新設した会場で盛大に 小泉元首相からの祝辞も
【グァタパラ発・鮫島由里穂記者】「移民のふるさと」と称される聖州グァタパラ移住地の入植50周年記念祭典が21、22日の両日、グァタパラ 農事文化体育協会(川上淳会長)会館を中心に開催された。21日に行われた先亡者慰霊祭と記念式典には、聖市のほか近隣の日系移住地などから多くの来場者 が訪れ、先亡者の霊を慰めるとともに入植半世紀の節目を盛大に祝った。
21日午前10時からモンブカ墓地で挙行された同慰霊祭は、長山アウグスチーニョ、ジョゼレー・アパレシーダ・ダ・シルバ両神父が執り行った。
司会進行を務めた高木雅治グァタパラ・カトリック信徒会会長は冒頭で、「196名の先亡者と笠戸丸移民も眠っている。心を込めてお祈りしましょう」とあいさつ。続いて参列者による讃美歌の合唱が行われた。
約200人が訪れた同慰霊祭には、小林雅彦在聖総領事館首席領事、室澤智史JICAブラジル事務所所長や日系団体の代表者も参加。雲一つない青空の下、「拓魂」と刻まれた石碑に参列者が献花や焼香を行った。
同慰霊祭の後、参加者は入植50周年記念式典が行われる同文協会館近くの会場に移動。同式典では、移住者の主な出身地である山形、茨城、長野、岡山、島根、山口、佐賀の7県の県人会長や母県からの代表者があいさつに立った。
また、園田昭憲県連会長が小泉純一郎元首相からの祝辞を代読した。2004年に来伯した小泉元首相はヘリコプターで同地の上空を移動中、地上に「歓迎 小泉首相」の文字を発見。同地を訪問する予定はなかったが、急きょ降り立ったエピソードがある。
祝辞の中で小泉元首相は、「涙を流して歓迎してくれた感動は忘れません」と当時を回想。また「農業のみならず、様々な分野で活躍している日系人の皆さんに心から敬意を表します」と日系社会への思いをつづった。
祝辞の後、第1陣入植者9人と1993年以降の歴代同文協会長、80歳以上の長寿者に表彰状が贈られた。長寿者として表彰状を受け取った中島けさ みさん(93、長野)は、夫と息子とともに第8陣入植者として62年に同地に入った。当初は稲作に従事し、次第に野菜も作り始めた。養鶏にも携わったが一 番長い間作ったのは米だったという。「長野の冬はだいぶ寒い。ここは今は寒さもあるが、あとは暑い」と同地の気候に満足している様子だった。
中島さんとともに表彰された上野千枝さんは、茶の技師だった夫を含む家族でレジストロから同地に移った。「あまりグァタパラのために働いていない」と笑ったが、仲良しの中島さんによると「教会でオルガンを弾いていた」そうだ。
同祭典が行われた屋外の会場は、今回のために新設されたもの。祭典実行委員長を兼任した川上文協会長によると、同文協の総会が開かれた今年2月の 時点で は、50周年に向けた目立った活動はなかった。しかし、その後「資金面の協力者ができた」ため、式典会場をコンクリートで舗装するなどの工事に取り掛かっ た。
屋外に新設された屋根は、当初予定されていた高さでは「舞台からの見栄えが良くなかった」(川上文協会長)。そのため、直前に高さを1メートル上げることに決定。新しく完成した会場で無事に式典当日を迎えることができた。
前回まで入植記念式典を行っていた同文協会館は、今回昼食会場として使用。各地からの来場者を収容できるよう机を新調したほか、椅子を買い足し た。会場 では400人以上が婦人会(高木みよ子会長)の作る日本食を中心とした食事を求めて列を作った。来場者は料理に舌鼓を打ちながら歓談を楽しんでいた。
2012年7月25日付
