06/03/2026

Dia: 11 de julho de 2012

伯国の47都道府県人会の中で唯一、県連(園田昭憲会長)に属していなかった富山県人会(市川利雄会長)は昨年、約10年ぶりに県連に復帰した。同県人 会の発足は1960年。2010年8月には県人移住100周年、県人会創立50周年、母県と聖州との友好提携25周年の記念式典を実施するなど積極的な活動を行っている。 今年は10年ぶりに日本祭りに出店するが、アリアンサ郷友会と同県人会主催の第3アリアンサ入植85周年記念式典が14日午前8時から聖州ミランドポリスの第3アリアンサ移住地会館で開催されるために多忙を極めている。 同県人会が販売するのは、すき焼き丼(12レアル)、コロッケ(4レアル)、天ぷら(4レアル)、コーヒーゼリー(3レアル)、あずきのお菓子 (3レアル)などで、出品に向け2月から練習を重ねてきたという力の入れよう。市川会長は「私は日本祭りにスタンドを出すのは初めてのことですが、10年 前に出店を経験した婦人部の会員がいるので力強い。何も心配していない」と胸を張る。 すき焼き丼は来場者の「おいしいものを少しずつ食べたい」という要望に応えて、通常より小さい器で提供し、高級料理を手軽に楽しんでもらうよう心 掛けた。また、今回の日本祭りへの出店を大変喜んだ母県からは、近年注目されている「高岡コロッケ」を提案され、同県人会でもブラジル風にアレンジしたコ ロッケを提供する。 富山県高岡市はコロッケ消費量が全国有数であることからコロッケでイメージアップを図ろうと、04年に高岡市役所の若手職員の有志が運営するホー ムページ「カラーたかおか」で紹介した。さらにホテルニューオータニ高岡が新作コロッケを作るなどして次第に盛り上がりを見せ、08年6月に高岡市、高岡 商工会議所、富山新聞社などが集まって「高岡コロッケ実行委員会」が発足。同じくコロッケで街おこしを進める龍ケ崎市(茨城県)、三島市(静岡県)ととも に「三コロ会」を結成し、交流を深めている。 また、あずきのお菓子は会員の女性がクリームとフルーツとあずきを使ったものを考案し、同県人会に提案したことがきっかけでメニューに取り入れられた。 市川会長は「会員の発案で日本とブラジルの文化が合わさってできたドッセ。とても意味があると思う」と同県人会の明るく活発なエピソードを明かした。10年ぶりの出店となる富山のスタンドは51番。日本祭りに新たな味の楽しみがまた一つ増えた。 ◎   ◎ 神奈川県文化援護協会(永田淳会長)は今年初めて日本祭りにスタンドを構え、横浜中華街にちなんだ郷土食、中華饅頭をブラジルに紹介する。...
日本の報道によると、フェスティバル・ド・ジャポンの三重県人文化援護協会のスタンドに、清水醸造(鈴鹿市)と寒紅梅酒造(津市)の日本酒が出展されるという。 これは、前田ネルソン三重県人会長が同祭に参加する日本企業を誘致しようと鈴鹿市のNPO法人・愛伝舎代表の坂本久海子さん(50)に依頼。坂本さんが様々な企業に声をかけ、清水醸造の清水慎一郎社長(54)が手を挙げた。 同社は2年前に開催されたサッカーのワールドカップ(W杯)南アフリカ大会の公認商品に、清酒「作(ざく)」が選ばれた経緯があり、2014年の 伯国大会でも販売したいと考えていたという。また、清水さんが他の蔵元に声をかけ、寒紅梅酒造も出展することになった。同県人会関係者によると坂本さんは フェスティバル・ド・ジャポンにも訪れ、ブラジル日系社会を視察する予定。 2012年7月11日付
【ベレン発】昨年、東日本大震災の影響で中止されたミス日系コンテストが7日夜、汎アマゾニア日伯協会神内講堂を会場に2年ぶりに実施された。毎年恒例の七夕祭りも今回同時開催され、二つのイベントに参集した入場者たちで協会の施設が大いににぎわっていた。 ミス日系には10人の候補者が出場し、今年度の栄冠はカスタニャール日伯文化協会推薦の岡島ラリッサ・マユミさん(17、学生)が射止めた。岡島さんは、14日にサンパウロの日本祭りで開催されるミス日系全伯大会へパラー州代表として出場する。 当日は午後5時から同協会駐車場を会場に七夕祭りが開催。会場には、特大のくす玉吹き流し30個がワイヤでつり下げられ、夜に入るとくす玉の中に 取り付けられた電球が色鮮やかに照り輝き、七夕気分を一層盛り上げていた。会場には食べ物を販売する屋台も並び、用意されたテーブル席がすぐに満席となっ ていた。 ミス日系コンテストは、午後8時から神内講堂で催された。今年のミス候補者10人は、トメアスー、カスタニャール、サンタ・イザベル、サント・ア ントニオ、アナニンデウア、タパナン、ベレンなどの各地域から出そろった。各候補者の応援団も大勢で詰め掛け、100席のテーブルと18の2階桟敷(さじ き)席もすべていっぱいの状態だった。 サンパウロから来ていたテレビタレント・ケンジの絶妙な司会でミス候補者たちが次々に登場。七夕を記念しての浴衣や華やかなドレス、水着などの衣装で舞台から花道にかけてそのプロポーション等を披露していた。 10人の審査委員による審査結果は、ミス日系に大学生で1・75センチの長身岡島さんが選考された。また、プリメイラ・プリンセーザに高校生の吉 野セシン・ナオミさん(16、パラー日系商工会議所推薦)、2位に学生の瀬口スエレンさん(20、トメアスー農業振興文化協会推薦)が入賞。瀬口さんは、 ミスの候補者間の投票で選ばれるミス・シンパチアにも選考されダブル受賞となった。 2012年7月11日付
日本文化普及貢献の10人が表彰  日系ブラジル連邦下院議員の西森ルイス氏が会長を務めている伯日議員連盟は、在ブラジル日本国大使館と共催で6月26日、ブラジリアの連邦下院 議会で移民104周年記念式典を開催した。当日は約200人が来場。式典では、日本文化の普及や促進に貢献したことが認められた日系人10人のうち、来場 した6人が表彰された。 同式典には西森下議をはじめ、大田イオランダ慶子、安部順二、高山ヒデカズ各日系下議や、三輪昭在ブラジル日本国大使、JICAブラジル事務所の室澤智史(さとし)所長らが出席した。 同式典では三輪大使、上田雅三連邦高裁判事、下本八郎元サンパウロ州議員、秋本満敏日伯農業開発株式会社副社長、嶋田巧パラナ日伯文化連合会元会長、水本エドアルド本紙会長の6人が表彰され、同連盟議員よりそれぞれ記念プレートが手渡された。 表彰者を代表して上田判事は、「伯国で貢献した我々の祖先に敬意を払うとともに、移民を受け入れてくれた伯国に感謝」とあいさつ。三輪大使は「苦労を重ね、伯国で信頼を勝ち取った日本移民は我々の誇り」と強調した。 また式典では、日伯国会議員連盟事務局長の藤村修日本国内閣官房長官から届いたメッセージも代読された。 出席した大田、安部、高山各下議はそれぞれ、「日系社会は常に発展しているが、その経緯や歴史を忘れずに子孫へと伝え、将来の日系社会をつくっていこう」と呼びかけた。 表彰を受けた嶋田氏(79、2世)は、パラナ日伯文化連合会会長などを歴任し、同地日系社会の結束に尽力。「こんな素晴らしい賞を私になんてもったいない。パラナの日系人を代表して受け取りました」と感謝を示した。 秋本氏(63、愛媛)はセラード開発などで農業に30年間携わり、近年は文協RURALの企画にも力を注いでおり、「このような機会で今までの努力が認められてうれしい」と話した。 また本紙水本会長は、「これからも日系団体と協力し、メディアの面から日本文化の普及を支えていきたい」と語った。 式典を企画した西森下議は「今回の表彰は数人に贈られたが、本当は日々の小さな活動に従事している何百万人もの日系人に贈られるべきもの」と述べ、各個人の貢献をたたえた。 式典には遠方からの出席者も多く、聖市からは園田昭憲県連会長が参列したほか、パラナ州から約50人が出席した。 団体を引き連れて参加したリーガ・パラナ日伯文化連合会の折笠力己知(りきち)会長は「これまでと違った移民の表彰が行われて良かった。パラナでも西森氏と協力して文化継承に力を入れていきたい」と意気込みを語った。 同式典は同19~28日の日本文化週間の一環で開催。式典後は文化週間の開会式も行われ、琉球国祭り太鼓の華やかな演奏が披露された。また、日本 文化週...
ニッケイ新聞 2012年7月11日付け  「美味しい野沢菜をどうぞ!」。今週末に行なわれる県連主催『日本祭り』で長野県人会(北澤重喜会長)は今年も〃郷土の味〃野沢菜を販売する。  同祭のためだけに栽培するため「1年に一度だけ楽しめる味」と評判も高い。10年以上続く恒例の収穫、漬け込み作業が9日にあった。  約400キロの野沢菜を塩漬けにし、後にピンガ、砂糖などで独自の味付けをするのが長野県人会流。  昨年は600袋を準備したが最終日にほぼ残らなかったことから、今年は800袋分を漬け込む。値段は一袋8レアル。  北澤会長は「今年は寒かったから野沢菜もよく成長した。ご飯のお供、酒のつまみに最高」と話している。同県人会の屋台は4番
ニッケイ新聞 2012年7月11日付け  群馬県人会(内山住勝会長)婦人部の部員10人が先月5日、サンパウロ日伯援護協会が経営する「あけぼのホーム」を慰問に訪れた。  婦人部の活動に長年にわたって貢献し、同ホームに約20年入居する群馬県出身の蓑毛ひろさん(99)を見舞うため、毎年実施されている定例行事。  部員の大矢みどりさんは、「まだまだ元気そうで良かった。本人だけでなくほかの人たちもとても喜んでいた」と感想を話した。  同県人会は、初代会長の石原桂造氏が救済会「憩いの園」の設立に尽力しており、援協傘下の「やすらぎホーム」設立時には福田赳夫元首相(当時は 副総理)を通じ、県人会が仲介して県から建設資金援助を得るなど福祉事業に力を入れてきた歴史がある。この慰問もその一環で、県人会の事業計画の一つとし て数年前から行われている。