06/03/2026

Mês: novembro 2011

大阪なにわ会主催の第70回慈善バザーが、12月4日午前9時から聖市ビラ・マリアーナ区の同会館(ドミンゴス・デ・モラエス街1581番)で開かれる。 当日会場では、婦人部手作りの手芸品や協賛業者の各種品物が販売。食堂では、すし、うどん、天ぷら、しるこ、おはぎなども用意する。売り上げの一部は、年末に日系福祉4団体に寄付されるという。 2011年11月26日付
富山県人会(市川利雄会長)は27日午前10時から、聖市アクリマソン区の同県人会館で役員会を開催し、県連への復帰が正式に決定すると見られている。 県連関係者によると、同県人会執行部と加盟について話し合いを進めており、両者の間で復帰に向けて大筋合意に達しているという。同県人会は十数年前、県連とフェスティバル・ド・ジャポンの運営方法について意見を違えて離脱。これまで、全都道府県人会の中で唯一県連に非加盟だった。同県人会内部では幾度となく県連再加盟について検討がなされてきたが、このほど実現される見通しがつき、11月度県連代表者会議にも招待を受けていた。 同県人会の発足は1960年。2010年8月には県人移住100周年、県人会創立50周年、母県と聖州との友好提携25周年の記念式典を実施した。 また、今年4月20日には、東日本大震災への義捐金として会員から寄せられた約7千レアルを在聖総領事館の口座に送金している。このほか、県人会記念誌『富山県からブラジルへ』(日ポ両語)を執筆・刊行するなど活発な活動を行っている。27日は臨時総会後に忘年会が開催されるが、県人会員にとっては忘れられぬ年となるだろう。 2011年11月26日付
ニッケイ新聞 2011年11月26日付け  「僕が小さい頃、カナシロ(=金城)という単語は〃レストラン〃と同じ意味だと思っていたよ」。沖縄県系(ウチナーンチュ)への近親感をあらわに、そう英語で演説して会場を爆笑の渦に巻き込んだのは、ハワイ州知事のニール・アバクロンビーさんだった。同じ太平洋の〃島人(しまんちゅ)〃、ハワイ生活者としての同胞意識が言葉の端々から伺えた。 同大会では、あらゆる場面でハワイ勢の存在感が強い。ハワイに関する何かが発表され、ハワイ代表がコメントする。県系人最多のブラジルから1千人だが、ハワイからも同数が馳せ参じていた。しかも飛行機を2機もチャーターした。この精神的な近さは何なのか。 「現在、ハワイの全人口に占める日系人・日本人の割合は28%に低下しています」。『ハワイパシフィックブレス』紙社長の仲嶺和男さん(72、沖縄)は琉球大学移民研究班が主催した国際フォーラム「海外日系紙記者のみた移民社会」でそう報告したのを聞き、耳を疑った。 ブラジルの場合、日系人の比率は国全体の0・7%に過ぎない。日系人の最多集中地域である聖州(4125万人)に150万日系人の7割が在住しているとしても、わずか2%だ。 ところがハワイでは28%に〃低下〃しているとし、「少なくなったとはいえ、未だハワイ人口の3分の1を占めている。ハワイの日系人・日本人は少数民族ではなく、多数民族です」と仲嶺さんは付け加えた。現在のハワイ全人口が127万なので、36万人を誇る。 かつて、どれだけ多かったのかを尋ねると、「太平洋戦争が勃発した頃は、ハワイ全人口の44%、約半分を占めていました」というので、文句なしに〃多数民族〃だ。米国本土を含めた全日系人数は約110万人で、総人口に占める比率は0・4%とブラジルより低いぐらいだ。ところはハワイだけを見れば密集している。ハワイは世界の日系人にとっても特別な場所といえる。 しかも、ハワイの36万日系のうち沖縄県系は一割強、4万5千人を誇る。ハワイ沖縄連合会(仲宗根ノーマン正明会長)の会員は約9千世帯だというので、一世帯5人だとして4万5千人は十分ありえる数字だ。 そのうちの1千人、「40人に一人」が今回訪沖した。ハワイ州知事にとっては、州人口のたかだか4%(4万5千人)の少数集団ではなく、〃多数民族〃の中の中核グループと認識して、わざわざ大会に参加したに違いない。在外県系人は全部で40万人なので、1割強がハワイ在住だ。 伯国では日系人口150万人中の一割15万人が沖縄県系だから、在外ウチナーンチュの中では最多の4割を占める。つまり在外ウチナーンチュの半分をブラジルとハワイで占め、残り半分が北米本土や他地域に散らばっている。 ハワイ勢とブラジル勢は在外県系人の中で最も結束が強い両輪だ。この二大勢力が競い合うことで海外勢は活性化してきた。例えば、聖市ヴィラ・カロン区のオキナワ祭り(第9回)は、今年29回目を迎えたハワイのオキナワ・フェスティバルにヒントをえて始められた。開会式の挨拶でハワイ州知事は、「世界中から5万人以上が集まる、ハワイで最も成功している民族の祭典の一つ」と讃えた祭りだ。ウチナーンチュ大会で交流した成果が現実のものとなって当地にも賑わいをもたらした実例だ。 ちなみに沖縄県の人口は140万人。在伯沖縄県系だけで、母県人口の一割以上に相当する。全在外40万人では30%であり、けっして小さくない。(敬称略、深沢正雪記者) 写真=琉球大学に収蔵されることになった『ハワイパシフィックプレス』をしみじみと眺める仲嶺さん この連載はこちらでご覧になれます。http://www.nikkeyshimbun.com.br/2011/2011rensai-fukasawa8.html
ニッケイ新聞 2011年11月26日付け  大阪なにわ会(下平尾哲男)は『第70回慈善バザー』を来月4日午前9時から、ヴィラ・マリアーナ区の同会館(Rua Domingos de Morais, 1581)で開く。入場無料。利益の一部は年末助け合い運動に寄付される。  婦人部の手芸品をはじめバザリスタ30店舗が出店。食堂では婦人部によるなにわうどんやおしるこ、福神漬けも。 婦人部の久保美恵子部長、桑原妙子さんは「ナタルや正月の贈り物を探してみては」と来場を呼びかけた。 問合せは(11・5549・7226)まで。
恒例の餅つき大会 岩手県人会(千田曠曉会長)は、12月10日午前11時から同県人会館(聖市リベルダーデ区トマス・ゴンザガ街95番)で餅つきを行う。当日は、同県人会員から寄付された30キロを含む、90キロの餅米が用意され、石臼で餅つきを体験できる。 千田会長は「以前120キロ用意した時は、午後9時まで餅をついた。安くておいしい餅を食べていただきたい」と来場を呼びかけた。入場無料。ついた餅は500グラム10レアルで販売される。前売りは8レアルで、前売り券は同県人会で購入できる。 問い合わせは同県人会(11・3207・2383)まで。 2011年11月25日付
12月8日から日本で開催されるサッカーのFIFAクラブ・ワールドカップ(W杯)に南米代表として出場するブラジルのサントスFCの壮行会が23日夜、聖市モルンビー区の在サンパウロ日本総領事公邸で開かれた。会には日本企業や日系5団体などが招かれ、友好を深めた。サントスFCからはムリシ・ラマーリョ監督のほかネイマール、ガンソ、エラーノ、エンリケ、レオ、ラファエル、エドゥーなどの豪華なメンバーが顔をそろえた。 あいさつに立った大部一秋総領事が「サントスが南米王者として日本に行くことがとてもうれしい。日本とブラジルの交流がもっと盛んになるでしょう」と笑顔を見せた。 また、プレゼント交換でサントスFCのルイス・アルバロ・デ・オリベイラ・リベイロ会長は大部総領事夫妻にそれぞれの名前が入ったユニホームをプレゼントすると、会場からは感嘆の声が上がった。 伯国代表でも活躍するFWネイマールは「16歳の時に試合で仙台を訪れたことがある。とても奇麗な景色を覚えている。地震が起きてショックだった。でも必ず復興できる」と日本の震災被災者にメッセージを送った。 先日サントスとの契約を延長したことについては「とても幸せな気持ち。自身のキャリアを考えてサントスでプレーすることを選んだ。サントスは第2の家だ」とクラブへ対する気持ちを明かした。 リベイロ会長に欧州代表のバルセロナ(スペイン)は攻撃的なチームだが、同じような特徴を持つサントスFCは現実的な戦術として守備的に戦うのかと質問すると「バルセロナの攻撃は組織的だが、サントスの攻撃は個人技で、より野生的なもの。大会ではその違いが分かるだろう。また、日本でプレー経験した選手がいるのもサントスが有利な点だ」と自信満々に答えた。 また、サントスFCがロンドン五輪を目指すU―22(22歳以下)日本代表の右サイドバック酒井宏樹(21)の獲得に動いていることについて「酒井は我々が求めている人材。サントスに来てくれることを信じている」と改めてラブコールを送った。 来賓として訪れたトヨタブラジルの中西俊一社長は「優秀な販売成績を収めた営業マン15人と共にサントスを応援しに日本に行きます」と早くも興奮していた。 クラブW杯は、Jリーグ今季王者やバルセロナなど7チームが出場し、クラブ世界一を目指す。サントスFCの初戦は14日。 2011年11月25日付
ニッケイ新聞 2011年11月25日付け  母県と県人子孫の心の絆とは何なのか。それはいつまで継承されるものなのか――どんな県人会にとっても重要なこの問いに答える壮大な取り組みが、いま沖縄で行なわれている。5年に一度の「世界のウチナーンチュ(沖縄県人)大会」に参加するためにブラジルから1千人以上が馳せ参じたこと自体凄いことだが、ただ単にその現象を報じるのではなく、「なぜそんな来ているのか」について分析・推論を連載にした。一体、沖縄県民とその海外子孫に何が起きているのか。琉球大学の招待で大会に参加した機会を利用し、各国の日系社会の状況とそこにおける沖縄系社会の様子に加え、どの県や県人会にとっても役立つ活性化のヒントが含まれていないかを探る。沖縄をたたき台に、母県と県人子孫が一体となって取り組んでいるルーツ意識の掘り起こしについて取材してみた。(深沢正雪記者)  10月12日昼すぎの那覇市国際通りでは、次々にブラジル沖縄県人会の面々と顔を合わせた。しかも、みな家族連れだ。まるでまだサンパウロ市にいるかのような錯覚に襲われる光景で、尋常ではないことが起きているとの強い印象を受けた。 その日は地元紙によれば世界25カ国から約5200人もの在外県人とその子孫が集まった第5回世界のウチナーンチュ大会の前夜祭だった。国際通り沿道には地元市民が鈴なりに押し寄せ、帰還パレードをする子孫らに向けて「お帰り」と呼びかけ、握手攻めにあわせて熱烈歓迎した。 翌日の開会式で仲井眞弘多(なかいま・ひろかず)知事は「みなさんは沖縄の宝です!」と満面に笑みを浮べ両手を広げた。これだけの人数の子孫が一度に母県訪問することは、他県でありえるだろうか。これほどの官民挙げての大歓迎がありえるだろうか。 最も盛大だった16日の閉会式では、1千人超の地元高校生らが琉球王朝の貴族風衣装をまとって見事な群舞を披露した。海外子孫や地元民ら約3万人を前に、伝統舞踊をベースに現代的なショー的演出を加えた民族的な逸話が堂々と演じられた。 王様役が舞台で「万国津梁(世界の懸け橋の意)の鐘に込めた想いを滔々と説き、それを「子々孫々に受け継ぎ、島の未来を指し示そうぞ!」と叫ぶと、会場全体から拍手が沸きあがった。海外子孫はその物語を県民と共有し、「自分達は祖先の地の歴史の延長線上にいる」と一体感を感じて感動していた。 万国津梁とは、1458年に尚泰久(しょうたいきゅう)王の命で鋳造され、「万国を結ぶ懸け橋」となることを誓って同名の鐘を作ったことに由来する。琉球王国の伝説が今も生きている。 前夜祭のパレードでの一般市民の歓迎振り、それに加え、閉会式の海外子孫を歓迎するためにこれだけの地元若者が参加するのは半端ではない。この大会はまさに地元挙げての行事、母県と海外子孫が同調して盛り上げている。 初参加の下本八郎元聖州議(75、二世)は、「皇族がご出席される関係で、僕はいろんな県の植樹祭などに参加したことあるけど、この大会ぐらい世界中から子孫が集まるところはない」と断言した。 一体、沖縄県で何が起きているのか。(敬称略、つづく) 写真=約1000人の地元高校生等が一糸乱れずショーを繰り広げた この連載はこちらでご覧になれます。http://www.nikkeyshimbun.com.br/2011/2011rensai-fukasawa8.html
賃貸頻度は昨年より増加しているが 日系社会を代表する機関と称されるブラジル日本文化福祉協会(木多喜八郎会長)の記念講堂(大講堂)の賃貸状況が近年、様変わりしている。文協事務局の話では、非日系団体を含めた使用頻度は昨年より増加しているというものの、特に県人会の記念式典による使用はここ10年で激減している。設備、賃貸料金、広さや使いやすさなどの面で、団体によっては「檜(ひのき)舞台」であったはずの文協記念講堂が敬遠されているようだ。 昨年8月に創立80周年記念式典を、聖市リベルダーデ区の文協の近隣にある客家(はっか)会館で開催した福岡県人会の南アゴスチーニョ会長は、文協記念講堂を使用しなかったことについて、「設備の違いの問題」と説明する。 賃貸料金は文協記念講堂よりも客家会館のほうが割高になるものの、各会場やトイレなど設備の新しさ、空調の充実など「使いやすさ」に重点を置いたという。 また、文協記念講堂の場合、式典後の祝賀会は講堂前にある大サロンか隣接する別館展示室の使用で「立食」を余儀なくされ、参加する高齢者たちにとってテーブルに座って楽しむことができないことなども敬遠されている理由の一つになっているようだ。 またここ10年でリベルダーデ区やビラ・マリアーナ区に「こじんまりした」形での県人会の新会館が建設されたことも、県人会記念式典での文協会館離れに拍車をかけている。 来年、創立50周年を迎える長崎県人会(川添博会長)では、そうした規模の県人会館での式典開催を来年9月に予定している。規模の問題であるならば文協小講堂の使用も考えられるか川添会長に質問したところ、「式典をやるだけならば小講堂でも構わないのですが、祝賀会で食事をするとなると別の場所に移動しなければなりません」と使い勝手の悪さを指摘した。 毎年8月に文協記念講堂で老人クラブ大会・芸能祭を開催している老人クラブ連合会(五十嵐司会長)は、同講堂の使用料金の高さを嘆く。今月27日に開催される親睦カラオケ大会会場を今年はやむなく「(値段的に)3分の1割安」(老ク連筋)の静岡県人会館に変更した。 会員の超高齢化などでここ数年、老ク連関連イベントへの参加者が少しずつ減っていることもあるが、文協記念講堂使用料金の値上がりと、これまで恩恵を受けていたサンタンデール銀行からの資金援助が今年からなくなったことも大きい。 「会員にとっては文協の檜舞台で踊ったり歌ったりしたいという気持ちがもちろんありますが、記念講堂は値段が高くて来年以降の老ク連大会や芸能祭でも使えなくなる可能性は十分にあります」と老ク連では懸念している。 これらのことについて文協の中島エドワルド事務局長は、「(記念講堂の)使用頻度で言えば、昨年よりも増えています」と強調する。「確かに(近隣の)客家会館ができた時には、試用の意味もあって記念講堂を借りる団体が一時的に少なくなったこともありましたし、県人会関係者の式典での 使用はここ10年であまり行われていません。しかし、1月から4月は非日系などの学校の卒業式やシンジカット関係者が平日によく使ってくれますし、カラオ ケ団体などにもまだ人気はあります」(中島事務局長) 文協の設備が老朽化する中、今後の賃貸状況にも新たな影響を及ぼしそうだ。 2011年11月24日付
アリアンサ日伯文化連盟(中谷アンセルモ会長)は18日午後7時から、聖市セントロ区のサンパウロ市議会館で同連盟55周年記念式典を開催した。 会場には大部一秋在聖総領事や野村アウレリオ聖市市議会議員、園田昭憲県連会長、菊地義治援協会長、栢野定雄文協副会長といった日系社会を代表する来賓が訪れたほか、招待を受けた日系団体関係者約250人が来場した。 あいさつに立った代表者らは、同連盟の事業を賞賛し、55年間培った歴史を祝福した。式典の中で行われたコンサートでは和楽器と州政府交響楽団が共演し、夕顔、春の海、烏川、絵夢の4曲が披露された。 この共演はトミック・ダニーロ・ブラジル邦楽協会会長が同連盟の日本語講座で学んでいることがきっかけで実現した。ダニーロ会長はコンサートの中で、指揮を務める傍ら尺八を演奏した。 ダニーロ会長は映画で聴いた尺八の音色に魅了され、22年前からブラジルで指導している日本人に師事。日本へ行ったことはないが、来年6月に開催される「2012国際尺八フェスティバルin京都」へ参加する予定だという。「日本語を一生懸命勉強し、日本へ行きたい」と目を輝かせた。 演奏が終わると、来場者が総立ちとなり大きな拍手が会場を包んだ。 平島英毅同連盟評議会会長の招待で来場した土屋健俊さん(64、北海道)は「和楽器とオーケストラの共演は初めて聴いたが(音色が)合うんですね」と驚いた様子でコンサートの感想を述べた。 2011年11月24日付
友好親善を目的に、自民党・みんなの党、民主党で結成される横浜市議会議員団(横山正人団長)一行10人が、12日から15日の4日間にわたって来伯した。14日午前11時半からは聖市議会8階の野村アウレリオ市議を表敬訪問し、懇談した。 野村市議は、1200万人の聖市で市議会議員の議席数が 55しかないことを説明。2年ぶり2回目の来伯となった横山団長は、横浜市が370万都市で市議の議席数が86あるとし、「サンパウロ市はもう少し議席数が多くても良いのでは」などと話していた。 横浜市議一行から聖市の環境問題について質問を受けた野村市議は、聖市の交通量が乗用車700万台、バス3万台にも及び地下鉄の設備が先進国に比べて少なく、車に頼らざるを得ない状況にあることを指摘していた。 これに対して、横浜市は海外各国とパートナーシップ協力を結んでおり、「互いの力を出し合って問題を解決することができる」(横山団長)とし、今後都市問題や環境問題などでの補完関係についても可能性があることを示唆した。 また、2020年に聖市で開催が予定されている万国博覧会についても横山団長は、「サンパウロは日本人のコミュニティーがあり、横浜出身の日本人もいる。横浜市が都市として(万博に)出展する可能性は十分にある」と意欲を示していた。 一行は、13日に聖州イタペチの日系農家を視察後、サントス市を訪問。翌14日午前に在聖総領事館を表敬訪問後、聖市議会、移民史料館などを視察して午後7時から神奈川県人会との交流懇談会を行った。15日にリオに向かい、14年のサッカー・ワールドカップ決勝戦の会場となるマラカナン競技場を訪問。米国のニューヨークを経由して帰国した。 2011年11月24日付
ニッケイ新聞 2011年11月24日付け  岩手県人会(千田曠暁会長)は『餅つき大会』を12月10日午前11時から、同県人会(Rua Thomaz Gonzaga, 95, 1o. andar, Liberdade)で開催する。白餅1パック(半キロ)前売り8レアル、当日10レ。 4年前まで毎年、食べ放題を実施していたが、うるち米が混入し硬い米粒が混じることがあって以来、中断していた。 しかし、かねてからの要望があり、白餅の販売のみという形で今年から再開。会員も自家用もち米を寄付するなど協力する。将来的に食べ放題を実施するかどうかは「若い人の参加と反響次第」とか。 案内のため来社した千田会長は「一度凍らしても良く伸びるし焼いても美味しい。餅つきを体験したい人も是非どうぞ」と呼びかけている。 問合せは同県人会(11・3207・2383)まで。
 11月度県連代表者会議で、各県人会長から内容がほとんど分からないと言われている「県連・県人会活性化基金」についての報告があり、本来とは順序が逆だが、現在は運用の決まりや詳細についてポルトガル語で鋭意作成中であることを明かした。また、宮城、岩手、福島各県の代表者の要請により、東日本大震災発生から1年がたつ来年の3月11日には、県連主催の法要を営むことが決定。法要の際には復興の様子をブラジルに向けてパネルや映像などを使ってアピールする考えがあるという。文協が県連に座を譲る日は近いかも。 ◎  来年度の「フェスティバル・ド・ジャポン」に向けて前田ネルソン実行委員長は早くも数社スポンサーを獲得したと発表。さらに来年度は会場内にテーマである「共存する進歩と環境」に沿った巨大なテーマパークを日本の経験ある企業と協力して設けるという。それにより会場が手狭になる可能性もあるので、第2会場も設ける考えもあるとか。日本祭りは「食」から始まったが、どんどん進化していくようだ。あまりに急進的過ぎると、県連の考えと各県人会の考えが乖離(かいり)する可能性もある。各県人会にしっかりと利益の再分配を。 2011年11月23日付
書類不備の解決まで 二転三転する県連(園田昭憲会長)事務所の移転問題でサンパウロ日伯援護協会(菊地義治会長)は、県連が新規移転先候補としている聖市リベルダーデ区の文協ビル5階部分の所有者として、売却に必要な書類をそろえようと奔走していたが、早期解決が見込めないと判断。少しでも早く移転を望む県連に対し、書類の不備が解決するまで5階の無料賃貸を提案している。 県連執行部は現在、この提案について審議をしているが、各県人会長からは「もしもの時には税金問題に巻き込まれるのでは」「サインするまでは内装に手を加えられない」などの意見が出ている。園田会長は17日に行われた代表者会議の席で「しっかり考えて答えを出さなければいけない」との見解を示した。 援協は国を相手に税金免除の裁判に勝利。「8月末までには売買に必要な書類をそろえる」と公の場で発言してきたが、11月に入っても書類をそろえることができていない。県連の入居を逃すと買い手がなくなると考え、無料賃貸を提案したのでは考えられる。 2011年11月23日付
ニッケイ新聞 2011年11月23日付け  ブラジル北海道協会青年部「ひぐま会」(山口貴史会長)は『第20回餅つき祭り』を27日午前11時から、同協会会館(Rua Joaquim Tavora, 605, Vila Mariana)で開く。  餅150キロを用意する。厳選したもち米を丁寧についた餅は毎年完売するほどの人気。 雑煮、お汁粉のほか、磯部、きなこ、大根おろし、納豆、ピーナッツなどでも楽しめ、生チョコ餅やシュハスコ、カキ氷も販売される。餅つきのデモンストレーション、YOSAKOIソーランやビンゴもある。  一人12レアルでチケット発売中。問い合わせは同協会(11・5084・6422)まで。
ブラジル北海道協会青年部ひぐま会は、27日午前11時から毎年恒例となっている『餅つき祭り』を同協会会館(聖市ビラ・マリアーナ区ジョアキン・タボラ街605番)で開催する。 今年は餅150キロを用意。餅米を厳選して丁寧についた餅は盛況で、毎年完売になるほど。白餅のほか、雑煮、汁粉や、海苔しょうゆ、きなこ、大根おろし、納豆、ピーナッツ、レイテ・コンデンサードなど餅のトッピングも充実している。さらに注目は、実際に北海道で土産にもなっている生チョコ餅も販売される。そのほか、シュラスコ、かき氷なども用意される。 また、会場では餅つきのデモンストレーションをはじめ、イッシングループによるよさこいソーランやビンゴなどのアトラクションも準備している。 同会の山口貴史会長は、「自慢の餅をぜひ食べに来てください。また土曜日の餅つきのお手伝いも募集しています」と来場を呼びかけている。白餅の前売り券は12レアルですでに販売されている。問い合わせは同協会(11・5084・6422)まで。 2011年11月22日付
ニッケイ新聞 2011年11月22日付け  群馬県人会婦人部(阿部マルガリータ部長)は9日、サンパウロ日伯援護協会(菊地義治会長)傘下の施設に米25キロ、日本製の色紙20セットと300レアルを寄付した。同県人会の予算で購入された。 同部は数年前から、県出身の80代女性があけぼのホームに入居していることから慰問を兼ねて訪問、寄付を行ってきた。今年は諸事情のため訪問が叶わず、援協本部に寄託されることになった。 米と寄付金はあけぼのホームに、色紙は同ホームのほかカンポスさくらホーム、スザノイペンラジャホーム、サントス厚生ホームにも贈られる。 贈呈のため同部の内山節子、大矢みどりさん、県人会役員の向田重子さんが援協本部を訪れ「折り紙で手を動かしてもらえれば」と手渡すと、菊地会長、毛利連副会長は「入居者の皆さんが喜びます」と謝辞を述べた。
 日系3団体とCIATEによる海外日系人大会の報告記者会見が行われた。大会参加者が年々減少しており、今年は180人だったことについて園田昭憲県連会長は「各国の参加が少ないのは東日本大震災の影響もあるだろうが、大会に実りが少なく、大会宣言の中身が空っぽだからだろう」との見解を示した。同大会の位置付けは各国によりばらばらで、例年大会全体を通して白けた空気が漂う。そのような中で日系3団体は出国前に掲げた「日本の目をブラジルに向ける」という目標は果たせたのだろうか。会見を聞く限り、藤村官房長官に直接要望を伝えたということ以外には目立った成果は上げられていないように感じた。「我々が参加した一番の収穫は、文協、県連、援協の足並みがそろったことだ」とまとめたが、会見自体も遅刻が相次ぎ足並みはそろっていないと思わざるを得なかった。 2011年11月19日付