今年4月1日パラー州ベレンに発足した北伯県人会協会(以下、北県協、山本陽三会長)は現在、事務室に非常勤の事務員を1人配置している。事務員は必要 に応じて活動しているため、会長ら役員も応対している状態だという。山本会長は「午前中だけでも常勤の事務員を配属したい」と述べた。 また北県協では、県人会が組織されていない県の出身者の現状をあまり把握できていない。そのため、人数の少ない県出身者を探して個人単位でも参加 できるような体制を整えたいとしている。山本会長は「日本などから個人に関する問い合わせがあっても、所属していなければ答えられない」と話し、個人で参 加する人は会費を割安にするとした。 同地では毎年、汎アマゾニア日伯協会(生田勇治会長)の主催で26年間続く「セマナ・ド・ジャポン(日本週間)」が開かれている。同催しは毎年9 月第2週目に行われる。10年ごとの周年時には規模を広げて行っており、期間中3万人が来場した年もあった。今年も9月10~15日までの日程で行われる 予定。 山本会長と越知恭子副会長によると、これまで同地の県人会は同催しにかかわっていなかった。だが今回は、北県協名義で参加したい考えだ。実現すれば北県協として初めての事業となる。 今回両氏が来聖した目的の一つは、同催しに向けての日本祭り視察。サンパウロに到着した12日午前に県連の園田昭憲会長を含む県連役員との懇談も実現した。 越知副会長は懇談を振り返り、「遠い北伯に北県協ができてうれしいと喜ばれた」と報告。「県連の資料を過去2年分見せてもらい、良く分かりました」と満足した様子で話した。 また、園田県連会長へ日本週間の招待状を渡した両氏は、「『ぜひ行きたい』とのことだったので、おそらく来てもらえるのでは」(山本会長)、「民族舞踊などがパラー州にはないので、必要なら派遣しても良いと言ってもらえた」(越知副会長)と笑顔を見せた。 また日本週間では、北県協に未加入の4県人会とも連携したい考えだ。山本会長は「協力してもらえるならぜひ来てほしい。そして、徐々に北県協に入ってもらえたら」と構想を話した。(つづく、鮫島由里穂記者) 2012年7月28日付
Mês: julho 2012
“Ao contrário do que muita gente pensa, a Yassuragui Home não vai fechar”. O esclarecimento foi feito...
A assessoria de imprensa da Embaixada do Japão no Brasil disse na manhã desta segunda-feira (30) que...
A equipe Sudoeste, sagrou-se campeã da 76ª Competição Intercolonial de Atletismo, evento realizado nos dias 21 e...
Tendo como destaque a presença do Dr. Carlos Eduardo Gabas, secretário executivo do Ministério de Previdência Social,...
旧聞になる。先日、県連主催で行われた第15回フェスティバル・ド・ジャポンの会場で、県連が蚤(のみ)の市と名付けて県人会が母県訪問者や県人から寄 贈され、県人会が死蔵していた様々な品物が売りに出されていた。いわゆるガラクタ市なのだが、こんなものまで売るのか、と思ったのが日本の総理大臣の色 紙。色あせ、カビまで生えているものを売りに出すとは、商魂逞しいというか、消費者を馬鹿にしているとしか思えなかった▼ だが、間部学の額入りカリグラフや南武鉄器や岩手の漆器など色々なものが並べられていた。価格も安く、間部学の作品は市価の半額程度だったのです ぐに売れると眺めていたが、最終日の午後遅くにようやく売れた。漆器も南武鉄器も最後まで売れ残っていた。漆器は、ブラジル人にプレゼントしてもいいと思 い、最後に半額以下に値切って購入した。この蚤の市を見ていて感じたのは、会場を訪れた人たちが、並んでいる品物の価値を分かっていないことだ。プラス チック製のお椀2個が10レアルも出せば購入できるのに、並んでいた漆器は100レアルの値段がつけられていた。漆器がどのようなものかを知らないブラジ ル人には「こんな高いもの」と価格だけで判断するしかないからだ▼ 「猫に小判」「豚に真珠」と言えば怒られるかもしれないが、少なくても日系人にはその価値を理解してほしいと思う。1979年、文協で絵画即売会 が開かれたことがある。文協に寄贈されたブラジル人画家や日本人画家の作品を競売したのだが、この時、日本人の有名な画家が描いた仏画が日本円に換算して 数十万円で競り落とされた。数万円から始まった競りも最後は2人の日本から進出している駐在員が競り合ったのだ。価値の分からぬ筆者はあっけに取られて見 ていた。せり落とした御仁に聞けば、「安い買い物だった」と満足げに答えたことを記憶している▼ 最近日本から来伯する人たちは100円ショップで買ったような土産しか持参しないが、かつては高価な土産を持参した。それらが今でも日系コロニアには残っている。日系団体は、死蔵しているものがあれば、蚤の市を開いて売ったらどうか。(鈴) 2012年7月28日付
【既報関連】6月20~22日にリオデジャネイロ市で開催された国際持続可能な開発会議(リオプラス20)の一環で日本政府は、東北地方の復興と魅力をアピールする「ジャパンデー」を実施。東日本大震災の影響を受けた東北4県が地域の文化や特産品を紹介した。 外務省の発表では、同20日午後5時から行われた「ジャパンイブニング」には、世界各国から300人以上が来場。東北4県の中で唯一会場に赴いた岩手県人会(千田曠曉会長)は、役員が餅つきを披露して来場者に振る舞った。 同県人会から参加したのは千田会長と照子会長夫人、多田マウロ孝則副会長の3人。千田会長らは同催しの前夜、機材を乗せたバンで聖市を出発。翌日午前4時にリオに到着した。 餅は餡、きなこ、ゴマ、砂糖しょうゆ、納豆の5種類の味で1人に2、3個ずつ提供された。また、同県のわかめを使った料理の試食も行われ、「ニカラグアの環境大臣はお代わりしていた」(千田会長)と好評を得た。 他県の秋田、福島は、地元の日本酒の試飲を行ったほか、宮城は会場内と屋外に七夕飾りを提供。同催しを振り返った千田会長は、「母県と県人会をつなぐ活動ができた」と安心した様子で報告した。 なお、外務省は今回の活動に対して7月4日、広報文化交流部の小野日子(ひかりこ)総合計画課長名義で同県人会へ礼状を交付した。礼状は、県連のウェブサイトで見ることができる。 2012年7月28日付
ニッケイ新聞 2012年7月28日付け 広島県人会の発案で昨年、イビラプエラ公園日本館で行なわれた『灯篭流し』。今年は日本ブラジル文化福祉協会と日伯社会文化統合機関 (OSCIP)が共催団体となり8月5日、同公園噴水前で『第2回灯篭流し』を実施する。来場者数予想は6千人。州のカレンダーにも登録された。 文協貴賓室で開催中の『原爆写真・ドキュメンタリー展』の開会式も兼ね、26日に同会場で記者会見が行われた。 山下譲二文協副会長、大西博巳・広島県人会会長や川添博・長崎県人会会長らが出席した。 聖州立プロフェッソーラ・エステル・ガルシア校の生徒らが牛乳パックを材料に灯ろうを制作中。来年に向けて他の公立校にも参加を呼びかけている。1千基以上の灯篭は、当日中に回収されリサイクルされる。 式典は東本願寺が執り行い、寺の鐘にあわせて周辺の教会も鳴鐘する。続いて広島に原爆が投下された時間に合わせ、午後8時15分に黙祷が行なわれる。 山下副会長は「日本人にとって世界平和の出発点は原爆体験。日系人がそれをもっと把握し、ブラジル社会に伝えることが大事。イベントが世界平和を考えるきっかけになれば」と成功を願った。詳細は次の通り。 ■ ◎『原爆写真・ドキュメンタリー展』=文協貴賓室(Rua Sao Joaquim, 381)で8月4日まで開催。午前9時~午後5時まで。灯ろう作りも行なう。 ◎『第2回灯篭流し』は8月5日午後7時から、イビラプエラ公園噴水前(Av. Pedro Alvares Cabral...
山本会長「県人会は日系社会の資産」 【既報関連】今年4月1日に発足した北伯県人会協会(以下、北県協)の山本陽三会長(77、香川)と越知恭子副会長(64、広島)が、 13~15日まで開催された日本祭りに合わせて来聖。聖市に到着した12日、堤剛太北県協事務局長(63、宮崎)の案内で本紙を訪れた。北県協の歩みと同 地の日系社会の現状、日系人の傾向について語った。(鮫島由里穂記者) 北県協には現在、同地で活動する16の県人会が所属。パラー州ベレン市にある汎アマゾニア日伯協会(生田勇治会長)会館内に事務室を設置している。 発足時は14県人会が加入していたが、6月9日に開かれた全体会議で、新たにベレン福岡県人会と愛媛県人会の2県人会の参加が決定。越知副会長は 「20(県人会)になる予定」と話し、将来的にパラー州内で活動しているすべての県人会の参加を視野に入れていることを強調した。 現時点で加盟していない県人会は、家族数が少なかったり前会長が死去したりと、それぞれに事情があるという。山本会長は「すぐにとはいかないが、加入に向けて声を掛けようと思っている」と今後について言及した。 山本会長、越知副会長の両氏によると、同地域の日本移民は農業移住者が多く、関西と四国地方の出身者は少ないという。香川出身の山本会長は「同郷の出身者も居るが主力といえる人数ではない」と話した。 同州の日系社会の規模は、サンパウロとパラナに続き3番目と言われている。県人会の中には、200人近い会員を抱える会もあるそうだ。ところが、 10年ほど前は現在より勢いのあった各県人会が近年弱体化。越知副会長は「若い人が興味を持たなくなっている」と現状を説明した。 北県協の現職役員6人は、5月7日に開かれた第1回役員会で承認された。全員1世だ。加入している県人会の会長も16人中14人が1世だという。現在、会議の使用言語は日本語だが、資料は日ポ両語のものを用意。1世の山本会長は「手間を食うね」と笑った。 越知副会長が会長を務めている北伯広島県人会では、以前こんな出来事があった。リーダー研修で訪日し、母県で1カ月間過ごした会員の青年が帰国 後、報告会を開こうと同地の日系青年に声を掛けた。すると、約10人の若者が集まり「それまで1世の年寄りばかりだった」(越知副会長)会がにぎわったと いう。 両氏は「若い人は県人会が何をしているのか分からない。だが、研修などで日本へ行った人は、また行きたがる」と口をそろえる。 山本会長は「日系団体は1世にとって大事な組織。母県はどこの県も協力しようとしている。研修生を引き受けてくれるほか、相談にも乗ってくれる。...
沖縄の歴史や文化の伝承、国境を超えた交流を目的とした第1回世界若者ウチナーンチュ大会(世界若者ウチナーンチュ連合会主催)が今月25日から29日 までの間、聖市リベルダーデ区の沖縄県人会館(Rua Dr.Tomas de Lima, 72)とジアデマ市沖縄文化センター(Rua 7 de Setembro, 1670)で行われている。 同大会にはブラジル、沖縄、ペルー、アルゼンチン、アメリカから20歳前後の約150人のウチナーンチュが参加し、ディベート大会やスポーツ大会、日系コロニア企業への訪問やのど自慢大会などが行われ、最終日には郷土祭りにも参加する。 25日の開会式では各国の代表が国旗を持って入場し、獅子舞、沖縄三味線の演奏が披露。玉元三奈美(24、沖縄)事務局長が開会のあいさつを行い、「開催できたことに各国のウチナーンチュの協力に感謝する。無事成功させて次の大会につなげたい」と抱負を述べた。 続いて沖縄県人会の与那嶺真次会長が祝辞を述べ、「沖縄の人が移民して100年を過ぎたが、若い世代に思いを引き継いでもらいたい。5日間ウチナーンチュの絆を深めて下さい」と激励した。 また、仲井眞弘多沖縄県知事から「深い絆でウチナーンチュがつながることを期待している。県側としても今後の大会発展に協力する」との祝辞が代読された。 さらに、本大会に参加できなかった台湾、イギリス、ハワイからのビデオレターが上映され、互いの絆をアピールする内容で会場が盛り上がった。 日本から大会に参加した実行委員でもある志良童(しらどう)かなささんは「日本から一番遠い国に来た感じがしない。まだ会って間もないのにウチナーンチュが家族のように感じる」と楽しそうに話した。 同大会は、昨年10月に母県で開催された第5回世界のウチナーンチュ大会で初めて開かれた「若者国際会議」により世界8カ国の代表が議論した結果、開催が決定。沖縄県からは約20人の高校、大学生が参加している。...
ニッケイ新聞 2012年7月27日付け 『第34回岐阜県農業高校生海外実習派遣団』(高﨑哲治団長)が19日に来伯、8月1日まで当地で研修を行っている。 県下農業高校5校から、日下部純平(リーダー)、島垣内祐輝、坂垣内賢哉、小澤礼弥、嶋田颯、奥谷翼、三島朱里、伊藤優希、井川拓海さんの9人が参加した。うち7人は農家出身。 将来の農業者の育成を目的に35年前に始まった。岐阜県人会が受け入れ団体。今回はピエダーデ、トゥルボランジャで農業実習を行なうほか、イタイプー発電所やイグアスの滝を見学する。伯国の後は、集約的農業の先進国、スイスとオランダを訪れる。 「食に対する安全意識を知りたい」(日下部君)、「大規模農場の栽培方法を見たい」(島垣内君)、「環境への取り組みに興味がある」(小澤君)、「放牧中心の酪農経営や管理方法を学びたい」(嶋田君)などとそれぞれの抱負を語った。 高﨑団長は「移民の皆さんとの交流を深め、絆を強めることができれば」と意欲を見せていた。
ニッケイ新聞 2012年7月27日付け 今月あった『日本祭り』で、各県人会から不用品を集めて開かれた「のみの市」では、出品された商品400以上のほとんどが売れる大盛況だった。 中には400レアルで販売されたものも。提案者の園田昭憲県連会長は「無からお金を作るとはまさにこのこと」とほくほく顔。販売された商品の9割を出品し た鹿児島県人会は、会員の年会費4人分の収益があったとか。「ぬいぐるみや箸置きも売れた」とのことなので、機会を逃した県人会は次回積極的に出品してみては。
沖縄県人会(与那嶺真次会長)主催の「ホストファミリー事業」に参加する沖縄県の学生6人と引率者2人が来伯した。24日午後7時から、聖市リベルダーデ区の沖縄県人会館会議室で歓迎会が行われた。 同事業は今回が初めてで、学生らは今月24日から8月1日まで聖市内の沖縄県人会会員の各家庭にホームステイする。また、25日から開催されている「第1回世界若者ウチナーンチュ大会」のプログラムに一部参加する予定。 歓迎会では生徒や引率者の自己紹介に続き、与那嶺会長があいさつを行った。その後、山城勇同県人会名誉会長の音頭で乾杯。沖縄県一行は迎えにきたホームステイ先の家族や関係者らと交流を深め、会場には約50人が集まった。 最年少の知花彩季さん(16)は、「ブラジルで色々な人たちと出会うのが楽しみ」と笑顔で話した。また、唯一の男子学生の大城勝吾さん(22)さんは、「移民の方々の苦労を知りたい」と意気込みを語った。 ホームステイを受け入れる県人会員の太田弘さんは同事業について「若者とつながりを作る方法として最高の手段」とうれしそうに話していた。 2012年7月26日付
ニッケイ新聞 2012年7月26日付け 世界に住む沖縄県系人の若者の交流を通じ、沖縄文化の継承、グローバルネットワークの強化などを目的とした『第1回世界若者ウチナーンチュ大 会』が25~29日まで、サンパウロで開催される。開会式が25日午前、リベルダーデ区の沖縄県人会館ホールで開かれた。世界若者ウチナーンチュ連合会 (本部・沖縄)内の実行委員会が主催。同会事務局長の玉元三奈美さん(24、うるま市)は「各国が企画に携わり、自分たちの手で作り上げた大会。まずは無 事にやり遂げ、来年のアメリカでの大会につなげたい」と意欲を語った。 昨年10月の「第5回世界のウチナーンチュ大会」期間中、各国から代表者を招いて開かれた若者国際会議で、失われつつある沖縄文化や歴史の保 存・継承に向けた7つの提言がまとめられた。本大会はその具現化に向けた取り組みとして、ブラジルでの初回開催に向け準備が進められてきた。 亜国、ボリビア、ペルー、米国、沖縄、ブラジルなどから約150人が参加。沖縄県留学研修OB会「うりずん会」が受け入れ準備にあたった。 30分遅れで始まった開会式では、各国の代表が国旗や県旗をもって一人ずつ登場、壇上に上がって声援を浴び、開会宣言が行われた。 資金繰りが困難で、一時は開催が危ぶまれたという本大会。玉元さんは挨拶で、「県民の皆さんの温かい支援で実現した。若者のネットワーク作りに向け、ブラジルで第一歩を踏み出しましょう」と呼びかけた。 与那嶺真次・県人会会長は「一緒に楽しく過ごして、強い絆を作ってほしい」と一行を歓迎。その後、今回は参加を見合わせた台湾、英国、ハワイの県系人による手紙やビデオレターが紹介され、仲井真弘多知事からの祝辞代読、最後は三線の演奏で幕を閉じた。 若者国際会議に亜国代表で参加し、今回も10人の参加者代表者として訪れたのは、瀬底ギジェルモさん(24、三世)=祖父母が那覇市出身=。 琉球國祭り太鼓の亜国支部長を務め、大会で南米各国を訪れるが、「そのたびに(ウチナーンチュとしての)アイデンティティが高まっている気がする」という。今回の大会も、「メンバーのほとんどは、国外に出るのも初めて。とても楽しみです」と嬉しそうに話した。 かつてブラジルに住む沖縄県人と沖縄県をつなぐ「民間親善大使」を務めていたという比嘉敏夫さん(84、名護市)は大会見学のためカンポ・グラ ンデから訪れた。「我々一世もこういったことを考えていたが、実現できなかった。(大会開催は)非常に嬉しいことです」と期待感をあらわにした。 ■ 26、27日は県人会で、各国のコロニアについて紹介し合うプログラム、企業や工場見学、ウチナーグチ替えのど自慢大会などが実施され、28日は聖州議会で終日国際会議、29日はジアデーマ市の沖縄文化センターで行われる郷土祭り、ミス琉装大会などを見学する。
ニッケイ新聞 2012年7月26日付け 土曜日(28日) 桜祭り、午前9時半、カンポスさくらホーム(Av. Tassaburo Yamaguchi, 2173, V. Albertina)、日曜日も ◎ 都山流尺八奏者、岳人山公演、午後2時、宮城県人会館(Rua Fagundes, 152) 日曜日(29日) 第10回YOSAKOIソーラン大会、正午、午後5時(二部制)、ヴィア・フンシャル(Rua Funchal, 65, Vila...
板垣理事長「人づくりのために」 2012年度汎米日本語教師合同研修会(ブラジル日本語センター主催、JICA後援)が、今月16日から聖市ビラ・マリアーナ区のブラジル日本語センターで行われている。同研修会は、継承日本語教育を行う汎米各国の現職日本語教師研修の場として毎年開催しているもの。16日午後5時半から開講式が行われ、各国から20人が参加した。 今回参加している日本語教師は、ブラジル12人、アルゼンチン2人、ドミニカ共和国2人、パラグアイ1人、ペルー2人、メキシコ1人の合計20人。開講式には同センターの板垣勝秀理事長、在サンパウロ日本総領事館の中山雄亮副領事、日伯文化連盟の中谷アンセルモ理事長、県連の本橋幹久副会長、国際交流基金サンパウロ日本文化センターの深野昭所長、JICAサンパウロ支所の村上ビセンテ氏などが出席した。 板垣理事長は「日本語の言葉と音が美しい、この研修を受けてそれぞれの学校での指導に大いに生かしてほしい」と研修に臨む教師らを励ました。研修は同28日まで行われている。 ◆板垣理事長、日本語教育への思いブラジル日本語センターでは、今年3月に開かれた総会で10年間理事長を務めた谷広海氏が勇退し、新たに板垣理事長が就任した。谷氏は10年間で同センターの施設整備、汎米研修の毎年実施、日本語まつりの設立、ふれあい日本の旅を実現させている。 板垣氏が新理事長に就任して約4カ月たった。同氏に日本語教育への思いについて話を聞いた。 最初に板垣理事長は「どのようなビジョンを持っているか」という本紙の質問に対し、「日本語教育は派手なことは何もない。地味な仕事をこつこつやっていくだけです」とし、「人づくりのためにやる」と総会での就任あいさつと同様の言葉で応えた。 同センターで継承日本語教育教師研修の継続が決まったことと、今後、国際交流基金と新たな関係を築いていくことについては「運営面においては過渡期にあって、非常に難しい」と重要な時期であるという認識を示したが、「日本語を教えていくことができればそれでいい」と割り切る。同時に、法人会員の獲得については同センターを運営していく上で、最重要課題であると考えている。 板垣理事長は企業に対して法人会員入会を勧めた場合、「メリットは何があるのかという反応が予想されるが、そういう視点で話をしていない」と説明。「サンパウロでは日系人が多いので日本語を話す人がいることに感謝することが少ないかもしれないが、彼らが日本語を話すのは自然と覚えたのではなく、一生懸命努力したたまもの。日系企業の従業員には日本語を話す現地採用の社員がいるはずだ。彼らを育てたのは日本語教師であり、センターであるかもしれない。そのような大きな視点で見てもらえたら」と強調する。 さらに同理事長はセンターには今後、各地の日本語学校の経営にもアドバイスできるような「経営コンサルタント的な能力も必要だと感じている」とし、「各学 校には『教育なのでお金もうけをしてはならない』といった古い考えを改めさせなければならない」と経営者らしい一面ものぞかせた。 また昨今、日本語学校の閉校や日本語教師の不足が嘆かれて久しいが、「日本語教師と学校実態調査を実施し、日本語教師の実態をつかみたい」として「日本語教師の不足した地域の相談にも乗りたい」と対応を考えている段階だ。 板垣理事長は日本語教育について「派手なことはない」と前述したが、コロニアの諸活動の根幹を支える「大きな仕事」だ。インタビューの中にもたくさんのアイデアを列挙し、笑顔で「ブラジル社会を良くするような人が育つ教育ができれば」と夢を語った。 2012年7月26日付
No dia 27 de julho próximo, parte da tradição cultural e gastronômica da ilha de Okinawa estará...
Até o dia 26 de setembro, a JICA – Agência de Cooperação Internacional do Japão estará recebendo...
新設した会場で盛大に 小泉元首相からの祝辞も 【グァタパラ発・鮫島由里穂記者】「移民のふるさと」と称される聖州グァタパラ移住地の入植50周年記念祭典が21、22日の両日、グァタパラ 農事文化体育協会(川上淳会長)会館を中心に開催された。21日に行われた先亡者慰霊祭と記念式典には、聖市のほか近隣の日系移住地などから多くの来場者 が訪れ、先亡者の霊を慰めるとともに入植半世紀の節目を盛大に祝った。 21日午前10時からモンブカ墓地で挙行された同慰霊祭は、長山アウグスチーニョ、ジョゼレー・アパレシーダ・ダ・シルバ両神父が執り行った。 司会進行を務めた高木雅治グァタパラ・カトリック信徒会会長は冒頭で、「196名の先亡者と笠戸丸移民も眠っている。心を込めてお祈りしましょう」とあいさつ。続いて参列者による讃美歌の合唱が行われた。 約200人が訪れた同慰霊祭には、小林雅彦在聖総領事館首席領事、室澤智史JICAブラジル事務所所長や日系団体の代表者も参加。雲一つない青空の下、「拓魂」と刻まれた石碑に参列者が献花や焼香を行った。 同慰霊祭の後、参加者は入植50周年記念式典が行われる同文協会館近くの会場に移動。同式典では、移住者の主な出身地である山形、茨城、長野、岡山、島根、山口、佐賀の7県の県人会長や母県からの代表者があいさつに立った。 また、園田昭憲県連会長が小泉純一郎元首相からの祝辞を代読した。2004年に来伯した小泉元首相はヘリコプターで同地の上空を移動中、地上に「歓迎 小泉首相」の文字を発見。同地を訪問する予定はなかったが、急きょ降り立ったエピソードがある。 祝辞の中で小泉元首相は、「涙を流して歓迎してくれた感動は忘れません」と当時を回想。また「農業のみならず、様々な分野で活躍している日系人の皆さんに心から敬意を表します」と日系社会への思いをつづった。 祝辞の後、第1陣入植者9人と1993年以降の歴代同文協会長、80歳以上の長寿者に表彰状が贈られた。長寿者として表彰状を受け取った中島けさ みさん(93、長野)は、夫と息子とともに第8陣入植者として62年に同地に入った。当初は稲作に従事し、次第に野菜も作り始めた。養鶏にも携わったが一 番長い間作ったのは米だったという。「長野の冬はだいぶ寒い。ここは今は寒さもあるが、あとは暑い」と同地の気候に満足している様子だった。 中島さんとともに表彰された上野千枝さんは、茶の技師だった夫を含む家族でレジストロから同地に移った。「あまりグァタパラのために働いていない」と笑ったが、仲良しの中島さんによると「教会でオルガンを弾いていた」そうだ。 同祭典が行われた屋外の会場は、今回のために新設されたもの。祭典実行委員長を兼任した川上文協会長によると、同文協の総会が開かれた今年2月の 時点で...
平成24年度外務大臣表彰受章者がこのほど、在ブラジル日本4公館から個人6人団体1団体が決定した。 受賞者は次の通り(敬称略)。 【個人】 ◆松尾治(まつお・おさむ)。73歳。聖市在住。帰化人。日伯文化連盟理事、ブラジル日本文化福祉協会副会長、ブラジル福岡県人会会長、ブラジル 日本都道府県人会連合会会長、国外就労者情報援護センター副理事長、宮坂国人財団経営審議会会長等を歴任。日伯両国の友好親善に貢献した。 ◆森口イナシオ(もりぐち・いなしお)。77歳。聖市在住。2世。サンパウロ日伯援護協会で1984年より理事に就任し、2011年4月に会長を勇退するまで27年間にわたり副会長、会長を歴任。伯国在住邦人及び日系人の福祉と医療の向上に尽力してきた。 ◆吉岡黎明(よしおか・れいめい)。75歳。聖市在住。2世。社会福祉法人救済会「憩の園」の会長に2006年に就任し、日系高齢者福祉向上に尽力した。 ◆堤剛太(つつみ・ごうた)。63歳。パラー州ベレン市在住。東京都出身。汎アマゾニア日伯協会事務局長として25年にわたり日本文化の普及、日 本語教育事業、地域社会との交流、日系社会治安対策問題などに貢献。地方日系社会とのつながりを維持し、活性化への支援を行ってきた。 ◆岡島博(おかじま・ひろし)。70歳。パラー州カスタニャール市在住。群馬県出身。胡椒生産大型農家としてアマゾン地方では広く知られた存在。 スペイン・メロン、ハワイ・マモンなどの栽培ではサンパウロへ大量に出荷し地域の振興にも貢献。北伯群馬県人会長としてベレン近郊に540ヘクタールの原 始林を購入し、「群馬の森」として環境保護活動を実行している。 ◆藤巻修允(ふじまき・ながみつ)。80歳。リオ州ノーバ・フリブルゴ市在住。新潟県出身。1956年2月から同市に単身移住し、山岳地帯で暮ら すブラジル住民などに対しボランティアで近代的営農を指導、地域住民の生活向上に貢献。76年11月には移住者の意見を取りまとめ、ノーバ・フリブルゴ日 伯文化体育協会設立に尽力。団体設立と同時に日本語学校を開設し、移住地の子供たちの日本語教育に精力的に取り組んだ。 【団体】 ◆ブラジリア国費留学生同窓会(アブラエックス)。ブラジリア連邦区。国費留学説明会及び新規留学生へのオリエンテーションを通じて、優秀な学生の日本留学促進に貢献。元国費留学生間のネットワーク構築などに尽力した。...
