県連(園田昭憲会長)は1日、文協ビルで行われた代表者会議の席で、「ブラジル日本都道府県人会連合会基金」の活動費補助金交付要網を発表した。 2012年度分に準備された基金の総額は5万レアルで、交付の対象となるのは、県連、県人会のほか、代表者会議で承認された団体。また、使用目的は福祉、文化、スポーツ、親睦、出版、交流などとしている。 補助金の交付額は申請額の80%を上限としており、交付を希望する団体は申請書を県連会長に提出しなければならない。なお、補助金は補助事業が終了し、その額が確定した後に交付される。申請書は代表者に手渡されたほか、県連の事務所に置いてある。山田康夫副会長は「できるだけ援助したい」と各県人会に積極的な活動を促した。 2012年3月8日付
Dia: 8 de março de 2012
安部順二連邦下院議員は1日、県連代表者会議の席で、フェスティバル・ド・ジャポンの運営費として10万レアルを寄付し、園田昭憲会長に目録を手渡した。 これは州政府の予算から安部議員の持ち分として補助を取り付けたもの。県連に対して同議員からの運営費の補助交付はこれが初めて。関係者によると、これ以外にも補助金を受ける可能性があるという。 2012年3月8日付
大阪沖縄県人会連合会の拠点である4階建ての会館が建設されたのは、1974年4月。前年の73年9月に着工し、沖縄県をはじめ大阪府、大阪市も資金援助を行い、当時の金額で約1億3500万円もの建設費用がかかっている。 同会館には2階の連合会事務所をはじめ、大正区沖縄県人会事務室、沖縄県系酒販会社及び民芸品店、琉球舞踊教室などのほか、テナントを第三者に賃貸している。1階入り口の左側には、第2代大阪沖縄県人連合会会長、大正区沖縄県人会長や(財)大阪沖縄協会理事長などを歴任し、同地域の発展に尽力した故・宮城清市氏の銅像も建立されている。 名幸祥夫事務局長の話では、連合会の活動は2月の新年会に始まり、6月の総会、7月第2日曜にこれまでは和歌山県高野山にある「沖縄戦戦没者高野山供養塔」への参拝が実施されてきた。しかし、近年になって県人高齢者が減少し、若い世代が参拝を行わない傾向にあり、「高野山とのつながりが切れた形」(名幸事務局長)となり、各人が個人的に先祖への供養を行っているという。 そのほか、大切な行事として阪神甲子園球場で春と夏に開催される全国高校野球大会の沖縄県代表を応援に行くことがある。「大正地区からはバス2台で応援に行きます」と名幸事務局長。事務所内には、2010年に春夏連覇を成し遂げた興南高校の記念ボールをはじめ、宜野座高校、嘉手納高校といった歴代出場高校の記念プレート(皿)などが所狭しと飾られていた。 さらに、連合会の行事ではないが、大正区とタイアップし青年を対象としたエイサー祭りが毎年9月、連合会館から道路を隔てて真向かいにある千島公園で開催されている。 特に今年は、沖縄の日本本土復帰40周年と大正区区制80周年を記念しての「大綱曳(ひ)き」も予定されている。大正区も同地の沖縄県人のイベントには積極的に協力しており、筋原(すじはら)章博大正区長自ら昨年10月の第5回世界のウチナーンチュ大会に参加したほどの熱の入れようだという。 連合会の問題点について名幸事務局長に質問すると、ブラジルの日系団体と同じように会員の高齢化を指摘した。「大正区の会員はまだ沖縄1世の血が濃いが、堺など他の地区にはナイチャー(沖縄県人以外の県人)の会員もいる。もっと若い人を取り込むために今年からウェブサイトの充実などインターネット設備を整え、各種データを記録していきたい」と名幸事務局長は今後の抱負を語った。(つづく、松本浩治記者) 2012年3月8日付
ニッケイ新聞 2012年3月8日付け 土曜日(10日) ブラジル和太鼓協会総会、午前9時、三重県人会館(Av. Lins de Vasconcelos, 3352, Vila Mariana)◎東日本大震災犠牲者一周忌慰霊ミサ、午前9時、サン・ゴンサーロ教会(Praca Dr. Joao Mendes, 108, Centro)◎自由メソジスト・リベルダーデ教会「夕光会」、午前9時、同教会(Rua Martiniano de Carvalho,...
ニッケイ新聞 2012年3月8日付け 日系3団体(文協、援協、県連)は、昨年実施した東日本大震災被災者への災害義捐金募金キャンペーンで設けた県連名義の口座を「継続的復興支援基金」として今後も募金活動を続けることを決めた。今月10、11日に挙行予定の犠牲者一周忌慰霊ミサと法要に関する会合が先月17日に開かれたさいに合意した。ブラジル日本商工会議所、日伯文化連盟を合わせた5団体として、日本赤十字社に367万レ弱を送金、昨年10月13日の送金をもって打ち切っているが、日本赤十字社が受け付ける今月末まで据え置かれる予定だった県連の口座を利用する。県連の園田昭憲会長によれば、基金に集まった浄財は今後日本赤十字社には送金せず「目に見える形での支援」に対して寄付する考えだ。「継続的復興支援基金」への募金は次の口座まで。【Banco do Brasil】ag. 1196-7 c.c. 29.921-9
ニッケイ新聞 2012年3月8日付け 「今のうちに残さなければ、移住してきた先祖の歴史がなくなってしまう」―。ブラジル沖縄県人会の与那嶺真次会長は、県系移民たちの足跡を残そうと各移住者家族子弟の家系図作りを開始している。世代が下るにつれて薄くなるウチナーンチュ意識を維持し、会員減少の歯止めにも期待をかけるプロジェクトになりそうだ。 47都道府県中、最大の県人会であり、「ウチナーンチュ大会」など母県との繋がりも強い。しかし、70年代の最盛期に4千人を数えた会員数も、一世の高齢化などで現在は2500人と減少の一途をたどる。親が会員でもその子供達は加入しない例が多い。「参加して何の得があるのかばかり考える傾向にある」と話す与那嶺会長は、会員減少の一因にウチナーンチュ意識の希薄さを挙げ、片手の指を広げ、次のように説明する。「船で海を渡った親指(一世)世代のことは、中指(三世)世代が生きているうち子孫に伝えられるが、亡くなれば孫の小指(五世以降)がルーツを辿る手がかりがなくなり、親指と小指の関係が断ち切られてしまう」総会後、44支部に配布した用紙には、市町村、船名、着伯年月日、配偶者の各家族の連絡先を記入する欄が設けられている。また、沖縄が中国と交易する際に名乗った『氏』、集住する一族の各家庭を識別するためにつけられた『屋号』、中華圏の国々で父系の血縁団体を指す『門中』など、沖縄ならではの情報も保存する。そのほか「配偶者の消息」欄を設け、婚約者の家系も合わせて記録していくほか、親戚の情報も入れ、県人子弟の追跡を容易にする工夫も。家系図作成と同時に、写真や日誌などの資料も移民資料館(昨年8月開館、ジアデマ市)に一度集め、コピーしたものを保管する。「1万枚ほど集められれば、研究者にとっても有用な資料となるのでは」。今後は5年ごとに再配布して、改定していく。データは今後立ち上げられるHP上でも見ることができるようになるという。与那嶺会長は「移住者一人一人の家族に歴史がある。それを後世へと伝えることは県人会の仕事であり責務。家系図とともに香炉の灰も順次集めていきたい」と強い意志をうかがわせた。
