06/03/2026

Mês: janeiro 2010

ニッケイ新聞 2010年1月8日付け 鹿児島県人会(園田昭憲会長)は10日午前10時から同会館(R.Itajobi,54,Pacaembu)で役員会を開き、その後正午より新年会を行う。新年会は一品持ち寄り。希望者は事務局まで。問い合わせはマリコ(電話=11・3862・2540)まで。
ニッケイ新聞 2010年1月8日付け 今年、13都府県人会が節目の年を迎える。多くの慶祝団が来伯する見込みとなっており、うち富山、岡山、佐賀、福岡の4県は、県人移住百周年の年でもあり、二重の喜びとなる。式典は日本の夏休みにあたる8月に集中しそうだ。知事の来伯や日程、記念行事の確定はこれからだが、いずれにせよ、今年も日伯の交流が盛んとなる1年になりそうだ。日程順に紹介する。 【東京】東京都友会(坂和三郎会長)は、「新年会・45周年記念祝賀会」を今月30日正午から、聖市のニッケイ・パラセホテルで開催する。【兵庫】兵庫県人会(尾西貞夫会長)は、「創立50周年記念式典」を7月25日、北海道協会で開く。尾西会長によれば、記念史を作成中だという。【佐賀】佐賀県人会(吉村幸之会長)は、「創立55周年・県人移住百周年記念式典」を8月1日に同県人会館で開催。記念小冊子の作成も検討している。【富山】ブラジル富山県人会(根塚弘会長)は、「創立50周年・県人移住百周年」を8月1日、宮城県人会で行う。富山県とサンパウロ州が友好提携から25年目であることから、これも共に祝う。【岡山】創立57周年を迎える岡山県文化協会(根岸健三会長)は8月22日、「県人移住百周年記念式典」を愛知県人会館で開催する。【群馬】群馬県人会(内山住勝会長)は、「創立65周年記念式典」を8月22日に開催。記念史の作成も検討中。【福岡】福岡県人会(南アゴスチニョ俊男会長)は、「創立80周年・県人移住百周年記念式典」を8月29日にリベルダーデ区の客家会館で開催する。日本から約80人の慶祝団が来伯予定。記念事業としては、式典後に記念史を発行する予定で、現在準備を進めている。さらに、米国やペルー、ボリビアなど21カ所から県人が集まる「第7回海外福岡県人会世界大会」が27、28日に開かれ、祝賀会のほか、各国の県人会長や世界の青年による討論会も行われる。【秋田】秋田県人会は創立50周年を迎え、10月24日、北海道協会で式典を開く。 ◎ 以下の県人会も節目を迎えるが、式典などを行うかは未定。奈良県人会(有北ジョルジ会長・50周年)、神奈川文化援護協会(村田博会長・45周年)、大阪なにわ会(下平尾哲男会長・45周年)、広島県人会(大西博巳会長・55周年)、香川県人会(菅原パウロ農夫男会長・55周年)。
鹿児島県人会(園田昭憲会長)は10日正午から、同県人会館(聖市パカエンブー区イタジョビ街54番)で、一品持ち寄りの新年会を催す。 又、午前10時からは月例の定例役員会を実施する。 詳細についての問い合わせは同県人会事務局(電話11-3862-2540)
日時 2010年1月30日一時召集 9時二次召集 9時半場所 長野県人会事務所サロンPca da Liberdade,130 – s/910TEL 3106-1268議題 2009年度事業報告並びに会計報告2010年度事業計画並びに予算案審議そのほか 総会終了後、新年祝賀会(会費R$15,00)を催します。事前にお申し込みください。
日時 2010年1月31日一次召集 9時半二次召集 10時場所 ブラジル茨城県人会館ルア・ブエノデアンドラーデ 756番電話 3209-8515議題 2009年度事業報告並びに決算報告2010年度予算案並びに事業計画審議 総会終了後新年祝賀会年会費 30レアイス祝賀会費 20レアル(昨年同額) 2010年1月10日在伯茨城県人会 会長 小林操
ニッケイ新聞 2010年1月6日付け 高知新聞社(本社・高知市)はこのたび、ブラジル日本移民100周年をテーマに、2008年1月から翌年3月にかけ、朝刊に連載した69回(5部)の大型連載企画「南へ」をまとめ、同名で出版した。四六版272頁。1600円(税込み)。日伯毎日新聞で研修経験のある同紙の富尾和方記者がブラジルを中心に約10カ月滞在し、取材・執筆した。初めての移民船「笠戸丸」を率いた高知出身の水野龍(りょう)をはじめ、南米各地に移住した高知県人の足跡を追い、日本に住む子孫たちも訪ね、移民の意義を考えた労作だ。「ブラジルの日々」「波砕く笠戸丸」「アマゾンの高知県人」「もう一つの高知」「移民101年目の子孫たち」「番外編=日本を離れ強く生き抜く・苦労土台につかんだ幸せ」の5部に分かれている。購入は各日系書店に注文のこと。
ニッケイ新聞 2010年1月6日付け リベルダーデ商工会(ACAL、池崎博文会長)は、12月31日午前リベルダーデ広場で「第39回餅つき祭り」を開催、晴天の下約5万人(主催者発表)が足を運んだ。文協、援協、県連、ブラジル日本商工会議所、日伯文化連盟の後援。大部一秋在聖総領事夫妻、ジルベルト・カサビ聖市長、山下譲二文協副会長、菊地義治援協副会長、与儀昭雄県連会長、辰巳ジョー同連盟理事長、飯星ワルテル下議、神谷牛太郎市議らが出席した。すでに風物詩となっている大晦日のお雑煮を堪能する人々で広場は溢れた。リベルダーデ・ラジオ体操会の婦人やACAL婦人部らにより約35日系団体らから寄付された餅米2400キロがつかれた。大部総領事夫妻やカサビ聖市長をはじめ、来賓が順番に杵を持って餅をつき、婦人部らに交じり、ついた餅を丸める場面もあった。広場中央で茅の輪くぐりが行われ、非日系人も含む参拝者の長い列ができた。来場者には、1万5千個の紅白餅が配られた。その様子は、グローボやバンデイランテス、レコルジなど各種メディアでも報道された。その後、東洋文化会館に移動、式典が執り行われた。網野弥太郎評議員会長は、「今年はACAL創立40周年。新年の干支のように、寅のスピード感と勇気をもって活動していこう」とあいさつした。与儀会長は、「2010年もすべての日系団体の繁栄を祈る。調和をもって相互に友情を育めれば」と述べ、鏡割りが行われた。出席者全員で「渡伯同胞送別の歌」や「蛍の光」を合唱した。広場でついたばかりの餅を使って用意された3千杯のお雑煮は、今年も大盛況。毎年足を運ぶという奥村吉井マスミさん(76、二世)は、「お雑煮が美味しい。日本の正月を感じます」と穏やかな表情を見せた。「広場には、朝6時からお雑煮の整理券をもらおうとジョアン・メンデス広場まで列ができた」とイベントが根付いたことを喜ぶ池崎会長は、「世界では経済危機が騒がれたが、リベルダーデ区は大きな問題もなく栄えた」と1年を振り返った。
ニッケイ新聞 2010年1月6日付け 地元埼玉でブラジルを大アピール―! 昨年5月、会長に就任した飯島秀昭会長が牽引役となり、「アクションなくして結果なし」をスローガンに活動を進める在伯埼玉県人会は昨年10月、「日本人に真のブラジルを知ってもらおう」と母県で開催された二つの祭りに参加、大々的にブラジルのPRを行った。少年サッカー教室、文化や食べ物を紹介するブースを出展、ガイドブックも配布。さらに、イペーも県庁に植樹した。在日ブラジル大使館、JICA横浜海外移住資料館、エンブラエルも支援し、官民一体となった日伯の交流となった。飯島会長は、「小さな波は立った。今までは掛け声だけだったが、何とか動き出しそう」と手応えを話した。 同県人会は今まで事務所で月に2回会合を開いていたが、会館がないこともあり活動は活発とは言えなかった。2008年にあった同県人会創立50周年・県人移住90周年式典に母県から参加した日伯友好議員連盟の竹並万吉会長(県議)との縁がきっかけで、県人会として同祭に参加することが決まり、準備を進めてきた。ブラジルからの訪問団は、実行委員長の飯島会長と準備委員長の尾崎眞次副会長。日本側は飯島会長の知人の日系ブラジル人や友人らが手伝いを買ってでたようだ。飯島会長らは16日、上田清司知事や奥ノ木信夫県議会議長を表敬訪問。同知事は、交流に尽力した同県人会の労を労い「両国親善に大きな励みとなる」と感謝の意を表した。同県庁中庭にイペーが記念植樹され、さらにブラジル大使館提供の30本の苗木も寄贈された。例年30万人の入場者を数える県最大規模のイベントの一つである「所沢市民フェスティバル」(10月24、25日)では、少年サッカー教室、ブラジル紹介コーナーを設けた。同月31日、11月1日には「09川越産業博覧会」でパステスやシュラスコを中心に開いた「ブラジル食コーナー」が多くの市民の関心を集めた。両祭では、ブラジル紹介コーナーを設け、写真パネルを展示。ブラジル大使館やJICA横浜海外移住資料館、エンブラエル社から支援を受けたブラジルガイドブックも配布された。尾崎副会長によれば、「観光地のパネルやブラジルの地図を欲しいという人もいて、断るのに苦労もした」ほどの人気ぶりを見せた。飯島会長は、「(今回の参加で)県議会や県議連などとのパイプができた。今後は、県人会活動に共感を得られる人は誰でも歓迎できる体質にし、自立していきたい」と抱負を述べた。
ニッケイ新聞 2010年1月5日付け 宮崎ブラジル国派遣農業研修生の2人が12月17日に着伯し、翌18日、長友契蔵名誉会長が同伴して来社し、今後の抱負を語った。この制度は1982年に開始され、今回27回目。計50人以上が伯国体験を積んでいる。第1回研修生の猪俣則博さんを父に持つ、貴則さん(25)。「父からブラジルは楽しいところだと聞いています。将来こっちに移りたいから、お前が先に行けといわれまして」と頼もしいコメントも。父が研修時にピエダーデの農家で撮った記念写真を見せると、そこには長友名誉会長の姿があり、「僕が案内してたんだ」と本人も驚く。猪俣さんはレタスやトマトなどの露地野菜栽培を学びたいとの抱負をのべ、「父が世話になったところをぜひ訪ねたい」というと、同名誉会長は嬉しそうにうなずいた。山口大学で修士号を獲得、北大の博士課程を中退して家業のみかんや日向夏生産を手伝っている倉元陽造さん(27)は、「大農場経営など、日本とはまったく別のブラジル農業を体験したい」と意気込む。同名誉会長は「この研修生のOBには、母県に戻ってから独自な視点から営農する人が多い。ぜひ宮崎県の先駆けになってほしい」と語った。2人は県人農家のあるマリアルバ、バストス、ブラジリア、トメアスー、ポルト・アレグレ、聖南西などを訪ね歩いて研修し、3月1日に帰国する予定。
ニッケイ新聞 2010年1月5日付け 「2010年度新年祝賀会」が1月1日午前、ブラジル日本文化福祉協会大講堂で開催され、約400人が新年を祝った。文協、サンパウロ日伯援護協会、ブラジル日本都道府県人会連合会、在サンパウロ日本国総領事館、ブラジル日本商工会議所、日伯文化連盟の共催。文協合唱団により、日伯両国歌が斉唱され、木多喜八郎文協会長はあいさつで、「2014年サッカーW杯や16年リオ五輪が予定される2010年代、日本を始め世界に伯国社会の中の移民先駆者が築いた日系文化を知ってもらうチャンスになる」と期待、「文協は今年創立55周年を迎える。日系社会の拠り所となる堅実な組織に守り育てていきたい」と力を込めた。大部一秋在聖総領事は、「伯国の未来は揚々と開けている。今年は、その黄金の時代の幕開けになると信じている」と述べ、「今年は特に若い世代の育成、日本語日本文化の普及、日系社会の活性化の3点に尽力したい」と掲げた。与儀昭雄県連会長により音頭がとられ、万歳三唱された。その後祝賀パーティに移行、同合唱団が「1月1日」を合唱、森口イナシオ援協会長により「運命は我々自身で切り開くもの。移民の歴史のように、今年もがんばっていこう」と述べ、乾杯を行った。三木万理枝同合唱団会長は、「今年はさらにメンバーを増やし、文協のイベントを盛り上げていきたい」と話す。初めて参加したという大原千代子さん(82、大阪)は、「同世代の人と触れ合い、賑やかな正月を迎えることができました」と笑顔を見せた。ブラジル・ニッポン移住者協会顧問の小瀬真澄さんは、「一世が少なくなってもこういった団体に文化を引き継いでいってほしい」と話した。来場者には、記念の紅白餅が配られた。
ニッケイ新聞 2010年1月1日付け 謹んで新年のお慶び申し上げます。旧年中はいろいろとご支援をいただき、心より感謝申し上げます。海外最大の日系人集団地であるブラジルで、今年は笠戸丸に次ぐ第2の移民船旅順丸がサントス港に着いて100年になり、これを記念した県人会の式典も多くあるようです。ブラジル日本移民の歴史を見ると、コーヒー園へのコロノ生活に始まり、幾多の年月の中には志を果たせず、また過酷な労働の中で生を受けた子供が早世するなど、一言でブラジルの日本移民を語ることはできません。また1942年から約10年間の移民空白の時代を経て、戦後の移住が再開され、70年代後半まで続いた移住も、日本経済の高度成長とともに打ち切られ、80年代に入ると逆現象として日本への出稼ぎが始まり、30万近くの日系人が在住しているといわれておりましたが、世界的な経済の昏迷、後退により、日本での職を失い帰国した人も多く日系社会でも、この話題が絶えることがありませんが、これに対しても前向きな動きで考えたいと思います。サントス港のボケロンに建立されていました上陸記念碑も、エミサリオ・スブマリーノ公園へ移され、いろんな面で便利になりました。皆様にはもっとこの記念碑へ行って欲しいと願っています。これからの世界、ブラジル社会を考える時、もっと大きな視野に立ち物事を考え進めていくことが大切です。いろいろな面での交流が疎遠になっていく中、新しい日系社会を形成することが大切で、近年減少傾向にあります留学生、研修員制度の継続、明日を作る青少年の短期訪日交流なども県人会などと共に訴えていきたいと思います。また、県連では、郷土芸能、郷土食の祭典であるフェスティバル・ド・ジャポンを通じて、伝統ある郷土芸能を守って来られた方々、郷土に永く伝わり郷愁を呼ぶ郷土食をブラジルの地に残すことをこれからも深めて行きたいと思います。また県連が20年以上続けている「移民のふるさと巡り」も、以前行った事のある地域も含め、新しい交流を探したいと思います。今年も昨年同様よろしくお願い申し上げます。
ニッケイ新聞 2010年1月1日付け 受賞者の陰には、それを支えた無数の縁の下の力持ちがいる 毎年ブラジル国内でも何人かの受章者がある日本政府の叙勲。現在までにどれだけの日系人が勲章を受けたのか、調べてみると800人以上に上ることが分かった。102年分(1908年から2009年まで)の勲章―。コロニアで指導的な立場にあった人、日伯交流の推進者、教育、文化、スポーツなど様々な受章分野は、日系社会1世紀の軌跡と重なり合う。これらの勲章はまた、受章者個人だけでなく、ブラジル日系社会全体に贈られたものだと言えるだろう。2010年の新年を迎えるにあたり、これまでに判明した受章者一覧を掲載する。(編集部)(注=一覧表中の空欄は不明なもの) コロニアがまだ在伯同胞社会と呼ばれていた戦前の1933年、ともに現在「移民の父」と呼ばれる水野龍と上塚周平が勲章を受けた。ブラジル日本移民25周年の記念に行われたもので、在伯邦人としては初めての受章だった。その後、戦中・戦後の混乱期を経て再び在伯邦人への勲章授与が復活する。最初は57年、急逝した下元健吉コチア産組専務理事へ死後叙勲。移民50周年の58年には山本喜誉司文協初代会長、南米銀行の宮坂国人会長たちへ。そして現在までに、800人以上の一世、二世(外国人叙勲を含む)が勲章を授与された。 最多は北海道出身者 受章者を出身県別に見ると、最も多いのは北海道で53人。次いで移民大県の熊本(49人)、福岡(47人)、広島(43人)などが続く。福島(38人)、東京、長野(37人)、高知(31人)の出身者も多い。女性で初めて受章したのは、戦中戦後の邦人救援・福祉活動に尽力した渡邊トミ・マルガリーダさん(68年)。73年には「日伯料理と製菓の友」で有名な料理研究家の佐藤ハツエさんが受章している。女性の受章者は、全体の5%程度にあたる約40人。このほか、ブラジル生まれの二世が30人以上外国人叙勲を受けているのも伯国の特徴だろう。平田進元連邦下議、井上ゼルバジオ忠志・元コチア産業組合中央会理事長など、日伯交流、コロニアの発展に尽力した人たちの名が並んでいる。もちろん、ここに掲載した受章者の陰には、これらの人たちを支えた多くの関係者の存在があったことは言うまでもない。「皆でもらった勲章」――、授与式の場で受章者たちが話す感謝の言葉の通り、800余人の一世、二世たちが受けた勲章はまた、ブラジル日系社会1世紀の歩みを象徴している。◎各勲章の正式名称は次の通り。【旭三】勲三等旭日中綬章【旭四】勲四等旭日小綬章【旭五】勲五等双光旭日章【旭六】勲六等単光旭日章【旭小】旭日小綬章【旭双】旭日双光章【旭単】旭日単光章【瑞中】瑞宝中綬章【瑞小】瑞宝小綬章【瑞双】瑞宝双光章【瑞一】勲一等瑞宝章【瑞二】勲二等瑞宝章【瑞三】勲三等瑞宝章【瑞四】勲四等瑞宝章【瑞五】勲五等瑞宝章【瑞六】勲六等瑞宝章【宝五】勲五等宝冠章【宝六】勲六等宝冠章【紺綬】紺綬褒章【黄綬】黄綬褒章【藍綬】藍綬褒章◎【編集後記】ブラジル日系社会百年の歴史の中で、800人を超える日系人が日本政府から勲章を受けた。紙面の都合から非日系のブラジル人の受章者は掲載しなかったが、これを合わせれば1千人近くなるのではないか。日本国外でこれだけの受章者がいる国は少ないだろう。調査にあたっては国内の在外公館の協力に加え、コロニアで発行された記念誌等を参考にした。出身県の不明な人もあり、また、氏名の誤記や、弊紙が把握していない人もいるかもしれない。情報を持っている読者の皆さんの協力をお願いしたい。連絡はニッケイ新聞編集部(11・3208・3977、まつだ)まで。