従来通りの業務展開 外務省から内閣府に移管 【東京支社=瀬頭明男】海外日系人のために日本国内で活動する「財団法人海外日系人協 会」が4月から、「公益財団法人海外日系人協会」(田中克之理事長)に衣替えした。これは2008年12月に施行された公益法人法に沿って変更したもの で、同協会の業務内容に変更はなく、従来通りの業務を展開していく。 これまでの財団法人と大きく異なるところは、海外日系人協会は外務省管轄の財団法人だったが、公益法人法の改正で国管轄の財団法人はすべて内閣府に変更されたため、同協会も内閣府管轄の財団法人となったことだ。 財 団法人には一般財団法人と公益財団法人の2種類があり、海外日系人協会は公益財団法人に入った。公益財団法人は収入の50%以上を公益事業に使うことが義 務付けられ、その見返りとして税制上の優遇措置が受けられる。海外日系人協会はこれまでも税制上の優遇措置を受けられる財団法人の資格を持っていたので、 公益財団法人として認定されることに問題はなかった。 同協会の岡野護事務局長は「これまでと業務内容は変わりませんし、これからも海外日系人のために尽力していきます」と語っている。財 団法人法が改められることになったのは、これまでは各省の管轄で「天下り先」として設立され、そこに税金を流し込むという批判が強く、こうした天下り法人 の批判のある法人を整理する意味もあって、08年度の法改正になった。来年11月末までに申請、許可(公益法人の場合は認定)されなければ解散することに なる。海外日系人協会は2年も前から公益財団法人として認定されるべく準備を始め、去る4月から公益財団法人として再出発することになった。 海外日系人協会が公益財団法人と認定されたのは、国際協力分野の事業によってで、日系人を通しての国際交流、日本事情の対外広報、日系団体と連携しての教育、社会事業支援が認められたためだ。 なお、日本ブラジル中央協会(清水慎次郎会長)も社団法人から一般社団法人に衣替えし、海外日系人協会と同じく4月から新発足した。 2012年5月3日付
Mês: maio 2012
青葉健康生活協会(中沢宏一会長)主催の5月度青葉祭りが5日と19日、聖市リベルダーデ区の宮城県人会館(Rua Fagundes, 152)で開催される。 同祭ではADESC(農協婦人部連合会)などによる恒例の手作り食品が販売されるほか、5日午前10時からは菓子職人の池泉三郎氏(87)による餅つきが行われる。また、19日午前中はペンギ文育氏による無料針灸治療も実施される。 同会館3階の食事処では、5日がてんぷらうどん、ソース焼きそば、餅料理各種。19日が、はらこ飯、さんま焼き定食、イカポッポ焼き定食などが販売される。 開催時間は両日とも午前7時から午後3時ごろまで。問い合わせは宮城県人会(電話11・3209・3265)。 2012年5月3日付
ニッケイ新聞 2012年5月3日付け サントス市議会は、戦後の活動再開から今年で60周年を迎えるサントス日本人会(土井紀文セルジオ会長)に対し27日夜、市議会で記念プラッカを贈呈した。中井貞夫市議(PSDB)の推薦。式典には上新、遠藤浩両元会長、同地出身の伊波興祐元下議をはじめ、会員ら約90人が出席して節目を祝った。初の一世以外の会長として09年から会長を務める土井氏(60、三世)は「この60年は闘いの歴史。長い返還運動で見せた日本人の執念や我慢強さの重要性は言うまでもない。これからも日本文化の保存とブラジル社会との融合を目指したい」と挨拶し、喜びをあらわにした。 式の冒頭「日本文化と教育の普及が継続されていることに感謝している」などと挨拶した中井市議(50、三世)は取材に対し、「価値がある日本人会の存在をサントス市民に示し、日系人としてもっと誇りをもってもらいたかった」と推薦の理由を語った。1928年頃から、同地在住の日本人によって同市パラナ街129番地にあった建物で日本語学校が開かれ、日本から教師を呼び寄せ、子弟への母国語教育が行われていた。その後、日本人会が正式に発足したのは39年のことだ。43年、同地在住日本人に24時間以内の立ち退き命令が下され、それにともない日本語学校の建物が敵性国資産として接収された。その後、活動が再開されたのは52年。初代会長として中井市議の祖父にあたる中井繁次郎氏が就任し、日本語学校の返還運動も始まった。2004年から5年間会長を務め、60年代から同地に住む遠藤氏(78、福島)は「サントスは他の移住地と比べて少し変わったところ。戦後は会館や定款もなかったので、会としてはあってないようなものだった。でも一世が多くて賑やかでしたね」と振り返った。その一方で、沖縄出身者が多く、本土出身者との間で軋轢もあったという。「サントスの日本人の間には、他地域と比べて団結力に欠ける部分があったと思う」日本語学校返還に至るまでにはその後、63年もの長い月日が費やされた。「イタリアやドイツの施設はすぐ返してもらえたようだが、書類がなかったからうまく進まなかった」(遠藤氏)。ルーラ当時大統領の署名で政府から正式に返還されたのは2006年。接収中は軍の施設として利用され老朽化が進んでいたため、返還後は日本政府から下りた草の根資金で改修した。08年に皇太子殿下が訪問されたさい「日本文化センター」として改修落成式が行われ、現在はそれまでなかった会の活動拠点となっている。会が法的に登録されたのは1990年。上新会長時代だった。現在は約350家族の会員がおり、52年以降毎年開催し今年で60回目を迎えた運動会、今年で34回目の敬老会や6月に行う移民祭などが恒例行事だ。08年からは地元非日系人への日本文化普及を目的に「文化祭」も開いており、日本文化センターでは武道、いけばな、日本語学校、日本料理の教室などの活動が行われている。「活動には非日系の参加が多く日系人の関心が薄い。これからいかに若者をひきつけていくかが課題」と土井会長。遠藤氏は「会長職は一世から三世に、スムーズにバトンタッチできた。文化は一朝一夕では作れないし、教育も時間がかかるもの。これから色々続けて幅を広げてもらえたら」と期待を込めた。
ニッケイ新聞 2012年5月3日付け 土曜日(5日) ブラジル錦鯉品評会、午前10時、アグア・ブランカ公園内州農業試験場(Avenida Francisco Matarazzo, 455)◎母の日バザー、午前11時から、喫茶店「コーヒー」(Rua da Gloria, 326, Liberdade)◎自閉症児療育の専門家・平雅夫講演会、午後2時、援協社会福祉センター5階(Rua Fagundes, 121, Liberdade)◎焼きそば・ちゃんぽん祭り、午前の部(11~3)、午後の部(6~9)、サウーデ文協会館(Rua Diogo Freire, 307)で◎キリストの幕屋上映会、午後2時、文協ビル13号室(Rua.Sao Joaquim,...
県連の本橋幹久副会長は4月26日、代表者会議の席で「次回のふるさと巡りも既に定員の120人を超える応募がきている」と発表し、「今後は、地方の日系団体との交流をさらに充実したものにできれば」と付け加えた。 年を重ねるごとに充実する同ツアー。しかし県連は、これだけには留まらず新たなツアーを企画している。「県連東北応援ツアー」だ。県連は、昨年3月11日に発生した東日本大震災に伴う福島第1原発の事故により、東北地方の農産物や水産物のみならず、観光業にも風評被害が起こっていることを憂慮。「これまで、多くのツアーがキャンセルされ観光客が激減した。そのため被災地の景気が浮揚せず、復興も思うように進まない。ブラジルから元気を与えるようなツアーを組もうではないか」という考えの下、現在急ピッチで企画が組まれている。 観光庁が今年3月から東北6県と協力して展開している「東北観光博」と連動するツアーにしたいと考えており、早期復興を支援する構えだ。観光博では東北全体を巨大な博覧会場に見立て、計28の観光ゾーンを設定。ツアー客には各種観光施設や飲食店などで割り引きが受けられる「東北パスポート」が配布されるなど受け入れ態勢も整っている。 本橋副会長は「単なる観光ではなく、東北の事情を身を持って知り、同じ思いを持つことが県連のツアーの意義だ」と念を押す。また、7月に行われるフェスティバル・ド・ジャポンには観光庁が日本への観光を誘致するために来伯することが決定している。東北応援ツアーは2~3週間程度の日程を予定しているが、実施日は未定。県連から正式な内容の発表が待たれるところだ。 (おわり、植木修平記者) 2012年5月1日付
古川元久国家戦略担当大臣・内閣府特命担当大臣(経済財政政策)が4月28日に着聖し、翌29日午前9時過ぎ、聖市イビラプエラ公園内の開拓先没者慰霊碑を参拝した。日系社会からは県連慰霊碑委員会の木原好規氏、本橋幹久氏、山田康夫氏が出迎え、日本移民の歴史などを説明。また、古川担当相と同郷で愛知県人会顧問の羽田宗義氏と豊田瑠美同県人会副会長らも参列した。 同相は両手を合わせて慰霊碑を拝んだ後、「移民の方々は大変なご苦労をされた。日伯友好の基礎は先人の言葉に表せない苦労にある」と初期移民の御霊(みたま)を慰めた。 同相の今回の訪問は、6月の国連持続可能な開発会議(リオ+20)を前に、同会議に向けた日本政府の方針やエネルギー、環境政策等についてブラジル政府関係者らに説明することが主な目的。30日の会合については「日本が環境分野で最も進んだ取り組みを行い、世界をリードしていくということをしっかり伝える予定」と話した。 同相は午後10時からブラジル日本移民史料館を視察し、その後は日系社会代表者らを招き昼食会を開いた。30日にはブラジリアでアントニオ・パトリオッタ外務相ら伯国政府要人と会談し、サンフランシスコ州のシリコンバレーを視察するため米国へ発った。 2012年5月1日付
琉球民謡協会ブラジル支部(仲村渠清徳支部長)は、6日午後2時から同8時半まで聖市ビラ・カロン区の沖縄県人会ビラ・カロン支部会館(Praca Haroldo Daltro, 297)で第36回民謡大会を開催する。 同大会は、ブラジル沖縄県人会など7団体の後援と琉球舞踊研究所の協力で、同支部発足時から続いている。当日は、同会員70人が民謡を披露するほか、同研究所も出演する。 仲村渠支部長、大城重範大会実行委員長、呉屋昌男会計、亀谷義武副実行委員長は「毎年約300人が来場する。日曜のひとときを楽しく過ごしましょう」と来場を呼びかけた。入場無料。 問い合わせは仲村渠支部長(電話11・2295・7652)まで。 2012年5月1日付
今回で37回目の開催となった県連のふるさと巡り。これまでほとんどの同ツアーを引率したという県連事務員の伊東信比古さんによると、今回バウルー文協会館で本格的な追悼法要が行われ驚く人もいたという。また法要といえば、以前訪れたある移住地では、キリスト教のしきたりに沿ってミサが執り行われたが、終盤に線香が配られたそうだ。伊東さんは「牧師さんが『お焼香をお願いします』と言うからびっくりしたよ」と当時を回想し、笑顔を見せた。 ◎ 県連執行部は古川大臣に対し、移民の歴史以外に現在成長著しいフェスティバル・ド・ジャポンについても案内。大臣は「すごいですねえ」と感心し、「おいしい日本酒をブラジルで飲めるように、ちょっと日本酒のやつでもやろうか」とリップサービス。すると本橋県連副会長がすかさず「これぞ国家戦略ですね」と見事に返していた。「日本酒のやつ」とはブラジルに日本酒を輸入する際の税金などをどうにかして抑えることなのか、具体的に何を意味しているのかは不明だが、モザイク子も「日本酒のやつ」を期待している。 2012年5月1日付
ニッケイ新聞 2012年5月1日付け 松尾芭蕉の故郷である三重県が「俳句のくにづくり」事業の一環として昨年実施した『第17回全国作品募集~土の一句』の結果が発表された。応募総数8万94句の内、海外からの応募は727句。当地からは15人が入賞・佳作を果たした。結果は次の通り(パ=パラー、聖=サンパウロ)。 【海外入賞】◎テーマの部井戸掘りの土の色なる裸かな(東比呂、アマゾナス)◎自由部門青山と決めてアマゾン銀河澄む(竹下澄子、パ) 【佳作】◎テーマの部豊の秋かつて痩せ地と云はれし野(伊津野朝民、聖)作りおく客土一盛り春隣(串間いつえ、聖)土に生き土に生かされ種を蒔く(工藤末敏、パ)アマゾンの土に母国の種を蒔く(佐藤あさ乃、パ)ブラジルの土に母国の桜咲く(坂口清子、聖)草の花土に静かな息づかい(上山泰子、パ)大陸の旱の匂ふ土煙(畠山てるえ、聖)◎自由部門信号も国境もなし夏つばめ(今野千枝子、パ)耕やすや父の気配のする大地(佐藤けい子、ペルナンブコ)アマゾンの旅に春愁流しけり(小橋矢介夫、聖)春眠の掌より落ちたるハイネの詩(清水照子、聖)一日の疲れを癒す髪洗ふ(大楯エツヨ、パ)郷愁となる日ならぬ日夕焼けて(渡部悦子、パ)
ニッケイ新聞 2012年5月1日付け 愛知、和歌山、滋賀、大分の4県人会による『第14回屋台祭り』が22日に愛知県人会館であり、雨天にも関わらず約600人が各県の郷土料理を楽しんだ。 今年で創立55周年を迎えた愛知県人会は、「あんかけ焼きそば」、「おにぎり」「あんみつ」を販売。半分はすでに予約済みという持ち帰り用の白餅は「11時前には全部なくなった」と小松ジェニー会長も満面の笑みを見せた。 「鳥飯」「牛のタタキ」「鳥天」を販売した大分県人会は、午後2時半には完売。調理を担当した伊東信比古理事は「もう少したくさん仕込んでおいても良かったかな」と少し残念そう。一度炊いたご飯を、別に調理した具材と一緒に追い炊きする一手間かけた鳥飯は、世代を問わず好評だった様子。 県連日本祭りで、毎年4500食を売り上げる和歌山県人会の「関西風お好み焼き」は、この日も大盛況。「美味しいものをたべてもらいたいので、作り置きはしない」と木原好規会長こだわりの一品は、特製の手作りソースと具材の豊富さが特徴。190食近くを売り、一番人気を見せた。 これに負けずと健闘したのが滋賀県人会「近江の肉うどん」。留学経験もある山田グラシエラ理事(46、三世)は「日本のものにも負けないと思う」と胸を張る。カツオ節を基調とした出汁が自慢のうどんは170食以上が販売された。 料理販売のほか、午後12時半ごろから、鳥取県人会の「しゃんしゃん傘踊りグループ」など、有志による舞台での演芸発表や、カラオケ大会が催され、会場は大きな盛り上がりを見せた。 ダンス教室の同級生だという佐野幸子(70、二世)、曲孝子(66、同)、芳我千枝子さん(76、同)3人組は「うどんが特においしかったので、日本祭りでまた食べたい」と顔を綻ばせながら話した。 次回の屋台祭りは10月末に開催される予定。
