ニッケイ新聞 2012年4月13日付け 学生寮を出発したバスには、UNESP農学部元学部長の中川ジュリオさん(77、二世)が乗り込み、マイクを片手に当地の日系人について説明。現在同市には250~300家族の日系人がおり、UNESPが近いことから、日系の大学教員や研究者が多く住んでいるという。文協会館にバスが到着すると、青いハッピを着た会員らの出迎えを受けた。ボツカツ市内から25~30分ほど、車で45分ほどの場所にある。 各々テーブルにつくと、同地在住の東敏(88、熊本)さんが「良い旅をされますように。行き先の幸あらん!」と音頭を取り、一同乾杯した。東さんは6歳で来伯し、上塚第二植民地に入植した。23歳で出聖し、サンパウロで40年以上を過ごした。ボツカツに移り住んだのは約15年前。「農業をしているのは30家族ほどでは。ほとんどが市街地に住んでいて、UNESPの病院関係者や教員が多いですね」と語る。各テーブルでは、「昨日の夜から作りました」「たくさん食べてもらわないとね」と口々に言う元気な婦人部の皆さんが心を込めて作った料理に、それぞれ舌鼓を打っている。同地に40年以上住む笠間悦子さん(74、和歌山)は「注文していた野菜が昨日の午前中に着くはずだったのに、セアザのデモで夜になってしまった。無事間に合って良かった!」と笑顔を見せていた。食事の後、評議員会長の坂手実さんが同地の移住史をスライドで説明。第3アリアンサ移住地の奥にあった「熊本移住地」出身の坂手さんは、1978年の文協創立当時の元会長。京都大学に1年留学した経験もあり、日本語が流暢だ。ボツカツは、笠戸丸移民が入った6つの配耕地の一つ、「ソブラード耕地」から14、15キロ離れた場所にある。坂手さんによれば08年の百周年を契機に、ソブラード耕地に山口県出身の数家族が入植したことがわかり、その子孫が「自分達の祖先が入植した場所を見たい」とボツカツを訪れたという。現在は近隣のサンマヌエル市内にあり「ここだと特定はできたが、百年以上経っているので大分変わっている。現在はブラジル人がサトウキビ農場をやっているようです」。その後1930年代、ソロカバナ線ボツカツ駅の一つ手前だったヴィトリアーナ駅付近に約40家族が入植し、米や棉を栽培した記録が残っているという。のちに2家族がボツカツ市内に移り、作物で資金を稼ぎバウルーの奥地に土地を購入して移った人もいるそうだ。「大きな棉工場があったと聞いている。今小さい町になっているようだが、あの頃いた日本人は残っていないですね」と坂手さんはしみじみ語った。(田中詩穂記者、つづく) 写真=坂手さんの説明に、一行は熱心に耳を傾けた この連載はこちらでご覧になれます。http://www.nikkeyshimbun.com.br/2012/2012rensai-tanaka4.html
Dia: 13 de abril de 2012
Com expectativa de receber um público estimado em 80 mil visitantes, acontece hoje (13), sábado e domingo,...
