ニッケイ新聞 2012年4月26日付け
会場では和やかに食事が進む中、「日本人がたくさんいるんですね」「あなたはここに住んでおられるの?」と同地在住の首藤ネウザさん(69、二世)に話しかけていたのは、一行の有坂艶子さん(76、二世)=サントス在住=。「色んな人と話ができて楽しい」と、ふるさと巡り参加は12回目になる。
プ・プルデンテ出身の首藤さんはカラオケや集まりにはいつも参加するといい、「今日も朝から食事を作りましたよ」と笑顔。「ぜひ遊びに来てね」と、有坂さんは連絡先を渡していた。
本橋幹久団長は南伯組合勤務時代、64、5年頃に同地を訪れ、養鶏家を指導していた。そのさいに知り合った同地入植者の娘、鈴木睦子さん(68、二世)と45年ぶりに再会した。
「まさかこんなところでお会いできるとは。思いがけず嬉しい」という鈴木さんに、「あの頃のことを思い出します」と本橋団長。「父がお世話になった。組合の人のことは皆覚えています。父が生きていたら良かったんですが」と鈴木さんは嬉しそうに話していた。
食事の後、カラオケなどやダンスでひとしきり楽しんだ一行は炭坑節を輪になって踊り、並んでふるさとを合唱した。「別れは再会の始まりです」と本橋団長が挨拶して、一行は文協会館をあとにした。
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3日目の4月2日。朝食を済ませ早々にロビーに集合した一行は、予定より30分も早い午前7時半に出発した。
次の目的地は州が指定する29の観光都市のひとつ、パラナパネマ市にある「オランブラⅡ」。花の町として有名なカンピーナス近くの「オランブラ」(91年に市として独立)に入植したオランダ人の子孫が作った移住地だ。
約250キロの道程を4時間半かけて到着。よく晴れた空の下、観光客向けの休憩所「レカント・シャングリラ」で、一行は同地で採れたゴイアバ、柿や各種ジュースを味わった。みずみずしく新鮮な果実が、長旅で疲れた一行の体を癒す。
休憩した後は花園へ移動。ハウス内で苗から育てられているピンク、赤、白などのツツジの花が美しい。一行は写真を取ったりじっくり花を眺めるなどして満喫し、レストランで昼食をとった。
「オランブラⅡは、オランダ人子孫が独自で始めたコロニアです」と語るのは、ピーター・ワヘメルケルさん(69)。オランダ生まれで子供の頃に来伯した一世だ。バスに乗り込み、一行に移住地の概要を説明した。
48年に「オランブラ」に入ったピーターさん。乳牛の飼育や畜産、大豆栽培などが行われていたが、今は花がメイン。「最初は15家族ほどいたと思う」
その後、ピーターさんを含む独立を目指した子孫たちが同地に移り、60年代前半に「オランブラⅡ」ができた。乳牛の飼育が行われたが、政府が価格をコントロールして利益が出なかったため農業に移行したという。
「時代とともに栽培には大きな機械や広い面積が必要になり、発展していった」。現在「オランブラⅡ」には102人の生産者からなる組合がある。そのほとんどがオランダ人子孫で、ブラジル人は2人だけだ。(つづく、田中詩穂記者)
写真=炭坑節を輪になって踊った一同/花園は参加者の目を楽しませた
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