奥野ともえさんが昨年訪日
高岡市の小学校で5か月間研修
聖州と友好提携を結んでいる富山県が2009年度から実施している「多文化共生推進研修員受け入れ」制度で、昨年7月末から同12月までの5か月間、同県で研修を行った奥野オールダリアともえさん(49、2世)が任期を終え帰国し、6日に富山県人会(市川利雄会長)会員らが催した報告会に出席した。奥野さんはブラジルの教育現場で21年間の指導経験を持つ。デカセギ日系人など外国人の多い同県高岡市の小学校に派遣され、外国人児童や教育現場が抱える問題に直面した。帰国して間もない奥野さんに日本で見聞した5か月間を振り返ってもらった。
今回が3回目の実施となった同制度は、日系人の多い同県高岡市の小中学校へ聖州から選出された教育経験のある人材が配置されるもの。日本の教育制度を知り、教育現場で外国人児童に対する学習指導を行うことを目的としており、これまで毎年1人、計3人が派遣されている。
奥野さんは聖州サンジョゼ・ドス・カンポス市の小学校で教鞭を執る教諭。ブラジルで定年を迎えることを望んでいるため、この時期の研修が現役で行ける最後の機会だと考えた。そこで11年度の研修生として名乗りを上げ、昨年1月に派遣が決定した。
奥野さんが派遣されたのは同市立野村小学校。全校児童約800人のうち約30人が外国人。その多くがデカセギのため日本へ来たブラジル国籍の日系人子弟だった。
同校では、日本語の習得度が低いため年齢に相当する学年の授業についていけない外国人児童向けの時間割が組んである。その時間割にある「日本語指導教室」の時間は、外国人児童二十数人が集まり学年の下の教科書で学習する。所属する学年の学習内容の理解を目指すが「付いていけず、追いつくのは難しい」。
奥野さんによると同小学校に通う児童の家族は、家庭でポルトガル語を話す。小さな子どもの中には、会話ができてもポルトガル語の読み書きができない子もいるという。「そういった子はブラジルへ戻っても大変だと思う」と悲しそうな表情を浮かべた。
また家庭でポルトガル語を身に付けた場合、難しい語彙(ごい)を理解できないという落とし穴があると指摘した。指導した児童の中には、奥野さんがポルトガル語で話しても「Não entendi」と返す子がいたという。
そのほか、日本語、ポルトガル語どちらも十分に話せない男子児童がいた。彼は自分の意思を伝えられず相手の言うことも理解できないため、どうしたらいいの か分からずイライラした素振りで暴れることもあったという。奥野さんは「言葉をきちんと知らなければこうなる、という現状を間近で見た」と振り返った。
研修期間中は、毎日午前8時から午後5時まで同校で勤めた。学校で過ごす時間以外にブラジル人家庭を訪問し、宿題の相談に乗ったこともある。 「親は宿題のやり方を知らない。教え方を実際に示して伝えた」とブラジル人児童の家庭環境も学習の理解に影響していることを説明した。
研修が始まって日が浅い頃、奥野さんは4年生のあるブラジル人児童に「私が帰国するまでに九九を覚えるように」と伝えた。本来、九九は小学2年生の学習内容に含まれている。その児童は最初九九を学ぶ姿勢が見られなかったが、頑張って九九を暗記したという。
帰国が迫ったころ、日本人の児童から「奥野先生のことを一生忘れない」と言われたことが印象に残っているという。指導したブラジル人児童は「ブラジルに帰ったら、私たちのこと忘れちゃうね」と寂しそうに言った。
そんな児童へ奥野さんは「日本語で手紙を書くから勉強しなくちゃいけないよ」と言い残し帰国した。「学校は新学期が10日に始まるんですよ。今週頑張って書かなければ」と児童の顔が浮かんだのか、日本を思い出したようだった。
2012年1月10日付
