06/03/2026

Mês: agosto 2012

イビラプエラ公園に800人 ブラジル日本文化福祉協会(木多喜八郎会長)と日伯文化社会統合機構(西尾ロベルト会長)主催の「第2回灯籠(とうろう)流し 命の尊さを思い、世界人類の平和を願って」が5日夜、聖市イビラプエラ公園内のフォンテ・ムルチミディアで行われた。今回、流された灯籠の数は昨年をはるかに上回る1945基(原爆が投下された年)。参加者により平和を込めて流され、夜の湖上を彩った。 今年の灯籠流しは昨年より全体的な規模を大幅に拡大し、天候不良にもかかわらず、約800人の参加者が足を運んだ。 午後7時から式典が始まり、長崎県人会の川添博会長はあいさつの中で「長崎が最後の原爆被爆地であることを願っている」と話し、ブラジル被爆者平和協会の森田隆会長は、「この世に核兵器がなくなるように平和を訴えている」と強調した。 引き続き、日本から来伯中の歌手、中平マリコさんが舞台で歌を独唱し、ブラジル太鼓協会による和太鼓と尺八の演奏が披露された。 午後8時からは、南米本願寺ブラジル別院(東本願寺)の菊池顕正開教監督と泉原秀僧侶により慰霊法要が行われ、参加した関係者らは白い菊の花を献花し両手を合わせた。 広島市での平和記念式典黙とう時刻に合わせて、午後8時15分にはサンパウロでも黙とうが行われ、菊池開教監督によって平和の鐘が3回鳴らされた。 続いて、尺八奏者のシェン・リベイロさん(52)の演奏が行われる中、参加者は灯籠を流した。 午後8時半ごろからは、池の中央の噴水で作る水のカーテンに映像を映し出す「フォンテ・ムルチミディア」を使い、このイベントのために制作されたドリジョ・エンリッケ監督(47)の平和への祈りを込めた23分間の映像が流され、放送後、観客から拍手が起きた。 家族と初めて参加したという非日系のパトリシア・マルケスさん(24)は、「原爆のことを皆が知らなければならない」と話し、友人と共に来場したアンデルソンさん(28)も「平和を願うために来ました」と語るなど世界平和の大切さを実感していた様子。 昨年に続き同イベントの実行委員長を務めた森本直美さん(36)は「完璧です。午後7時前に雨がやんで良かった。でも来年は、もっと日系人の方々に参加協力してもらい、さらに規模を大きくしたい」と来年の意気込みを示していた。 2012年8月9日付
ニッケイ新聞 2012年8月9日付け 土曜日(11日) 焼きそば祭り・カラオケダンス、午前11時、ヴィラ・モラエス文協(Av. do Cursino, 3331)◎書海誌友書道・華道展覧会、午前9時、静岡県人会館(Rua Vergueiro, 193)。日曜日も◎写真家・仁尾帯刀個展、午前10時、マリアアントニア大学センター(Rua Maria Antonia, 258, Vila Buarque)、日曜日も◎倫理の会・新原隆一氏講演会、午後2時、ブラジル日本語センター(Rua Manuel da Paiva, 45,...
記念体育館の落成式も挙行 西川知事ら母県から慶祝団が参列 宮本由太郎元福井県人会会長が日本移民50周年の記念事業としてブラジルに「福井村」を建設しようと発案し、母県とともに移住振興会社(現・国際協力機構)が建設したサンミゲル・アルカンジョ市のコロニア・ピニャール―。同村は1962年12月に3家族14人が初めて同地に入植し、開拓営農を始めてから今年で50年を迎えた。コロニア・ピニャール文化体育協会(西川修治会長)は入植50周年を記念した式典(山下治実行委員長)を5日午前9時から同村内の文化センター・ホールで開催し、式典には母県から西川一誠知事をはじめ、県議、県農協五連、県経済団体連合会、日伯友好協会などの代表者らが来伯して参列した。また、この日は母県からの援助によって建設していた約1100平方メートルの敷地面積を持つ50周年記念体育館の落成式も行われ、同体育館で祝賀会が行われた。さらには、50周年記念誌(徳久俊行編集長)も刊行され、参列者に配布された。 【なせば成る。なさねば成らぬ何事も】記念式典に先立ち午前9時から高橋健治導師による先没者慰霊法要が挙行され、コロニア・ピニャールにゆかりのある約300人の参列者が、同地に眠る65人の霊に花を手向け冥福を祈った。 日伯両国国歌斉唱後、山下実行委員長は「コロニア・ピニャールは福井県、農協、南伯、JICAの協力があってできた村で、我々に理想郷建設への夢と希望を与えてくれた。数ある日系移住地のモデルだ」と話し、「なせば成る。なさねば成らぬ何事も。成らぬは人のなさぬなりけり」と上杉鷹山の格言で絞めくくると万雷の拍手が会場に鳴り響いた。 これを受けて西川知事も「福井は日本一幸せな県と言われている。これからも福井とピニャールの関係を発展させて、友好を深めていきたい」とあいさつし、両者の変わらぬ関係を強調した。 このほか、壇上に上がった多くの来賓を代表して、サンパウロ日本国総領事館の星野元宏総領事代理、福井県議会の松井拓夫副議長、福井県農協五連の山田俊臣会長、福井県経済団体連合会の川田達男会長、JICAブラジルの室沢智史所長、福井県日伯議員連盟の前田康博会長、日伯援護協会の菊地義治会長、聖南西文化体育連盟の山村敏明会長、サンミゲル・アルカンジョ市のアントニオ・セウソ・モシーン市長、安部順二連邦下院議員があいさつし、50周年という大きなる1日を祝った。 【たのしみは朝おきいでて昨日まで無かりし花の咲ける見る時】このうち、福井県経団連の川田会長は福井市出身の歌人、橘曙覧(たちばなのあけみ)の歌「たのしみは朝おきいでて昨日まで無かりし花の咲ける見る時」を紹介し、「これからも互いに昨日までなかった花を咲かせていきましょう」と笑顔を見せた。 このあと、壇上では福井県知事、県議会議長、福井県農協五連、福井県経団連、日伯友好協会から協力金と祝儀が同村に対して贈られた。さらに西川知事や安部議員、セウソモシン市長、西川ピニャール文協会長から感謝状が多くの人に対して贈られた。 【50年は通過点。さらなる交流を約束】式典の最後に徳久俊行ピニャール文協副会長が「50年は通過点。さらなる交流を約束」と力強く宣言すると、涙を浮かべる高齢者の姿もあった。 記念植樹に続いて行われた50周年記念体育館の落成式では、日伯両国の来賓がテープカットを行い、参列者は真新しい体育館を見渡しながら足を踏み入れて いた。福井県は小中学生の体力が全国トップクラスにあり、同村でも体育館の完成によって子どもたちの体力向上へ期待が持たれている。体育館で行われた祝賀 会では同村日本語モデル校の生徒と婦人会による合唱や太鼓部「飛翔」33人による太鼓演奏が行われ会場を湧かせた。 2012年8月7日付
ニッケイ新聞 2012年8月7日付け ピニャール移住地入植50周年式典が5日、サンミゲル・アルカンジョ市内のコロニア・ピニャール文化センターで開かれた。西川一誠・福井県知事を始めとする慶祝団21人が来伯したほか、在聖日本国総領事館の星野元宏領事、同市のアントニオ・セウソ・モシン市長、安部順二連邦下院議員ら来賓を含む約400人が出席した。式典後には記念事業の一環として建設された体育館の落成式が行われ、盛大に祝賀会も催された。 先亡者慰霊法要後、午前10時から式典が始まった。コロニア・ピニャール文化体育協会の西川修治会長による開会宣言、日伯両国国歌が斉唱された。50周年記念事業委員会の山下治委員長の挨拶では、移住地開設の経緯とともに、創設・発展に携わった関係者への感謝の言葉が述べられた。記念事業の一環として建設された体育館については「五輪に出場できるような人材の輩出を夢見ながら活用していきたい」と話し、会場を沸かせた。今回が初めての同移住地への訪問となった西川知事は「福井県民を代表して、幾多の試練を乗り越え、今日の伯国社会の礎を築いてきた先駆者に、心から感謝と敬意を表します。今後も福井県とコロニア・ピニャールとの関係を着実に発展させ、日本とブラジルとの友好交流に寄与していきたい」と話した。来賓各人からの祝辞が述べられた後には、日本側の慶祝団とブラジル側双方からの感謝状の授与と、慶祝団への記念品の贈呈もあった。続いて参列者は揃って体育館の前に移動し、記念植樹並びに落成式が行われた。7本の杉とコッケイロの木が植えられた後に、真新しい体育館の戸が開けられ、西川知事らによってテープカットがなされると、参列者の間から大きな拍手と歓声が上がった。体育館で開かれた祝賀会では、同移住地日本語学校の和太鼓グループによる演奏や、同校生徒らによる合唱曲などの余興が披露され、午後3時頃まで賑やかに会食が行われた。1962年に第一期移民として同移住地に入った織田真由美さん(76、福井)は「あっという間の50年だった。これからも生涯現役で、死ぬまで頑張りたい」と笑顔で話した。
ニッケイ新聞 2012年8月4日付け 【既報関連】先月25~29日にサンパウロで開催された「第1回世界若者ウチナーンチュ大会」は28日夜、沖縄県人会館ホールで賑やかに閉会した。同日、聖州議会で世界7カ国約150人が参加して若者国際会議が開かれ、ウチナーネットワークの持続的活用やウチナーグチの普及などをテーマに6時間にわたって議論。閉会式ではそこで合意された「若者宣言」が採択され、各国の代表者が3カ国語で読み上げた。宣言書は一行が帰国後、仲井真弘多知事、野田佳彦首相、国際連合に提出される予定だ。 「成功に終わった」―。世界若者ウチナーンチュ連合会沖縄本部副代表の津嘉山エリカさん(29、ボリビア生まれ)=沖縄市在住=はこう安堵の声を漏らしたが、同時に今後の課題も浮き彫りになったよう。沖縄とブラジル以外の出身者から「自分達も準備に関わりたかった」という声があったり、最終的にはまとまったものの言語の違いもあり会議では意見が合わず、統一が困難だった。今大会では日本語とスペイン語を共通言語に設定したが、ブラジルからの参加者が50人以上と多数を占めたため、ポルトガル語に変わる場面が多々あった。そのため、ゆくゆくはウチナーグチを共通言語にしたい考えだという。本大会のサポート役として来伯した琉球大学「産学官連携推進機構」特命准教授、宮里大八さん(38、国頭郡本部町)は、連合会発足当時からアドバイザーを務める。「これだけ人が集まって、とにかく開催できてよかった。これからがスタート。自分達の力でできたという自信で、新たな試みが生まれれば」と期待を込めた。「南米の若者が自分達のルーツを再確認し、沖縄本部のメンバーも何らかの気づきを得たと思う」。同じような考えを持つ若者が5日間ともに過ごし、様々な交流をしたことは互いにとってよかったはず、と宮里さんはみる。夕食後、最後は各国代表者が一人ひとり挨拶し、大会3日目に行われた「ウチナーグチのど自慢大会」で優勝したペルーのメンバーが「島唄」を披露。全員がカチャーシーを踊った。 ■ 「若者宣言」の内容は次の通り。(1)県費留学生・市町村研修生のサポート体制を各国と沖縄が創る。(2)世界のウチナーンチュの情報データベースをつくる。(3)次回の世界若者ウチナーンチュ大会はアメリカ合衆国で開催する。(4)若者がウチナーグチの勉強に興味を持てる場を提供する。(5)教師派遣再開に向け海外県人会からのサポートを引き続き要請する。(6)若者に沖縄文化への興味を持たせるため世代間の交流の機会を提供する。
ブラジル宮城県人会(中沢宏一会長)主催の都山流尺八、岳人山(がくじんざん)師範による演奏会が7月28日午後2時から同4時まで聖市リベルダーデ区の同県人会館サロンで催され、当日は尺八愛好家など約100人の来場があった。 同演奏会は2部構成で進行し、第1部では都山流尺八ブラジル支部による演奏や、正絃社美和会による琴の演奏、コーラス大刀ミリアングループの合唱や民謡、踊りなどが演じられた。第2部で同師範による演奏が行われ、会場を訪れた人は独特な尺八の音色に聴き入っていた。 また演奏会前の同日午前10時から尺八の講習会も行われ、尺八ブラジル支部の会員や愛好家、約50人が参加した。 演奏を終えた同師範は「日系の人たちは人生を謳歌(おうか)していて愛嬌がある。また演奏する機会があればぜひ訪れたい」と笑顔で語った。 同師範は国内外で年間200回以上の演奏会を行っており、愛媛大学教育学部非常勤講師やCM音楽の提供なども行い、過去には演歌歌手の石川さゆり氏と共演したほか、上海万博でも演奏している。 2012年8月4日付
ニッケイ新聞 2012年8月2日付け ■今週末の催し 土曜日(4日) 桜祭り、午前9時半、カンポスさくらホーム(Av. Tassaburo Yamaguchi, 2173, V. Albertina)、日曜日も◎桜祭り、午前10時、カルモ公園(Av. Afonso de Sampaio e Souza, 951, Itaquera)。日曜日も◎子ども図画展覧会、終日、文協ビル内日系美術館(Rua Sao...
ニッケイ新聞 2012年8月1日付け 先月末に行われた『第34回サンパウロ仙台七夕祭り 文芸コンクール』の入賞者発表会が、3日午後6時から宮城県人会館(Rua Fagundes, 152)で行われる。入賞者は次の通り。 【俳句の部】特選=栃沢秋穂、鈴木文子、佐藤孝子。秀逸=古賀マリア、藤田朝日子、猪野ミツエ、青柳マス、中沢宏一。佳作=浜田すみえ、菊池信子、猪野ミツエ、杉本紘一、纐纈みつえ、浜田一穴、青柳マス。【短歌の部】寺田芳子、栃沢千秋、西田はるの。秀逸=鈴木文子。【ポ語の部】1位=ネイデ・ローシャ・ポルトガル、2位=フケ・マスミ・イレーネ、3位=サトウ・ユミ・ダニエラ(敬称略)。
ニッケイ新聞 2012年8月1日付け 宮城県人会で3日に開かれる『サンパウロ仙台七夕祭り 文芸コンクール』の入賞者発表会だが、同県人会の中沢宏一会長によれば、応募者の連絡先を必須記入事項としていなかったため、入賞者に直接発表会についてのお知らせが出来ないのだとか。つまり本日の記事を見逃した入賞者は、自分が賞をとったことも会があることもわからないということだ。募集を計画する段階で当然気が付くことだと思うのだが…。 ◎ 先月26日付7面の「若者ウチナーンチュが集結!」記事中紹介した、カンポ・グランデ在住の比嘉敏夫さん。「かつてブラジルに住む沖縄県人と沖縄県をつなぐ民間親善大使を務めていた」と記載したが、ご本人から「現在も民間大使」との指摘があった。1990年8月、第1回世界のウチナーンチュ大会の開催を機に県が「ウチナー民間大使制度」を創設し、496人を認証。2004年度から定員や任期を廃止し、主に海外で活躍し、沖縄との交流の架け橋となりうる人を随時認証するという新たな制度に移行している。ちなみに、沖縄県のHPによれば沖縄県人会の与那嶺真次会長や島袋安雄副会長も民間大使だ。
北伯地方では、静岡出身の日本人が始めたスーパーマーケットがチェーン展開している。店名は日本名だが、店内で働く従業員に日系人らしい人は見当たらない。 パラー州ベレンに今年発足した北伯県人会協会の山本陽三会長と越知恭子副会長によると、「シェッフェ(主任)クラスなら日系人も居るだろうが、従業員的な仕事に携わる人は少なく、労働者として働く人は居ない」。同スーパーに限らず、どこの会社でも同様のことが言えるという。 同地は他の日系移住地にも見られるように、1世の親は子どもの教育に力を入れたそうだ。ほとんどの日系人が大学に進学。両氏は「学歴が高校までという人は少ないね」と顔を見合わせた。 越知副会長によると、以前は医者や建築技師、会計士、歯科医など「すぐお金になる職業」に就く日系人が多かったが、ここ20年は職業の多様化が進んでいる。近年はコンピューター関連の業種に従事する人も多くみられるほか、連邦大学の総長を務める日系人もいるそうだ。 また、最近の傾向として公務員が増えてきているという。越知副会長は「5年ほど前まで日系人の警察官はまったく居なかったが、最近その分野の人も見かける」と話す。 ただ政治面には弱く、パラー州には現役の日系市長が3人居るが、両氏は「もっと出てほしい」と感じている。 同地で日本語教育に携わっている越知副会長は、「アマゾンでは日系人に対する信用がものすごくある」と強調。非日系の保護者が「日系人が経営しているから預ける」と、子どもを日本語学校に通わせる例もあるほどで、日本文化も受け入れられているという。 以前行われた日本語学校の文化祭を参観した母親からは「すごく良かった。誇りに思う」と称賛の声が上がったそうだ。 また、日本語を学ぶ生徒の中には「絶対日本へ行きたい」と留学を目標に日本語学習に励む人も少なくない。教師らは複数の機関が実施している訪日事業や研修を紹介し、生徒を後押ししている。 そういった背景がある同地で発足した北伯県人会協会。県人会の発展と存続を掲げる同団体が、同地の日系人や地域とどのように連帯を図っていくのか、今後の動向に注目したい。(おわり、鮫島由里穂記者) 2012年7月31日付
日本祭りの関連イベントとして29日、「第1回日伯ロードレース&ジョッキング」(主催=県連、園田昭憲会長)が聖市内の特設コースで開催され、秋晴れに恵まれた空の下、約1500人のランナーがさわやかな汗を流した。 これは、104年目を迎えた日系社会をブラジルに対してアピールするために実施したもので、今年が初めての試みとなる。「MACPlan」社が県 連に企画を持ち込み採用された。大会はセー歴史地区、リベルダーデ駅周辺を回る3キロ、5キロ、10キロの3コースが用意され、各県人会からも若者や高齢 者が参加した。 非日系の参加者も多く、友人らとそろいの日の丸の鉢巻きを締めて走るなど、ジョギングを楽しんでいた。大会に参加した女性は「完走できて良かった。普段は車が走っている大通りの真ん中を走ると、景色も違って気持ちがいい」と息を弾ませながら話していた。 この日、スタートの合図となるホーンを鳴らした園田会長は「非常に評判が良かった。できれば来年も開催できればいいが、まだ未定だ」と話していた。 2012年7月31日付