06/03/2026

Mês: setembro 2012

書道極めた茨城・小林操会長 ブラジル都道府県連合会(園田昭憲会長)主催の「第15回フェスティバル・ド・ジャポン(日本祭り)」も7月半ばに終わり、同祭で中心的に活動した47県人会長の多忙さも少しは落ち着いたことだろう。県人会長の中には趣味に時間を割く人もおり、中には趣味を極めてプロ級のレベルまで達し、活躍している会長もいる。県人会長を務める時とは違う別の顔を持つ2県の会長を、2回連載で紹介する。(石橋恭平記者) 茨城県人会の小林操会長(77)は、8月1日から聖市モエマ区の聖州議会内文化スペースで自身初めての個展「書道・墨彩画展」を開催した。 小林会長の出身は、茨城県日立大宮市。子供のころは、周りにあるものは何でも手当たり次第に絵を書いて親たちを困らせていたことが、今も小林会長の記憶に残っているという。 茨城大学工学部で金属工学について勉強した小林会長は、ブラジルに27歳の時に妻子を連れて移住した。その後、金属工業の会社を起業したが、現在は退職し、息子の和人さんが経営している。 小林会長と書道との出会いは約20年前。茨城県人会員らと協力して同県人会に書道教室を設立し、習い始めたことがきっかけだった。書道に夢中になった小林会長は当時まだ働き盛りの50代。会社から帰宅して、午前3時ごろまで書道の練習に励み、翌朝には会社に一番に出勤していた。同僚からは、「小林さんはいつ寝ているのだろうか」と心配されていたほどだ。 書道の世界にのめり込んだ小林会長は、日本で行われる書道大会に毎回応募し、粒々辛苦(りゅうりゅうしんく)の努力の末、ブラジルで初めての毎日書道会(東京)会友になり、準師範まで上り詰めた。 また昨年には、同県人会の書道教室開設20周年を記念した書道展「墨の芸術展」を開催。小林会長らは書道のデモンストレーションを行い、観客は一挙一動を見守り、カメラで撮影するなど熱心に見入っていた。 小林会長は書道の魅力について「筆を握っている時に心が無になり、一切すべてのことが忘れられる」と真剣に話した。 小林会長の現在の活動場所は5カ所(聖市2カ所、リベイロン・ピーレス市、コチア市、ビニェーダ市)で書道と墨彩画を指導している。生徒の大部分を女性が占めており、非日系の生徒も徐々に増えている傾向だという。また、最近は県連の催しで忙しい小林会長は、ほとんど書道の時間が取れていないそうだ。 小林会長は今後について「県人会長を退任したら自分なりの作品をじっくりと極めたい」と希望を述べ、「パソコンを使って自分の作品をたくさんの人に見てもらい、交流していきたい」と目を輝かせながら語った。(つづく) 2012年9月18日付
【一部既報】県連(園田昭憲会長)が主催する第6回弁論大会と日本語センター(板垣勝秀理事長)が主催する33回サンパウロ・スピーチコンテストが、23日午前9時半から午後5時まで聖市リベルダーデ区の広島県人会館(Rua Tamandaré,800)で同時開催される。入場無料。 今年の出場者は弁論の部14人、スピーチの部30人の計44人。学校単位での協力が多かったため出場者は昨年の約2倍に増加した。 同日の午前中は、スピーチの部のBクラス(日本語能力試験4級から3級程度の日本語力を要する)の出場者が演説を発表し、昼休み後、スピーチのAクラス(同2級程度以上)の出場者による弁論が披露される。その後、審査員講評と結果発表が行われる予定。 弁論の部のテーマは「日本を想う」で、日本語能力試験2級程度以上の出場者が頂点を目指して競い合う。優勝者には日本行きの往復航空券などが贈られる予定。 スピーチのテーマは自由で、各クラスの入賞者は国際交流基金主催全伯スピーチコンテストにサンパウロ代表として出場できる。 同センターの諸川有朋副理事長は「日本語教育に関心のある方はぜひ、聞いていただきたい」と来場を呼び掛けた。 問い合わせは、日本語センター(電話11・5579・6513)まで。ウェブサイト(http://www.cblj.com.br)。 2012年9月18日付
汎アマゾニア日伯協会は、10日から15日まで、同協会内で、第83回アマゾン日本人移民の日、「9月16日」を祝って、恒例の日本週間を開催した。9月16日は、アマゾン日本人移民入植80周年記念を祝し、日本人移民を称えるパラー州令、ベレン市令によって、パラー州及びベレン市の日本人移民の日として法令化されていることは、日系社会にもあまり伝わっていなかった。 日伯協会では、新組織として誕生した、北伯県人会協会(4月1日発足。16道・県が参加)と前記法令が日系社会にもあまり認識されていないことからその周知徹底を図った。州と市の法令名と制定日を会場の正面の雛壇に掲載。北伯県人会協会の発足については、同協会々員の協力を得て、販売・展示希望県の郷土食(北海道・香川県・群馬県・広島県)の販売やパンフレット等の展示(栃木県・福島県・宮崎県)を試みた。また、県連協会はブラジル日本都道府県人会連合会々長を招聘し、その発足を宣伝した。 10日から13日までは、日本料理・習字・生け花・琴・折り紙・日本舞踊等のミニ講座とワークショップが開かれた。また、ベレン総領事館提供の日本映画(がんばっぺフラガール、 ロック・わんこの島、 エクレールお菓子放浪記,雲のむこう、 約束の場所、 春との旅、 カルテット)が上映された。 14日には、ベレン総領事夫妻、首席領事夫妻、副領事夫妻、副領事、商工会議所会頭、会議所第一副会頭、会議所第二副会頭、市会議員や北伯県人会協会の招聘にこたえ、サンパウロからブラジル日本都道府県人会連合会々長等が来賓として出席。約2000人の参加者のもと、アマゾン日本人移民83周年記念式典を祝った。式典は、日伯両国歌斉唱、先亡者への1分間の黙祷。日伯協会々長挨拶、各来賓祝辞の後、アトラクションの琴・太鼓・日本舞踊・剣道等を披露した。 今回はこうしたアトラクションに、日系人及びブラジル人の若い世代が参加していて、観衆の喝采を浴び、日本文化がパラー州に根付いたことを物語っていた。 最終日の15日には、日伯協会正面のクアトールゼ・デ・アブリル通りを閉鎖して、盆踊りやヨサコイソウラン節などを近辺の住民や通行人に披露した。北伯県人会協会(北海道・群馬・香川・広島)の郷土料理が来訪者の興味を引いた。北海道(ニシン・サンマ・いちご大福・ジンギスカン)、香川県(讃岐うどん)群馬県(お好み焼き)等が店頭に並んでいた。宮崎県、福島県、栃木県もそれぞれの母県を紹介するパンフレットを展示していた。 日本週間に出店したある県人は、”こうした機会に母県の特産物を紹介できるのは、新組織が出来たお陰です。地理的にもサンパウロに依存していては、思うような活動も母県との交流や子弟の日本留学もままならない。 独立出来て嬉しいです。将来に向けて明るい道が開けました。” “今さら県人会なんて・・・・”と反論する県もある中、サンパウロ並みとはいかないまでも、北伯に合った活動を喜んでいた。 北伯では母県と交流していない県もあるだけに、会長は無理やり入会を押し付けないで、すでに入会している希望県だけで新組織(北海道、福島、秋田、岩手、宮城、山形、群馬、栃木、静岡、山口、広島、香川、熊本、佐賀、宮崎、福岡が参加)を運営して行く事が望ましいと痛感した。 アマゾンの日々ー忘れられ行く者の記録http://paranohito006.wordpress.com
9月14日~16日まで、分化協会会館と敷地内で行われた。第一回北伯県人会(山本陽三会長)主催の郷土食ブースを紹介します。 会場入り口の七夕 琴の演奏 香川県人会ブース 讃岐うどんが大人気 山本陽三会長 広島県人会ブース お好み焼き完売で開店休業 北海道ブース ニシンと秋刀魚も完売 群馬県人会ブース 若い人が頑張ってました
ニッケイ新聞 2012年9月15日付け ブラジルはもちろん、世界中で圧倒的な人気を誇るパズルゲーム「数独」の技能を競う『第1回ニッケイ杯・数独大会』(本紙主催)が29日午前10時から、宮城県人会(Rua Fagundes, 152, Liberdade)で開催される。文協、県連、宮城県人会、コジロー出版協賛。後援するパズル出版社「ニコリ」(本社東京、1983年設立)の社長で、数独の考案者である鍛冶真起氏(61、北海道)が初来伯、数独が世界に広まった経緯やパズルビジネスをテーマに講演を行なう。大会は誰でも参加可能、出場費無料。希望者はメール(sudokunikkey@gmail.com)で名前と年齢を知らせること。またはニッケイ新聞(11・3208・3977/堀江)まで。 数独(すうどく、Sudoku)は、3×3のブロックに区切られた9×9の正方形の枠内に1~9の数字を入れるパズルの一つで、縦・横の各列及び、太線で囲まれた3×3のブロック内に同じ数字が複数あってはいけないというルールがある。「数独」という呼称は、ニコリが発行するパズル雑誌『パズル通信ニコリ』で使用される名称(登録商標・日本第3327502号)で「数字は独身に限る」の略。日本では「ナンバープレース(ナンプレ)」と呼ばれることも多いが、ブラジルでは「SUDOKU」として知られている。初の世界選手権(World Sudoku Championship)は06年イタリアで開かれ、22カ国85名が参加、チェコの女性が優勝した。全日本大会や世界大会も各地で開かれている。(ウィキペディアから抜粋)◆かじ・まき 1951年、北海道札幌市生まれ。應義塾大学国文科中退。出版社や印刷会社勤務を経て、1983年、株式会社「ニコリ」設立。既存のパズル「ナンバープレイス」を「数字は独身に限る」と独自の改良を加え『数独』と命名した。「ニコリ」は、パズル専門誌を出版するほか、新聞や雑誌にもパズルを提供、世界で最も豊富な供給源となっており、現在250種類以上のパズルを提供、150以上のパズル雑誌を出版している。
ニッケイ新聞 2012年9月15日付け ラーモス日伯文化協会(尾中弘孝会長)は2日、サンタカタリーナ州フレイ・ロジェリオ市ラーモス移住地の桜公園で第15回さくら祭りを開催し、今年は例年より多い2千人が来場した。南部各都市から多くの非日系人客が訪れた。開会式には在クリチーバ総領事館の山口登総領事も出席し、「桜の美しさに加え、日本の精神や芸術を味わってほしい。地元の人々が日本を知る良い機会に」とあいさつした。桜公園では山桜1千本のほか、ツツジ、アゼリアなど計3千本の花が満開。故滝沢正吉(まさよし)さんが桜公園造成委員会の委員長を務め、89年に桜を植え始めてから、今日に至るまで毎年約50本の苗木が植え続けられている。当日は、公園内のあちらこちらで芝生に座り込み、花見を楽しむ人々の姿が見られた。舞台でも空手、剣道、舞踊、太鼓などを披露。同移住地のさくら太鼓や、パラグアイ・イグアス植民地のこたろう太鼓などが出演し、舞台を盛り上げた。茶室では一日中茶道のデモンストレーションが行われたほか、売店では尾中会長が持ち寄った伯国で珍しい麹も販売され、好評を呼んだ。同祭にはラーモス移住地50年記念誌の編纂に協力し、同地に滞在していた麗澤大学の丸山康則名誉教授も参加。同移住地で2週間籠作りを教えた妻のきよみさんは、武道館で開かれた展示コーナーで本人や生徒の作品を紹介していた。同祭で目を引くのは会場の非日系人客の多さ。フロリアノーポリスやブルメナウ、クリチーバなどパラナ、サンタカタリーナ州の主要都市から、多くの家族連れが車で訪れていた。初めての浴衣を試着し、尾中会長と記念写真を楽しんでいたのは、フロリアノーポリスから訪れたリス・コメラット・アルベスちゃん(7)。「朝5時に家を出発した」と話す母エジィさんは会場の様子に大満足、「遠くから来た甲斐があった。来年もぜひ来たい」と話していた。来場者数は一昨年の1千人からぐんと増え、今年は倍の2千人に。尾中会長によれば「特にお金をかけた宣伝はしていない。口コミでどんどん来場者が増えてくる」。同地桜祭りについて「ここではより日本らしいおもてなし、花、気候の3点で来場者をお迎えしたい」との心意気を語っていた。(長村裕佳子クリチーバ通信員)
ニッケイ新聞 2012年9月15日付け 今月10~13日にアニェンビー総合展示場で開催されたホテル業界見本市『Equipotel 2012』に、ジャパンパビリオンが出展され、秋田、山形、青森、福島、島根、岩手、宮城、福岡、京都の1府8県から、16の中小企業が参加した。経済成長の最中にあり、日本食がブームのブラジルに関心が高い中小企業が増えていることを受け、JETRO(日本貿易振興機構)の主導で出展が決まり、今年4月頃から募集が行われた。各企業が独自の県産品を出品する中、島根県と並び最多の3社が参加したのが山形県。いずれも日本酒のメーカーだ。「月山酒造」と「出羽桜酒造」の2社は共に約5年前からブラジルに自社製品の輸出を行っている。「楯の川酒造」は、進出を前提とした現地での取引先の選定を兼ねた来伯となった。「月山」の鈴木潤一専務取締役は「震災やストの影響で輸出出来る量は限られてしまっている。自分で機会を作って、少しでも知ってもらう努力をしないと」と自らブラジルに出向いた理由を語り、「出羽桜」の鴨田直希輸出担当長は「高級レストランの関係者も訪れる今回の見本市は、ターゲットとしているハイクラス層の間での日本酒の知名度を上げるきっかけに成り得る」と話した。他県のブースでも日本酒の出品が目立ち、16社中9社が自慢の地酒を披露していた。その他福島県「宝来屋本店」の「冷やし甘酒」、青森県「かねさ株式会社」の味噌とケチャップを配合した「みそチャップ」、味噌を粉末化した「パラミソ」など独自性の強い商品が来場者らの目と舌を楽しませていた。
東京都友会(坂和三郎会長)は8月24日、パウリスタ大通り沿いにある同会事務所近くで8月度定例理事会を開催。坂和会長を含む同会役員と事務員が出席した。 会では右近昭夫第1会計理事(69)が7月度の収支報告を行ったほか、岡田本子理事(74)が8月3~5日の3日間行われた毎年恒例のピクニックについて報告した。 同催しをコーディネートした岡田理事は、「宿泊したホテルはエレベーターからパノラマの景色が見えるすてきなところで、ゆったりした雰囲気で皆さんお気に召して下さった」と話し、ビンゴやカラオケ、サウナなどで優雅な週末を過ごしたと報告した。 会員から「いつあるのか」と待ち望む声が上がるほど人気だという同会のピクニックは、「おいしい食事を楽しめるところ」を条件に宿泊先の候補を選出。4月の理事会で行き先を決定している。その後、名簿に登録されている会員に開催を知らせると、「都友会の仲間に会えるから」と希望者が集まり、6月中にはほぼ満席になるという。 坂和会長は「今年は早々に席が埋まり、自家用車を出してでも参加したいと言う人も居た」と好評ぶりについて語った。 役員らによると、ピクニックは同会の設立時から続く伝統行事。近年は日帰りではなく、金曜の夜から2泊の日程で実施しているが、「ピクニック」という名前だけはそのまま残っているという。 理事会に出席した役員らは「今回も食事が良かった」「奇麗なところでしたね」と感想を語り合い、来年度の開催に期待を寄せていた。 2012年9月14日付
ニッケイ新聞 2012年9月14日付け 埼玉県議会「日伯友好議員連盟ブラジル訪問団(竹並万吉団長)」の歓迎交流会が埼玉県人会(飯島秀昭会長)主催で5日、聖市ジャルジン・パウリスタ区のレストラン「新鳥」で開かれた。県人会関係者ら約20人が、伯国視察のため来伯した県会議員ら13人を迎えた。議連の来伯は4年ぶり。一行は8月29日に着伯し、ブラジリアで国会会議場の見学、マナウス、イグアスでの日系移住地訪問、今年5月に同県から教員の派遣を実施した、リオにある社会教育活動施設の視察も行った。飯島会長は「自分の目で見たブラジルを日本で宣伝してもらいたい」と開会の辞を述べ、県人先亡者181人に向け1分間の黙祷が捧げられた。竹並団長は挨拶の中で「両国発展の要は教育分野の交流。埼玉県にも1万3千人のブラジル人がいるが、リオへの教員派遣事業は外国人児童らの教育の充実にもつながる。これから3年に渡って教員の相互交流を行っていく」と話し、積極的な交流を示唆した。その後、神谷裕之顧問が上田清司知事からの親書を披露し、会場が大きく盛り上がる中、田中千裕幹事長により乾杯がなされ、賑やかに会食が行われた。初めて来伯した小川真一郎事務局次長は「移民の方々が勇気と希望を持ってブラジルに渡り、立派な功績を残してこられたことを強く実感した。祖国日本をよりよくしていくことが私たちの使命」と感慨深げに語った。県人会員で、モジから参加した宇都宮喜美恵さん(54、三世)は「父の古里である埼玉から議員の方々がはるばる来てくれるのは本当に嬉しいし、ありがたい」と目を細めながら話した。一行は聖市アルト・デ・ピニェイロス区にある「サイタマ公園」で桜の木2本の記念植樹を行い、7日に帰国した。同連盟は日伯両国の相互理解を深め、教育、文化、スポーツなどの諸分野での交流と両国の発展に寄与することを目的に2007年に設立。日本移民百周年、埼玉県人会創設50周年を迎えた2008年には13人が記念式典に出席した。
埼玉県人会(飯島秀昭会長)主催の埼玉県議会「日伯友好議員連盟」歓迎交流会が、5日午後7時から同9時まで聖市内の日本食レストランで開かれた。 同県議会のブラジル訪問団(竹並万吉団長)は、4年前の同県人会50周年記念式典以来2回目のブラジル訪問。8月29日から9月7日までブラジリア、マナウス、リオ、パラグアイのイグアス移住地、サンパウロなどを視察した。今回の訪問団は11人で構成され、そのうち5人が初来伯だった。 交流会には県人会員など約30人が出席し、天ぷらやすしなどが振る舞われた。 飯島会長は「来年、再来年とまた来てほしい」と同団に再来伯を強く呼び掛けた。また、竹並団長(72)はリオ市近郊にある社会教育活動施設で貧困のため教育を受けられない子供たちに対して同県が今後3年間教員を派遣し、教員相互の交流を行ったりする支援が決定したことを報告。「今後のブラジルと日本の発展の要となるのは、教育分野の交流ではないかと考えております」と話した。 以前ブラジルに住んでいた諸井真英同団事務局長(43)は「今回の視察で議員らは色々なものを感じたと思う。議員という立場の人間がブラジルを知ることは大事」との考えを述べた。 同交流会後、飯島会長は「埼玉県の日伯友好議員連盟は、他県と比べブラジルに対して一歩前に出ていて、今回の訪問でさらにブラジルと日本の距離が縮んだ気がする。今後、埼玉県人会の受け入れ体制をしっかりしていくべきです」と日伯相互のさらなる関係強化を望んでいた。 2012年9月13日付
核兵器の廃絶目指して 南米拠点となる事務所設置へ 平和市長会議(松井一實会長)の田上富久副会長(長崎市長)は4日、リオ市を訪れステリオ・アマランテ大使と同市内で会談した。会談で田上副会長は「五輪など世界的なイベントが予定されているリオ市が同会議の南米の活動拠点として最も適した都市である」と伝え、同会議の職員が常駐できる「南米事務所」の場所の提供を求めた。これに対し、アマランテ大使は「市内の遊休市有物件について無償提供が可能である」との基本的了承を示した。具体的な場所や入居期間、常駐する職員数などは未定。今後、両市は維持管理費の負担などについて整理する。 田上副会長は本紙の取材に対し、「平和市長会議はこれまで加盟都市数を増やすことによって、発言力を高めてきた。今後は活動の質を高めていかなければならない。同時に地域ごとのテーマに沿った活動が必要になっており、非核地帯である南米での活動は重要になる。北半球に与えるインパクトが非常に大きい」と、南米事務所開設の意義を説明した。 平和市長会議は、世界中の都市が連携することによって核兵器廃絶の市民意識を国際的な規模にまで喚起し、核兵器の廃絶を目指すNGO団体で、加盟都市数は9月1日現在で154カ国・地域の5400都市。このうち、ラテンアメリカ・カリブ海地域では24カ国579都市が加盟している。 同会議は、1982年にニューヨークの国連本部で開催された第2回国連軍縮特別総会で荒木武広島市長(当時)が、世界の都市が国境を超えて連帯し、「核兵器廃絶に向けての都市連帯推進計画」を提唱。広島・長崎両市長から世界各国の市長あてにこの計画への賛同を求めたことが設立のきっかけ。 同会議では2003年、20年までの核兵器廃絶を目指す行動指針「2020ビジョン(核兵器廃絶のための緊急行動)」を策定しており、世界の都市、市民、NGOなどと連携しながら、核兵器廃絶に向けて活動している。 2012年9月13日付
【一部既報】来年3月に出発するサンパウロ新聞創刊66周年、戦後移住60周年記念事業「ブラジル移住者里帰り訪日使節団」の募集が9月から始まった。同事業のスポンサーとなった竹内運輸工業株式会社(本社・東京都三鷹市)の竹内政司社長(57)の思いを聞いた。 「若い時にお世話になった日系コロニアに恩返しがしたい。祖国に戻ったことのない1世を日本に里帰りさせてあげて、古里を見てほしい」――。 今年4月、久しぶりに東京で会食した竹内社長が切り出した。 「ジャンボ機で移住者のお里帰りができないかなあ」と突拍子のないことを言う。大学を卒業直後の1977年から80年まで約3年間、サンパウロ新聞の社会部記者として働いた経験を持つ。記者時代、ブラジルと日本をJALのチャーター便が飛んでいた。里帰りツアーの移住者たちのうれしそうな笑顔を取材を通して見ていたのだ。だが、ジャンボ機をチャーターし、ブラジルと日本を往復するのに1億円近い費用がかかる。「それは無理。1000万円程度なら」と20人の団員募集が決まった。 「1世の里帰りより、次世代を担う若者たちの交流にしたらどうか」と水を向けたが、頑として首を縦に振らない。「僕がお世話になったのは1世。新聞社もそうでしょう。やりましょうよ」。この熱意には頭が下がった。 竹内社長が記者時代の日系コロニアは1世が中心で活気があり、聖市内だけでなく地方に行っても圧倒されるような人たちと出会い、薫陶を受けた。 「あの時、教えてもらったことが、今の自分の役に立っている」と当時を振り返る。78年6月、「1世最後の式典」と当時の文協会長の中沢源一郎氏が言ったブラジル日本移民70年祭。その会場となった聖市パカエンブー競技場に立ち、埋め尽くした日本人、日系人に鳥肌が立った。裸一貫でブラジルに渡った日本人移民の集大成を目の当たりにしたからだ。今もその光景がまぶたに焼き付いている。 帰国後、祖父が興した運送会社の3代目社長に就任して数年目、窮地に立たされた。だが、迷わず本社ビルを売却。新事業を構築し、数年後には新たに本社ビルを建設するほどの手腕を発揮した。 「移民の皆さんが歩んだ七転び八起きの不撓不屈(ふとうふくつ)の人生を教えてもらったことが役立ったんですよ」。 立て直した会社が今年60周年を迎えた。 「記念パーティーをやるより、もっと有効にお金を使いたい」と社員の理解も得て、帰国以来考え続けていたブラジル移住者の里帰り訪日団の実現にこぎつけた。 社業60周年と戦後60周年が奇妙に一致した。「団員の人たちと東京で会えるのを楽しみにしている。歓迎会で一人一人の歩んだ人生を聞いてみたい」と心待 ちにしている。そして、「これが呼び水になって、日系コロニアや企業がこの事業を継続してくれるきっかけになればいいなあ」。 竹内社長が20年間思い続けた恩返しが始まる。 2012年9月13日付
ニッケイ新聞 2012年9月13日付け 土曜日(15日) アチバイア花といちごの祭典、午後9時、エドムンド・ザノニ市立公園(Av. Horacio Neto, 1030)、日曜日も◎おきなわ祭り、午前11時、クルービ・エスコーラ・V・マンチェスター(Praca Haroldo Daltro s/ n, Vila Nova Manchester)、日曜日も◎七宝作家、岩井和子さん個展「東洋の息吹」、午前9時、オクタヴィオ・カフェ(Av. Brigadeiro Faria Lima, 2996,...
ニッケイ新聞 2012年9月13日付け 鹿児島大学の吉田浩己学長、前田芳實理事、寺岡行雄農学部準教授、同校OBの高原要次さん一行が、先月18日から実施した視察旅行の報告のため来社した。ブラジルでの同校同窓会の出席と鹿児島県人会の視察に加え、伯国各地の事情を視察し、教員の派遣を含めた交流事業の可能性を模索することが目的。視察団は10日間の滞伯で、聖市に加えベレン、トメアスー、ブラジリアのセラード地帯を訪問。ベレンではアマゾニア農業大学を訪れ、施設見学や互いの大学の概要説明を行った。26日にあった同窓会には約50人が出席した。吉田学長は「特にアマゾニア農業大学では充実した時間を過ごせた。学校間協定を結ぶことも視野に入っている」と視察の感想を語り、前田理事らも「共同で地域の活性化につながる研究が出来れば」と今後の積極的な交流に意欲を示した。一行は27日に帰国した。
ニッケイ新聞 2012年9月12日付け 福岡県の県産品や物産、産業などを紹介する『福岡プロモーション』が先月30日、聖市モルンビー区の総領事公邸で開かれ、小川洋知事など14人が来伯し、県の魅力をアピールした。聖州政府、ブラジル日本商工会議所、日系団体などの各関係者約120人が参加した。 福岡県側がW杯、リオ五輪の開催を控えブラジルとの人的・経済的な積極交流を目的に、日本の外務省を通じ、聖市内で県をアピールするイベントの実施を領事館に持ちかけたこと開催のきっかけ。総領事公邸での地方自治体に関するイベントの開催は初めてとなった。同県からは、今年7月にあった『県連・第15回日本祭』にも県産品を紹介・販売するブースが出展されている。開会式は福岡県の地理、特産品、伝統行事などを紹介するポルトガル語の動画から始まり、小林雅彦首席領事は「このイベント通じて、今まで見る機会の少なかった、日本の地方文化の一面を感じてもらえれば」と呼びかけた。挨拶に立った小川知事は「ブラジルは地理的には遠いが、心の距離は非常に近いと思っている。これを機会に福岡を知ってもらい、よりブラジルとの交流を深めていきたい」と話した。会場には『日本祭』にも出品された柚子胡椒を液状化した液体調味料「ゆずすこ」や、高級ブランド茶「八女茶」、数種類の日本酒などの試食・試飲コーナーが設けられたほか、同県からブラジルに進出している衛生陶器会社「TOTO」、産業用ロボットなどを製作する「安川電機」の2社の製品展示ブースも出展された。福岡県人会から手伝いとして参加し、同県の大学に留学経験を持つ南マルガレッチさん(29、四世)は「大好きな福岡という街を、もっとたくさんの人に知ってもらいたい。こういうイベントは大歓迎です」と笑顔を見せた。県人会青年部の天竜太鼓グループによる和太鼓も披露され、大きな喝采を浴びていた。
母県から伊藤県知事らが出席 記念誌編纂、先没者慰霊碑を設置 在アルゼンチン鹿児島県人会(加藤リカルド会長)の創立100周年記念祭典が8月26日、ブエノスアイレス市内の沖縄県人会館で開催された。同国で100周年を迎えた県人会は同県が初めて。祭典は第1部記念式典と第2部芸能祭で構成され、母県からは伊藤祐一郎県知事、金子万寿夫県議会議長をはじめとする計14人の慶祝団が出席。内外の来賓を含む県人会員約380人が一堂に会した。 在亜鹿児島県人会は、第1回笠戸丸でブラジルに移住した同県人約50人が1909年にアルゼンチンに転住し、2年後の11年に創立。現在、会員は550世帯、約1600人が在籍している。当初は昨年、100周年記念式典を開催する予定だったが、東日本大震災発生と亜国の政治的混乱などの影響で、今年に延期されたという。 100周年記念企画として同県人会では、(1)100年間の歩みと会員名簿を作成することを目的としたスペイン語版100周年記念誌の編纂(2)先没者会員慰霊碑の設置を実行する。(2)は、ブエノスアイレス市内の仏教会の納灰壇を購入し、他界した会員の名簿を納入する。また毎年、同碑前で慰霊祭を行う予定だ。 田上英昭100周年祭委員長のあいさつで開幕した式典には、園田昭憲ブラジル鹿児島県人会会長や園田八郎パラグアイ同県人会副会長ら南米からの来賓も出席。加藤会長は式典あいさつで、同県人会設立までの経緯を話し、亜国の日系社会で初めて100周年を迎えることができた喜びを表した。 伊藤県知事は亜国での鹿児島県民の団結力の強さについて褒めたたえ、金子議長は今後、同県人会員など県にゆかりのある県費留学生を増やしていく考えを明らかにした。 続いて行われた慰霊祭では、100周年企画で設置された先没者会員慰霊碑の除幕式が行われ、加藤会長、伊藤県知事らが同碑に献花した。その後、伊藤県知事は80歳以上の23人の1世高齢者及び功労者を表彰して祝詞を述べ、薩摩錫(すず)器や金杯を贈った。 第2部の芸能祭では、日本舞踊や和太鼓などの伝統芸能が中心に紹介されたほか、鹿児島県民謡の代表格「おはら節」のリズムに合わせて踊りが披露された。 同祭典に出席したブラジル鹿児島県人会の園田会長は「アルゼンチンでは、まだ現役の1世の方々が多いにもかかわらず、青年部が中心となって頑張っていた」と亜国県人会の印象を語った。 2012年9月12日付
ニッケイ新聞 2012年9月12日付け 【既報関連】長崎市の田上富久市長、鶴田誠二市議会副議長、市議4人ら同市からの慶祝団は、2日に行われた長崎県人会の「創立50周年記念式典」に先立ち先月28日から3日間、今年で姉妹都市提携40周年を迎えるサントス市を訪問した。28日、一行は同市役所でジョアン・パウロ・タヴァーレス・パパ市長、中井貞夫市議、マヌエル・コンスタンチーノ市議会議長らに迎えられた。長崎市からは、同市内での路面電車路線を営業する「長崎電気軌道株式会社」の路面電車一車両をサントス市に提供することが決まっており、到着は2年後を見込む。田上市長から鍵とハンドルを受け取ったパパ市長は両市の姉妹都市関係や同地日本人会の重要性を強調し、「長崎とサントスは共通点が多く、特別な親しみがある」とのべ、今後も関係を強化したい考えを示した。中井市議は親善団の訪問は意義深いものだったとし、「コーヒーやサッカーの文化だけでなく、サントスには投資の機会もあることを知ってもらえたと思う」とのべ、経済面での交流の可能性にも期待した。また、29日にはサントスFCのジュニアユースチームと長崎市の中学生選抜チームが親善試合も行い、30日には人気のネイマール選手らとの交流会も設けられた。(本日付5Pに関連特集)
  ユネスコ無形文化遺産に登録されている沖縄琉球舞踊の公演会が旅行代理店インテルバン・ツーリズモ(中宗根勝代表取締役)の主催で8月26日、聖市リベルダーデ区の沖縄県人会本部会館で催された。 同公演はブラジル琉球舞踊玉城流扇寿会の斉藤悟主宰(26、3世)が中心となり、同会員約30人が出演。母県からも宮城流能里乃会の嘉数道彦師範(33)、玉城流翠扇会の阿嘉修師範(40)を迎えて行われた。母県からの参加は18年ぶりとなり、会場は立ち見客も大勢出るほど盛況となった。 午後1時からの部では「琉球の華~組踊の世界」と題し、伝統的な組踊りや嘉数師範が制作した新作の「桃太郎」が披露され、午後5時からの部では「沖縄の情け~沖縄芝居」と題して歌劇が披露された。 また、会場には古いウチナーグチを理解できない人のために、舞台横のモニターにポルトガル語と現代日本語の字幕が映し出され、初めて見る人にも分かりやすい公演となった。 2012年9月12日付
平成24年度外務大臣表彰伝達・祝賀式が8月28日午後2時から在聖日本国総領事館で開催され、同領事館管轄地域で今年度受章した松尾治氏(73、福岡、帰化人)、森口イナシオ氏(77、2世)、吉岡黎明氏(75、2世)が表彰状を受け取った。式には受章者の家族や友人、日系社会を代表する来賓が祝いに訪れ、3氏の功績に賛辞を送った。 松尾氏はあいさつの冒頭で「この受章は私個人に対するものではない」と言い、これまでかかわってきた日系団体や関係者の協力によるものだとした。また、「これらの活動が思う存分できたのは、陰で支えてくれた妻と子どもたちのお陰です」と家族に対して謝意を述べた。 援協の事業に27年間携わり、2011年までの2期4年間は会長も務めた森口氏は、「互いに助け合うということを実行できたことに感謝」とあいさつ。「子どものころ両親から『互いに愛し合いなさい』と教えられたことが一番大事なこと」と自身の原点について語った。 最後に表彰状を受け取った吉岡氏は、「受章の理由が見当たらない」と戸惑いながらも、多くの関係者が式に訪れたことに感謝の言葉を述べた。また、日系社会に対する貢献は「1979年に外務省の研修生として日本へ行かせてもらった恩返し。45日間日本で過ごした研修で日本の文化や経済を学べて、とても良い研修だった」と話した。 小林雅彦首席領事から3氏へ表彰状と記念品が授与された後、懇談の場が設けられた。木多喜八郎文協会長の音頭で乾杯した来場者は、表彰状を手にした3氏を囲み歓談を楽しんだ。 2012年9月11日付