ブラジル鹿児島県人会(園田昭憲会長)の創立99周年記念式典及び敬老慰安会が14日午前中、聖市パカエンブー区にある同県人会館で行われた。 同式典は来年100周年を迎える同県人会の前年祭とも言える催しで、会場には75歳以上の高齢会員約20人を含む会員約80人が出席した。 敬老会では、同県人会最高齢でイビウーナ在住の寺前スミさん(101)をはじめとする75歳以上の81人の名前が読み上げられた。また、出席した高齢者らは花と紅白まんじゅうを記念品として受け取り、満足そうな様子だった。 園田会長は先人の偉業をたたえ、出席した高齢者に「これからも楽しんで長生きして下さい」と言葉を掛けた。また小森広相談役は「鹿児島精神を持って『チェスト(気合を入れる時に使う鹿児島の方言)行け』で頑張ってもらいたい」と激励していた。 杉尾コトさん(93、姶良市)は「来年の100周年記念式典が楽しみなので頑張って生きたい」と意気込み、貞純吉さん(82、鹿児島)も「100周年も元気で来ます」とはつらつと話した。 その後、祝賀会が開かれ、同県人会元会長の岡元要一さんの音頭で乾杯し、食後には99周年のケーキ入刀も行われた。 なお、同県人会の100周年記念式典は来年10月に開催される予定。 2012年10月30日付
Dia: 30 de outubro de 2012
マラニョン州サンルイス市から約4時間、一行はバスに揺られバレリーニャス(レンソイス・マラニェンセス)に到着した。ふるさと巡りも4日目。これまで晴天に恵まれている。しかし、今年は同地は晴天に恵まれすぎて、大砂丘に神秘的な湖ができていないという。 残念で仕方ないが、なかなか個人では行くことができない大自然のツアーに、参加者のテンションは高まる。平均年齢70歳を超える一団が、四輪駆動 のTOYOTAの荷台に乗り込み、悪路にお尻を上下左右に揺らし、頭を天井に打ちつけながら13キロの砂漠を走り抜けた。今までのふるさと巡りにはない活 動的な体験だ。参加者は「今回の旅で一番の思い出は間違いなくこの凸凹だね」と笑いあっていた。 約1時間後、たどり着いた先には巨大な砂漠が広がり、参加者らはその美しさに息をのんだ。 水がないとはいえ、一面砂だらけという異様な環境に興奮したのか、走り回ったり、転げ落ちたりと皆一様にはしゃいでいる。砂漠という苛酷な環境な がら、シーツのように滑らかで美しい。水があったであろうと思われる谷の窪みには、うっすらと湿気を感じることができた。また、よく見ると小さな草が生え ている。砂漠の下には水が流れており、4日間雨が降り続くと、地下から水が現れるという。さらに、どこからか魚まで一緒に現れるというからなんとも不思議 な砂漠だ。 ただし、地球温暖化でジャングルが砂漠になっており、それが観光名所になっているのは何とも言いようがない。また、ブラジルで最も貧しい州がここ 20年で、バレリーニャスが世界的に有名な新たな観光地となり人々の生活を豊かにしているが、まだまだサンパウロと比べると極めて質素な生活をしている人 も見受けられた。 さて、ほとんどの参加者は水を見ないまでも、転げ回ったり、記念写真を撮影したりして満足していたが、はるか先に湖があるといううわさを耳にした 一部の参加者は極秘に湖まで向かったようで、後から、こっぴどく添乗員から説教されていたようだ。しかし、説教されてでも幻想的な湖を見られたことはうら やましい限り。この日は、耳や口の中まで砂だらけ。全員が疲れ果ててぐっすりと眠れたことだろう。 ところが、どんな砂漠の行軍だろうと、コロニアの高齢者の朝は早い。翌10月3日はレンソイス・マラニェンセスに続いて川下りだ。午前6時半に集 合と聞かされると、同6時にはほとんどの人が集まる。プレギッサの川下りを控えた朝、ホテルのロビーに集まった人たちからは「昨日は陸軍。今日は海軍」と...
昨年のフェスティバル・ド・ジャポン(日本祭り)にブースを出した「大創産業」が、ついにサンパウロに店舗を構える。日本祭りに出店して以降、「いつどこ に1号店が開店するのか」「こんな商品を取り扱ってほしい」などといったうわさ話を各所で耳にしてきた。同社のウェブサイトによると29日現在、南米には 出店していないようだ。安さと豊富な品ぞろえが受けて日本で人気の「100円ショップ」だが、現地の貨幣価値で考えると決して安価ではない国もある。それ でも諸外国で受け入れられているのには、何かしら理由があるのだろう。さて、ブラジルではどんな反応が見られるのだろうか。 2012年10月30日付
ニッケイ新聞 2012年10月27日付け 渦中のロードレース、あえなく中止に――。25日にあったブラジル日本都道府県人会連合会(園田昭憲会長)の定例代表者会議で、今年7月に初開催され、 17万レ以上の赤字を計上していた『日伯ロードレース』の第2回以降の継続実施が、反対多数で否決された。およそ1時間の議論のほとんどが反対の声で占め られ、肯定的な意見は執行部役員側からの1件のみに留まった。これを受けて園田会長は、「県人会の役割とは何か、という原点に立ち返って考え、今後も一生 懸命頑張りたい」と締めくくった。 ロードレース開催の是非に関する議論は前回、うやむやのまま先送りにされていた。注目された今会議では、日本祭りの一環事業として開催し、経費 を25万レ、収益を30万レと見積もった予算案が提示された。執行部のあやふやな説明と肯定意見の弱さに、諸会長からは否定的な声が続出した。 口火を切ったのは押切フラビオ氏(山形)。「先月あった『日本祭の関連とするのにふさわしいだけの意義を持ったイベントなのか』という議論はどうなったのか」と疑問の声を上げた。 執行部の市川利雄氏(富山)は「日本移民の原点であり、多くの日系商店や施設が立地するリベルダーデをコースの中心とすることで、日系社会の歴史を訪ねる意義が出来る。それだけでも関連イベントとするだけの根拠となる」と反論したが、むしろ反対意見の呼び水となった。 大西博巳氏(広島)は「文化の紹介をするわけでもなく、大きなお金が入るわけでもない。県人会の役に立つことをするのが県連の役割。市川さん 言っていることは、はっきり言って何の関係もない」とばっさり。大幅な損失を出したにも関わらず、具体的な補填案や役員の入れ替えなどの対策を講じない執 行部に対しても、「普通の企業であれば裁判沙汰になってもおかしくない。現実的に考えてスポンサーが集まるとも思えない」と苦言を呈した。 谷広海氏(宮崎)も「身の程を弁えた事業規模とは思えない」、矢野敬崇氏(大分)は組織のあり方を衣類の繊維に喩え、「縦の糸(母県、日本との つながり)と横の糸(県人会同士のつながり)を強めるイベントこそ価値がある。どちらにも該当しないことをやる必要はない」と難色を示した。 挙手により取られた決では、賛成票0の圧倒的反対多数で否決された。園田会長は「原点に立ち返って考え、役員一同頑張っていく」と話すととも に、「事業の失敗の責任は私にあると感じているが、辞めるつもりは全くない。しっかりと責任を果たす」と続投の意思を明確に示し、議論の幕を閉じた。
ニッケイ新聞 2012年10月27日付け 県連会議後の懇親会で聞いたある役員の話によると、フェスティバルの入場者数や出展規模は毎年大きくなっているが、2010年度が約40万レ、 11年度が30万レと収益は反比例して少なくなっているのだとか。追加してかかる経費が、入場料収入や出展料の増加分を大きく上回ってしまうという。ちな みに今会議で発表された12年度の黒字額は何と4万レ強。「想定外の」ロードレース赤字分がなかったとしても約20万。毎年10万レ単位で目減りしている ことになるが、来年は果たして…。
