ニッケイ新聞 2010年1月30日付け 在伯愛媛県人会(藤原利貞会長)は21日午前10時半から会館(R. da Gloria, 470)で2010年の定期総会を開く。主な議題は09年度事業および会計報告、今年度事業計画および予算案の審議、など。終了後、新年会を催す。会費15レアル。準備の都合のため、出席する人は事務局(11・3207・9575)へ連絡を。
Dia: 30 de janeiro de 2010
ニッケイ新聞 2010年1月30日付け ブラジル岡山県文化協会は2月7日午前10時(二次招集)から同会館(R. da Gloria, 734)で2010年度定期総会を開く。主な議題は09年度事業および会計報告、今年度事業計画および予算案審議、会長改選など。総会後は一品持ち寄りの新年会を催す。飲み物は会負担。
ニッケイ新聞 2010年1月30日付け 【共同】景気悪化で日系ブラジル人家庭などが深刻な貧困に陥り、子どもが朝食を抜いたり転校を繰り返したりする状況が、山形県で25日まで開かれた日教組の教育研究全国集会で報告された。群馬県の小学校の男性教諭は、派遣社員でブラジル人の父親の転職などに伴い関東各地で7回の転校を繰り返してきた父子家庭の3年生男児について報告。友達ができずに孤独感を持っていたことから、「笑顔大作戦」と名付けたクラス作りに取り組み、図工の模型製作など男児の得意分野を同級生にアピールし、自信を持ってもらうよう努めた。男児は友達もできた一方で、朝食も食べずに登校する日が増えた。転入から3カ月後、また転校してしまった。同教諭は「経済状況に振り回され短期間で転校する例が増えている。子どもたちにはせめて良い思い出を持たせたい」と話した。
ニッケイ新聞 2010年1月30日付け 県連が昨年実施した第12回フェスティバル・ド・ジャポン(日本祭り)で実行委員長を務めた加藤恵久氏(前副会長)が、同年3月以降は県連役員を離れていたことを理由にスポンサー収入の仲介手数料を要求していることが分った。金額は約1万9千レアル。県連では28日に開いた代表者会議で支払わない方針を確認したが、突然の事態に困惑の色を隠さない。加藤氏は2006年の第9回フェスティバルで実行委員長に就任。以来昨年まで4年連続で務め、昨年2月に鳥取県人会長を退任した後も委員長として同イベントの開催に携わった。手数料を要求する文書は今月13日の日付で加藤氏から県連側に届けられた。その中で加藤氏は、第12回フェスティバルの際には県連、県人会の役職についていなかったことを挙げ、同イベントにあたって得られた日系政治家や企業などからのスポンサー収入(32万3千レアル)について6%(約1万9千レアル)の手数料を要求。6%の根拠として、07年10月31日の県連役員会で新規スポンサーへの手数料としてその割合が決められていることを挙げる。あわせて、08年11月に開催されたオルト・フルト祭り(Horto Frut Festa)で6万5千レアルが今も未収金となっていることに関し、自身が集金した場合その額を県連側と分けることを提案している。(文書では第11回フェスティバルとなっているが、執行部はオルト・フルト祭りと説明)28日に開かれた県連代表者会議の席上、与儀昭雄会長、園田昭憲副会長が同文書について発表した。同連合会定款では、執行部会・監事・会員が職務遂行にあたって報酬を受けることを禁じている。また、理事会メンバーは役職のほかに少なくとも一つの部門または委員会の担当を兼ねると定められ、理事会メンバーが再選されなかった場合は30日以内にそれぞれの役職に関する書類を後任へ引き渡す必要があるとしている。加藤氏はそれを行っていないことから、執行部では、役職がなかったという同氏の主張は妥当でないと判断したという。さらに、6%の手数料を決めた07年の役員会の話し合いは前執行部のもので、代表者会議で承認を受けておらず、現執行部として引き継いではいないと説明。加藤氏が主張するスポンサー収入についても同氏の役員時代から進められていたものであり、与儀会長も同行していたとして、支払う必要はないとの判断に至ったと説明した。この日は、弁護士と相談した結果、代表者会議で会員の総意をまとめることになったと報告され、挙手による賛成多数で支払わない方針が承認された。関係者によれば、同問題は昨年末から両者の間で話し合われたが結論には至らず、文書での伝達となったようだ。役員の一人は「残念」と話し、加藤氏の真意を測りかねる様子ながらも「しかたがないが、県連として対応していくしかない」と話している。
ニッケイ新聞 2010年1月30日付け 「取材した後、なくなられた方が何人もいる。お世話になった方に、できるだけこの手で本を渡し、お礼を言いたいと思って来ました」―。高知新聞社編集局社会部の富尾和方(かずまさ、35、徳島県)記者が26日に来伯、休暇を申請し、自費で本を購入して旅費を払い、10日で3カ国回る旅にやってきた。07年末からブラジルを中心に、亜国、パラグアイを含め約10カ月滞在し、高知県人南米移住100年をテーマに取材。08年元旦号から掲載し始め、翌09年3月まで5部に分かれて計69回の連載をした。帰国後も留守家族を取材し、その集大成が昨年11月に高知新聞創刊105周年を記念して『南へ(高知県人中南米移住100年)』として出版された。昨年は高知出身の〃移民の父〃水野龍生誕150周年でもあり、生誕の地高岡郡佐川町で記念パネルディスカッションなどが開催され、尾崎正直(まさなお)県知事を始め、東京や他県を含めた約200人が参加し、ブラジル移民への認識を深めた。「1年以上もやる連載は初めてだった」と充実感をもって振り返る。95年4月から翌年3月まで日伯交流協会の研修生として日伯毎日新聞で働いた経験を買われ、白羽の矢が立った。1958年、ブラジル移民50周年の時に同社から取材にきた記者が後に編集局長となり、退職した今も90歳近くになりながら社友として健在で、「百周年にはうちとして何かやるべきでは」と提言したことからこの企画が始まったという。今回、高知県で高校を卒業した西森ルイス弘志パラナ州議のはからいで、同州議会から感謝状が贈られることになった。「まったく知らなかった。とても驚いている。まだ自分にできることがあったらやりたい」と笑顔で語り、日伯交流の架け橋としての意気込みを新たにした様子だった。『南へ』は太陽堂書店で発売中。
