06/03/2026

Dia: 12 de março de 2012

岐阜総会で山田会長が12期目続投 「これからの県人会の活動をどう進めていくのか」―。岐阜県人会の2012年度定期総会が4日午前10時半(第2次招集)から聖市アクリマソン区の同会館で開かれ、役員改選で12期目の長期続投が決まった山田彦次会長は、出席した約20人の会員に対して冒頭の言葉を投げかけた。老朽化のため昨年11月下旬に会館の売却を決定したが、新会館建設など今後の方向性は決まっていない。来年は岐阜県移民100周年・県人会創立75周年を迎える中、県人会員一人一人の意識が問われそうだ。 総会では先没者への黙とうの後、山田会長があいさつ。「この場所での総会は今年が最後。会館を修理をしても難しいとの判断から今の場所で会館を新築することは不可能になった」とし、昨年11月27日の臨時総会で会館売却について出席者全員一致で承認したことを改めて説明した。 岐阜県からも「仕方のないこと」と了承を得ているとし、山田会長は「今後の県人会の在り方を各人に考えてもらい、日本及びブラジル社会にどう向き合っていくのか、どうすれば若い人にバトンタッチできるのかなど具体的な話として提案していただきたい」と語気を強めた。 11年度事業報告は、毎月の会報でも各会員に配布報告されているとし、拍手で承認。11年度会計報告では、会計理事から会館購入者の身元調査として支出の「会館建設費用」の項目で4720・95レアルが計上されていることが説明。その上で前年度繰越金(1万831・48レアル)を含めた収入が15万9646・17レアル、支出9万2485・94レアアルで、6万7160・23レアルが次年度に繰り越されたことが発表、承認された。 監査意見発表と承認に引き続き、12年度事業案では今月18日の定例理事会で「岐阜県移民100周年、県人会設立75周年準備委員会」発足の検討が行われることや、9月22日から開催される「岐阜国体」ツアーなどについて触れられた。 また、昨年末から開設された県人会のウェブサイトについても会員への積極的協力が求められた。12年度予算案については、10万8500レアルが承認された。 役員改選では現執行部が引き継ぐ形で承認。山田会長は「ここ数年、会長はやりたくないと再三話してきたが、来年の岐阜県移民100周年を迎える大事な時期に(会長を)やりたくないと言うと混乱を招く恐れがある。ただ、会長というのは大変な負担となり、役員たちも100%自己負担している。現在の日系社会は『俺とは関係がない』との考え方が強く、責任を負うという部分が薄い。今後、我々の県人会は難しい物事を決めていかなければならない」と述べた上で、会員への積極的な協力を求めた。 なお、12年度県費留学生として、南大河州ポルト・アレグレ市在住のルマ・キヨコ・カルデイラ大野さん(24、3世)が紹介された。新役員は次の通り(敬称略)。会長=山田彦次。副会長=青山高夫。書記=浅野悟。会計=原田敏彦。監事=金子亨資、山名倶子、伊藤パウロ勉。補充監事=安田正子、吉村マルセロ。 2012年3月10日付
大阪滞在中に偶然、再会することになったのが、10年ほど前まで本紙通信員をしていた上江洲(うえず)清さん(73)だ。WUB関西支部会長の仲里眞光さん(67)を取材中、仲里さんが関西地域の沖縄県人会のメンバーとして上江洲さんに連絡を取ったことがきっかけだった。 現在、滋賀県湖南市に在住し、自ら体験した「沖縄戦」やブラジル日本移民の思いを「語り部」として伝える活動を行っている。南洋諸島の一つテニアン島で生まれた上江洲さんは、6歳の時に「沖縄戦」を体験。高校卒業後の1958年に家族と渡伯し、「カッペン移民」としてマット・グロッソ州に入植、過酷な労働を強いられてきた。その後、南北アメリカなどを転々とし、本紙通信員、琉球新報のブラジル通信員を務めた後、2002年に沖縄本土復帰30周年記念イベントのコーディネーター役として沖縄県を訪問した。 当初はすぐにブラジルに戻る予定だったが、日系就労者の多い群馬県大泉町に足を運び、「出稼ぎ」の状況を実体験した。上江洲さんは当時60代半ば。建設会社に面接に行ったが「仕事などない」と言われ、ある会社の寮に住む日系人たちの「金もなくて出るに出れない状況」を直視した。 上江洲さん自身も職を転々と変えざるを得ず、ポルトガル語ができたため千葉県では出稼ぎ者たちの通訳の仕事を任された。しかし、その内容は単なる通訳ではなく、長野県や福島県のスキー場に日系人を派遣するための営業活動だった。当初は日系人を雇うスキー場は少なく、やっと雇ってもらう許可を得た長野県のスキー場では、上江洲さん自ら出稼ぎ者たちを引率し、「零下20度の豪雪の中で、雪かきを行う毎日でした」と振り返る。 その後、シーズンオフにその会社を解雇され、知人のつてを頼って大阪にも出たが、紹介された会社が倒産。生きるために町の清掃車に乗せてもらい、スーパーの期限切れ食品を拾うなど「乞食同然の生活も経験した」(上江洲さん)という。 さらに、和歌山県で炭焼き作業を紹介されたが、職人気質の雇用主から収入もない上に少ない食料で働かされ、栄養失調になった。仕方なく沖縄県にいた姉に連絡し沖縄に帰ったが、体調が回復するのに3カ月もかかった。 改めて知人の紹介で04年1月に今度は滋賀県湖南市へ行くことになった上江洲さんは、オーナーが日本人で、日系就労者が居住するアパートの管理を任された。リーマンショックの影響で居住者の日系人が激減したため、そのアパートは11年11月に取り壊されたが、その間、上江洲さんは06年に伯国に住んでいた夫人(3世)も呼び寄せ、最盛時には50家族いたブラジル人たちの面倒をみた。 湖南市に住んでいる間、戦争の悲惨さと自身のブラジル日本移民としての体験を訴えるため、地域の小中学校や公民館などで講演を行うようになり、「語り部」としてこの7年間で40回にも及ぶ活動を実践している。 10年間にわたって日系就労者の状況を間近に見てきた上江洲さんは「日系就労者といってもひと昔前と違い、非日系人が多いのに驚く。世代が下がるに従い、日系人としての意識やブラジル人としての誇りも低くなっている。それに、仕事に就かなくても失業保険や生活保護が受けられることに甘んじて、ブラシルへ帰りたがらない『デカセギ』が増えているのも事実で、その中には高齢者が多いのも気がかりだ」と、これから先のことを気遣う。 各地での講演活動を続ける上江洲さんは「私は、いわば『よそ者』かもしれないが、関西地域に住む沖縄県人とのつながりを持ち続け、自分がたどってきた人生体験を日本で書き残していきたい」と抱負を語った。(おわり、松本浩治記者) 2012年3月10日付
千葉県人会(原島義弘会長)は今月30日から4月末までの約1カ月間、同県人会の道場から大峰レアンドロさん(28)を短期留学生として千葉県警へと送り出す。 今回の短期留学は同県人会長の原島会長と千葉県警とのつながりで実現したもので、原島会長によると「森田健作千葉県知事からもどんどんやってほしい」と快諾されたという。 同会長は「大峰君は7歳から剣道を始め、ブラジルの大会では何度も優勝している。今回の留学も自分からどうにかならないかと志願してきた。県警の練習はとても厳しいが彼なら耐えられる」と太鼓判を押す。 大峰さんは同会長がかつて通っていた松戸市の道場「松風館」に寝泊まりし、アルバイトなどをしながら剣道の練習を行うという。今回は母県からの経済的な支援はなく、留学費用はすべて大峰さんの自費。同留学制度について同会長は「今後もできれば継続していきたい。1カ月ならフェリアス(休暇)を利用して気軽に行けるのがいい」と話している。 2012年3月10日付