中瀬洋子JICAシニアも同行している。
青年ボランティアを受け入れるためには、受け皿として日系協会が存在した方が良いというJICA側のアドバイスを受け矢野さんは、リオ・ブランコ在住の各日系人宅を訪問し日系協会の設立を呼びかけた。
1990年代半ばまでリオ・ブランコには日伯協会があったが、活動的だった当時の会長の死亡とともに協会は自然消滅状態になっていた。
市内に居住する日系有力者たちが集まり何度かの会合を経て19日の会議で、日伯協会の再編と日本語講座の開講が決められた。
この後、2月8日の会議で新生日伯協会の役員が構成されることとなっている。
日伯協会設立メンバーの中に、同市で最大手の建築会社のオーナー笹井カルロス・隆氏が現在アクレーSEBRAE(零細小企業支援機関)の評議会議長を務めていることから日本語講座の場所は、SEBRAEの施設を利用する可能性が強い。
戦後、1959年より始まったアクレー州への日本人移民はリオ・ブランコから30キロメートル地点にあるキナリー植民地へ13家族91人が入植している。地の利の悪さから雨季には植民地が孤島化し、移民たちは次々にこの地を去り現在は2家族のみが残っている。
なお、アクレー州内にはサンパウロやパラナ等の他州からの転住者を含め約1千人の日系人が居住している。
写真:アクレー州の日系人とJICA吉田次長(中央)
写真:ペルーまで通る国道
