06/03/2026

Mês: junho 2012

ニッケイ新聞 2012年6月30日付け  リオ・デ・ジャネイロ市で20~22日に開催された国連持続可能な開発会議(リオプラス20)に出席した公益財団法人オイスカの会長・中野良子 氏の記者会見兼懇親会が23日、聖市リベルダーデ区のニッケイパレスホテルで開かれた。 リオでの会議の報告のほか、同団体が宮城県名取市で進めている 「海岸林再生プロジェクト」についての説明などが行われ、約30人の関係者が訪れた。  オイスカは本部を日本に置き、30の国と地域に組織を持つ国際NGO。主にアジア・太平洋地域で農村開発や環境保全活動を展開し、各国の人材育成にも力を入れている。  中野氏は冒頭の挨拶の中で「リオでの会議で強調してきたのが『ふるさと』というテーマ。共同体意識を高め、支えあいながら活動していくことが大切」と話した。  同会議で、再生プロジェクトについての講演を行った「名取市海岸林再生の会」の鈴木英二会長(71、同市出身)は「何から手をつけて良いかわか らないという状況の中で、最初に出した答えは、早急な海岸林の再生だった」と話し、防砂、防潮、防風などの面での重要な役割を説明。「松と私たちの生活は 共同体。海岸林が再生しないことには、生活の再建は有り得ない」と力を込めた。  同プロジェクトは昨年3月の震災によって甚大な被害を受けた東北沿岸地区の海岸林のうち、宮城県名取市周辺に100ヘクタール分となる50万本のクロマツを植樹するというもので、現在国内、海外を問わず10億円を目標とした募金活動を行っている。  会の終了後、中野氏を含む一行はファゼンダ・ド・カルモ自然公園に移動。ブラジル日本移住者協会(小山昭朗会長)とオイスカ・ブラジル総局(高木ラウル会長)の共催事業として行われている「日伯絆の森計画」の一環として約20本の白イペーの植樹を行った。  中野氏は本紙の取材に対し「日系コロニアが多くの植樹が行なっているのは素晴らしいこと。綺麗な緑があってこそ綺麗な国となる。続けて欲しい」と話し、移住者協会らの活動を評価した。
ニッケイ新聞 2012年6月29日付け 今年80周年を迎えた聖市のタボン体育文化協会(木曾光紀会長、90会員家族)が24日、同会館で『創立80周年記念祭』を盛大に開催した。歴代会長の親族やタボン学園創始者の親族らを始め、在聖日本国総領事館の成田強領事部長や聖市文協の木多喜八郎会長、県連の坂本アウグスト副会長ら約250人が駆けつけた。記念行事の一環として初の記念誌も制作中。会館に隣接するコロニア最古の日本語学校の一つ「タボン学園」の歴史も盛り込まれる。式典の挨拶で木曾会長は「先人が学園と文協の基礎を作って下さったお蔭で、我々子孫も日本人のルーツを保つことが出来た。今日は創始者の皆さんを称えたい」と話した。 1919年、初の日本人家族が同地に入植。子弟を教育する学校設立を目的に、32年文協の前身となる「タボン農會」が設立された。その後、日本政府からの資金援助で同学園が建設された。第2次大戦終了後にタボン体育文化協会と改称、現在に至る。温かい日差しが照りつける中、同学園前に設置された祭壇前で物故者慰霊祭が執り行われた。祝詞奏上では参加者らも頭を垂れて先没者に祈りを捧げ、交替で玉串を献上した。続いて日伯両国歌が響く中、両国および聖州の国旗が掲げられ、学園の入り口で記念プレートの除幕もあった。木曾会長は同文協・学園の成り立ちを説明したうえで「全ての関係者や協力者に感謝したい。先人が残した日本的な規律や価値をこれからも継承していく」と話し、「皆で頑張りましょう!」と日本語で締め括った。逝去した歴代会長の写真が見守るように並ぶ会館の後部には、壁一面に学園と文協の写真パネルが飾られた。壇上には歴代会長の親族や来賓が列席し、一人ひとりに感謝の意を込めた銀の記念プレートが授与された。今回の式典を企画し、また記念誌制作の資料集めにも尽力してきた縁の下の力持ち、宮路アリセ婦人部部長(80、二世)が代表し「80周年の歴史に輝かしい1ページを記し、これからの繁栄にも心を尽くしたい」と満面の笑顔で挨拶を述べた。最後に尾崎博士元会長が音頭を取り、記念パーティーが開幕。舞台で繰り広げられる余興を鑑賞しながら、参加者らはそれぞれブッフェと歓談で午後のひと時を楽しんだ。今回の式典には、若い世代に伝統を継承する意味も強く込められていた。同文協は学園生徒数の減少、文協役員・会員らの高齢化の進行に直面し、「若い世代に任せないと将来がない」と、今年ボーイスカウトと和太鼓グループを母体とした青年会を結成している。木曾会長は「私らの世代はここで育って、いい友人や思い出を作ってきた。そういう機会を次の世代にも繋いで行きたい。子どもたちにとって、第二の家になれば」と願いを語った。
ニッケイ新聞 2012年6月28日付け 在聖日本国総領事館の大部一秋総領事が今月で任期を終え帰国するにあたり、26日夜、聖市文協貴賓室で送別会が開催された。プレジデンテ・プルデンテ、グァタパラ、プロミッソンなど遠方からも日系団体の代表者ら約300人が集い、大部総領事夫妻との別れを惜しんだ。開会の時間まで入場する参加者は途絶えず、貴賓室は満席となった。両国歌を斉唱後、日系社会を代表して木多喜八郎文協会長が「夫妻は着任当初から国歌を暗記し、ブラジルへの敬意を表した。100以上の市や移住地を訪問したのは前代未聞で、どの訪問先も本当に光栄に感じているはず」と謝意を示した。続いて、送別会を主催した35団体、希望の家、こどものそのなど福祉4団体、モジ・ダス・クルーゼス文化協会、ブラジル日本移民史料館からそれぞれ感謝状や記念品が贈られ、夫妻は神妙な面持ちで受け取った。「今夜は友達ばかりの送別会だから」と原稿を持たずに挨拶に立った大部総領事は「祖国日本を思いながら亡くなっていかれた方の魂を感じ、それに魅せられて106カ所を164回訪問した。サンパウロとの出会いは運命。去っても心はここに残る」と涙ぐみながら語り、会場からは大きな拍手が沸き起こった。諸団体の謝意に感激した栄子夫人も、プログラムにはなかったが挨拶に立ち「『ありがとうございます』の一言しかない。ブラジルの応援団として心をここに置いて生きて参ります」と笑顔で感謝を述べた。最後に園田昭憲県連会長の音頭で乾杯が行なわれると、参加者らは次々に大部夫妻を取り囲んで握手や別れの言葉を交わし、記念写真を撮った。大部総領事は本紙の取材に対し「今までのなかでここまで思えた勤務地は初めて。これからは、学んだことをどこに行っても伝えていきたい」と話した。
山口県山口市にあるロータリークラブは19日、山口県人会(要田武会長)の仲介で聖市リベルダーデ区にある同県人会会館で知的障害者援護施設「希望の家」に米1・2トンを贈呈した。 贈られた米は、同県人会が同クラブからの支援金10万円で購入したもの。同県人会の伊藤紀美子事務局長によると、同クラブからブラジルへの寄付は約20年続いており、始まった当初はブラジルの孤児院に向けて援助していた。 寄付が10年程続いたころ、同クラブから同県人会へ「日系社会に援助したい」との要望があったため、同施設へ米の贈呈が始まった。 伊藤事務局長は「ロータリークラブからは毎年10万円届いており、できるだけ多くの米を役立ててほしいと言われている。毎年1トンを目標に購入し ており、多い年では1・6トン寄付できた年もあった」と説明。「米を購入した店は、寄付すると言うと割安にしてくれる上、トラックの運転手も寄付に意義を 持ってくれる」と話し、ブラジル側の理解を喜んだ。 同施設の千田ジョゼー事務局長とともに贈呈に立ち合った大野孔三第1副理事長は、「ブラジルの福祉施設は皆さんから応援してもらっている。非常にありがたい」と感謝の言葉を述べた。 大野副理事長によると、現在同施設には平均年齢50歳以上の80人が入居。寄付された米は入居者と職員の食事として提供される。 また、同クラブはこれまで国内外で植樹や時計塔の設置を行っているほか、オーストラリアやドイツと交流している。2004年には同県人会から長年の寄付に対して感謝状が贈られた。 2012年6月28日付
ニッケイ新聞 2012年6月27日付け  ブラジル日本文化福祉協会(木多喜八郎会長)は24日午前、文協大講堂で『白寿者表彰式』を執り行った。99歳が30人、100歳が10人、日 系コロニア最高齢の108歳が1人の計41人が表彰された。式に出席したのは本人20人と代理の家族ら18人の計38人。会場には家族らを含む約700人 が訪れた。  木多会長は冒頭の挨拶で「矍鑠として舞台にお越しくださったことは慶賀の至り」と祝辞を述べ、今月末に任期を終え帰国する大部一秋在聖日本国総 領事も「毎年何を差し置いてもこの式には出席してきた。白寿表彰を受ける方々は尊い宝のような存在。これからもコロニアの希望の星として輝き続けて欲し い」と受賞者を称えた。  式では、一人一人の名前、出身地、来伯年が読み上げられ、賞状と記念品、金一封が贈られた。自らの足で立ち堂々と表彰を受ける白寿者に涙ぐむ関係者もいた。  受賞者を代表して謝辞を述べたのは水本薫さん(99、岡山)。はっきりとよく通る声で「祖国である日本を愛し、毎日祈りを捧げているが、自分を 温かく迎え入れてくれたブラジルという国にも深く感謝している。みな様も神様に護られて、楽しく健やかな日々を送れるよう祈っています」と話し、会場から 万雷の拍手が送られた。  92歳まで農業を営んでいたという竹原庄一さんに健康の秘訣を尋ねると、「何でもしっかり食べること。でも食べすぎはよくない」と笑顔。  現在も毎日、家族が経営する金物屋に顔を出す。「店先で用心棒として活躍している」と息子の久さん(54、二世)は笑いながらも「誇らしい」と感慨深げに話した。  今回白寿者表彰を受けたのは次の41人。(敬称略、記載がない場合はサンパウロ市在住)  上地マツ(108、沖縄)、水本薫(岡山)、千葉フミ子(北海道)、二神房江(愛媛)、石橋薫(愛知)、伊藤ことみ(広島)、鹿毛千代香(福 岡、サン・ベルナルド・ド・カンポ市)、梶山サチコ(山口)、仲左門(和歌山)、西原チヨ(佐賀)、大熊峯喜(福岡)、佐野常男(三重、フェルナンドポリ ス市)、佐々木正二(愛知)、豊嶋すえ(北海道、バストス市)、渡部經子(北海道、オズワルド・クルス市)、山本文(石川、ヴァルジェン・グランデ・パウ...
ニッケイ新聞 2012年6月27日付け  北伯県人会協会(山本陽三会長)による初の代表者会議が9日、汎アマゾニア日伯協会会議室で行われ、加入、未加入合わせ15県人会の代表者と関係者が出席した。  会費の支払いについて、県人会の規模に応じて年間200レアル、150レ、50レの3ランクが設定された。相談役を務めるの堤剛太氏(汎アマゾニア日伯協会事務局長)によれば「ほとんどの会が最高ランクの金額を払う」という。  汎アマゾニア日伯協会主催で9月10~15日に行われる『日本週間』への参加も正式に決定。各県人会に参加が呼びかけられるとともに、ブラジル日本都道府県人会連合会(県連)の園田昭憲会長を同祭に招くことも決まった。  今後の活動について、県人会単位では出来ない事業を企画し推進していくことを確認。会同士の交流・親睦、子弟の人材育成などを行っていく。  11ある未加入県のうち、出席したのは茨城、三重、宮城、和歌山の4県。うち会員が一家族のみの茨城を除く3県は、「会の会合で加入か未加入かを協議する」と表明した。  7月には山本会長と越知恭子副会長が県連への表敬訪問と「日本祭り」視察のため来聖する。
ブラジル都道府県人会連合会(園田昭憲会長)主催による東北被災地応援ツアーが 10月14日から11月4日まで実施されるにあたり、案内のため本橋幹久、山田康夫両県連副会長が本紙を訪れた。 県連は4月に行われた代表者会議で、毎年充実し100人以上の申し込みがある「ふるさと巡り」について言及し、新たなツアーを企画した。被災地と連絡を取り合いながら急ピッチで企画が組まれ、10月という早い時期で実現することができた。 ツアーの内容は、岩手(釜石市、陸前高田市)、宮城(女川町、石巻市、名取市)、福島(いわき市、原発立入禁止地域境界ゲート、風評被害地)の被災地訪問、東北地域の観光地視察、1週間の自由行動と東京観光などとなっている。 自由行動期間中には公益財団法人海外日系人協会主催の第53回海外日系人大会が催され、3日間の開催期間中、皇族関係者との謁見や衆参両議院議長主催の昼食会などに参加できる。 案内に訪れた本橋副会長は「今まで義援金募金活動を行ってきたが、被災地に実際に行き状況を体感し、被災者の気持ちを幾らかでも共有できれば。また風評被害地の訪問により、わずかでも支援ができれば」と語った。 費用は1人5897ドル+空港税で参加者が30人に達した時点で受け付け終了となる。 申し込み、詳細はサービス・グローバル旅行社(電話11・3572・8990)日本語対応は(電話11・3572・8995)まで。 2012年6月27日付
白寿者受賞参加者たち ブラジル日本文化福祉協会(木多喜八郎会長)は、移民104周年記念行事の一環として24日午前9時から文協大講堂で「白寿者及び最高齢者表彰式」を開催した。  今年の白寿者は40人で19人が会場を訪れ、17人が代理の親族らとともに表彰を受けた。対象者は100歳8人、99歳32人で、本人の出席者数は昨年を上回った。 来賓として大部一秋、栄子在聖総領事夫妻、園田昭憲県連会長、菊地義治援協会長、日伯社会文化統合機関の西尾義弘ロベルト会長、ブラジル日本移民100周年記念協会の上原幸啓会長などが出席した。来場者は約700人。 日系社会最高齢として108歳の上地マツさん(沖縄)が表彰され、代理で孫の上地セリアさんに表彰状、記念品、金一封が贈られた。その後、全員が表彰された。 1913年1月2日生まれの山本文(ふみ)さん(99、石川)は、「今日、息子と娘たちに会えてうれしい」と笑顔で話した。次男の山本筍也さん (71、石川)は「母の長生きはうれしい。ブラジルに移住して、6人の子供を苦労して育てた母に感謝の気持ちでいっぱい」と語った。 白寿者代表のあいさつをした水本薫さん(99、岡山)は長生きの秘訣や日本への愛国心とともに、支えてくれた人々への感謝を述べた。胸を打たれた木多会長は「水本さんに感激した。僕自身も日系社会のために自分の体を大事にして長生きしたい」と述べた。 2012年6月27日付
沖縄県人会及び沖縄文化センター(与那嶺真次会長)主催の第18回開拓先亡者追悼慰霊法要が、17日午前10時から聖市リベルダーデ区の同県人会館本部で執り行われ、県人関係者ら約80人が参列した。 法要は米須セイソウ実行委員長が開会の辞により開始され、同委員長は1908年に第1回移民が渡伯してからブラジルの地で育んできた文化を尊厳を持って次世代に継承していくことの重要性を強調した。 野村流音楽協会ブラジル支部、野村流音楽保存会ブラジル支部、琉球筝曲興陽会ブラジル支部、琉球筝曲保存会ブラジル支部による献奏の儀、帰国県費留学生の宮里マリナ、玉寄マリア両氏による献花の儀、ぶくぶく茶道ブラジル支部による献茶の儀がそれぞれ並行して行われた。 引き続き、地方出張中の与那嶺会長の代理として島袋安雄副会長が「先人が築いた教訓を肝に銘じ、心からの冥福を捧げたい」と追悼の辞を述べた。 先亡者への黙とうの後、曹洞宗南米別院仏心寺僧侶の越賀道秀氏が導師として入場。読経の合間に参加者たちが焼香を行った。 越賀導師は法話の中で、「先人へのお礼を言うことが法要の場。皆さんがここに来て感謝の気持ちを表すことが大事」と諭し、自分だけでなく皆が一緒になって生きていくことの大切さを説いた。 2012年6月27日付
 国連持続可能な開発会議(リオプラス20)への出席などを目的に、公益財団法人オイスカ会長でオイスカ・インターナショナル総裁の中野良子氏が来伯した。23日午前8時から聖市リベルダーデ区のニッケイパレスホテルに集まった日系団体関係者約30人を前に、東日本大震災復興を目的とした「海岸林再生プロジェクト」の取り組みなどを説明した。集まりには同震災で被災し、宮城県「名取市海岸再生林の会」の鈴木英二会長(71)たちも参加。「失って初めて、ありがたみが分かった」と海岸林再生の必要性を強調していた。 同計画は、東日本大震災で3600ヘクタールに及ぶ600万本のクロマツが被害を受けた中、10年かけて100ヘクタール50万本を再生し、10億円の寄付を内外から募るというもの。昨年3月から開始された募金は同9月下旬の半年間の時点で約5000万円が集められており、「1年で1億円のペースで集める」(オイスカ関係者)ことが目標だ。 あいさつに立った中野総裁は、20日~22日にリオ市で開催された「リオプラス20」で同計画やオイスカの活動についてスピーチしたことなどに触れた。その上で、「今年は『ふるさと』をテーマにし、絆を持って支えあって生きていきたい」と述べ、「ブラジルの皆様が日本を心の支えにしていただいていることを忘れずにやっていきたい」と今後の抱負を語った。 オイスカ副理事長で同計画最高責任者の渡邉忠氏によると、同法人は自助努力している団体及び組織に協力する方法を取っており、同計画は名取市の地元の人々から「我々も頑張るから(海岸林再生に)協力してほしい」との声を反映して実施しているという。 この日の集まりでは、20日午後1時から行われたリオプラス20でも講演した「名取市海岸再生林の会」の鈴木会長が、自ら津波で被災した写真を見せながら震災当時の様子を説明。宮城県内で80%のシェアを誇り、売り上げ2億円の「ちんげん菜」農家(約100世帯)が「(津波被害による)一瞬の出来事ですべてを失った」という。 また、海岸林の高さによって津波の水の流れが違ったことや、海岸林がなくなった後、風害、塩害や砂などの被害に悩まされている現状を伝え、「いかに松の木(海岸林)が大事であったか、失って初めて分かった」と強調。「自分たちの生活の再建は松の木にかかっている」と、同計画に懸ける思いを訴えた。 さらに、福島第1原発事故の影響による風評被害や日本政府によるちぐはぐな補償問題についても触れ、「天災プラス人災が加わって二重の苦しみ」と震災から1年以上がたっても進まない復興支援に怒りをあらわにしていた。 そうした中、今年3月に種まきを行ったクロマツの苗が現在、5~6センチの高さに育っているとし、その苗を植えるまでに最低3年かかることも説明。根気の いる作業を続ける上で「皆様からの支えを受けながら、出来上がった時にはぜひ報告させていただきたい」と支援への感謝の意を示した。 集まりには、同じく名取市で被災し、現在同市内のアパートに母親と夫の3人で住んでいるという森かづ子さん(63)も出席。「今まで当たり前だと思っていたクロマツのありがたさが改めて分かった」と話していた。 この後、オイスカ一行と鈴木会長たちはブラジル・ニッポン移住者協会(小山昭朗会長)が実施する「日伯絆の森」計画の一環としてカルモ自然公園に場所を 移し、中野総裁が20年前にアチバイアの中沢宏一宮城県人会会長宅に植えたという白イペーから取れた苗木を、同公園内に植樹した。  なお、同計画の概要はウェブサイト(www. oisca.org./kaiganrin/)で見ることができる。 2012年6月26日付
【福岡発・吉永拓哉福岡支局長】福岡県海外移住家族会(武藤英治会長)の平成24年度総会が13日、福岡市内のアクロス福岡で開かれた。 総会には武藤会長はじめ、田中俊太福岡県国際交流センター専務理事ら県職員、同県内の4地区家族会会員、県費留学生らが出席した。 同家族会は今年で創立50年を迎えた。節目の年となった今年は、会員たちにとってうれしいことがある。1966年から始まった県費留学生度を通じてブラジルから留学した福岡県人会子弟たちが、現地でOB会を立ち上げた。 武藤会長は総会のあいさつで、9月1日にサンパウロ市で同OB会の設立記念式典が開催されることを会員らに伝え、「皆でブラジルへ行きましょう」と慶祝訪問団への参加者を呼び掛けた。 また、来年は福岡県で2度目となる海外福岡県人会世界大会が開催されることを受け、武藤会長は「世界に21カ所ある福岡県人会のネットワークのさらなる強化を」と意気込んだ。 総会では昨年度の事業実績と決算、本年度の事業計画及び予算案がともに承認され、閉会後は昼食を取りながら今年の県費留学生10人と懇親を深め合った。 2012年6月26日付
今後は全伯的な催しに 熊本県文化交流協会(小山田祥雄会長)は、「第10回熊本県出身先亡者追悼法要」を17日午前10時から聖市ビラ・マリアーナ区の同会館で営んだ。会場には老若男女約100人が参列し、祭壇には亡くなった同県人の位牌が並んだ。 法要では熊本出身で南米本願寺ブラジル別院(東本願寺)の菊池顕正導師が阿弥陀経を唱え、参席者はそれぞれ焼香をして先祖の霊を弔った。 あいさつに立った小山田会長は「先祖は我々の産みの親で、現在の日系社会の基礎となった」と先人の功績をたたえると同時に、「今年は熊本文化交流協会は有馬逸策副会長と藤本ユリ子元婦人部長を亡くした。我々は大きな悲しみに暮れている」と会員の死を悔やんだ。 続いて、菊池導師は「我々は皆、ご縁によって結ばれている。見えない力に支えられていることに感謝しましょう」と説いた。 同協会は、来年は11回目の法要を開催するに当たり、サンパウロ在住者だけの法要にするのでなく全伯的な催しにしたいと考えており、5月25日から約20人がパラー州ベレンやトメアスーなどに住む北伯の同県人を訪ねて、来年の法要などについて話し合いを行っている。 法要後は同協会婦人部による昼食が振る舞われ、参席者は伝統的な日本料理に舌鼓を打っていた。 2012年6月23日付
団体のあり方を問いかけ 聖市アクリマソン区の老朽化した会館の売却に伴い、岐阜県人会(山田彦次会長)は今月11日から同市リベルダーデ区グロリア街279番2階に事務所を移転し、改めて活動を行っている。来年は同県人ブラジル移住100周年の節目を迎えるが、新会館を建設するかどうかなど今後の具体的な方向性は決まっていないという。20年以上にわたって会長職を務める山田会長に県人会活動への思いなどを聞いた。 会館の売却は昨年11月下旬の臨時総会で会員からの承認を得ており、今年3月の定期総会でも確認されている。 このことについては、会員、賛助会員及び新会館建設のために資金を提供してくれている協力者すべてに通知し、今後の活動についても報告する考えだという。 しかし、新会館建設については「会員が100人なら100人とも意見が違い、案が多過ぎて現実的な話が進められていない」(山田会長)とし、意見がまとまらないようだ。 山田会長は5、6年程前からサンパウロ近郊での会館建設案を提示したこともあるが、多数の会員の同意を得ることができていないという。かといって、聖市内で具体的にどの場所に新会館を建設するのかも会員によって主張が違い、以前から幾度にもわたって会館建設について意見を交わしてきたにもかかわらず、具体的な方向性が決まっていない。 山田会長は常々、県人会の役割について「岐阜県人会と名前が付いている以上、岐阜県とブラジルに住む岐阜出身者やその子弟との交流事業をやることがメーンになる」と主張してきた。 「岐阜県と交流するためには当然言葉は日本語でなければならない。また母県から補助金をもらっている関係上、県から入る情報をどのようにブラジルで伝え役に立たせるかを考えている」 これまで山田会長は、毎月発行している会報でもそうした主張を繰り返してきた。しかし、一般的に「次世代へのバトンタッチ」と日系各団体の課題として掲げられているが、若い世代にこれらの思いが十分に伝わっていないのが現状だ。 母県と県人会との交流事業が以前より縮小傾向にあることは否めないものの、岐阜県人会では現在でも県費留学生制度や今年で34回目となる岐阜県農業高校生の伯国研修などが継続されている。 山田会長は「アソシアソン(協会)」の役員が一切の報酬を受け取ってはならないことが伯国の法律で決められている以上、会員数が少なくなる現状の中、従 来のままの団体運営では継続できないことを指摘する。子弟に日本や母県への憧れを持たせるようなやり方で、「クラブ化」することも一つの方向性として考慮 している。 「今後、県人会をどのような形でやっていくのか。知恵を出してもらわない限り、いくら議論してもやってはいけない」と会員及び若い世代に今後の県人会のあり方を問いかけている。 今後の会館建設や来年の県人移住100周年の具体案については現在、未定だという。 なお、新事務所の電話番号は以前の通り(11・3209・8073)。 2012年6月23日付
日本の「七夕祭り」とブラジルの「フェスタ・ジュニーナ」を併せて初めて開催される「第1回アライアル・ダス・エストレーラス・デ・イタケーラ(イタケー ラ七夕祭り)」が23、24日の2日間、午前10時から午後10時まで聖市地下鉄イタケーラ駅近くの広場(Rua Gregorio Rama lho)で行われる。 開催するにあたり主催者の中沢宏一宮城県人会会長、植田徳良桜とイペーの会会長、ジュリアーノ・セーボ同県人会青年部長が案内のため本紙を訪れた。 初めての開催となる今回の祭りは、開催場所となるイタケーラ区(パウロ・セーザル・マッシモ区長)の意向で多くの地元企業も協賛している。 日伯それぞれの多彩な催し物が行われ、踊りをメインとした内容で太鼓、三味線なども催される。また絵画、俳句や短歌のコンクールも行われるほか、約40店舗の日本食、ブラジル食の出店やバザー、日用品なども販売される。 開催するにあたり中沢会長は「両国の伝統的祭りが一つになった。互いの文化をぜひ見に来てほしい」と語った。 会場に駐車場はなく、地下鉄の場合はイタケーラ駅下車ジョゼ・ピニェイロ・ボルジェス大通りを東側に1キロ程歩く。また専用バスがリベルダーデ区 の宮城県人会館(Rua Fagundes, 152)から運行される。地下鉄ベルゲイロ前経由で午前9時20分、同11時20分、午後1時20分、同5時20分、同7時20分に同会館を出発し往復す る。 詳細は同県人会(電話11・3209・3265)まで。 2012年6月22日付