ニッケイ新聞 2011年12月16日付け 前節で見てきたように沖縄県では方々で「海外には〃明治の沖縄〃が残っている」との言葉を聞いた。海外県系人がウチナー意識を継承している姿をみて、母県側の市民は自らのあるべき姿を再確認しているようだ。郷土愛ともいえるし、ナショナリズム傾向、エスニック志向のような方向性も内包しているようだ。 ☆ ☆ ブラジル県人会の与那嶺真次会長は、この現象を「裏表の鏡」と興味深い表現をする。ブラジル子孫は沖縄という鏡を見て「やっぱり自分はウチナーンチュだ」という気持ちがわいてくるが、母県市民も海外子孫が〃明治の沖縄〃を継承している姿をみて、「自分達はもっと伝統文化、根っこを大事にしなきゃ行けない」と自覚を深める。お互いがそこに何かを投影し、自覚を深める「裏表の鏡」になっている。そして手を携えて、ひとつの方向に向かう。 これは一見「遠隔地ナショナリズム」のように見える。祖国を遠く離れた移民集団が祖国の現状を憂い、遠隔地からナショナリズム色の強い意見を発して、祖国に影響を与えることだ。ところが沖縄の場合は、実は母県側がそれを誘発して海外勢が乗り、一体化して盛り上げている図式があるように見える。 母県の方から「明治の精神」をブラジルに投影し、それに似合った事象を選び出して報道し、会議で取り上げることで「やっぱり伝統的な沖縄を残すべきだ」という母県の世論を盛り上げる社会心理があるようだ。 海外在住者からすると、少し別の現実も見える。実際の県系人の大半はすでに意識が薄れている。県人会の与那覇朝昭事務局長によれば現会員数は2800人だが、1973年当時では3648人もいた。明らかに減少傾向であり、「若い人はあまり県人会活動に関心を示さない」と心配する。 それに「子孫が沖縄方言をしゃべる」からと言って、〃明治の沖縄〃の精神まで残っているのだろうか――という根本的な疑問も湧く。 しかし、大会参加者だけを見れば選りすぐりの高い意識を持つ層だ。旅費を負担して大会に参加する人は自覚が強い人ばかりで、〃明治の沖縄〃があるように見える。普通どの県でも海外子孫の県人意識は世代が進むごとに薄れる。この自然の摂理に対して、この大会は流れに棹差すような方向性を持っている。 前堂(まえどう)和子さん(かずこ、70、沖縄)=神戸在住=は大会に参加した感想を、「震えて、涙が出そうで、堪らなかった。世界に散ったみんなの心がひとつになるのを感じた。沖縄のDNAが私の心の中に、魂の中にはっきり生きているのをこの大会で感じた」とのべた。神戸に住んでいる彼女も、海外子孫と同列だと意識していることが分かる。大会では東京、大阪などの県人会等〃内地〃勢と海外勢が肩を並べて熱い議論を交わした。 那覇在住7年のフリージャーナリスト高橋哲朗さん(50、埼玉)は、ブラジルに3年、米国に7年、オーストラリアに1年住み、国際的な視野から取材活動をしてきた。 「沖縄県人は愛郷心がすごく強い。島を離れたのなら、本土でもブラジルでも大差ないという感覚がある。離島ならではの意識、ここを中心とした一つの世界がある」と分析する。そのような意識が強いから、沖縄の人は自分達を〃ウチナー〃、本土の人間のことを〃ナイチャー〃(内地人)と区別する。米軍統治時代の意識の名残りか、今でも「外地」にいると感じているようだ。 その意識を反映して、沖縄の地方紙には独特の「県系人」という言葉遣いまである。一般な日本語でいえば「県人子孫」だ。ウチナー意識の延長線上に「県系人」という概念を作り出し、今ではそこまでウチナー自体の範囲が広がっている。 高橋さんは「日本という国の、一番歪んだ部分の現実をここでは観察できる。本土のしわ寄せがここに集まっている」と繰り返す。国境を超える強い血縁意識の原動力となるのが、この「ゆがんだ部分の現実」かもしれない。(つづく、深沢正雪記者) 写真=沖縄探見社を創立し、平田進の生涯を描いた『国会議員になった「隠れキリシタン」』など4冊を出版した高橋哲朗さん この連載はこちらでご覧になれます。http://www.nikkeyshimbun.com.br/2011/2011rensai-fukasawa8.html
Dia: 16 de dezembro de 2011
ニッケイ新聞 2011年12月16日付け ブラジル日本都道府県人会連合会(園田昭憲会長)主催の『第37回ふるさと巡り』が来年3月31日~4月3日の4日間実施されるにあたり、県連では現在参加者を募集している。 今回は聖州ボツカツ、バウルー、パラグァスー・パウリスタ、アヴァレーの4カ所を訪れる。 バウルー訪問はふるさと巡りとしては初。パラグァスー・パウリスタはかつて、米国への日本移住者の入国が禁止されたときに計画された「文化移住地」があった場所。 31日朝にリベルダーデ広場を出発。ボツカツ、バウルーの日本人会館で交流を行い、1日午前ピラチニンガ温泉を訪れ、午後にパラグァスー・パウリスタの日本人会館で交流を行う。 2日はオランダ移住地として造られたパラマパネマ市オランブラ・セグンドの花園、果樹園を観光。その後はアヴァレーを訪れ、3日夕刻に帰聖する。 参加費用は移動・宿泊費、食費、日本語添乗員、旅行保険などが込みで、二人部屋で一人あたり1290レアル。一人部屋は1560レアル。 申し込み、問い合わせはグローバル旅行社(11・3572・8990)。
ニッケイ新聞 2011年12月16日付け 日伯音楽協会(蛯原忠男会長)主催『第17回ブラジル紅白歌合戦』が11日、宮城県人会館であった。52組104人が舞台に立ち、約300人が声援を送った。 震災復興支援を目的とした今年、出演者や会場から募った4395レアルが宮城県人会へ寄託された。 紅組は菊地悦子、白組は高畑正二各氏をキャプテンに進行、審査委員長は上岡正雄音協名誉会長が務めた。歌謡団体の推薦を受けた出場歌手達は豪華な衣装に身を包み、カラオケの音楽に乗って堂々と喉を披露した。 途中の8組は羽田宗義エトワール楽団の生演奏で歌唱、羽田さんの「高原列車は行く」で大きな拍手が起こった。 後半では大橋サユリさん(24)が08年の「NHKラテンのど自慢大会」の優勝曲「帰らんちゃよか」を熱唱。「心の強い日本人だから、震災から必ず立ち直ると思います」とエールを送った。 中間発表で優勢だった紅組がそのまま勝利し、菊地キャプテンにトロフィーが授与された。 尾迫鉄次さん(82、鹿児島)=聖市在住=は「皆さんとても上手。私も子供の頃から演歌好きなので、来年も新しい曲を覚えて歌いたい」と笑顔で話していた。
