来年の日本祭り参加も視野に
若い世代同士の情報交換や交流も
【既報関連】伯国の47都道府県人会の中で唯一、県連(園田昭憲会長)に属していない富山県人会(市川利雄会長)は、27日午前10時から行われた支部合同定例役員会の中で、約10年ぶりに県連に復帰することを大筋で決定した。役員会には園田県連会長も出席し、現在の連合会の立場を説明した上で、同県人会の復帰を熱望した。同県人会は早ければ今週中に正式決定し、今後は若い世代同士の情報交換に力を注ぎ、毎年7月に開催されている日本祭り参加も視野に入れている。
聖市アクリマソン区の同県人会館で開かれた役員会では、県人会顧問の根塚博氏が10年ほど前に県連から脱退した経緯について説明した。それによると、当時の県連が「計画もなしに行った行事(日本祭り)の赤字分を各県人会に負担させたこと」について同県人会では、「県連が県人会を食っている状態になる」として反発。「けんかをしたわけではなく、当時の県連執行部と考え方が違った。永久に辞めるのではなく、いつかは県連が新しい組織になってくれれば改めて戻る気持ちだった」という。
これに対して園田会長は、現在の県連が特に前任の与儀昭雄会長時代から「非常にオープンになった」とし、昨年度から発行している県連の事業報告書の中に富山県人会の項目を作って準備していることに言及。さらに、県連の定款上、「ブラジルに存在する県人会は、自動的に県連に入会できる」という内容を説明し、「定款の単項では(県連)執行部の判断により、代表者会議で協議しなくても(富山県人会の復帰を)許可することができる」と述べた。
また園田会長は、富山県人会が脱会した当時の県連が、日本祭りで出た赤字分を各県人会に負担させたことについて、「定款には『県連が背負った赤字については、会員である県人会に対して影響しない』とある」と述べ、県連の負担を県人会に押しつけることができないことを強調。「富山県人会に戻ってきていただくと、47都道府県人会がそろうことになり、県連として日本に対してさらに物事を言える会になると思う。来年の日本祭りにはぜひ、ブースを出していただきたい」と県連復帰を熱望した。
同県人会では役員会で検討したところ、大筋で復帰することを決定。早ければ今週中に正式決定し、県連との話し合いを行う考えだ。
市川会長と根塚顧問は県連への復帰について、「今は県連の定款も改正され、いつまでも脱会している理由もないと考えた」とし、「(富山県人会の)若い世代が、ほかの県人会の若い人たちと情報交換して交流し合い、今後は県連のイベントにも積極的に参加していきたい」と意気込みを見せた。
2011年11月29日付
