本日付社会面に掲載したように県連主催のロードレースが大赤字となった。赤字額は現時点で10万レアルだが、これは7月末までの収支だ。7月月末にロードレースが開催されたことを考えると、8月の支出が多くなり赤字額はまだまだ膨れ上がる。素人がイベントに手を出すと大やけどする。今回のケースがそうだ。いくつもの疑問がある。収支の全容が明らかでないため、表面に出たことだけで判断せざるを得ないのだが、あまりにも無謀としかいえない▼ まず、イベント発表から実施まで4カ月しかなかった。しかも、これは当初の開催時期を1カ月あまり遅らせての話だ。この種のイベントを4カ月で資金を集め、広報して参加者を集めるというのは至難の業だ。イベントを手掛ける人は、このような短い期間では受けることはしない。これが常識だ。推測になるが、総予算は20万~30万レアルだろう。この資金を2カ月で集めることができると考えたのなら、お人好しか、計算のできない無能者としかいいようがない▼ このロードレースを推進した県連役員は、最初からフェスティバル・ド・ジャポンの余剰金を目当てにしたとしか考えられない。ある県連幹部は「数社がスポンサーになってくれる予定だったが、断られたために赤字になった」と言うのだが、断られたのが7月に入ってからだという。イベントを実施するかどうかは、まず、資金の確保のめどがついてからゴーサインを出すのが常のはずだ。少なくとも、開催3カ月前には資金確保できなければ中止する。県連のやり方は常軌を逸しているとしかいいようがない▼ 予算案を代表者会議で発表せず、承認を得ないまま独走したことは背任行為だ。最初から推進派の役員が赤字覚悟でこそこそと動いたといわれても反論の余地はないだろう。そもそもロードレースを県連が行う大義名分があったのか。代表者会議で発表された時、反対者がいなかったことも不思議だ。要するにチェック機能がなかったのだ。県連執行部は、フェスティバル・ド・ジャポンの収支決算で黒字を出してお茶を濁そうという魂胆だろうが、それは許されるものではない。少なくても9月の代表者会議でロードレースを推進した人たちは経緯を説明し、何らかの責任を取るべきだ。(鈴) 2012年9月5日付
Mês: setembro 2012
会場には、トレス・キャンパス長(40)をはじめ、同大国際事業総務係のマリア・カネバロロさん(53)、ソロカバ日伯文化体育協会の西原健一会長(62、2世)、梶山ルイス同副会長(50、3世)、谷川マリオ和彦ソロカバ市財務経済長官(64、2世)などが出席し、計約30人が来場した。 トレス・キャンパス長は、「鹿大とサンカルロス大の関係がより濃密になることを期待している」と笑顔であいさつ。続いて、鹿大生が日本文化について六つのグループ(桜島、アニメ、日本のスポーツ、日本の食文化、日本語、日本のトイレ)に分かれて英語で説明した。 「桜島」について発表した桂木唯尋さん(19、鹿児島)と亀之園智大さん(19、鹿児島)は、桜島の灰を実際に見せて紹介するなど、来場者の目と鼻を楽しませた。 「今すぐ使える鹿児島弁講座」というテーマで日本語を紹介した前田理都さん(19、鹿児島)と田畑未来さん(19、鹿児島)は、簡単なあいさつなどをポルトガル語と日本語、鹿児島弁、奄美弁の4言語で伝え、来場者全員に発音をさせて会場を盛り上げた。 また、西村知世さん(20、鹿児島)と草野真希さん(19、鹿児島)は、「日本のトイレ」についてウォッシュレットや音姫(※)を写真や動画を使って説明し、会場から終始笑いが起きていた。 日本側の発表についてカネバロロさんは「日本のスポーツには尊敬の念があり、素晴らしいと思った。また、鹿児島の方言が面白かった」と述べ、森林技術コースのブルーナ・ゴンサルべスさん(19)は「日本のトイレの機能には非常に驚いた」と語った。また、コンピューター科学コースの関満さん(21、2世)は、「鹿大生は楽しそうに発表していた」と満足した様子だった。 その後、計5人のサンカルロス大生が同大の学生生活や森林技術コースの概要、自分たちで会社を作るプロジェクトなどについて英語で発表。続いて、サ大生が鹿大生にソロカバキャンパスの研究室などを見せて回った。 岩元海美さん(20、愛知)は「私たちの英語が拙(つたな)かったです。彼らの英語力に感心しました」と話し、田代奈央(21、熊本)さんは「伯大生のプレゼンテーションでのボディランゲージを見習いたい」と反省。桂木さんも「彼らは自分たちで企業を作ったりしようなど、考え方が能動的ですごいと思った」と伯国の大学生の行動力に圧倒されていた。 同発表会で司会を務めたサ大の山地実准教授(49、3世)は「学生が日本文化を学ぶ良い機会だった。今後、研究などで長期的に来てほしい」とうれしそうに話し、加藤教授は「鹿大生の発表は特色があり、非常に良かった。ブラジルの学生に英語力の差を見せつけられ、良い意味のショックを受けていると思う」と述べた。 学生一行は午後からイパネマ国有林を散策し、同日夜は同大学でカポエイラを見学した。 (※)音姫は、自分の排泄音を他人に聞かれることを防ぐために、水洗音などを擬似的に発する音響機器。 2012年9月5日付
ニッケイ新聞 2012年9月5日付け ブラジル中西部日伯協会(伊沢祐二会長)主催の『第2回マット・グロッソ日本七夕祭り』が先月31日~9月2日の3日間に渡ってマット・グロッソ州クイアバ市のショッピングセンター駐車場で開催された。「O Japao esta mais Chapa e Cruz do que nunca(日本もクイアバ市民の仲間入り)」のスローガンの下、七夕飾りと鯉のぼりが泳ぐ会場には昨年の約2倍となる約6万人が来場した。 今年6月に任期を終え帰国した大部一秋元在聖日本国総領事が、一昨年末にクイアバ市を訪問した際、「日系イベントを」と提案したことがきっかけ。フランシスコ・ダウトロ副知事主導で州政府の後援を受け、昨年9月末に初開催、約3万人を集客した。2回目となった今回の来場者は約6万人と倍増した。クイアバ市とマット・グロッソ州の公式行事として登録されたほか、州政府からの助成金は10万レアルから23万レに。名実ともに地域を代表する日系イベントに成長した。開会式には、ジョアン・ライノ同州文化局長、ルイス・ポサン同市文化局長、在聖日本国総領事館の中山雄亮副領事らが出席した。挨拶に立った尾崎堯名誉実行委員長は「単なる一つのイベントではなく、日伯の親善交流と日系コロニアの連携・親善にも大きな役割を果たす祭りとなった」と挨拶。ダウトロ副知事も「多くの人々を魅了し、州内外を問わず、多くの観光客を呼び込むことが出来る」と開催を喜んだ。ロンドノポリス、シノッピ、タンガラなど同州各地の日系団体による28の食ブースと15のバザリスタが並んだ。今年6月に結成された「クイアバ老壮会」も手作り料理とリサイクル品販売のバンカを出店。播磨政美さん(61、北海道)は「会として初めてのイベント参加。仲間と協力して作業するのは楽しい。日本人の絆が深まるね」と笑顔。メインステージでは3日間を通して和太鼓、YOSAKOIソーラン、ストリートダンスやカラオケなど多彩な演目が披露された。中尾勝子さん(66、二世)=クイアバ市=は「日本文化を伝えるイベントがクイアバにも誕生したことは本当に嬉しい。ステージで歌う孫の姿も見ることが出来たし、言うことなし」と満足げに語った。3日間忙しげに会場を走り回っていた伊沢会長は「駐車場の不足などの反省点はあるが、これだけ多くの来場があったことは嬉しく思う。さらに知名度を上げられるよう活動していきたい」とほっとした様子を見せながらも次回開催に向け、表情を引き締めていた。
A renomada artista plástica japonesa Kazuko Iwai, radicada no Brasil desde a década de 1960, abre a...
ニッケイ新聞 2012年9月4日付け 存続の危機を乗り越え、半世紀の節目祝う―。ブラジル長崎県人会(川添博会長)の創立50周年記念式典が2日、聖市の北海道協会会館で開かれた。母県から来伯した中村法道知事、長崎市の田上富久市長ら記念親善訪問団20数人が来賓で参加し、県人会会員や各県人会代表ほか、日伯政府関係者、各日系団体代表など約300人が集まった。2008年末の会計不祥事を発端に会の存続自体が危ぶまれたが、今年に入り騒動に一定の区切りがついたという活動正常化宣言の後、式典開催に向け着実に準備を進めてきた。県人会と長崎県を通じた日伯両国のさらなる相互交流の発展を誓いあい、名実ともに次のステップへと踏み出した。 大河正夫副会長の開会の辞に続いて、日伯両国歌を斉唱。先没者へ一分間の黙祷を捧げた後、「皆さんこんにちは! ようこそいらっしゃいました!」と元気に会場に呼びかけた川添会長は、式典開催への感謝の意を示した上で「平和を愛する団体とともに進んでいきたい」と力強くあいさつした。中村知事は、ブラジルが今後世界で果たす役割は益々重要なものになるとしたうえで、1973年から実施している海外技術研修員制度で、これまでに84人の研修生を受け入れたと紹介。「これからも様々な分野での研修を継続し、帰国後は県人会活動の中心となって活躍されることを願う」と語った。続いて渡辺敏勝県議会議長が祝辞をのべ、今回が初めての来伯という田上長崎市長は、「(滞在中、県人会の皆さんと)言葉を交わし笑いあったことは大きな思い出。一人ひとりに山あり谷ありの人生があると感じた」と感想を語った。宮本明雄・諫早市長からの祝辞が代読され、同市の伝統芸能で、両手にそれぞれ2枚の皿を持って踊る「皿踊り」の皿400枚とハッピ10枚が県人会に提供されたことが報告された。その他来賓らの挨拶に続き、知事、市長から県人会へ助成金、県人会から訪問団へ記念品が贈呈され、知事から県人会顧問の貞方賢彦さん、相談役の金ヶ江城治さん、八木健寿さんへそれぞれ功労者表彰が行なわれた。また知事から約30人の高齢者(85歳以上)表彰が行なわれ、聖市在住の樋口愛子さん(91)が代表して謝辞をのべた。創立時からの会員で、夫の哲夫さん(故人)が西彼杵郡琴海町出身。「ちゃんぽん作ったり、こどものそのに慰問に行ったり。50年色々やってきましたよ」と懐かしそうに振り返った。式典後の祝賀会では、ケーキカットに続いて記念のアトラクションが次々と披露された。特に訪問団一行による長崎の蛇踊りは会場を大いに沸かせ、エスコーラ・ナガサキの生徒による「長崎の鐘」の合唱では知事や市長も壇上に上がってともに歌い、温かな雰囲気に包まれた。
県連(園田昭憲会長)の8月度代表者会議が、8月30日午後4時から文協ビル1階14号会議室で行われた。会議では来年の第16回日本祭りや弁論大会&スピーチコンテストなどの9項目について話し合われた。 第16回日本祭りについて園田県連会長が、実施困難であることを明かした。その理由として、実行委員長を引き受ける人材がいないこと、開催場所が決まっていないこと、場所代が未定であることの3点を挙げた。 実行委員長未定問題について園田会長は、「10月までに動きださないと出店企業との兼ね合いがあり、厳しい状況下に置かれている」と説明。さらに、同祭の開催場所であるイミグランテス展示場は現在、入札にかけられており、新しい所有者によっては場所代の値上げや同敷地内に新しい建物を建設するなどの可能性があり、場所を変えざるを得ないという問題がある。 これらの問題を含めて会議では資金の見通しがつかないため、来年度の開催を見合わせる案と、場所を変えて継続実施する二つの案が出された。 神奈川県の大矢進貞副会長は「する、しないの問題ではない。同祭は県連だけのイベントではなくコロニアのイベントで、世界最大の日本祭り。日本の最先端技術を紹介したり、内閣総理大臣を呼ぶなどして、国レベルの規模までもっと大きくしたい」と意見を述べた。園田会長は「場所代が高くなったとしても、私がスポンサーを集めてどうにかします」と宣言し、会議を締めくくった。 会議後、岩手県人会の千田曠曉会長は「資金的な問題があるので、これ以上県連に負担をかける必要はない。一回休むのも一つの手だと思う」との見解を語った。一方、新潟県人会の南雲良治会長は「場所代が少々高くてもやるべき。一回休んだら元に戻すのが難しい」と反論。香川県人会の菅原パウロ農夫男会長も「絶対に続けるべき。日本祭りはに普段来ない若い県人会員が毎年来てくれて、彼らも楽しみにしているから」と、その理由を説明した。 2012年9月4日付
中村県知事ら慶祝団23人が来伯 ブラジル長崎県人会(川添博会長)の創立50周年記念式典が、2日午前10時から聖市ビラ・マリアーナ区の北海道協会交流センターで開かれた。母県からは中村法道長崎県知事、渡辺敏勝県議会議長、田上富久長崎市長、鶴田誠二同市議会議長など23人の慶祝団が来伯して出席し、亜国やパラグアイの同県人会からも代表者が訪れた。川添会長は「常に、おいたちは長崎んもんばい(私たちは長崎の人間だ)という古里を思う気持ちがあった。次世代へとバトンをつなぎ、さらに母県との交流を拡大していきたい」とあいさつした。 晴天に恵まれた式典には国内外から県人会員や来賓など約200人が参列して半世紀の歩みを祝った。中村知事が「県人会は母県と友好親善を深める大切な財産。海外技術研修員の受け入れなどを継続していく」とあいさつすると、渡辺県議会議長も「県人会の2世3世が、古里を学ぶ場にしてほしい」と続けた。 また、田上市長は「今回の訪問では海外技術研修員のOBとの意見交換会を行い、聖州立長崎県小学校と長崎の小学校が交流を行うことが決まったほか、長崎の伝統芸能を引き継ぐ県人会に龍(じゃ)踊りで使う、龍の頭を寄贈することになった。絆を未来へつなげてほしい」と願いを込めた。 このほか、在サンパウロ日本国領事館の小林雅彦首席領事は同県人会の活動について「広島県人会と共にレジストロ市やイビラプエラ公園で実施している灯籠(とうろう)流しや8月9日に行っている慰霊ミサ、さらには原爆写真展の開催など平和の大切さを伝える活動に力を入れており、総領事館としても感謝している」と述べた。 この後、同県人会の貞方賢彦顧問、鐘ヶ江城治相談役、八木健寿創立会員が功労者として母県より表彰され、85歳以上の高齢者28人(出席者11人)にも知事から表彰状が手渡された。 表彰された樋口愛子さん(91、山口)は1921年に家族と共にブラジルに渡り、モジアナ線のグラビーニョスでカフェ栽培から始めた。2年後に平野植民地に入ったが、マラリアから逃れるためバストスへと移り住んだ。樋口さんの父親はバストス産業組合の溝部幾太専務理事。46年3月に勝ち組から暗殺された。 樋口さんは波乱万丈の人生を振り返り、「私は山口出身だが、主人が長崎出身なのでずっと長崎県人会に入っている。長崎には3回行った。子どもも育て上げたし、いつ死んでもいい。今でも買い物も掃除も自分でしている。今日もメトロで1人で来た」と元気いっぱいに話した。 アトラクションでは、長崎との交流が再開した長崎県小学校の児童がステージで、平和を願う「長崎の鐘」を合唱。中村知事や田上市長、小林首席領事らも壇上で共に歌った。 このほか、県職員らがさだまさし作曲の「長崎がんばらんば体操」を披露。最後には参列者全員で諫早市から寄贈された法被を着て「皿踊り」。終始、笑顔溢れる式典となった。 2012年9月4日付
2日に開催されたブラジル長崎県人会創立50周年記念式典祝賀会で、田上富久長崎市長ら10人が舞台に上がり、長崎の伝統芸能「龍(じゃ)踊り」を摸した芸を披露し会場を沸かせた。 「龍踊り」は中国が起源で、五穀豊穣(ほうじょう)を祈る雨乞いの神事として始まったもので、龍がドラやラッパの音により、玉を追い求めて乱舞する長崎の伝統芸能。玉は太陽を表し、龍が玉を飲むことによって空が暗転し、雨を降らせると信じられている。 飛び込みで行われた龍踊り芸は、スーツのジャケットを裏返しに着た田上市長が玉持ち(龍が追いかける玉を持つ者)となり、龍頭(龍の頭)には渡辺敏勝長崎県議会議長が扮(ふん)した。渡辺議長は割りばしをネクタイで頭に縛り付けて龍の角にし、自らの口でラッパの音を再現。目を大きく見開いてすっかり龍になりきり、きょろきょろと田上市長の持つ割りばしに刺した玉(レモン)を探しては、舞台上を所狭しと駆け回った。 囃子方も、大きな鍋のふたをシンバル代わりに鳴らし、最も当選回数の多い吉原孝市議がユニークな解説で会場の笑いを誘った。 龍が舞台袖に消えると、会場からはアンコールという意味の長崎弁「もってこーい、もってこーい」という掛け声が飛び交い、盛り上がりがピークに達した。龍踊り芸の発表によって緊張していた会場の雰囲気が一変。出席者らは涙を流して大笑いし、和やかな雰囲気で交流を深めていた。 ブラジルを訪れる日本人には終始、仏頂面(ぶっちょうづら)で通し、県人会員にも親近感を抱かせない首長もいるが、龍踊り芸を見た園田昭憲県連会長は、「コロニアに大きな衝撃を与えた」と驚きを隠せない様子だった。 この、龍踊り芸は長崎出身の駐在員などがニューヨークや上海などでも行っており、コミカルな演出が世界各地で好評を博しているという。 2012年9月4日付
長崎市とサントス市は姉妹都市提携40周年を記念し、8月29、30日の両日、長崎市中学生選抜チームとサントスFCジュニアユースの親善試合を同クラブの練習場「Rei Pelé(王様ペレ)」で行った。 長崎選抜はサッカー王国ブラジルのパワーに圧倒され、29日は0―4、30日は1―5で敗れたが、引率した富永由道団長は「ブラジル初試合ということで気後れしていたが、選手にとって良い経験になった」と健闘をたたえた。 長崎選抜で唯一得点を決めた土井首中3年の朝日航平くんは「サントスの選手は一つ一つのプレーが早かった。シュートはフリーだったので狙った。得点できてうれしい」と試合を振り返った。 30日の試合後、同クラブの計らいでブラジル代表ネイマール選手との交流会が設けられると、選手らは目を輝かせてスターとの夢の時間を楽しんでいた。 2012年9月4日付
ブラジル地理統計院(IBGE)が8月31日に公表した調査結果によると、伯国の総人口は今年7月に推定1億9394万6886人になったことが分かった。同日付エスタード、フォーリャ両紙(ウェブ版)が報じた。 また、過去3回の調査(2000~12年)で特に人口が増加した都市は、10万~50万人の中規模都市だったことも示されている。同院ではこの結果について、伯国の人口増加が内陸部で顕著になっているためだと説明している。 伯国内の主要15州都では人口に大きな変動はなく、聖市(1137万人)、リオ市(639万人)、バイア州サルバドール市(271万人)、連邦直轄区ブラジリア(264万人)、セアラー州フォルタレーザ市(250万人)と続いている。これらの都市の人口を合計すると4075万人に上り、総人口の21・02%に相当する。 このほか、州都以外の大都市では聖州グアルーリョス市(124万人)、同カンピーナス市(109万人)、同サンゴンサーロ市(101万人)、リオ州ドゥッケ・デ・カシアス市(86万7060人)、同ノバ・イグアス(80万1740人)、聖州サンベルナルド・ド・カンポ市(77万4880人)という人口分布で、これらの都市の人口合計は1147万人で総人口の5・92%を占めている。 一方、人口10万人以下の都市では増加率が0%に近い都市も多いという。聖州ボラー市やミナス・ジェライス州セーラ・ダ・サウダーデ市の人口はそれぞれ807人と、伯国内で最も人口が少ない都市となっている。 ◆州人口聖州が最も人口が多く4190万人(総人口の21・6%)で、ミナス州の1985万人(同10・23%)、リオ州の1623万人(同8・36%)と続いている。反対に人口の最も少ない州はロライマ州で46万9520人(同0・24%)、さらにアマパー州の69万8600人(同0・36%)、アクレ州の75万8780人(同0・39%)と続いている。 2012年9月4日付
A comunidade nipo-brasileira, em especial a okinawana – além dos moradores da zona Leste de São Paulo...
Entre os dias 11 e 21 de setembro será realizado no Instituto de Psicologia (IP) da USP,...
【既報関連】鹿児島大学(鹿大)の吉田浩己学長、前田芳實同大理事、同大農学部森林管理学の寺岡行雄准教授、鹿大OBの高原要次さん(59、福岡)と松村滋樹さん(69、鹿児島)が、ブラジル北部のアマゾン地域や中部セラード地帯の視察を終え、その報告のため8月27日に本紙を訪れた。 吉田学長は今回の視察を通して、日本移民の苦労と各土地に合った形で展開してきた農業形態について理解することができたと説明。特に印象的だった場所について、パラー州のトメアスー移住地だとし、「トメアスー移住地では、長い歴史の中で試行錯誤して今の地位まで到達した歴史や背景に感動した」と話した。 また、べレン市内のアマゾニア農科大学では、両大学の学長を交えて互いの大学の概要について説明を行ったという。吉田学長は短い時間の中で、「両大学の学校間協定へ大きく前進した」と自信に満ちた表情で語った。 前田理事は「ブラジルの多様な農業の形態を学んだ。農・水産学部の学生に肌で感じさせることは大事だと思った」と話し、寺岡准教授は「スケールの大きい農業、アマゾン川の水産業など見るものすべてが新しかった。学生研修でブラジル南部だけでなく、違うエリアにも可能性が出てきた」と今後の展開を示唆した。 高原さんは「大変良い成果が得られた。特にアマゾン農科大学との交流の第一歩ができたことは大きいと思う」と語り、吉田学長は「鹿大生が『進取の精神』を学ぶという観点から言えば、ブラジルは素晴らしい教材がある土地」と自身の目で見た体験を踏まえて満足した様子だった。 一行は、8月27日に帰国した。 2012年9月1日付
電車のハンドルを寄贈 【既報関連】長崎市と聖州サントス市は8月28日午前10時から、両市の姉妹都市提携40周年を祝う記念式典をサントス市役所応接室で開催した。式典には長崎市から田上富久市長や40年前に聖州に移住し、12年間をブラジルで過ごした鶴田誠二長崎市議会副議長の5人が出席。また、今回の記念行事の一環としてサントスFCジュニアユースと交流試合を行う長崎市の中学生選抜チーム15人も参列した。 長崎市は友好の証しとして2014年に長崎電気軌道(松本容治社長)の路面電車をサントス市に寄贈することが決まっており、今回の式典では電車のハンドルなどの部品を目録代わりに用意。田上市長が「両市の友好関係を未来につなげるために」と手渡すと、サントス市のジョアン・パウロ・タバレス・パパ市長は「こんなにうれしいことはない」と感謝し、両市長は握手を交わした。 この後、同市内のサーフィン博物館で両市が共催する原爆写真展のオープニングセレモニーが行われ、田上市長は「毎年、8月9日にサントス市民が集会を開いて平和を祈っていることに心から感謝したい。街同士が仲良くなる姉妹都市制度の目的は平和にある。一人でも多くの人に写真展を見てほしい」と訴えた。 会場には原爆の悲惨さを伝える約50枚のパネル写真が展示され、このうち15枚は今年新たに長崎市からブラジル長崎県人会に送られたもの。深堀中学3年の長谷川航太くんは「長崎で原爆の写真はたくさん見てきたが、改めてブラジルで見ると戦争は恐ろしいという気持ちになった」と話していた。写真展は今月2日まで開催され、サントス市公立学校の生徒らも平和学習に訪れる。両市は8月30日までサントスFCとの交流試合を行うなど親交を深めた。 このほか、田上市長は4日にリオ市長を平和市長会議の副議長として訪問。リオ市を南米の平和市長会議の活動拠点となるよう申し出を行う予定。 2012年9月1日付
ブラジル北海道協会の婦人部「はまなす会」(柳生エレーナ会長)は、8月26日午前11時から聖市ビラ・マリアーナ区の同会会館で第16回ラーメン祭りを開催した。 同祭には例年約400人が来場しているが、今年は初めてフェイスブックを使用して宣伝した結果、早い時間から多くの人が集まり、終了時間前にラーメンは完売した。 同会のラーメンは、鶏ガラや豚骨で作るしょうゆベースのスープに、メンマやのり、卵、ねぎ、チャーシューなどが具材として添えられている本格的な札幌しょうゆラーメンで、はまなす会の会員は3日前からスープの準備をしたという。 友人5人で来場した女性たちは「とてもおいしいので毎回来ています」と満足げだった。 当日はラーメンのほか、ひじきおこわ、あんみつ、いちご大福なども販売され、ビンゴや舞踊の披露も行われた。 11月には納豆餅の販売もある餅つきが行われる予定で、会員らは早くも次回イベントに向けた宣伝を行っていた。 2012年9月1日付
SALVADOR: Festival do Japão de Salvador atrai mais de 50 mil pessoas que trocam o axé pelo Bon Odori
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No último final de semana (25 e 26), foi realizado VI Festival de Cultura Japonesa – XXI...
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