ニッケイ新聞 2012年1月19日付け 土曜日(21日) 東京都友会新年会、正午、ニッケイパレスホテル (Rua Galvao Bueno, 425, Liberdade)◎池坊華道会南米支部「初生け新年会」、正午、静岡県人会(Rua Vergueiro, 193, Liberdade) 日曜日(22日) 岩手県人会定期総会・新年会、午前9時半、同県人会(Tomas Gonzaga, 95-M, Liberdade)◎煎茶道静風流ブラジル灯楽会初煎会、午後1時半、大阪なにわ会館(Rua Domingos...
Dia: 19 de janeiro de 2012
JETプログラムのエベルソン氏USPで日本語を専攻後、日本へ留学 富山県観光・地方振興局国際・日本海政策課には、国際交流員として勤務する非日系ブラジル人がいる。ブラジルで学んだ日本語を流暢に話すレモス・エベルソンさん(34、聖市出身)だ。エベルソンさんを知る富山県人会の中尾契信事務局長は「彼が初めて県人会を訪れたのは1月の暑い日だったが、スーツにネクタイを締めてやって来た。こちらが『ブラジルだからネクタイなんていいんだよ』と言うと、『いいえ、富山県の職員ですから』と誇り高く答えた」という。そんなエベルソンさんへ一時帰国中に話を聞いた。 エベルソンさんは、都道府県などの地方公共団体が主体となって実施している「語学指導等を行う外国青年招致事業」JETプログラムに参加し、富山県庁に派遣された。 JETプログラムは地方公共団体が総務省や外務省、文部科学省、財団法人自治体国際化協会と協力して実施している。1987年度に外国語教育の充実と地域単位での国際交流の進展を図り、日本と諸外国との相互理解の促進と、日本各地の国際化の推進を目的として始まった。25年目となった今年度までにブラジルを含む39か国から4330人を招致している。 職種は小・中・高校で語学指導に従事する外国語指導助手(ALT)と地域において国際交流活動に従事する国際交流員(CIR)、地域でスポーツを通じた国際交流活動に従事するスポーツ国際交流員(SEA)の3種。エベルソンさんは国際交流員として2007年度から5年間の契約で富山県庁に勤めている。 エベルソンさんが日本語に興味を持ったのは中学3年生のころ、学校で知り合った日系人の友人から日本の話を聞いたことがきっかけだった。「日系人といっても日本とのかかわりが薄い人もいるが、友人は祖母と日本へ行ったこともあり日本との繋がりが深かった」。 日本語の勉強はその頃から始めた。最初の4年間は独学で学び、その後サンパウロ総合大学(USP)へ進学。大学では哲学文学人間科学部文学科で日本語とポルトガル語を専攻した。また、大学進学と同時に日本語コースのある私塾へ通い、日本語習得を目指した。 大学3年生の時、日本の文部科学省の奨学金で大阪外国語大学へ1年間留学する機会を得た。ブラジルで習い始め5年間続けていた合気道を極めるべく、留学先では合気道部に入部。「とにかく敬語に厳しかった」という同部では、「上下関係の大切さ」と「頑張るという言葉の意味」を学んだという。 特に印象に残っているのは師範に対する接し方で、「ブラジルでは見たことがないほど皆真剣だった」という。同部で行われた合宿へ参加した際は、師範の食事はいつも最後に出された。食事の部屋の扉はいつも閉ざされていたが、2人の部員が扉付近で足音に耳を澄ませ て待機している。師範が部屋に近付くと「自動ドアのように」扉を開けて迎えるのが部の恒例だったという。「忘れられない出来事」とその光景を話してくれ た。 合宿場では飲み会も開かれ酔うまで酒を飲むこともあったが、翌朝は午前5時に起床し刀を振った。あまりの厳しさに「初めは冗談だと思ったが、自分よりも体力のない部員や女子学生も同じ稽古を行っている姿を見て、頑張る決意ができた」という。 その結果、黒帯取得の夢がかない有段者となった。留学期間が終わりに近付いたころ「また絶対、日本へ戻る。できるだけ早く」と決心して日本を後にした。(つづく) 2012年1月19日付
東日本大震災の発生から間もなく1年になる。日系コロニアでも当日、追悼ミサを実施しようと話が進んでいる。ブラジル都道府県人会連合会は昨年10月から準備を進め、被災県である宮城県人会館を会場に行うことが決定していた。ところが、今年に入りブラジル日本文化福祉協会が県連に共同開催の打診を行った。20日に両団体を含めたサンパウロ日伯援護協会、日伯文化連盟(アリアンサ)、ブラジル日本商工会議所を加えた5団体で会議を行いたいという▼昨年の大震災発生直後に各団体は独自で銀行口座を設置し、義捐金を集めたことは記憶に新しい。しかし、なぜ一本化できなかったのか。今でも不思議で仕方がない。多くの人たちが同じ思いを抱いている。外部には日系コロニアがまとまっておらず、それぞれが目立ちたいために義捐金集めを行ったのではないか、といううがった見方をする向きも少なくなかった。こうしたことを反省材料にするなら追悼ミサは一本化するのが当然だろう▼5団体が会議を開くに当たって考えなければいけないことが二つある。まず、第一はどこが主導権を握って開催するかだ。通常の行事なら文協だろうが、今回は県連が表面に立つのが順当な選択だ。県連は被災県を会員に持ち、都道府県と最も密接な関係にあるからだ。ともすれば、文協は日系団体の頂点という意識が強いのだが、追悼ミサに関しては一歩退き、会場を提供するにとどめたほうが賢明だ。第二は、追悼ミサを契機に今後どのような継続的な支援を行っていくのか、具体策を打ち出さなければならない。こちらのほうが重要だ。昨年、ブラジルから日本に送った義捐金は総額で6億円にも上るという。しかし、日本の人たちにはブラジルや日系コロニアの顔が見えていない。被災地の人々や日系コロニアの人々と同じように被災地を思いやる日本人にも日系コロニアの思いが伝わるような支援策が打ち出せるかどうか▼この2点を明確にし、会議を行うべきだ。そして、もう一つ重要なのは、追悼ミサの会場を満席にしなければ意味がない。毎年の移民法要を見ても文協大講堂は閑古鳥が鳴いている。こんな状態なら、追悼ミサはやらないほうがいい。(鈴) 2012年1月19日
「私が富山県へ研修へ行っているレモス・エベルソンでございます」。富山県庁で働くエベルソンさんはスーツ姿で富山県人会を訪れた時、そうあいさつしたそうだ。「ございます」なんて、今どき日本人の口からはなかなか出ない。少なくともモザイク子は、そんな奇麗な日本語を話すことはできない。日本語を学ぶ外国人や、話せるが母国語ほど流暢でない日系人とのやり取りでは驚かされることが時折ある。 2012年1月19日付
