二日市副知事ら約20人が来伯 基調講演で「県政の概要」紹介 ブラジル大分県人会(矢野敬崇会長)は21日午前9時から、聖市リベルダーデ区の宮城県人会館で同県人会創立60周年記念式典を開催した。式典 には、母県から二日市具正(ふつかいち・ともまさ)副知事、志村学県議会議長ほか5人の公式訪問団に加え、村上健一立命館アジア太平洋大学事務局長や日本 各地からの一般慶祝団10人が来伯して出席。伯国側からは、福嶌教輝在聖総領事、羽藤ジョージ聖州議、安部順二連邦下議、園田昭憲県連会長、菊地義治援協 会長、山下譲二文協副会長らも出席し、総勢約200人が節目を祝った。 開式に先立ち、同県出身の浄念信行導師による先亡者追悼供養が行われ、二日市副知事や矢野会長も追悼文を読み上げた。 式典は福本真澄副会長の開会の辞で始まった。日伯両国歌斉唱、先没者への黙とう、来賓紹介と続き、矢野会長が式辞を披露。矢野会長は、「ひと口に 60周年と言っても、いかに大変なことだろうか。企業は一般に10年たつと100社に数社、20年たつと1000社に数社しか残らないと言われるが、これ を考えると、大分県人会の事業の大切さが分かると思う」と、同県人会の役割を強調した。また、県人会を支える関係者らへの感謝と、今後若い世代が担ってい く日伯両国の平和への期待を述べた。 次に、今年7月に発生した九州北部豪雨への対応などで出席できなかった広瀬勝貞県知事に代わり、二日市副知事が祝辞を読み上げた。二日市副知事 は、大分県出身のブラジル日本移民及び同県人会のこれまでの真摯(しんし)な取り組みや功績をたたえ、敬意を表明。また、豪雨や昨年3月の東日本大震災の 際に多くの義援金と支援を送った県人会への礼を述べ、大分県政の今後の展望を語った。 志村県議長、福嶌総領事、羽藤聖州議員、安部連邦議員や園田県連会長らがそれぞれ祝辞を贈り、祝電披露に続いて二日市副知事より、県連、文協、援協、日本語センターの日系4団体へ記念奨励金が手渡され、菊地援協会長が謝辞を述べた。 伯国議会は広瀬県知事、志村県議長、矢野会長に対して顕彰を行い、記念品が手渡された。 二日市副知事は永松通一同県人会元会長、柿坂公正同県人会前会長を表彰したほか、同県人会の会員ら9人に感謝状を贈呈。また、米寿を迎えた赤嶺保...
Dia: 23 de outubro de 2012
21日に行われた大分県人会創立60周年記念式典。とてもめでたい行事だったのだが、幾つか残念な点があった。まずは、式典に先立って行われた先亡者追 悼供養でのこと。午前9時からの開始であったにもかかわらず、席は当初半分程度しか埋まっていなかった。供養が始まってからも、会場入口からは話し声が絶 えず、途中入場者も多かったことから、とても先人を追悼する雰囲気ではなかった。式典の内容が良かっただけに、後味の悪い印象となってしまった。 ◎ もう一つ気に掛かったのが、安部順二下議の祝辞。わざわざ母県から来た二日市副知事や志村県議長らも10分程度にまとめてきた来賓祝辞を、同氏は 約30分にわたり日本からの人たちが理解できないポルトガル語で延々としゃべり続けた。日系社会へのアピールチャンスととらえたのかは分からないが、まる で選挙演説でも聞かされているような気分になった。主役が誰だか履き違えていたのでは。 ◎ 聖市リベルダーデ区で知人と立ち話をしていた時、ガルボン・ブエノ街とバロン・デ・イグアペ街の交差点で「ドスン」と鈍い音がしたと思ったら、 60~70代とみられる日系男性が車に当てられ道端にうずくまっていた。すかさず、周りのブラジル人が助け起こし、同氏にぶつけた非日系女性も車から降り て安否を気遣っていたが、謝罪の言葉は無かった様子。高齢になると視界が狭くなりがち。横断歩道を渡る時でも、車には十分気を付けていただきたい。 2012年10月23日付
ふるさと巡り2日目も、初日に続いて晴天に恵まれた。一行は午前8時にブラジリアを出発。約155キロ離れたゴイアス州のアナポリスへ向かい、同地の日本人会(松原ジョルジ会長)と交流会を開いた。 県連職員の伊東信比古氏は「これまでふるさと巡りでは、アナポリスに行ったことがなかった。今回、ブラジリアに行くからにはぜひとも行きたかった。このツアーの魅力はなんといっても現地の人との交流にある。それでみんな病みつきになるんだ」と同ツアーの魅力を語った。 アナポリスは標高1000メートルのセラード地帯で、人口は約33万人。18世紀末にバンデイランテス(奥地探検隊)が開いた街だ。同会の創立者 の一人、平子圭造さん(86)によると「街ができたのは105年前。初めて日本人がやって来たのは1929年だと聞いている」という。平子さんは三重県出 身。カフェやミーリョを育てており、バール・ジャポネーザ「旭」も経営していた。アナポリスに来てからは野菜の仲買いで生計を立てた。 平子さんら27人によって文協が設立されたのは63年。設立時は97家族の日本人会員がおり、現在は250家族が住んでいる。最初の会館ができた のが88年。それまで様々な会合は平子さんの家で行われていた。いわば日系の長老だ。「ここはサンパウロやパラナから来た人が多い。仕事はいろいろあっ た。野菜や大豆やバタタも作れたさ」と笑った。 来年は同会設立50周年に当たるため、松原会長は会館の増築、コジーニャ(台所)の改修やサッカー場の建設などを計画しており、会員から寄付を集 める予定だ。「母の日や運動会になると、この会館がいっぱいになって入りきれない」と、うれしい悲鳴だ。年に3回の焼きそば祭りを開いており、毎回 200~300人の来場があるという。だが、青年部の活動が興隆しているわけではなく、日本語学校も盛況というわけではない。タグアチンガとは事情が違う ようだ。 93年には30周年を記念して記念誌を製作。日本語版を製作した村松仁志さん(71)は、妻と共に非公式の日本語学校を開いていたが、6年前から 自然消滅している。妻の幸子さん(73)は「一時は青年部120人が全員入っていた」というが、結婚やデカセギなどで青年部の活動規模が縮小していくと同 時に、日本語学校の生徒数も激減。デカセギ帰りの若者も「せっかく覚えて帰ってきたのだから、『もったいないから日本語で話しなさい』といっても日本語を 全く話さない」と嘆く。 「マンガやアニメが好きなブラジル人以外からしてみれば、日本語は役に立たない言葉のよう」。幸子さんは寂しそうにつぶやいた。(つづく、植木修平記者)...
葉隠館創立30周年記念祝典が9月16日、聖市アクリマソン区にある佐賀県人会館で開催された。 1982年に設立された葉隠館は同県出身の剣士が指導にあたり、これまで多くの剣士を輩出している。同祝典には、来賓としてブラジル剣道連盟の玉置正顧問、吉村幸之会長同県人会長らが出席した。 2012年10月23日付
聖州水道会社(SABESP)の吉本マサト理事は、25日午後7時から聖市リベルダーデ区の広島県人会館(Rua Tamandaré, 800)で講演会を行う。主催は広島県人会(大西博巳会長)。 吉本理事は日系2世で、2004年よりSABESPの理事となっている。講演テーマは「SABESPについて」で、当日はJICAとの関係についても講演する予定。 本紙を訪れた平崎靖之同県人会理事は、「日系人がSABESPで理事をされていることはあまり知られていないが、ぜひ皆さんに吉本理事の活動を知ってほしい」と来場を呼び掛けた。入場無料。 問い合わせは、同県人会(電話11・3207・5476)まで。 2012年10月20日付
ふるさと巡りでは、どこに行っても会うのがコチア青年だが、ブラジリア文協でも55年に渡伯し、60年に同地へ入ったというコチア青年1期生の高柳治郎 さん(82)と会うことができた。高柳さんは埼玉県出身。聖州アルバレス・マッシャード、ピラール・ド・スールを経て、この地に入った。「いつの間にかブ ラジリアも大きくなった。人口は300万人だよ。衛星都市の中ではタグアチンガが一番大きいねえ」と街と一緒に歩んできた日々を振り返った。 隣に座っていた9期生の平沢淳さんも「ブラジリアに入って良かった。満足しているし、感謝している」としみじみ。コチア青年はいつまでも「青年」のままだ。 「ここは、ブラジル中を転々としていた輩が集っただけよ。みんな百姓だったから、たまたま首都建設に立ち会い、国の役にも立った」と笑い飛ばすの は、長崎県出身で元文協会長の吉田繁治さん(72)だ。20歳の時、地元の島原市を開発青年隊として飛び出し、最初はイビウーナの養鶏所に入った。独身時 代はカミヨン(トラック)でベレンまで行ったりと、随分武勇伝をつくってきた。 「ブラジリアに入って50年だが、その前はガリンペイロ(採金夫)としてセーラ・ペラーダにも行ったよ。あそこでは泥棒を働くような悪いやつはみ んなから銃で殺された」と壮絶な環境を語ってくれた。ブラジリア入植後は、「掘っ立て小屋にみんな住んでいた。だけど、農家のために政府は鶏糞や石灰を軍 用機で運んでくれた」と話し、ガリンペイロらしく「ブラジリアに来た人はソルチ(幸運)さ」と付け加えた。 多くの人と話し込んでいたが、ステージに目を向けると老人会婦人部が本格的な日本舞踊を披露している。婦人部長の高橋房子さんは「同婦人部で踊りを踊るのは15人。毎週1回の練習は今も欠かさず行っている」という。 一体となっている同地の日系団体。DF日系協会の梅田寛ワルデマル会長は「今回サンパウロの団体と交流が持てて本当に良かった。我々は非常にまと まっているが、世代の変わり目には問題が起きやすい。これからはサンパウロともっとコンタクトを取っていき、勉強させてもらえれば」と力を込めて話した。 (つづく、植木修平記者) 2012年10月20日付
【福岡発・吉永拓哉福岡支局長】今年9月に設立したばかりのブラジル福岡県人会県費留学生OB会から、福永ミルトン会長が来日。今月15日、福岡県庁で小川洋知事を表敬訪問した。 福永会長(49、3世)は1988年度の福岡県費留学生で、現在は同県人会副会長を務める。今年、福岡県人会では母県とのさらなる交流推進を図るため、同氏を会長に過去の福岡県費留学生211人でOB会を立ち上げた。 9月1日にサンパウロ市で開催された同OB会設立記念式典には小川知事も出席。OBらが小川知事を歓迎した。 15日、福岡県庁知事室を表敬訪問した福永会長に対し、小川知事は「この前はありがとうございました」と握手を求め、ブラジルでの思い出や来年福岡市で開催される海外福岡県人会世界大会について話した。 福永会長が「OB会が立ち上がったことで、これからは福岡にやって来る機会がたくさんできそうです」と述べると、小川知事は「県人会やOB会の皆様が『福岡に来てよかった』と言っていただけるよう私たちも工夫したい」と笑顔で答えた。 また、この日夜は福岡市内の料理屋で歓迎会が開かれ、新宮松比古福岡県国際交流センター理事長をはじめ福岡県海外移住家族会(武藤英治会長)ら20人が福永会長を囲んで歓談した。 2012年10月20日付
