先人の冥福とさらなる発展祈願 ブラジル日本移民104周年の記念行事として18日、サンパウロ市内では毎年恒例のサンゴンサーロ教会での慰霊ミサ、イビラプエラ公園内開拓先亡者慰霊碑前と聖市リベルダーデ区の文協記念講堂でそれぞれ仏式法要が執り行われた。各行事には、今月初めの辞令で帰国が決定している大部一秋在サンパウロ総領事をはじめ、文協、援協、県連など各日系団体関係者たちが参列。先人が築き上げてきた貢献をたたえるとともに、今後の日系社会及び伯国社会のさらなる発展を祈願した。 104年前の6月18日、第1回日本移民が移民船「笠戸丸」に乗ってサントス港に上陸した。ブラジル日系社会は今年も聖市内各地で慰霊式典を開催し、午前9時からは聖市セントロ区のサンゴンサーロ教会で「移民104周年先駆者慰霊ミサ」を開催した。 ミサには日系団体関係者や日系信者など約150人が参列。先駆者と東日本大震災の犠牲者の追悼が厳かに執り行われた。フレイ・アレシオ・ブロエリンギ神父は「今日ここには生まれや宗教の異なる人たちが感謝の心を持って集った。日本移民は104年間の間に多くのことを学んだ。新しい平和を作りましょう」と歴史を教訓とした未来への提言を行った。 また、木多喜八郎文協会長ら日系団体代表者7人が日ポ両語で開拓先没者に向けた追悼の言葉と世界平和、明日の社会を担う子どもたちへの願いを読み上げた。その後、「奉納の儀」が行われ、参列者は互いに平和のあいさつを交わし、神父がワインとパンを祭壇に供えると祭壇の前には参列者の長い列ができた。 水野龍三郎氏も来聖出席 県連(園田昭憲会長)とブラジル仏教連合会(コレイア教伯会長)共催の移民104年仏式慰霊法要が、同日午前10時半から聖市イビラプエラ公園内の開拓先没者慰霊碑前で厳修され、薄曇りの空に太陽が差す天候の中、各県人会、仏連関係者ら約80人が出席した。 コレイア教伯導師によって進行された法要では導師焼香の後、追悼の辞として園田会長が1975年に建立された開拓先亡者慰霊碑に天皇皇后両陛下をはじめ、日本の政府高官など多数の人々が参拝したことに言及。毎年恒例の同行事を「現在では欠くことのできない公式行事」と位置付けた。その上で、昨年の東日本大震災と福島第1原発事故の影響などでいまだ復興が思うように進まない状況の中、震災犠牲者とともに先人の冥福を祈った。 読経の合間に各宗派代表、大部総領事夫妻をはじめとする来賓など出席した人々の焼香の後、導師あいさつを行ったコレイア教伯氏は、37年間に及ぶ同地での仏式法要の中で先駆者の御霊(みたま)に守られてきたことへの感謝を示した。 前日の17日で89歳の誕生日を迎えたという県連相談役の中村勲さん(福岡)は、毎年同法要に20年以上にわたって出席しており、「年々、出席者が少なくなり、寂しい限り」と話していた。 パラナ州クリチバ市在住で、「移民の父」故水野龍氏の3男に当たる水野龍三郎さん(81、2世)は家族とともに16日から来聖して参加。「生前の父を覚えていることもあり、移民の日は特別の思いがある」と合掌しながら先人への思いをはせていた。 文協大法要はわずか200人 ブラジル日本文化協会(木多喜八郎会長)とブラジル仏教連盟の共催による開拓先亡者追悼大法要が午後2時から聖市リベルダーデ区の文協記念講堂で行われ、開拓先亡者の苦労をしのぶと同時にその功績をたたえ、さらに東日本大震災犠牲者の御霊を慰めた。法要の参列者は昨年(約300人)を下回る約200人にとどまり、会場のほとんどが空席となった。 法要は、婦人コーラス隊による合唱によって開会し、茶道裏千家、生け花協会、美和会、宮城会、都山流による献茶・献花・献楽が行われた。木多文協会長は追悼の辞で「開拓者は幾多の苦労を乗り越えてきた。衷心から哀悼の意を捧げたい。また東日本大震災は心のよりどころだった祖国に深い傷跡を残したが、日系社会ではともすれば希薄になりがちな日本を思う心が強まった。今後、ブラジル日系社会は祖国への継続した支援を行っていきたい」と述べた。 続いて、大部総領事は日本移民の苦闘と栄光の歴史を振り返り、これまで自身が約100都市を訪問した経験を踏まえた上で「日系社会の尊い歴史に最大の敬意と誇りを感じる」と述べ、さらなる発展を期待した。 また、水野龍三郎さんと日系4世で8歳の子どもも壇上で焼香した。 ほぼ毎年、法要に参加しているという国井精さん(76、2世)は「7、8年前までは(講堂の)通路にも人があふれていたが、今は寂しい限り。(法要の開催は)あと5年も持たないだろう。日本語学校の生徒を連れてくるなど、若い世代への刷り込みがなされていない」と現状を憂いた。...