リベルダーデ広場から出発したバスは、1人の遅刻者により若干出発が遅れたが、約4時間をかけ聖市から約240キロ離れたボツカツ市に定刻通り到着した。朝早いこともあり、バスの中はしんと静まり返り、ほとんどの参加者が眠っていた。
ボツカツ市は人口約13万人の小さな街だが、最初に笠戸丸で渡伯した人が入った六つの配耕地の内の一つ。
一行が同市で最初に訪れたのは、ボツカツ日伯学生寮。バスを降りると、ボツカツ文協の坂手実評議員長が参加者を出迎え、「1989年にサンパウロ州立総合大学(UNESP)に通う日系の子弟のために建設され、現在は男性20人、女性17人の合計37人が入居している」と学生寮について説明した。参加者らは熱心に聞き入り、「立派な寮ねえ」と建物を見上げていた。
同市はUNESPの農学部など4学部を抱えており、学生寮には非日系の学生も多く入居している。しかし、坂手評議員長は「最近は寮が増えてきて、この寮に入る学生はだんだんと減少している」と話した。
ボツカツ文協では、3年前から日本文化を紹介する日本祭り「友達」が行われており、今年も6月1~3日に実施される。県連との結びつきも強くなっており、今後は聖市の団体とさらなる交流の活性化が期待されている。今年の日本祭り「友達」では1万5000人の入場者を見込んでいる。
学生寮を後にし、一行を乗せたバスは、大人の背丈をはるかに越えるほど大きく成長したミーリョ(トウモロコシ)畑の中を進んでいく。
畑の中に突然現れた木製の鳥居に参加者らは驚かされたが、その場所がボツカツ日本文化協会会館だった。バスの運転手が長年培った運転技術で車体ギリギリの鳥居をすり抜けると、そろいの法被を着た会員らが笑顔で迎えた。
(つづく、植木修平記者)
2012年4月19日付
