60周年向けて実態調査推進も
「戦後に若い青年隊がブラジルに来たことで、沖縄県人会の継続・活性化に寄与した」―。ブラジル沖縄青年協会(石川繁会長)主催の沖縄青年隊移 民55周年記念祝賀会が、14日午後3時から聖市リベルダーデ区の沖縄県人会本部会館で開催され、青年隊約30人をはじめその家族など約300人が一堂に 会した。同会ではこれまで10年ごとに節目の祭典を催してきたが、今回から5年ごとに行うとし、5年後の60周年に向けて会員の実態調査も行っていく考え だ。
沖縄青年隊は、戦後復興が遅れた沖縄で海外移民及び郷土の中堅として活躍しようとする青年たちに、共同生活、講義や実習を通して技術・精神力を身に付けさせることを目的に、1955年に設立された。
同協会が発行した「沖縄青年隊写真集―写真で見る50年の歩み―」によると青年隊は、沖縄産業開発青年協会(初代理事長=瑞慶覧長仁氏)の送り出 しにより1957年4月11日に第1次隊30人がサントス港に到着。同9月に第2次43人、同10月に第3次25人の計98人を起点に、64年の第14次 隊まで303人がブラジルの土を踏んでいるという。
この日の祝賀会では、先亡者への黙とうの後、石川会長があいさつ。青年協会及び沖縄県人会の世話で広大なブラジルに受け入れてもらったことに感謝 の意を示し、「20代でブラジルに来た我々も今は年を取ったが、青年隊の気持ちは失っていない」と強調。303人の青年隊のうち既に約70人が他界してい るとし、5年後の60周年に向けて会員の実態調査を行っていくことへの協力を呼び掛けた。
引き続き、与那嶺真次同県人会長が祝辞を披露。戦後の沖縄県の厳しい状況の中で青年隊が渡伯し、県人会活動に活力を与えたことに触れ、「青年隊の応援がなければ、県人会は今のような発展はなかったと思う」とその貢献を褒めたたえた。
子弟を代表して日系3世の久場ミキさん(17)が、今や祖父の世代となった青年隊たちへの感謝の言葉を述べた後、この日集まった約30人の青年隊たちが当時の「青年隊綱領」を読み上げるとともに「青年隊隊歌」を熱唱した。
58年に第4次隊員として渡伯した山城勇さん(84)は改めて青年隊の歴史を振り返り、女子青年隊も含めると約330人が海を渡ってきたことを紹 介。今後も5年ごとに祝賀会を開き、継続していくことの大切さを強調し、「ビーバ、カリー、ビーバ青年隊」と乾杯の音頭を取った。
女子青年隊を代表して3人で一緒に記念のケーキカットを行った仲田光子さん(73、第1次)は、同青年隊として先にブラジルに来ていた夫の呼び寄 せで60年9月に渡伯。本紙のインタビューに対して名護市で3か月間の事前研修として、調理、農作業やポ語学習などを行ったことを教えてくれた。
第1次隊で57年に来伯し、ブラジル沖縄青年協会会長も務めた経験のある久場政忠さん(76)は、実業家で沖縄県人会長及び沖縄文化センター理事 長などを歴任した故花城清安氏の世話で隊員10人と共に聖州ジュキア線ラポーゾ・タバレスに入植後、聖市で約40年間フェイランテ(青空市場)を行ってき たという。
「終戦後の沖縄は物もない時代で、外国に出たいとの思いで同期30人と一緒に20歳の時にブラジルに来ました。花城さんのところで1年半ほどお世話になった後は金がないので、サントスに行って人夫の仕事をしたこともありました」と久場さんは当時を振り返った。
祝賀会では開幕合同演奏を皮切りに琉球舞踊や民謡のほか、青年隊によるカラオケも披露され、隊員たちは懐かしい顔ぶれと共に節目の行事を祝った。
2012年10月19日付
