06/03/2026

Mês: setembro 2012

ブラジル鳥取県人会(本橋幹久会長)は今年、県人会創立60周年を迎え、11月18日午前10時から記念式典を聖市ミランドポリス区のブラジル鳥取交流センター(Rua Dona Cesaria Fagundes, 323)で開催する。式典には、母県から竹内功鳥取市長、野坂康夫米子市長など慶祝団が来伯して開催される。 また、60周年記念行事として聖市のサンパウロ州環境局森林院の森林公園内(Av.luis Carlos Gentile de Laet, 553)に「サンパウロ・鳥取友好の森」を設ける。同プロジェクトは、「マタ・アトランチカ(ブラジル大西洋海岸林)」の代表的な樹木60品種を約200本植樹して管理していくもので、同県のシンボルである麒麟(きりん)の像も合わせて設置するという。 本紙を訪れた本橋会長、山添源二、末永正の両副会長は「管理費として1本100レアルの募金を募っています。どうかみなさんよろしくお願いします」とプロジェクトへの理解を求めた。 このほか、同県人会では60周年に合わせて交流センターの改築を進めており、防火設備と会館前面の美化を行う。今後は、台所や日本語教室などの改築もできればと考えているという。 なお、同県人会は1952年に鳥取市大火災で募金活動を行った際、互いが故郷に思いを馳せることで芽生えた絆が基になって設立された。 2012年9月28日付
29日(土曜日)◎写真展「私のおじいちゃん、おばあちゃん」入賞者表彰式は、午前10時から聖市リベルダーデ区の文協貴賓室(Rua São Joaquim, 381)で。展示は30日も。◎ブラジル数独大会は、午前10時から聖市リベルダーデ区の宮城県人会館(Rua Fagundes, 152)で。◎第3回聖南日本祭りは、午前10時から聖市サント・アマーロ区のエレトロパウロ・クラブ(Av. Atlantica 3000 ,Rua Peixe Vivo, 155)で。30日も。◎写真家、仁尾帯刀さんの写真展は、午前10時から聖市コンソラソン区のサンパウロ総合大学マリア・アントニア分校(Rua Maria Antônia, 258)で。30日も。◎第14回日伯交流児童画展は、午前11時から聖市リベルダーデ区の文協別館展示室で。30日も。◎第34回緑の祭典は午前11時半から聖州イタクアケセツーバ市の希望の家福祉協会の施設(Trav. Hideharu Yamazaki...
13日より着任している福嶌教輝在サンパウロ日本国総領事の歓迎夕食会が、日系33団体の共催により24日午後7時30分より聖市リベルダーデ区の文協ビル2階貴賓室で行われた。 同会には日系コロニアの関係者を中心に約180人が参加。最大200人が収容できる貴賓室は、そのほとんどが同関係者で埋まった。壇上に上がったのは福嶌総領事をはじめ、木多喜八郎文協会長、菊地義治援協会長、園田昭憲県連会長、近藤正樹商工会議所会頭、中谷アンセルモ日文連会長ほか合わせて10人。司会は山田康夫県連副会長が務めた。 歓迎会では木多文協会長が「アルゼンチンやイタリア、スペインなどラテン諸国での経験が豊富な総領事を迎えることができ、うれしく思う。ようこそ聖市へ」と歓迎の辞を述べた。 その後、福嶌総領事は「これから在サンパウロ総領事館で働くことができ本当に光栄。着伯した翌日にはイビラプエラ公園の先没者追悼慰霊碑を参拝し、日本移民の先輩方の不屈の精神を感じた。躍動していく力強さや未来、そして根付いた様々な日本文化をこの地では感じることができる。任期中にはできる限り多くの団体を各地に訪ね、話を伺いたい。また、今後より強固な日伯関係を築くべく、まい進したい」と日ポ両語でスピーチを行い、会場から盛大な拍手を受けた。 歓迎会の後に催された懇談会にも引き続き、多くの関係者が出席。乾杯の音頭の後、福嶌総領事とのあいさつを求める人の列が続き、総領事への期待と人気の高さがうかがえた。 2012年9月27日付
前回書いたように県連、県人会は中長期的な展望を持ち合わせていない。このため、活動も事業もマンネリ化しやすい。県連、県人会は日系諸団体の中で最も日本とのパイプが太い。こう考えると、自らの活動を両国の交流という点に絞って独自性が発揮できる。2年後のサッカーW杯、2016年のリオ五輪、そして、まだ決まっていないが20年に立候補を予定している聖市の万国博覧会と数年おきに大きなイベントを控えている。これらのイベントは県連、県人会発展の起爆剤になり得るのだが、直前になって慌てふためいても何もできないだろう。今から、準備しなければ間に合わないのだ▼ こうした催し物を自らの事業なり活動に絡めようと考えている県人会長は何人いるのだろうか。W杯に日本の出場が決まれば、かなりの観客が来伯する。これにどのように対応するのか。また、日本チームの事前の合宿地もあるだろう。来伯した人たちが困った時に受け皿になれるのか、青年部の人たちを通訳ボランティアとして配置できるのか、など手伝うことはいくらでもある。日ごろ、「海外最大の日系社会」と喧伝しておきながら、日本人が大挙して来た時に何もできなかったとしたら恥ずかしい話ではないか。リオ五輪にしてもそうだ。競技種目によって事前にブラジル国内で練習を重ね、調整する。その時に、ブラジル各地の日系団体が引き受けることを考えなければいけないだろう。それが日系コロニアの役割だ。無料で奉仕することばかりではない。しかるべき費用を日本側に負担してもらうよう働きかければいいのだが、今の体制では日本側から相手にされないだろう▼ 1週間ほど前、県連を含む日系主要5団体はカサビ聖市長に20年万博開催都市立候補への支援宣誓書を提出した。その中に聖市の立候補には日系コロニアを挙げ支援を行うことが記載されている。5団体の中で県連は何を担うのか。何ができるのか。今の県連にはアイデアはないだろう。「まだ8年ある」ととらえるのか、「8年しかない」ととらえるのか、意見が分かれるところだが、これまでの県連の活動を見ている限り、期待するのは無理だろう。目先のことだけにとらわれると、夢が持てなくなる。夢を持ち、その実現に向けて活動する行動力を発揮できるのは若い人たちだ。ロードレースにうつつを抜かす暇があるのなら、将来を描ける人を探すべきだ。(おわり、鈴) 2012年9月27日付
ニッケイ新聞 2012年9月25日付け 【パラー州ベレン発】汎アマゾニア日伯協会(生田勇治会長)は10日から5日間にわたり、同協会内で恒例の『日本週間』を開催した。83回目の「アマゾン日本人移民の日」(9月16日)を祝ったもの。終日、日本料理・習字・生け花・琴・折り紙・日本舞踊等のミニ講座とワークショップが開かれたほか、ベレン総領事館提供による日本映画「がんばっぺ フラガール」「ロック~わんこの島」などの上映会もあった。また、認知度の低い同移民の日の周知徹底を図るため、同協会は会場内に法令を掲示。4月に発足した北伯県人会協会(山本陽三会長、16道・県が参加)の存在も広く知らせるため、県の郷土食販売やパンフレット配布を行なった。14日は『アマゾン日本人移民83周年記念式典』も開催され、沼田行雄ベレン総領事夫妻、大岩玲首席領事夫妻、山田フェルナンド商工会議所会頭、ヴェネッサ・ヴァスコンセーロス市会議員や園田昭憲・県連会長をはじめ、約2千人が出席した。日伯両国歌斉唱と先亡者に向けた1分間の黙祷を行い、生田勇治会長と各来賓の挨拶の後、琴・太鼓・日本舞踊・剣道等アトラクションが披露された。最終日は、同協会前を通るクアトールゼ・デ・アブリル通りを閉鎖し、盆踊りやヨサコイソーランなど催しを行い、近辺の住民や通行人に喝采を浴びていた。北海道・群馬・香川・広島はジンギスカンや讃岐うどん、お好み焼きなどそれぞれの郷土料理を販売し、来訪者を喜ばせた。宮崎、福島、栃木も県の紹介を行なった。同イベントに出店したある県人は「新組織が出来たお陰で、母県の特産物を紹介できた。サンパウロに依存していては、思うような活動がままならない。将来に向けて明るい道が開けた」と喜んでいた。「今さら県人会なんて…」と反論する県もある中、聖市並みとはいかないまでも、北伯に合った活動が期待されていることは確かだ。(パラー州通信員 下小薗昭仁)
前回提起したロードレースは表面に浮上した現象面をとらえただけだ。県連代表者会議は目先のことだけを追い、中長期的な展望が全くないと言っていいだろう。年間の半分以上をフェスティバル・ド・ジャポンに費やしている。同祭は、単なる資金稼ぎで、黒字か赤字かで一喜一憂している。8月度の代表者会議で話題になったのが、来年の同祭の開催が危ぶまれていることだった。会場のイミグランテス展示場は聖州農務局の所有地だが、運営委託業者の入札が来年3月に行われるため、来年度の賃貸料などの交渉ができないことが問題となっている▼ 同祭は、北中南米最大規模の日本紹介展として定着しているため継続したいというが、賃貸料などの値上げが予想され、赤字になる可能性が高いのだ。9月度の代表者会議で継続か中止を決めなければスポンサー集めに影響が出てくる。なぜ先を急ぐのか。県連だけでなく、各県人会も同祭が「金のなる木」だからだろう。郷土食のブースで県人会の活動費を捻出しているところが多い。3万レアル以上の利益を上げているところも1県や2県ではない。同祭は、県人会の婦人部、青年部などを総動員して行うため活性化するし、求心力を増すことは理解できる。だが、もうけた金は何に使われているのか。会員相互の親睦に使っている県が多く、県人会の将来を考え有効利用しているところはどれだけあるのだろうか、と疑いたくなる▼ 同祭のマンネリ化は誰もが認めている。ならば、代表者会議で「なぜ継続が必要なのか」を話し合うべきだ。継続するにしても毎年開催する必要はないだろう。隔年でも4年おきでも構わないのではないか。必要なのは、同祭を開催することで県連及び県人会、ひいては日系コロニアがブラジル社会の中で何をアピールしていくのかを構築することが大切なのだ。この話を聞いた知人が「無理だよ。今の県人会長は5年後、10年後には席にはおらず、1年先しか考えられないだろう」と笑った。一国一城の主がこの状態では、目先の利益しか眼中にないということになる。50年、100年先を考えろとは言わない。5年、10年後を考えられない人間が集まって話し合っても、烏合(うごう)の衆でしかない。毎回1000人以上の若い日系人ボランティアが同祭で働いているが、単なる労働力だけを期待しているのか。彼らに顔向けができないだろう。(つづく、鈴) 2012年9月26日付
本紙アンケートに32県人会が協力 【既報関連】毎年、「移民の日」の6月18日に聖市イビラプエラ公園で行われている仏式慰霊法要。今年も例年通り執り行われたが、直後の同28日に開かれた県連(園田昭憲会長)代表者会議の席上で、慰霊碑委員の木原好規和歌山県人会長が慰霊祭の在り方について言及する場面があった。木原委員によると、同法要への持参を呼び掛けている「過去帳」の数が少なかったことから、県人会関係者の出席の少なさが浮き彫りになった。本紙では、各県人会の先亡者供養に対する思いを探るべく独自に制作したアンケートを県人会長らに実施。回答を得られた32都道府県人会では、9割を超える県人会が過去帳を所有していることなどが明らかになった。 各都道府県人会が管理している「過去帳」とは、亡くなった会員の名前をつづったもの。第5代目県連会長の故高野芳久氏のころから受け継がれている。県連は、各県人会へ今年の移民の日にブラジル仏教連合会(コレイア教伯会長)と共催で執り行った移民104年仏式慰霊法要に過去帳を持参するよう呼び掛けた。  ところが、当日提出された過去帳は30冊弱。複数冊持参した県人会もあったため、各県人会の過去帳の管理体制を疑問視する見方が出た。また、同法要への県人会関係者の参加が少ないことも明らかとなった。 このことに対し木原委員は、6月の代表者会議で「県人会長らが慰霊祭に出席しないのはおかしいことではないか」と批判。こうした背景を踏まえて、本紙は過去帳に関するアンケートを実施し、実態を調査した。 アンケートでは「移民の日にイビラプエラ公園で行われる慰霊祭で持ち寄ることになっている過去帳は持っているか」と問い、過去帳に関する思いを書き込める欄を設けた。回答は日本語での記入を求め、所属都道府県人会と氏名の記入は任意とした。 アンケートは、7月26日に行われた県連代表者会議に出席した県人会長らを対象に実施。32県人会から回答を得られた。その結果、過去帳を「持っている」と答えたのは29県、2県が「持っていない」、1県が「過去帳が何なのか分からない」との返答だった。 意見欄には、「イビラプエラ公園内で行われる仏式慰霊法要及び文協大講堂での仏式法要にも、毎年過去帳を持参している」といった意見もあれば、「過去帳を記入していない」「倉庫に眠っている」といった声もあり、各県人会で過去帳に対する思いに温度差が見られる結果となった。 アンケートに「過去帳を県人会で一番大事にしている」と書いた栃木県人会の坂本アウグスト進会長は、初めて過去帳を手にした時から大事に扱ってきたという。そして、同会長の母の名が過去帳に記載された後は、同会長にとってさらに特別なものになったそうだ。また、同県人会では毎年敬老会の日に行っている先没者慰霊祭でも過去帳を持参している。 一方、事務の受け継ぎや事務所を引っ越しした際に過去帳を紛失したり、記帳せず倉庫に眠ったりしているという県人会もある。紛失したというある県人会の現 会長は、今年の同法要に過去帳を持たずに出席した。ここ数年、法要に欠かさず出席しているという同会長は「過去帳を持って行くことは大事だけど、気持ちが 大事である」との見解を述べた。 また、日本生まれの同会長は「県人会長が2世、3世の世代になるにつれキリスト教信者が増加して、過去帳の継承や仏式による法要の参加は厳しくなっていくとのでは」という考えも示した。 園田県連会長は「会長が代わった際、前会長が過去帳について概要を説明し、引き継いでいくべきだ」と話し、現在の県人会長に責任があるのではなく、今まで過去帳を引き継いでこなかった状況の結果が、今になって徐々に表れ始めていると説明した。 木原委員は「県人会長には、県人会の代表として過去帳を持ち法要に出席する義務がある」と真剣な表情で話し、来年度以降の同法要へ過去帳を持参しての参加を改めて呼び掛けた。 2012年9月26日付
日系主要5団体は19日、聖市市役所で2020年万博開催都市聖市立候補への支援宣誓の書面を、立候補委員会会長を務めるジルベルト・カサビ市長へ提出した。 今回の提出に携わったのは、文協、県連、援協、日文連、商議所の日系5団体。 カサビ市長は「最初に協力を表明した団体で、とても重要」と日系団体を評価し、福原カルロス万博委員会執行委員長は「万博は聖市を活性化する良い効果がある」と説明した。 援協の菊地義治会長は「日系社会は聖市市民の一員として聖市のために支援をしていく」と述べ、また平田藤義商工会議所事務局長は「支援として我々のさまざまなつながりや万博のノウハウなどを生かせれば」と話していた。 過去南米では万博が一度も行われたことがなく、聖市は10年にも万博開催に立候補していたものの落選している。20年万博には聖市以外にエカテリンブルグ(ロシア)、イズミル(トルコ)、ドバイ(UAE)、アユタヤ(タイ)も立候補しており、来年の11月にパリで開催地が決定される。 2012年9月26日付
既報の通り、県連主催のロードレースは18万レアル以上の赤字が出るという。にもかかわらず、一部の役員は来年の開催に意欲を見せている。どう考えても理解できない。まず、同イベントの責任者は今週開かれる9月度の県連代表者会議で赤字になった経緯を説明し、問題点を精査することが最初の仕事だろう。すでに、このコラムで指摘した通り、予算集めができないようなイベントを拙速に実施したことが問題だ。まず、どこが間違っていたのかを摘出することから始めなければならない▼ フェスティバル・ド・ジャポンの関連事業として行ったことが正しかったのか。同祭は確かにマンネリ化しており、新たな発想を取り入れなければジリ貧になるのは明白だ。しかし、同祭には150万レアルの経費が必要でその資金集めですら目一杯なのに、20万レアルもの費用を新たなイベントのために集められるかどうか。そして、同祭の関連事業として大義名分が成り立つのか。健康をテーマにしており、ロードレースはその範疇(はんちゅう)に入るというのが執行部の言い分だった。この判断が果たして正しかったのか。大みそかのサンシルベストレ大会を始め様々なロードレースが聖市では開催されている。日系コロニアの冠を付けて行う必然性を説明してほしい▼ 県連執行部の説明によれば、数社の有力なスポンサーが土壇場になって降りたために赤字になったというが、その企業名を明らかにすべきだ。多分、口を閉ざして公表しないだろう。それでは筋が通らない。代表者会議に出席している各県人会長には知る権利がある。そして、どの程度まで話が進んでいたのか。「前向きに考えましょう」程度のあやふやな話で進んでいたとしたら、交渉にあたった県連担当者の思い違いも甚だしい。資金調達の難しさを熟知しているはずの担当者なら、少なくてもイベント開催の2カ月前には予算確保を済ませ、集まらなければその時点でイベント中止を決断しているはずだ▼ もう一つある。代表者会議でロードレースの経費説明をしなかったのはなぜか。単なる連絡ミスでは済まされない。執行部が一任されていたなら別だが、そうでなければ6月末に開かれた代表者会議で経過説明をして、続行か中止を諮るべきではなかったか。それすら怠ったのはなぜなのか。釈然としない。 (つづく、鈴) 2012年9月25日
ニッケイ新聞 2012年9月21日付け 「日系社会の支援表明は貴重かつ初の正式なもの。日本の支援も期待したい」――。ジルベルト・カサビ市長は、サンパウロ市が目指す南米初の万博開催への協力を明らかにしたコロニアに感謝の意を示した。博覧会国際事務局(BIE、本部パリ)が主催する『EXPO 2020』(万博)の候補地に名乗りを上げている。19日、県連、援協、文協、日文連、商議所の日系5団体の代表者らが日系社会を代表し、市役所でカサビ万博立候補委員長(市長)に対し正式な支援表明を行った。 万博とは、国際博覧会条約(BIE条約)に基づき複数国が参加する博覧会。1851年のロンドン万博が初。高い経済効果が見込めることから、世界各地で開催され、日本では大阪(1970)や愛知(2005)で開かれた。南米では一度も開催されていない。立候補地はエカテリンブルゴ(ロシア)、イズミル(トルコ)、ドバイ(UAE)、アユタヤ(タイ)、聖市の5市。昨年10月28日、ジウマ大統領が正式な国の事業として立候補している。開催地は来年11月パリ本部で、161カ国の会員国による選挙で選ばれる。聖市に決まれば2020年5月15日~11月15日の間、聖北西ピリツーバで開催予定。同委員会の執行委員長である福原カルロスさんが日系人だったことから、最初の支援要請先として日系社会が選ばれた。今後、他の移民社会にも協力要請するという。福原執行委員長は「テーマ『多様性の力と成長のための調和』(Forca da Diversidade, Harmonia para o Crescimento)は、まさに多民族国家ブラジルのもの。国の発展に大変重要なイベント」と強調した。中谷アンセルモ日文連理事長は「日系社会の力をもって応援できることを光栄に思う。是非頼りにしてもらいたい」と話し、平田藤義・商議所事務局長は「まだ具体的な話はないが、例えば専門家の派遣や提言などを行い、日本の万博経験のノウハウをブラジルに伝えられたら」と自身の考えを述べた。
27日会議で前田氏が説明予定 【既報関連】県連(園田昭憲会長)主催のロードレースが7月29日に聖市中心部で行われ、10万レアル以上の赤字になった問題について本紙が複数の県連執行部役員に意見を求めたところ、単独の事業会計報告書の開示の是非や来年度のロードレース継続開催などを巡って執行部内の意見が二分し、さながら1世対2世の構図になっているという。 また関係者によると、ロードレースの責任者である前田ネルソン実行委員長が27日に行われる代表者会議で、同大会についての詳細を県人会長らに説明する予定だという。 ロードレース単独の事業会計報告書に関して1世を中心とした執行部役員らは、「出すべき」という意見だが、2世を中心とした役員らは「出す必要はない」という反対意見を持っているという。 さらに、来年の同大会実施について1世を中心とした執行部役員は、「実施をしないほうがよい」という考えを示し、逆に2世を中心とした役員らは「したほうがよい」という見解を示しているという。 園田会長は本紙の取材に対し、「ロードレースに関してどうするかまだ何も決まっていないのでコメントできない」として口をつぐんだ。第1会計の吉村幸之氏は19日に行われた執行部の定例会議を欠席している。 一部ではロードレース事業の赤字額は18万レアルを超えると言われており、「ロードレース赤字問題」は執行部の責任問題から県連の在り方を問う問題にも発展している。 なお、来年度のフェスティバル・ド・ジャポン自体の開催についても27日の代表者会議で発表され、各県人会長に意見を求めるとみられる。執行部の1人は「会場のイミグランテス会場の賃料が未定のため、予算を立てられない。どれだけの出費になるのか分からない中で日本祭りを行うかどうか、その部分を各県人会長に問うことになるだろう」と話した。 2012年9月21日付
沖縄県人会ビラ・カロン支部(翁長清支部長)主催の第10回おきなわ祭りが15、16日の両日、聖市ビラ・カロン区の同支部会館前クルービ・エスコーラ・ビラ・マンチェスターで開催された。両日とも夏の暑さを思わせる晴天となり、訪れた人々で会場は熱気にあふれていた。 年々規模を拡大している同祭は3年前から、土、日曜2日間かけて開催。聖市のカレンダーにも登録されている。食べ物関係及び各種バザリスタなど約100店が会場を取り巻くように設置され、大型テントのメーン会場ではラジオ体操を皮切りに、古典音楽合同演奏、若者たちのダンスや琉球舞踊など62演目が披露された。 沖縄名物のヒージャー(ヤギ)汁を毎年中心となって作っているサンマテウス支部(天久茂雄支部長)では今年、16頭約560キロ分のヤギをつぶしたという。同支部の島袋安雄氏によると、ヒージャー汁作りで最も需要が大きいのは同祭だといい、「ヒージャー汁を目的に来る人もいます」と笑顔を見せていた。 同祭のために2週間前から沖縄そばを準備したと話すのは、ビラ・カロン婦人部の城間和枝部長。160人いる部員が総出で400キロ分のそばを準備したという。 会場には、非日系来場者の姿も目立ち、聖市や地元及び沖縄県系人関係者の協力により、今後も規模を拡大していく考えだ。 2012年9月21日付
22日(土曜日)◎援協傘下のサンパウロ自閉症児療育学級「青空学級」(PIPA)の生徒による学習発表会は、午前9時から聖市リベルダーデ区のリベルダーデ医療センター(Rua Fagundes, 121)5階ホールで。◎ブラジル書道愛好者展は、午前9時から聖市リベルダーデ区の文協貴賓室(Rua São Joaquim, 381)で。◎コチア産業組合関係先没者合同ミサ・慰霊祭は、午前9時からコチア市ジャルジン・ノムラ区のサント・アントニオ・デ・ポルトン教会(Rua Jorge Caixe, 250)とラポーゾ・タバレス街道沿いにあるコチア市と高知県いの町友好公園で。◎ビラ・カロン文化体育協会婦人部の慈善バザーは、午前9時から聖市ビラ・カロン区の同文協会館(Rua Nunes Balboa, 299)で。23日も。◎アチバイア花といちご祭りは、午前9時から聖州アチバイア市にあるエドムンド・ザノニ市立公園(Av. Horácio Netto, 1030)で。23日も。◎七宝作家・岩井和子さんの展覧会は、午前9時から聖市イタイン・ビビ区のオクタービオ・カフェ(Av. Brigadeiro Faria...
今年7月に行われた県連日本祭りでは4600食を販売し、長蛇の列ができた和歌山県人会連合会(木原好規会長)のお好み焼きが、8月31日から9月2日まで開催されたマット・グロッソ七夕日本祭り(伊沢祐二実行委員長)に初出店。同地では認知度が低いお好み焼きだが、1200食を売り上げる結果となった。(川口裕貴記者) 同祭では県連日本祭りで調理に携わった5人が会場に出向き、地元の野球部などの協力を得て計10人で挑んだ。前日に会場入りして入念な打ち合わせを行ったが、資材を積んだトラックが開催前日になっても到着せず、本番直前に到着するなど慣れない地でのハプニングに苦労していた。 同祭は3日間で6万人の来場があり、約50店の日本食販売ブースが参加。主に焼きそばや巻きずしなどなじみのある食べ物を売る店が多い中、同州初出店となるお好み焼きだけに、店の前を通る来場者は「オコノミヤキ、何それ?」と興味はあるものの、結局は定番の日本食を食べている人が目立った。 価格は15レアルと県連日本祭りと同じ設定。周りの日本食と比較しても決して安くはない価格だった。しかし、知っている人は同地域で食べられるものではないとして購入していた。また製作の様子や、食べている人の姿を見て購入する人が多く、ピーク時には1、2位を争う人気店となり、人だかりができていた。 製作に携わった婦人部員によると、購入後再び訪れ「お土産に持って帰る」と言い購入した人や、「おいしかった」とわざわざ礼を言いに来る人もいたという。 会場は夜になっても気温30度近くと暑く、お好み焼きの調理は大粒の汗を流しながらの作業だった。時折水分補給をしながら鉄板に向かう関係者は、体力、気力共に3日間極限状態だった。 開催前、本紙のインタビューに応じた木原会長は不安を口にし、「サンパウロには舌が肥えているブラジル人が多いが、ここはいわば未開拓の地。受け入れてもらえるか分からない」と神妙な口調で話していた。しかし、終わってみると1200食を売り上げる上々の結果となっていた。 同祭での経験を踏まえて木原会長は、「お好み焼き未開拓の地である程度の手応えを感じた。しかし、慣れない地では想像以上に大変だった」と笑いながらも疲労感を隠せなかった。 なお調理に携わった地元の野球部は伊沢同祭実行委員長が派遣したもので、来年以降は技術を習得した彼らが中心となりお好み焼き販売を行う考えで、同県人会は実行委員側の要望により招待された。 2012年9月20日付
責任追及を辞さない意見も 【既報関連】県連(園田昭憲会長)は今年、フェスティバル・ド・ジャポンの目玉企画の一つとして7月29日に聖市中心部で第1回ロードレースを開催したが、予算の10倍にあたる10万3267レアル(7月度会計報告書)の赤字を計上。8月度代表者会議では収支報告を聞いた出席者から怒りの声が上がった。会議は7月の会計報告の承認はあやふやのままで幕を閉じており、ロードレース単独の事業会計報告書は開示されていない。本紙では県連の「ロードレース赤字問題」について、各県人会関係者らに意見を求めた。今後は県連執行部の責任問題追及に発展する可能性もある。(編集部) 和歌山県人会連合会の木原好規会長は来年以降のロードレース開催について、「ロードレースは県連の活性化にはつながるが目的があいまいだった。(ロードレースを)継続して開催できないのであれば、開催すべきではない」と述べた。また、単独の事業会計報告書については「県連代表者会議で開催を了承した時と同様にきちんと報告すべき」と強調した。しかし「この大会は日本祭りと同時期の開催で関係者の関心が薄く、赤字になって初めて注目された」と執行部の責任問題も含めた上で、「同会議でロードレースを了承した皆の責任であり執行部だけを責めるのはおかしい」と、あくまで県連関係者全員の責任であるとの見解を示した。 宮城県人会の中沢宏一会長は、「大変なミスで残念。来年度の開催については詳しい説明を聞かないと判断できない」とし、事業会計報告書の開示を求めた。 また、説明責任を果たしているかという質問については「説明責任というよりも、むしろ『執行部に任せておけば大丈夫』といった考えを持っていた県連全員の責任だろう」と全体責任を強調。加えて、「代表者会議以外にも場を設けて、きっちり話し合わなければならない」と再発防止策を提案した。 愛知県人会の豊田瑠美副会長(会長代理)は、「企画発案は良かったものの事前広報が足りず、企画自体を知らない日系人も数多く居た」と、準備段階での問題点を指摘。さらに、「あらかじめの見積もりが不透明で、きちんとした説明もなかった」と話し、事業会計報告書の提出を求めた。 しかしながら、「今回の赤字のすべてが執行部の責任だとは思わない。執行部は初めての企画ながらも一生懸命に取り組んでいた。具体的な費用面への質問をせず、企画案に賛成をした各県人会代表者にも赤字の責任はあると思う」と執行部に一定の理解を示した。 一方、東京都友会の坂和三郎会長は責任問題にまで言及。「県連は営利団体ではないのだから、催しにかかわらないほうが良いのでは」と本来の県連の立ち位置について触れ、責任問題に関しては「赤字額を執行部に払わせるわけにもいかないが、『役員としての資質がない』と言う人もいるかもしれない」と明言を避けながらも何らかの形で責任を取ってもらいたい考えを示した。 また、県連執行部は赤字額が増えた理由として「7月に入り複数のスポンサーから断られた」と説明しているが、それに対して坂和会長は「スポンサーが開催 間際になってキャンセルすることは、催し関係ではよくあること。賭け事のようなものなので気を付けなければいけない」と提言。さらに、「今はお金があるか ら悠長な考えになっているのではないだろうか。原点に戻り、危機感を持ちながら運営しなければいけない」と現執行部の在り方を問うた。 千葉県人会の原島義弘会長は「県連は本来すべきことである日本祭りや県人会のための行事だけをするべきだ」と、今後の開催に反対。事業会計報告書に関しては、企業名は出さずに県人会長らに対しては会計の詳細を明らかにするべきとの意見を持っている。 また、8月末に行われた県連の代表者会議に、同大会の責任者である前田ネルソン実行委員長が欠席したことを無責任だと感じており、「まず前田さんは県人会 長らに謝罪し、赤字になった原因などを細かく説明するべきだ」と強調。責任問題については「執行部を辞めて責任を取れという声が上がれば多数決を行い、可 決されれば責任を取って辞めるべきだろう」と今後の責任追及も辞さない構えを見せた。 事業会計報告書の開示をはじめ、来年度のロードレース開催について、県連執行部の今後の動向に注目が集まっている。 2012年9月20日付
秋田県人会の川合昭会長(77)の趣味は、ブラジルで六段の腕前だという将棋。約10年前に開催された老中杯棋戦大会で自身初めての優勝を果たし、今年3月に行われた第34回クリチバ将棋最強者戦も制した。 川合会長の生まれは兵庫県宝塚市。幼いころに父の仕事の都合で満州と内モンゴル自治区に住み、第二次世界大戦が終わった1945年に日本に帰国し、兵庫県にある実家に戻った。 将棋との出合いは、川合会長が11歳の時。兵庫県に住んでいた祖父が教えてくれたことが、将棋を指すきっかけになったという。以来、川合会長は学校に将棋盤を毎日持って行き、授業の合間の10分間の休み時間でも友達と将棋を指していたそうだ。 13歳の時、父の都合で秋田県秋田市に転勤し、久保田中学校(現在の秋田中学)に転校。その後、秋田高校に入学した川合会長は、自ら同高校になかった将棋部を創部し、部長になった。また、多趣味な高校時代を送り、漢詩部を作ったり、放送部や書道部にも所属していたという。 高校卒業後、川合会長は陸上自衛隊員、タクシー運転手、ヤマハ楽器の代理店のスタッフと転職しながらも暇を見つけては将棋を指し、初段を取得した。その後、夫人と新天地のブラシルに移住した。 移住後は、当時将棋愛好家のたまり場だった聖市リベルダーデ区の「万平食堂」に通い、将棋を指していた。それから、ブラジル将棋名人戦大会などに参加し続けてブラジルの六段まで登り詰め、2007年にはブラジル将棋連盟の会長に就任した。 川合会長は普段、手将棋(実際に相手と対局すること)よりも定跡将棋(長年の研究よって部分的に双方ともに最善とされる、決まった形の指し方)を重視しており、将棋の理論本で勉強している。特に現在、県人会の行事などで多忙な同会長は、相手を必要としない理論本で詰め将棋などをすることが多いという。 川合会長は現在のブラジルの将棋界について「将棋道に通じていない」と批判する。同会長の言う「将棋道」とは、対局の終始にあいさつ、駒の並べ方や駒の動かし方など日本の正しい細かいルールを守り、精神も鍛錬すること。しかし、伯国内では勝敗だけにこだわる人が多く、「将棋道」に通じている人が少ないそうだ。 同会長は将棋の魅力について「サッカーと似ていて攻守の変化に富んでいる。さらに逆転もあるので面白い」と語る。また、川合会長は今後の目標について「伯内で正しい日本の将棋(将棋道)を伝えたい。また同連盟と日本将棋連盟の交流の場を増やし、ブラジルに将棋会館を造りたい」と意欲を示した。(おわり、石橋恭平記者) 2012年9月19日付