06/03/2026

Dia: 19 de julho de 2012

第15回フェスティバル・ド・ジャポンは好天に恵まれ、入場者数も昨年以上だったという。郷土食祭りとして始まった時から考えると、隔世の感がある。こ こまで成長させたこれまでの県連幹部と関係者の努力に敬意を表したい。しかし、回を重ねるごとに規模を拡大してきたことは評価できるが、内容となるとマン ネリ化は避けられない。しかも、会場全体が垢抜けせず、日本の進出企業を誘致しても二の足を踏まざるを得ない▼ ここでいう「垢抜けしない」理由は、二つある。まず第一は、日系農家が生産した農産物やADESCのように日系人が作った様々な商品を販売してい るからだ。しかし、これは日系コロニアが長年培ってきた文化であり、これを否定するものではない。第二は、バザリスタと呼ばれる商店がありとあらゆる品物 を売っていることだ。このスペースが大きすぎる。毎回同祭はテーマを決めているが、テーマに沿ったブースがどれぐらいあるのか。バランスが取れていないこ とと会場を分離しないことが、入場者に雑然とした悪印象を与えている▼ しかも、CDやDVDなどを販売しているバザリスタのほとんどが海賊版(ピラッタ)の商品を扱っている。毎年、県連幹部にこのことを指摘すると、 「契約書の中に海賊版の販売を禁止するという一項があり、守るように指導している」との回答が返ってくるだけだ。本来なら、担当者が会場を巡回し、違法を 見つけたら撤去するのが当たり前だろう。企業でよく使われるコンプライアンスという言葉がある。これは、『法令遵守』と言う意味なのだが、企業はもう一段 広く捉え、『公正・適切な企業活動を通じ社会貢献を行う』と解釈している。県連も公的機関として、コンプライアンスという意識を高めなければ、「あの団体 は信用できない」と社会から信頼をなくしてしまいかねないほど重要な問題なのだ▼ 利益追求も結構だが、自らの足元が崩れるような行為はいい加減やめるべきだ。県連幹部、各県人会の会長は社会的に信用のある人たちだろう。自らの信用も失うことを知るべきだ。代表者会議の席上で、ぜひ討議してほしい。(鈴) 2012年7月18日付
富山県とのさらなる交流を  聖州ミランドポリス市管内にある第3アリアンサ移住地(富山村)入植85周年記念式典が14日、第3アリアンサ日伯文化体育協会(嶋崎清会長) 会館で開催され、内外から約400人が出席した。富山移民協会の主導により、1927年に同県農学校教諭だった松沢謙二氏(故人)ら4家族11人が草分け として入植して始まった同移住地。嶋崎会長は85年の節目の年を迎え、「開拓初期の不自由さを思えば、今は便利になった」と先人たちの歴史を振り返り、感 謝を示した。 母県からは、県議会議員の四方(よかた)正治氏、坂田光文氏、富山県会計管理者の飯田久範氏ら5人が来伯して出席。式典を前に会館から約1キロ離 れた墓地で、草分けである松沢氏の墓参を行った。また、会館敷地内の寺前で記念植樹を行った後、一行は慰霊法要及び記念式典に出席した。 午前9時過ぎから行われた慰霊法要では、東本願寺アラサツーバ駐在開教師の中島康夫氏が導師を務め、読経の合間に出席者全員が焼香を行った。 引き続き、午前10時過ぎから開かれた記念式典には富山県の来賓一行をはじめ、白石一資ノロエステ連合日伯文化協会会長、市川利雄富山県人会長、 南勇同県人会アリアンサ支部長、佐藤勲アリアンサ日伯文化体育協会会長、ジョゼ・アントニオ・ロドリゲス・ミランドポリス市長、ジョルジ・マルリー元連邦 下議らが出席した。 嶋崎会長はあいさつで、同移住地が27年8月11日に富山県から派遣された松沢氏をリーダーとする11人の先発隊が入植し原始林の開拓を行った歴 史を振り返った。また、最盛期に200あった日系家族数が現在40と減少している中で、「開拓初期の不自由さを思えば、現在はアスファルトも敷かれ、電気 や電話も通じ便利になった」と現状を説明。「小さな農業経営は今後難しくなるが、果樹栽培に活路を見つけてこれからも頑張っていきたい」と、意気込みを新 たにしていた。 佐藤アリアンサ文体協会長は、同移住地に住んでいた故八木修平氏が、入植50周年(77年)の際に富山県からの日本語教師派遣を要請したこと(78年から現在まで18人の教師が来伯)などに触れ、「言葉では表せないほど感謝している」と母県への思いを述べた。 富山県の飯田氏は、2010年の富山県人移住100周年記念式典の一環で来伯した石井隆一県知事のメッセージを代読した。同移住地について「富山...