06/03/2026

Dia: 10 de agosto de 2012

長崎に原爆が投下された日に合わせ、長崎県人会(川添博会長)はブラジル被爆者平和協会(森田隆会長)と共に原爆慰霊追悼ミサを9日午前11時から聖市内のサンゴンサーロ教会で開催し、参列した50人は荘厳な雰囲気の中、原爆犠牲者に祈りを捧げた。 同教会の久次マリオ神父が「戦争は人の心を狂わせる。平和を築こうとするには心の中の平穏が大切になる。憎しみを愛に変えていくことが大切だ」と説いた。 また、この日は長崎市と姉妹都市関係にあるサントス市の日本人会(土井セルジオ会長)とサントス市役所が共催する毎年恒例の慰霊追悼ミサが、移民上陸記念像があるサントス市ロベルト・サンチーニ公園で行われ、人々が祈りを捧げた。今年、長崎市とサントス市は姉妹都市締結40周年に当たり、28日には長崎市から田上富久市長や少年サッカーチームなどが同市を訪問。サントスFCのジュニアユースと交流試合を行うなどして交流を深める。 そのため、サントスFCでは長崎に原爆が投下された時間に合わせた8日午後11時2分(ブラジル時間)、公式にフェイスブックを通じて長崎市に対するメッセージを日ポ両語で掲載。9日午後2時現在、1000人以上がコメントを寄せたり、賛同の意を示すなどしている。なお、同クラブが公式に原爆追悼のメッセージを出したのは今回が初めて。 掲載された日本語メッセージ全文は次の通り(原文ママ)。 「サントスFCは、本日8月9日が、我々の親愛なる人々にとって、そして全人類にとって特別な日であることを憶えます。すなわち67年前、サントス市の姉妹都市である長崎市に原子爆弾が投下された日です。6日の広島と併せてこの悲劇の犠牲となった全ての人々に謹んで哀悼の意を示すとともに、今もその影響下にある全ての人々へ心からの祈りを捧げます。平和の実現に向けて弛まぬ努力を続けてこられた長崎市の人々に倣って、我々もサッカーを通じて平和の喜びをより多くのファンと分かち合えるクラブを目指していきたいと思います。今月末に、長崎市中学生選抜をサントスに迎え、サントスFCジュニアユースとの交流戦が持たれます。サッカーファミリーとして、地球の反対側から訪れる平和の使者を全チームを挙げて歓迎いたします。祈りをこめて。サントスFC」。 2012年8月10日付
ニッケイ新聞 2012年8月10日付け 『ブラジル琉球舞踊協会創立20周年記念祝賀芸能祭』が5日午後、沖縄県人会館で開かれ、約800人の来場者で会場は熱気にあふれた。ブラジル琉球舞踊協会(知花千恵子会長、会員約400人)傘下の4流派、玉城流・玉扇会、小太郎会、てだの会、琉舞・華の会ほか、エイサーや太鼓グループも参加し、花を添えた。知花会長は「会員やその家族、実行委のご尽力で今日を迎えた。感謝の気持ちで胸が一杯」と満面の笑みを見せた。 1992年、故浦崎直秀、金城節子、具志堅シゲ子、具志堅洋子、古我知ゆり子、知花千恵子の6師範により、琉球舞踊研究会(後に改称)として発足した。創立目的にある琉舞の保存と研究、後継者の育成のほか、ハワイ公演、沖縄でもウチナーンチュ大会、本土復帰30周年記念公演で舞台を踏んできた。式典で城間和枝実行委員長は「遥か故郷を思う唄や三線にのせた舞踊に心を癒し伝統を守ってきた」と先人の苦労を振り返り「ブラジルに琉球舞踊の大輪の花を咲かせたい」と決意を語った。沖縄からは仲井眞弘多知事、「てだの会」の玉城千枝家元、「太圭華の会」の佐藤太圭子家元、沖縄ブラジル協会の西原篤一会長の祝辞もあった。創立功労者として、前述の6師範が表彰され、3代目会長(2005~10)の城間和枝さんに功労賞、石川スエ(故人)、栄野川ミヨ子、島袋順子さんに感謝状が送られた。琉球古典音楽の合奏で荘厳に開幕、会場を飽きさせない45演目が休憩を挟んで披露され、子供たちの可愛らしい舞台には温かい拍手が送られ、師範らの年季の入った貫禄の踊りにはため息が漏れていた。8歳で琉球舞踊を始めた玉城ルシアーナさん(23、三世)=サントス在住=は「同好の士が集まって嬉しい」と舞台の興奮が冷め遣らない様子で話す。「コロニアのイベントで沖縄はすごいと思っていた」と来場の理由を話す上村紀子さん(70、二世)も満足の笑顔。「若い時は仕事ばかり。踊りを初めたのは70歳から」と話す松堂初子さん(74、嘉手納町)=スザノ在住=は「若い世代が頑張っていてすごい。ウチナーグチも分からないのに…感心するし頼もしい」と目を細めた。