06/03/2026

Dia: 30 de junho de 2012

ニッケイ新聞 2012年6月30日付け  リオ・デ・ジャネイロ市で20~22日に開催された国連持続可能な開発会議(リオプラス20)に出席した公益財団法人オイスカの会長・中野良子 氏の記者会見兼懇親会が23日、聖市リベルダーデ区のニッケイパレスホテルで開かれた。 リオでの会議の報告のほか、同団体が宮城県名取市で進めている 「海岸林再生プロジェクト」についての説明などが行われ、約30人の関係者が訪れた。  オイスカは本部を日本に置き、30の国と地域に組織を持つ国際NGO。主にアジア・太平洋地域で農村開発や環境保全活動を展開し、各国の人材育成にも力を入れている。  中野氏は冒頭の挨拶の中で「リオでの会議で強調してきたのが『ふるさと』というテーマ。共同体意識を高め、支えあいながら活動していくことが大切」と話した。  同会議で、再生プロジェクトについての講演を行った「名取市海岸林再生の会」の鈴木英二会長(71、同市出身)は「何から手をつけて良いかわか らないという状況の中で、最初に出した答えは、早急な海岸林の再生だった」と話し、防砂、防潮、防風などの面での重要な役割を説明。「松と私たちの生活は 共同体。海岸林が再生しないことには、生活の再建は有り得ない」と力を込めた。  同プロジェクトは昨年3月の震災によって甚大な被害を受けた東北沿岸地区の海岸林のうち、宮城県名取市周辺に100ヘクタール分となる50万本のクロマツを植樹するというもので、現在国内、海外を問わず10億円を目標とした募金活動を行っている。  会の終了後、中野氏を含む一行はファゼンダ・ド・カルモ自然公園に移動。ブラジル日本移住者協会(小山昭朗会長)とオイスカ・ブラジル総局(高木ラウル会長)の共催事業として行われている「日伯絆の森計画」の一環として約20本の白イペーの植樹を行った。  中野氏は本紙の取材に対し「日系コロニアが多くの植樹が行なっているのは素晴らしいこと。綺麗な緑があってこそ綺麗な国となる。続けて欲しい」と話し、移住者協会らの活動を評価した。
ニッケイ新聞 2012年6月29日付け 今年80周年を迎えた聖市のタボン体育文化協会(木曾光紀会長、90会員家族)が24日、同会館で『創立80周年記念祭』を盛大に開催した。歴代会長の親族やタボン学園創始者の親族らを始め、在聖日本国総領事館の成田強領事部長や聖市文協の木多喜八郎会長、県連の坂本アウグスト副会長ら約250人が駆けつけた。記念行事の一環として初の記念誌も制作中。会館に隣接するコロニア最古の日本語学校の一つ「タボン学園」の歴史も盛り込まれる。式典の挨拶で木曾会長は「先人が学園と文協の基礎を作って下さったお蔭で、我々子孫も日本人のルーツを保つことが出来た。今日は創始者の皆さんを称えたい」と話した。 1919年、初の日本人家族が同地に入植。子弟を教育する学校設立を目的に、32年文協の前身となる「タボン農會」が設立された。その後、日本政府からの資金援助で同学園が建設された。第2次大戦終了後にタボン体育文化協会と改称、現在に至る。温かい日差しが照りつける中、同学園前に設置された祭壇前で物故者慰霊祭が執り行われた。祝詞奏上では参加者らも頭を垂れて先没者に祈りを捧げ、交替で玉串を献上した。続いて日伯両国歌が響く中、両国および聖州の国旗が掲げられ、学園の入り口で記念プレートの除幕もあった。木曾会長は同文協・学園の成り立ちを説明したうえで「全ての関係者や協力者に感謝したい。先人が残した日本的な規律や価値をこれからも継承していく」と話し、「皆で頑張りましょう!」と日本語で締め括った。逝去した歴代会長の写真が見守るように並ぶ会館の後部には、壁一面に学園と文協の写真パネルが飾られた。壇上には歴代会長の親族や来賓が列席し、一人ひとりに感謝の意を込めた銀の記念プレートが授与された。今回の式典を企画し、また記念誌制作の資料集めにも尽力してきた縁の下の力持ち、宮路アリセ婦人部部長(80、二世)が代表し「80周年の歴史に輝かしい1ページを記し、これからの繁栄にも心を尽くしたい」と満面の笑顔で挨拶を述べた。最後に尾崎博士元会長が音頭を取り、記念パーティーが開幕。舞台で繰り広げられる余興を鑑賞しながら、参加者らはそれぞれブッフェと歓談で午後のひと時を楽しんだ。今回の式典には、若い世代に伝統を継承する意味も強く込められていた。同文協は学園生徒数の減少、文協役員・会員らの高齢化の進行に直面し、「若い世代に任せないと将来がない」と、今年ボーイスカウトと和太鼓グループを母体とした青年会を結成している。木曾会長は「私らの世代はここで育って、いい友人や思い出を作ってきた。そういう機会を次の世代にも繋いで行きたい。子どもたちにとって、第二の家になれば」と願いを語った。