06/03/2026

Mês: maio 2012

ニッケイ新聞 2012年5月31日付け 土曜日(2日) レジストロ寿司祭り、午後6時、ベースボールクラブ(Avenida Clara Gianotti de Souza, 1500, Registro)、日曜日(午前11時~)も◎懐メロ合唱の集い、正午、老ク連会館(Dr. Siqueira Campos, 134)◎カポエイラフェスタ、午後3時、聖市ピニェイロス区のAssociacao Cidade Escola Aprendiz(Rua Padre Joao...
ニッケイ新聞 2012年5月31日付け 栃木県人会(坂本アウグスト会長)は『第22回ヤキソバ祭り』を6月3日午前11時半から、同県人会館(Rua Capitao Cavalcanti, 56, Vila Mariana)で開く。午後3時まで。一皿14レアル、前売り券は27日まで12レで販売中。婦人部が試行錯誤して編み出した、特製アンが人気の秘密。豚・鶏・牛の骨や生姜、葱など香味野菜を12時間煮込んで出汁を取る。昨年は前売り券だけで700皿、毎年1200食程を売りさばく。他にも寿司、餃子、天ぷら、甘酒、デザートも販売される。来社した坂本会長、婦人部の尾身千枝子部長、沖山ジャネッチ書記は「婦人部の心のこもった美味しいヤキソバです。ご家族でご来場ください」と呼びかけている。前売り券の購入は同県人会員、もしくは県人会(11・5579・4166)まで。
7月から自身過去最大規模で 創作活動のため15年にわたり日伯間を行き来している東京芸術大学講師で画家の森ジュリオ一浩さん(62、3世、千葉県在住)が、今年もブラジルを訪れた。今回は2月29日から5月18日までの日程で滞在した。森さんは今年、鹿児島県南部の枕崎市で自身にとって過去最大の規模となる回顧展の開催が決定している。同展に向けた取り組みやブラジルの制作環境、現在の作風に至るまでの経緯などを語ってもらった。 森さんは、1997年から日本とブラジルを行き来する生活を続けている。一時は1年の半分をブラジルで過ごしていたが、近年は3カ月程度滞在して創作に打ち込んでいる。 創作の場にブラジルを選んだことについて森さんは、「開放的になるからか日本で普段使えないような色を使うことができる」と話す。 森さんの絵は日本では「西洋風」と言われることもあるが、黒の油絵の具を使い、書道のように一筆書きで書いた線を基調とした作品は、日本以外では東洋風に感じられるのだそうだ。森さん自身は「その狭間にいる状況を楽しんでいる」と明るく笑った。 今年は滞在中「1日2枚くらい」を目安に、大小合わせて「45枚は描く」ことを自身に課した。アトリエとして使った鹿児島県人会館では、床に青い敷物を広げ作品を部屋いっぱいに立てかけて制作を進めた。 森さんによると、近年は「4パターン(の作風を)持っている」。現在制作している絵の方向性が確立したのは、40代だという。 それまでの森さんの絵は、工芸的で硬い雰囲気だった。方向性も紆余(うよ)曲折していたという。しかし、そのころ行った個展で「風の風景」という作品を発表した際、「新作だったその絵を見て、今後の自分のスタイルはこれかなと思った」(森さん)。それが現在の作品の原点となっている。 森さんは画家の作風について「ずっとスタイルが変わらない人もいるが、僕は変えていきたいタイプ。昔の画風に戻ることはない」との見方を述べた。その上で、「表面はだいぶ変わってきているが、根底にあるものはそう変わらない」との持論を展開する。 そんな森さんは今年7月29日から約2カ月間、母方の祖父母と父親の出身地で、自身も日本へ移り住んだ4歳から十数年間過ごした鹿児島県枕崎市にある文化施設「南溟館」(なんめいかん)で開かれる回顧展でこれまでの作品を披露する。 同展は、森さんいわく自身にとって過去最大の規模で行われるもので、今回の滞在中に描いた作品も8点展示する予定だという。なお、今回の滞在で制作した作品は約 50点。そのうち約10点を持ち帰った。 同展では新作のほか、過去にブラジルで発表した日本未公開の作品も展示する。「森さんの絵は他にない色の不思議さがある」という日本の森さんのファンも、開催を楽しみにしているはずだ。 2012年5月31日付
ニッケイ新聞 2012年5月30日付け ブラジル福島県人会(小島友四郎会長)は6月3日午前10時から、同会館(Rua da Gloria, 721)で『喜多方ラーメン祭り』を開く。味付けの指導を行ったのは、JICAシニアボランティアとして昨年7月から在伯している武藤啓一さん(61、福島)。渡伯直前まで喜多方市役所産業部のマーケティング部長として喜多方ラーメンの普及、振興に努めてきた。3回目となる今回、喜多方市からハッピと暖簾も寄贈された。300食限定で予約も受け付ける。チケットは当日・予約ともに20レアル。ビンゴカードが3枚付く。案内のため来社した同県人会の曽我部威事務局長と武藤さんは「多くの人に喜んでもらえるようなものを作る。ぜひ食べてみて欲しい」と参加を呼びかけた。予約・問い合わせは同県人会(11・3208・8499)まで。
ニッケイ新聞 2012年5月30日付け ブラジル岩手県人会(千田曠暁会長)は27日、リベルダーデ区の同会館で「第6回わんこそば祭り」を開催し、約300人が訪れ大賑わいを見せた。母県の復興を願い、婦人部の皆さんによる千羽鶴などの折り紙の飾りが会場を彩った。そばは日本製で餃子がつき、ツユは鰹節、しいたけ、昆布だしなどで調整された千田会長のお手製。紅ショウガ、わさび、ねぎ、玉子、昆布など薬味もたっぷりついて、来場者は満足そうにそばをすすっていた。お椀に入った一口分のそばを三分間で何杯食べられるかを競う、恒例の早食い大会も行われた。今年は200皿を買い足し「一口分が多かった」との昨年の出場者の指摘を受け、一杯分を少なめに準備された。老若男女の笑い声と声援が響く中、そばが追いつかないほどの勢いで、出場者は顔中に汗を流してかき込んだ。また同県人会の太鼓グループ「雷神太鼓」の迫力ある演奏が会場を盛り上げ、早食い大会の女性の部もあった。「ツユを毎回同じ味にするのが難しい。これでいいのかな、と試行錯誤の上で作った」という千田会長。「大勢の人に来てもらえてありがたい。足りなくて、追加でツユを作りましたよ」と嬉しい悲鳴を上げていた。
ニッケイ新聞 2012年5月30日付け 宮崎県串間市の使節団が25~27日の3日間、イビウーナ市との姉妹都市提携25周年を記念し、同市を訪問した。25日には市役所と文協を表敬訪問、26日には同市最大規模の祭りの視察、27日には文協であった記念式典に参列した。同市の森光昭副市長(78)は12年間途絶えている人材交流事業について「より親交を深めたい。再開できれば」と前向きな姿勢を見せていた。 串間市は宮崎県の最南端に位置する人口約2万人。マンゴーやきんかん、海の幸などが名産。同市出身でイビウーナの日本語学校で教師を務めた岩下鉄太郎さん(88)と、使節団の一人で当時市長だった山下茂さん(75)の尽力により、1987年に姉妹都市として提携。毎年双方から研修生を派遣するなどの交流を行ってきたが、ブラジルの経済状況の悪化や治安面での不安から、2000年を最後に交換留学事業は停止となった。以来、関係性が途絶えがちになっていたが、今年の節目を迎えるにあたり両市関係者が調整。今年3月にイビウーナ側の招待という形での使節団訪問が決まった。訪問団は、森副市長、山下元市長、門田国光市議会議長(67)、ジュリアン・ブランド国際交流員(24)、野辺大介総務課主事(29)の5人。3日間滞在し、同地の視察を行った。訪問初日の25日、シュハスコを楽しんだ昼食会の後、市長への表敬訪問のために市役所を訪れた一行を出迎えたのは、日伯の国旗を持ち、紅白の浴衣・法被を着た地元小学生約50人。山下元市長以外は初来伯だという使節団を「クシマ・クシマ・クシマ」の大合唱で歓迎した。エントランスではブラジル人歌手による祝福の歌が披露され、市庁舎前で提携25周年を記念する記念碑のお披露目も行われた。熱烈な歓迎に門田市議会議長は「感動で言葉が出ない」と感慨深げ。イビウーナ文協に移動した後は、併設する日本人学校のおやつの時間に参加。簡単な日本語で会話するなど、児童との交流を楽しんだ。翌日には、日系人経営農場やイビウーナ市最大の祭りであるサン・セバスチャン祭りを視察した。27日に文協サロンで行われた記念式典には、25年前の市長であるゼジット氏も出席。森副市長、村松弘一イビウーナ市長は、来賓挨拶で今後さらに交流を深めていく意思を確認した。山下元市長はイビウーナ側の歓待に対し「来て良かった。私たちの訪問を心から喜んでくれているのが伝わってきたことが一番嬉しい」と満足げに話した。イビウーナ訪問に先立ち24日、ブラジル宮崎県人会は串間市の使節団の歓迎会を同会で開いた。35人が参加し、地元宮崎の話に花が咲き、賑やかに行われた。谷広海会長は「出身者の情報交換、交流の面で日本からの県人を迎えるのは非常に意味がある。ブラジルまで来てくれてありがとうという感謝の気持ちが一番」と歓迎の意を示した。
「サーターアンダギー(沖縄風ドーナツ)の作り方を教えてほしい」―。ミナス・ジェライス州南部のバルジニア市に住む宿利夏子(しゅくり・なつこ)さん(70、大分)が沖縄県那覇市に依頼した手紙の内容が、地球を一周して聖市の沖縄県人会(与那嶺真次会長)本部に寄せられた。同県人会事務局では、宿利さんからの依頼で11年前にも同じレシピ(レセイタ)を送っていたが、家の改修工事をした際に失ったとして宿利さんが那覇市に手紙で問い合わせていた。同県人会では、「ナイチャー(沖縄県人以外の日本人)の人に興味を持ってもらってうれしい」と喜んでおり、改めてレシピを送る考えだ。 宿利さんが2001年6月30日付で聖市の沖縄県人会本部あてに送った手紙には、当時のNHK連続テレビ小説「ちゅらさん」で「おばぁ」役の平良とみさんが作っていたサーターアンダギーを見て、「名前は分かりにくくて知らないのですが、あの丸いメリケン粉で作った揚げ物の作り方を知りたい」という内容が記されている。 宿利さんは、柔道家の夫とともに1971年に移民として渡伯。7年間聖市に住んだ後、サンパウロから北東に約300キロ離れたバルジニア市に転住した。同地は日本人が「数えるほど」(宿利さん)しかおらず、沖縄県系人も住んでいない。日本食品店もないため、饅頭などの和菓子類も自分で作るしかすべがない。 サーターアンダギーについて宿利さんは、「日本に行った時に大分県かどこかで食べた覚えがあり、すごくおいしかった」と振り返り、テレビで見て自分でも作りたいと思った。 01年当時、宿利さんからの手紙を受け取った同県人会の与那覇朝昭事務局長は婦人部に協力してもらい、独自のレシピを送った経緯がある。 しかし、「5~6年程前に自宅の改修工事でレシピを失くしてしまいました。その後、孫に作ってやろうと思い、ほかで調べたレシピで作りましたが、どうもうまくいきませんでした」と宿利さん。当時から10年以上がたち記憶もあいまいで、聖市の沖縄県人会に知り合いがいないとし、今回那覇市に直接手紙を書いたという。 その結果、今月半ばに那覇市総務部の平和交流・男女参画課から、宿利さんからの要望についてのメールが同県人会事務局に届いた。与那覇事務局長は11年前にレシピを送った同一人物であることに気付き、保管してあった手紙の電話番号に連絡し、改めて宿利さんにレシピを送ることを約束した。 「ちょうど、7月の日本祭りには県人会で沖縄そばなどとともにサーターアンダギーも作って売ることだし、タイミングが良かった。宿利さんという名前が珍 しく、ミナス州と遠い地方のナイチャーの人から手紙が届いたので何となく覚えていたが、まさか同じ人から10年以上たってからまたレシピを依頼されると は」と与那覇事務局長は驚くとともに、ウチナーンチュ以外の日本人が母県の味に興味を持ってくれることに喜びを表している。 サント・アンドレー支部会員でもある同事務局長は、同支部元婦人部長の山城千枝子氏に協力を依頼し、近いうちに改めてレシピを送る考えだ。 2012年5月30日付
岩手県人会(千田曠曉会長)は27日、聖市リベルダーデ区にある同会館で「第6回わんこそば祭り」を開催した。 千田会長が「コロニア名物」と誇る同祭の目玉は、わんこそばを食べる早さを競う「競技の部」。競技は、3分間で何杯のそばを食べられるかを競うもの。今回は男女別に4戦行われ、午後1時ごろ男性5人による「無差別の部」の1回目が行われた。 司会者の笛を合図に競技が始まると、会場に集まった来場者はそばを食べるはしを休めて出場者の食べっぷりに見入っていた。途中、そばの入ったわんが11杯乗った盆が何度も補充されるなど、出場者は順調にはしを進めた。 競技終了後は、わんにそばを補充し続けた給仕係が何杯食べたかを集計。出場者と来場者は、固唾をのんでその様子を見守った。その結果、舞台左端でそばを流し込んでいた同競技の常連出場者、村上ビセンテさん(55、3世)が98杯という記録を打ち立てて見事優勝。2位以下を大きく引き離して常連の貫禄を見せつけた。 村上さんは千田会長から優勝杯と証明書を受け取ると、「6回目でやっと優勝できました」と満面の笑みを見せた。村上さんは日ごろから自宅で練習を重ね、絶食したのち競技に挑んだという。勝因として給仕係と呼吸が合っていたことを挙げ、初出場で76杯の記録だった藤井尚仁さん(35、神奈川)に対して「そばをつぐ人が良ければ、彼は量的には120杯いけていた」と今後に期待を寄せていた。 全戦の結果は次の通り(敬称略、カッコ内の数字は完食記録)。 【無差別1回目】優勝=村上ビセンテ(98)、2位=藤井尚仁(76)、3位=池津丈司(70)。【女性の部】優勝=菊地マリーザ(85)、2位=近澤マリナ(60)、3位=青木アウレア(42)。【無差別2回目】優勝=高橋カルロス(83)、2位=奥田ホジェル(74)、3位=ルイス・フェラース(73)。【無差別3回目】優勝=岡田ダニエル(97)、2位=近澤ひろし(95)、3位=アラン・ハッサン( 84)。 2012年5月30日付
青葉健康生活協会(中沢宏一会長)主催の6月度青葉祭りが、2日と16日に聖市リベルダーデ区の宮城県人会館(Rua Fagundes, 152)で開催される。 同祭では、ADESC(農協婦人部連合会)による恒例の手作り食品やカッポン・ボニート地方の有機生産物などが販売されるほか、薬草相談、指圧なども行われる。 2日は午前8時半と午後1時半に、ADESC主催の子供絵画教室も開かれる。 同会館3階の食事処では、2日が天ぷらうどん、ソース焼きそば、餅料理各種。16日がはらこ飯、さんま焼き定食、イカポッポ焼き定食などが販売される。 開催時間は両日とも午前7時から午後3時ごろまで。 問い合わせは宮城県人会(電話11・3209・3265)。 2012年5月30日付
ニッケイ新聞 2012年5月29日付け 日本の報道によれば、外務省と岩手県は2月、シンガポールで「復興プロモーション事業」と題し、特産品や観光地の紹介を通じて復興をアピールするキャンペーンを開始したそう。風評被害対策の一環で、現地の旅行会社や飲食業者を招き、岩手県観光課が観光名所の紹介や安全性を説明したり、県産の米や日本酒を使ったメニューを提供したとか。日本産の食品輸入が解禁されないブラジルでも被災地の支援となるような直接的な働きかけを、政府主体でやってもらいたいもの。
ニッケイ新聞 2012年5月29日付け 岩手日報社、岩手県に住む県人会賛助会員による写真を展示する『岩手復興写真展~絆』が現在、岩手県人会(千田曠暁会長、住所=Rua Tomas Gonzaga, 95, Liberdade)で開かれている。31日まで。津波に襲われた宮古市田老地区などの写真に来場者は真剣な表情で見入り、聖市在住の80代女性は「最初からテレビで見て知っています。本当に大変ですね」とつぶやいていた。「瓦礫の処理、復興予算の遅れ、居住地高台移転、被災地での仕事の減少、犠牲者や避難で人口の減少など課題は山積している」とのメッセージが貼られ、震災から1年以上が経った今、「被災地の再興はこれから」という事実を、今一度来場者に認識させる展示会だ。義捐金の募金箱も設置されている。
聖州イビウナ市の姉妹都市、宮崎県串間市(野辺修光市長)から森光昭副市長を含む5人の訪問団が24~29日の日程でブラジルを訪れている。一行は、27日にイビウナ市で行われた両市の姉妹都市締結25周年記念式典に出席するため来伯した。 締結した当時の市長、山下茂氏と元イビウナ文協会長の末次文明姉妹都市会長、谷広海宮崎県人会会長によると、両市は、現在串間市在住の岩下鉄太郎さん(88)が山下氏にイビウナを紹介したことをきっかけに姉妹都市となった。 岩下さんは定年まで、県下の学校で教育に携わっていた。1986年に知人の紹介でブラジルに渡り、ボランティアとしてイビウナの日本語学校で1年間教えた。ちょうどそのころ同文協から姉妹都市締結の話が持ち上がり、岩下さんは高校の教え子で、串間市長に当選したばかりだった山下氏に働きかけたという。 その後も岩下さんは複数回イビウナを訪れ、日本語学校の教え子たちと交流を続けている。岩下さんを知る末次会長と谷県人会長は、「今年も1週間ほど滞在し、イビウナでは誕生会も行った。あんなに生徒から好かれた日本語教師は見たことがない」と岩下さんの人柄を紹介した。 両市の今後ついて森副市長は「経済的交流は別にして、人的、文化的交流を狙いとしている。先人が移民として渡った跡を訪ねながら、過去を考え新しい時代に向かって交流を深めていきたい」との展望を述べた。 ◎   ◎ 串間市は宮崎県の南部に位置する人口約2万人の田園都市。森副市長が「国立公園の日南海岸もあり、ロケーションが良いです」と言う海岸は一時期、新婚旅行の名所として人気を集めた。同市南部の都井岬には、御崎馬(みさきうま)と呼ばれる野生の馬が生息している。同市観光協会のウェブサイトによると、御崎馬は58年に国の天然記念物に指定された。イビウナ市のほか、92年には中国の安国市と姉妹都市締結を結んでいる。 2012年5月29日付
九州・沖縄、8県の県人会が合同で実施する「第10回九州ブロック運動会」が20日、サンパウロ州ジアデマ市の沖縄文化センターで行われ、参加した県人会員らは秋空の下、嫁探し競争や鈴割りなど一昔前の日本の運動会を思わせる競技を楽しんだ。 晴天に恵まれたこともあり、地域の住民も数多く参加。3歳から80歳以上の老人まで約500人が会場を訪れた。県人会で一番参加者が多かったのは熊本県人会だった。 開会式では川添博長崎県人会会長より「元気に楽しみましょう」と開会宣言があり、日伯それぞれの国歌斉唱とともに両国の国旗掲揚が行われた。 この日、最も大きな歓声が沸きあがったのは、最終プログラムの各県人会対抗400メートルリレーで、各県を代表するスプリンターがそれぞれの県の誇りを懸けてトラックを駆け抜けた。 女子の部の1位は大分県人会で、男子の部は、長崎県人会だった。長崎県人会は男子の部で2年連続優勝となった。 また、この日昼食時に行われた全員参加の「炭坑節」では、グラウンドを囲む大きな輪ができ、園田昭憲鹿児島県人会長は「とても良かった。九州ブロックの絆の象徴だ」と喜んでいた。南アゴスチーニョ福岡県人会長も「年々大きなイベントになっている」と10回目の記念開催に満足げだった。 2012年5月29日付
レキオス芸能同好会(大嶺初枝会長)は同会創立10周年と玉城流小太郎会大嶺初枝琉舞道場創立15周年を記念して、6月10日午後3時から2500人を集める巨大コンサート「謝縁海渡―夢の共演」を聖市サンタナ区のアニェンビーコンベンションセンター(Av.Olavo Fontoura, 1209)で開催する。 当日は、レキオスのメンバーをはじめ、長年ブラジルで琉球舞踊の師範を務めたベテランが共演するほか、沖縄からもレキオス主宰の照屋忠敏氏や玉城流小太郎会家元の高宮城文子氏ら15人が来伯。総出演者数は約300人、ボランティア数も約100人の一大イベントとなる。 今回のステージは古典的な琉球音楽と舞踊に加え、若い世代の現代音楽を組み合わせた演出がなされ、沖縄独特の歴史や文化を表現する。同祭は沖縄文化を伯国で普及させることを目的としており、同イベントの開催実現に向け、約1年前から準備を重ねてきたという上原テーリオ実行委員長らは「沖縄への感謝の意を示すイベントになり、さらに沖縄文化が定着するきっかけになるだろう」と声を弾ませた。 大嶺会長は照屋氏から沖縄で伝統芸能の猛特訓を受けた秘蔵っ子で、ブラジルに帰り同好会を立ち上げた。現在、レキオスには約200人の会員が在籍しており、そのほとんどは3、4世。日本語を話せないメンバーも多いが、沖縄の伝統文化に魅了され、粘り強さや誠実さを育んでいる。 すでに入場チケット(無料)は配布を開始しているが、きょう5月26日と6月2日の正午から午後5時まで次の場所で粉ミルク1缶とチケット1枚を引き換えに配布される。 聖市リベルダーデ区の沖縄県人会本部会館(Rua Dr. Tomas de Lima, 72)、ビラカロン区の同県人会ビラカロン支部会館(Praca Haro- ldo Daltro s/n)、モイーニョ・ベーリョ区の同県人会イピランガ支部会館(Rua...
在伯栃木県人会(坂本アウグスト進会長)は6月3日午前11時半から午後3時まで、聖市ビラ・マリアーナ区の同県人会館(Rua Capitao Caval cante, 56)で第22回焼きそば祭りを開催する。 同祭は、22年間続いている同県人会の恒例行事。当日は「前日から丁寧にだしを取っている」(坂本会長)という自慢の焼きそばのほか、餃子、すし、天ぷらなども販売される。 尾身千枝子婦人部長と婦人部の沖山ジャネッチ・ヒロミさんは「昨年は会館前に長い列ができた。今回はなるべく早く提供できるよう、半年前から協議を重ねてきました」と開催に向けた動きを説明した。 当日は、婦人部員だけでなく男性の会員も調理を行う。流れ作業で約1200食の焼きそばを提供するという。青年部員は配膳(はいぜん)や会計を担当。 27日まで前売り券が販売されている。前売り券は同会館で取り扱っているほか、会員からも購入できる。前売り券12レアル、当日券14レアル。 問い合わせは同会(電話11・5579・4166)まで。 2012年5月26日付