2012年度の総会が行われた栃木県人会館を取材すると、100人以上収容できる広い同会館は会員であふれ返っていた。同県人会が20年以上主催している「焼きそば祭りは、きょうだったかしら」と思ってしまう程の人数に驚いた。特に若い世代の参加者が多いことに感心していると、坂本会長は「彼女は研修生OGの○○さん、彼は県費留学生OBの○○さん」と県人子弟を何人も紹介してくれた。各人の名前を覚えることは大変なことだが、どうりで若い世代に人気があるわけだ。 ◎ 坂本会長自身も県費留学生として母県を訪問したことがある。県人会が推薦し、母県からの補助を受け日本で学んだ若者の帰国後の姿勢については、複数の県人会が頭を抱えているようだ。県人会側は総会や催しへの参加、県人会への理解を求める一方、留学生や研修生のOB、OGは仕事や育児で忙しいといった理由から、なかなか県人会とかかわりを持てないという現状がある。坂本会長は「1世を敬い、母県を思っている」と口には出さないが、1世が築き継承し続けてきた県人会を守り、受け継いでいきたいという気持ちが伝わってくる。若い世代の支持を確立し、活気にあふれている栃木県人会。今後も日系団体がたどるべき道の一つを示してくれることと期待したい。 2012年2月15日付
Dia: 15 de fevereiro de 2012
ニッケイ新聞 2012年2月15日付け 〃福井村〃として知られる聖州サンミゲル・アルカンジョ市のコロニア・ピニャール移住地が今年で入植50年目を迎えるにあたり、ピニャール文化体育協会(西川修治会長、約50家族)は『入植50周年記念式典』を8月5日、同地文協会館で開催する。JICAの前身である移住振興会社の直轄移住地として開発された同地。62年12月に福井県から3家族14人が第一陣として入植したことから歴史が始まった。先没者法要後、記念式典に移り、功労者並びに高齢者表彰をおこなう。また50周年を記念し、体育館が会館の隣に建設が進められており、式典後に落成式が挙行される。体育館内で昼食会後、記念演芸会を行う。日本からは西川一誠福井県知事と田中敏幸同県会議長、福井県日伯友好協会会長らが出席する。また、現在移住地に住む会員家族の写真などを載せた記念誌の作成を進めており、式典当日に配布される。日ポ両語で500部を印刷する。案内のため来社した徳久俊行副会長、山下治祭典実行委員長は「今年は市内の学校も複数新設、改装されるなど全体で盛り上がりを見せる。縁のある人に多く訪れてほしい」と出席を呼びかけている。
ニッケイ新聞 2012年2月15日付け 東日本大震災で失われた宮城県名取市の海岸林の再生を目指し、公益財団法人オイスカ(中野良子会長)が『海岸林再生プロジェクト10カ年計画』を実施している。10年間で50万本の植林を目指す。海岸を覆う松林は長年、飛砂、塩害、強風、高潮から住民を守ってきたが、「今では潮風が直撃し、買ったばかりの自転車や10円玉がさびるほど」と来社した渡邊忠副理事長は話す。「海岸に近い仙台空港は東北の流通の中心。この状態では生活だけでなく、復興にも支障をきたす」と危機感を募らせる。悪化する被害に海岸林の必要性を痛感した住民からも「自分たちの手で林の復活を」との声が届くようになり、昨年5月に事業を開始した。被害面積は約3600ヘクタール、再生には約600万本の苗木が必要と見込まれている。まずは50万本を目指し苗木を生産。事業を担う農家に資金や資機材を支援し、被災者の生計支援にも繋げる。「目標は10年間で10億円を集めること。6月に開かれる国連持続可能な開発会議(リオ+20)でも事業を紹介する」。海外メディアも利用し、様々な機会を通じて呼びかける方針だ。マツは育苗でも3年、植樹後成木するまで約20~30年はかかると言われることから「次の世代に残す、生きた遺産と思って地道にやる。日系社会の皆さんにも協力して頂きたい」と協力を呼びかける。当地資金集めの窓口となる宮城県人会の中沢宏一会長は「被害を受けた他の地域にとってもモデルケースとなる」と話している。事業内容はサイト=www.oisca.org/kaiganrinでも確認できる。
ニッケイ新聞 2012年2月15日付け 【ミナス発】今月3~5日にミナス州ベロオリゾンテであった『第1回日本祭り』を主催したミナス日伯文化協会(高根昭秀会長)。同市や近郊に住む人を中心に約240家族の会員がおり、日語モデル校の運営、文化祭、食祭、運動会、敬老会を開催するなど日本文化を市民に紹介し、継承に励んでいる。ミナス州内には約20の日系団体があり、互いにイベントに招待するなど交流が行なわれている。 会員は二、三世が中心で非日系もいる。婦人部、青年部もあり、ソフトボール、剣道、居合道、コーラス、踊り、カラオケなど文武両面で活動している。日本祭りではそれぞれが日頃の練習の成果を披露、太鼓グループ「雷鬼太鼓」は3日連続で舞台に立ち、トリを飾るなど大いに注目を集めた。グループの大半を占める非日系のメンバーは「日本文化に興味がある」と目を輝かせる。モデル校の生徒は日系、非日系が約半数ずつだが、長年教師を務める宮本君代さん(66、兵庫)は「子供の数が減って非日系が増え、彼らのほうが熱心」と話す。年初に登録する人は毎年100人前後に上るほどの人気だ。また州内の日語学校5校を集め、年に2回勉強会も開いている。会館内には複数の教室、職員室を設け、宮本さん含め3人の教師がいる。希望者が一定数集まれば、そろばん、習字、折り紙などの教室も開く。会館は市内の高台にあり、08年には百周年を記念して、親日家だったウジミナス社の元社長、故リナルド・カンポス・ソアーレス氏の呼びかけで、複数の日系企業からの寄付による舞台や会議室のある建物が新築された。フットサルコートやプールもあり、主な活動の場となっている。赤木文雄副会長(73、熊本)は「小さいながらも活動は盛んですね」と笑顔を見せる。来年の日本祭りは、市の観光局とウィルソン・ブルーメル在ベロオリゾンテ名誉総領事が、すでに開催を宣言している。赤木副会長によれば、今年の日本祭りは概算で赤字は出なかったといい、来年に向けては「今回は準備日数が少なく州内の日系団体が参加できなかったが、次は参加を呼びかけていきたい」と展望を語った。 日本移民、企業の歴史が一冊に=ミナス文協が百年史を発行 ミナスジェライス州に根付いた日本移民や日系企業の歴史をまとめた書籍『A Presenca Japonesa em Minas Gerais – Imigracao e investimento 1908-2008』が昨年4月、ミナス日伯文化協会から刊行された。全420頁で、全編ポ語。08年の移民百周年にあたり、同地でも記念事業を行なおうと州内日系団体代表が話し合い様々な意見が出たが、日本庭園の建設、移民史の発刊にしぼることに決まり、執筆が進められてきた。「ミナスでの日本移民」「ミナスへの日系企業の投資」の2部構成。戦前、戦後のミナスの日本人移住史、日伯の経済関係、日系企業の経済活動などが網羅されており、年代ごとに詳しくまとめられている。同文協理事で著者の岡崎みち子氏(二世)は長年大学で教鞭を取っており、ミナス州の工業連盟に勤務していた経験もある。ミナス州の図書館や日系団体、サンパウロの文協に無償で提供され、ミナス文協で販売している。価格は45レアル。希望者は文協(電話=31・3428・1690、メール=contato@amcnb.com.br、日本語可)で注文できる。
【大阪発】沖縄振興に尽力した関係者への感謝と沖縄本土復帰40周年を記念した観光イベント「沖縄ナイト」が、1月26日午後6時から大阪市梅田のザ・リッツカールトン大阪で開催され、沖縄県の仲井眞弘多県知事をはじめ、旅行・行政や沖縄及び関西在住の県人関係者など約800人が出席した。 同イベントは、沖縄県の観光宣伝を目的とし、今年復帰40周年を迎える同県の観光産業の需要促進強化を図るために大阪と東京(1月27日)の2か所で開かれた。 大阪のイベントでは、会場正面舞台には今年の干支(えと)にちなんで「龍」の図柄があしらわれ、後方では沖縄名産の各種「泡盛」の試飲も行われた。また、舞台上では関西系お笑い芸人による抽選会も行われ、出席した人たちは和やかな雰囲気の中で泡盛やオリオン・ビールを飲みながらの交流を楽しんだ。 あいさつに立った仲井眞県知事は、昨年3月の東日本大震災による被害を振り返った上で「旅行業界にとっても苦しい1年だったが、沖縄の特産品をさらにアピールしていくことを目的に、皆さんと一緒に努力していきたい」と述べ、関係者へのさらなる協力を呼びかけた。 仲間とともに出席した大阪沖縄県人会連合会名誉顧問の屋良朝光(やら・ちょうこう)さん(85)は、13歳で沖縄県を離れ大阪に出てきたという。「当時は言葉や習慣も違い、我々ウチナーンチュに対して偏見があったことも仕方がないと思っている。現在、(普天間)基地問題などが大きな話題となっているが、平和を守っていくという意味でも沖縄県に対する大きな評価になっているのでは」と屋良さんは自身の考えを示した上で、同イベントなどで沖縄県産品が広く一般に広がっていることを喜んでいた。 2012年2月15日付
【一部既報】1月29日に行われた在伯栃木県人会(坂本アウグスト進会長)の2012年度総会及び新年祝賀会には、家族連れで出席する会員の姿が多くみられた。 総会で5期目の就任が決まった坂本会長は、同県の県費留学生OB。総会当日は、坂本会長と同様に県費留学の経験がある県人子弟のほか、研修生や技術研修生として日本で学んだ若者も多数来場した。 坂本会長によると、昨年1年間に死去した同県人会の1世は現職の役員を含めて6人。坂本会長は「1世の人はだんだん会に来られなくなったり、亡くなったりして寂しくなってきている」と声を落とした。また、栃木県はかつて移民として渡伯した県人数が少ないため、1世の数は年を追うごとに減っている。 そういった状況下で県人会のかじ取りを担っている2世の坂本会長は、「母県からは若い世代の育成を頼まれている」と説明し、2世以降の県人子弟が参加しやすい県人会作りを目指しているとした。そんな会長に対して会員からは「日本を思う気持ちと県人会を思う気持ちは同じ。坂本会長だと安心できる」といった声も聞こえてくる。その声に比例するかのように総会の出席者は毎年増えており、4年ほど前からは会員の6割以上に相当する約130人が出席しているという。 また同県人会の青年部には、聖市内や聖市近郊在住の県人子弟約150人が所属し、半数の約80人が県人会の催しに毎回参加している。年間行事の中には、青年部が音頭を取る催しもある。また、今年の総会後に行われたビンゴでは役員が青年部員へ協力を呼びかけ、集まった若者が手際良く進行した。ある1世の役員は「2世の会長だと、2世以降が集まってくる」と話し、多くの若い世代の参加を歓迎していた。 2012年2月15日付
