06/03/2026

Dia: 16 de fevereiro de 2012

新生愛知県人会を率いるのは、若い小松新会長と役員の約半数が女性。執行部は2世と3世のみで1世はいない。これからのコロニアについて悩む人は多いが、いち早く対応しようというところは少ない。愛知県人会は最も進んだ団体の一つと言えるだろう。新会長が「家族に優しい県人会にしたい」と言うように、サーラの脇にはベビーベッドや遊具が並ぶ。若い会員の拡充を望むなら当然の設備だ。式典で誰と話して一緒に写真を撮っただとか、表彰されたなどの名誉ばかりを追う男性とは違い、女性は根本的に誰のための県人会であるかを的確に見つめている。県人会最年少の会長が描く未来はどのようなものになるだろうか。注目されることは間違いない。 ◎ 静岡県浜松市は再整備計画中の同市西区の舘山寺総合公園内に、目玉施設として南米産動物を集めた獣舎「南米アマゾン館」の新設を庁内討論会の中で提案した。同館ではナマケモノやワニなどを飼育するほか、獣舎内外に南米産植物を植え、「アマゾンに来たような空間を演出する」という。同公園の整備は15年かけて実施する計画。同市に住む日系ブラジル人をはじめ、市民の憩いの場所になりそう。 2012年2月16日付
ニッケイ新聞 2012年2月16日付け 日曜日(19日) コチア青年連絡協議会定期総会、午前10時、宮城県人会館(Rua Fagundes, 152, Liberdade)◎柿専門家・松村博行氏の講演会、午前9時、ピラール・ド・スル教育局講堂(Av. Papa Joao XXIII, 1175, Campo Grande)◎魁聖による稽古と歓迎シュラスコ、午前9時、常設土俵場(Avenida Castelo Branco, 5446, Bom Retiro)
サンミゲル・アルカンジョ市のピニャール移住地は今年、入植50周年を迎える。記念式典は8月5日に行われ、西川一誠福井県知事、西村正日伯友好協会理事長のほか、一般の慶祝団も式典に参加する。場所はコロニア・ピニャール文化体育協会会館。時間は午前9時から。また、50周年記念誌も作成する予定だという。 案内のために本紙を訪れた山下治50周年記念式典実行委員長と徳久俊行記念誌編集長は「記念誌の作成は40周年以来。より現在の状況を重視したものにする」と話す。 同移住地は戦後、日本人の移住の再開により移住振興会社(現・国際協力機構)が伯国各地に造成した移住地の一つ。当時の宮本由太郎福井県人会会長が日本移民 50周年の記念事業としてブラジル福井村を建設したいと進言し母県の賛同を得たことが始まりで、1962年12月、3家族14人が初めて同地に入植し開拓営農を始めた。 その後、南伯農協中央会の企画による第2ピニャールが隣接地に造成され、双方合わせた村づくりが推進された。これまで母県からは県人入植者に対し土地代金の一部補助、電気の導入、会館及び日本語教師宅建設などの援助を受けている。 現在は同地の51家族が文協の会員。これまで手狭だった小中学校が6月に完成するほか、8月には文協敷地内に母県からの資金援助を受け、約1100平方メートルの敷地面積を持つ体育館が完成する。 2012年2月16日付
広島日伯協会主催のアンドウ・ゼンパチ展(共催=ブラジル日本文化福祉協会、ブラジル日本移民史料館。後援=広島県地域政策局、教育委員会、中国新聞社)が、1月17~31日まで広島県庁本館2階の県民ギャラリーで開催された。 広島県出身のアンドウ氏(本名=安藤潔、1983年に83歳で死去)は1924年5月、「大毎移民」の輸送助監督として神戸港を出港。渡伯後は「伯剌西爾時報」記者、「日伯新聞」編集長や日本語教師などを務め、人文研の前身だった「土曜会」メンバーでもあった。 同展は、アンドウ氏の地元での開催を以前から関係者らが検討し、ようやく実現したもの。聖市では2010年11月下旬から翌11年1月下旬までの2か月間、リベルダーデ区のブラジル日本移民史料館9階で展示された。 同史料館では、戦前の移民船展などについても日本の関係機関(JICA横浜移民資料館、日伯協会、各都道府県の日伯協会)と連携をさらに深め、協力していくことなどを目的に同展を企画。3月には神戸市の「海外移住と文化の交流センター」での開催も予定されている。 一時帰国した際、同展を視察し関係者と会ったという前史料館運営委員長の栗原猛氏は「今回のアンドウ・ゼンパチ展は、彼が広島出身であるので大きな反響を期待していましたが、主催者の話では入場者は少なく、ゼンパチはもとより移民への関心が残念ながら少ないがゆえに、今一つ盛り上がらなかったとのことです」と会場の様子を本紙に伝えてくれた。 また、会場が県庁のギャラリーだったため若い人たちを集めにくかったことや、写真パネルのみの展示で物品の展示がなかったことも一因している。そのほか、人文研理事の古杉征己氏が資料集めから執筆まで1年間をかけて制作した労作の小冊子『アンドウ・ゼンパチ』が置かれなかったことなどもあり、今後の巡回展示の反省材料となりそうだ。 2012年2月16日付
県人会最年少会長が誕生新会長に38歳の小松ジェニー氏 愛知県人会は12日、同県人会館で定期総会と新年祝賀会を開催し、新会長に38歳の小松清香ジェニー氏が決定した。小松会長はこれまでの4年間、副会長として豊田瑠美前会長を支えてきた。同県人会では2世会長が3代続いており、新執行部の約半数が女性の役員となる。就任あいさつに立った小松会長は涙ぐみながら「愛知県人会は他の県人会からうらやましがられる県人会だ。4年間副会長として、たくさんの人に支えられてきた。私は2歳の子どもの母親でエンジニアとして働く女性でもある。これからはママイ(母親)の目線で、家族に優しい県人会にしていきたい」と自らのビジョンを掲げた。 本紙の取材に対し小松会長は「愛知県人会は事務局が素晴らしい。私は2歳の母親で、現在2人目がお腹の中にいる。到底私一人では何もできない。事務局や役員の皆さんの協力がなければ会長職を引き受けることはできなかった」と流ちょうな日本語で答えた。 小松会長は、県費留学生として1997年に兵庫県の流通科学大学に留学。2002年には文部科学省のプログラムで京都大学大学院に通い、修士号を修得。現在はエンジニアとして多忙な日々を送っている。 就任あいさつで流した涙の理由については「4年間の副会長時代を思い出し、楽しいことと悲しいことが混ざり合って涙になった。また、県人会の会長に選ばれて光栄だという気持ちもあった」と述べた。同県人会は羽田宗義氏、林アンドレ氏、伊藤アンテノール氏、豊田瑠美氏など歴代の会長らが脇を固めて、若い新会長を支えており、小松会長は「新しいことにもどんどん挑戦できる環境」と感謝の意を示した。 また、総会で前会長として最後のあいさつをした豊田氏は「愛知県人会の婦人部は頑張り屋。すべての県人会の中で一番だろう。青年部も新たな会長にも力添えしてほしい」と会員を鼓舞。豊田氏によると「現在も過去の県費留学生などが県人会員として入会してくれて、会員が増えている」という。 さらに、同県人会は子どもを中心に据えた新たな絆を紡ぐ取り組みを開始。この取り組みは豊田前会長が発案し小松新会長が実行委員長となり実施し、「家族で日本語」という子育てイベントを成功に導いた。イベントでは日本昔話の読み聞かせや口腔衛生教室、チャンバラ劇の上映など子育て世代の要望に応え、これまでの県人会になかったイベントは各方面で話題を呼んだ。今年度の開催(8月19日)も総会で決定され、さらに大きな催しとなるとみられる。 このほか総会では11年度事業報告と12年度事業計画を承認し、11年度会計報告と12年度予算案審議も可決された。11年度の支出は13万8607・92レアル。12年度への繰越金は9501・68レアル。12年度予算は14万7200レアル。 同県人会は収入のほとんどを県人会館のサーラや駐車場の貸し出しで捻出しているが、会館のINSSの支払いなどで財政の立て直しは急務とされており、昨年一時期は会館の売却のうわさも上がった。小松会長は「県人会の雰囲気は家族のようなものにするが、運営に関してはシビアに考えなくてはならない」と表情を引き締めた。 2012年2月16日付