06/03/2026

Dia: 16 de novembro de 2012

ニッケイ新聞 2012年11月13日付け 兵庫県神戸市にある「海外移住と文化の交流センター」(元移民収容所)では、11月1日から来年1月31日まで『教科書で見るブラジル日系社会の子弟教育展』を開催している。今年5~7月に行われた企画展『ブラジルの大地を拓いた日系人たち』では日系移民たちの農業分野の活躍を取り上げたのに対し、今回は「教育」をテーマに、戦後に使用された教科書等が展示される。「ジャポネス・ガランチード」の根幹にあるブラジルで行われた日本的教育を見直し、来場者にこれからの日本について考えてもらうことを目的としている。また同県西宮市でも、パラナ州ロンドリーナ市との友好提携35周年を記念した「2012ロンドリーナ週間」を同市役所本庁舎で開催中だ。同交流センターの中にある日伯協会(西村正理事長)の協力で、過去の特別展、企画展で展示されたパネルを使用するほか、今年はさらにロンドリーナ市をアピールする特別パネルを追加作成する意気込みをみせている。
沖縄県人会(与那嶺真次会長)主催の第3回カジマヤーと第8回ウチナー芝居が、4日午後2時から聖市リベルダーデ区の同県人会館で開催された。今年のカジマヤー該当者は9人だが、高齢のためこの日は本人の出席者は1人もおらず、その家族や各支部代表が感謝状と記念品を代理で受け取った。 カジマヤーは、97歳の高齢者を対象とした沖縄独特の祝い。カジマヤーは「風車」の沖縄方言で、「高齢者が子供に還る」との意味合いがあるそうだ。 今年の該当者は、次の9氏(敬称略、カッコ内は出身地と伯国支部名)。伊豆見さち(名護市、パトリアルカ)、平良朝進(具志川、カーザ・ベルデ)、国吉かず(本部町、サント・アンドレー)、金城トミ(糸満市、サンカエターノ)、松本よし(大宜味村、マリリア)、平良福信(名護市、リンス)、具志堅よし(八重瀬町、モジ・ダス・クルーゼス)、石川盛仁(名護市、ビラ・カロン)、亀谷タツ(今帰仁村、パトリアルカ)。 同催しでは開幕合同演奏に引き続き、与那嶺会長があいさつ。「9人のおじいさん、おばあさんがカジマヤーを迎え、最高の日だと思います」と対象者とその家族の貢献をたたえた。 「カジマヤー」担当の比嘉パウロ実行委員長のあいさつに続いて、「ウチナー芝居」の実行委員長を担当した具志堅シゲ子氏は「素晴らしいウチナーの伝統文化をお見せし、喜んでいただける舞台を企画しました」と述べ、同イベント実施の意義を説いた。 引き続き、カジマヤー対象者への感謝状と記念品がそれぞれ与那嶺会長から代理者へ手渡された。その後、舞台上では琉球舞踊をはじめ、2世たちが原稿を読みながら「ウチナーグチ(沖縄方言)」での発表を行った。また、人情喜劇「別れの煙」がサンマテウス支部関係者により披露された。 2012年11月15日付
兵庫県人会(尾西貞夫会長)は、17日に聖市リベルダーデ区の宮城県人会館(Rua Fagundes, 152)で行われる恒例の青葉祭り会場で、兵庫県特産の「兵庫のり」を特別販売する。 「兵庫のり」は、同県人会が活動資金作りのために母県や兵庫県漁業協同組合連合会の協力を得て仕入れたもの。特に、同漁協組合連合会は宣伝のために格安で卸しており、販売価格も通常より割安になっている。 販売されるのりは焼きのりで、1袋10帖入り。色が黒く、つやのあるおいしい極上もので、1袋18レアル(2袋購入の場合は35レアル)で販売する。 あまり知られていないが、兵庫県ののりの生産量は全国有数で、日本国内で生産される6枚に1枚は兵庫のりだといわれている。パリッとしてうまみが多く、手巻きずしに最適。 尾西会長は、「飛行機便で取り寄せたので新鮮で風味もあります。ぜひ、試してみてください」と購入を勧めている。なお、青葉祭りの営業時間は午前7時から午後3時半まで。 2012年11月15日付
17日(土曜日) 青葉祭りは、午前7時から聖市リベルダーデ区の宮城県人会館(Rua Fagundes, 152)で。 ◎ 故榊原久雄さんの個展は、午前10時から聖市ジャルジン・パウリスタ区の間部ジョーギャラリー(Av. Brigadeiro Luiz Antonio, 4225)で。 18日(日曜日) 祥 流吟剣詩舞大会は、午前10時から聖市ビラ・マリアーナ区の大阪なにわ会館(Rua Domingos de Morais, 1581)で。 ◎...
各都道府県紹介、日本食も販売 【アスンシオン発・毛利健人記者】パラグアイ日本都道府県人会連合会(パ県連、岸田省一会長)と在パラグアイ日本国大使館(神谷武特命全権大使) は10月26、27両日、アスンシオン市内の日本パラグアイ人づくりセンターで第3回日本パラグアイ交流展を開催した。同展は日パ両国の文化交流を目的 に、2008年より2年おきに開催されているもの。会場内では各都道府県紹介ブースのほか、日本食も振る舞われ、2日間で約1000人もの来場者を集め た。 26日午後7時より始まった開会式には来賓として坂本アウグスト進県連副会長、玉城道子青森県人会長がブラジルより訪れたほか、エルメリンダ・ア ルバレンガ教育省副大臣、ファレス・エイド在パ・レバノン大使、ルバロ・カステジョン在パ・チリ臨時代理大使、北中眞人JICAパラグアイ事務所所長らが 出席した。 初日、開会のあいさつに立った岸田会長は、「日本とパラグアイをつなぎたい。そして何かパラグアイに日系人が役に立ちたい」という思いがあったと述べ、同展開催に尽力した関係者たちに感謝を示した。 続いて神谷大使が祝辞を述べ、ステージイベントが行われた。オープニングにパラグアイの伝統楽器アルパと琴の合奏が行われたほか、安来節、居合道 などさまざまな演目が披露された。中でも、パラグアイ創価学会インターナショナルの子どもたちによる打楽器合奏が会場の耳目を集めていた。 2日目のステージイベントでは、鬼剣舞(おにけんばい)や太鼓演奏などが披露された。アスンシオン日本語学校の生徒たちが南中ソーランを踊った際には、満場の観客から大きな歓声が上がっていた。 常設ブースはJICAや現地企業のほか、北海道、岩手、新潟、群馬、東京、千葉、滋賀、兵庫、広島、香川、徳島の各都道県が設置。特に、群馬県 ブースでは、母県から送ってもらったという高崎だるまや桐生(きりゅう)織物などを展示し、来場者の関心を集めていた。同ブースで閲覧者に説明を行ってい た関ニルダ尚子さんは、「訪れたパラグアイ人から、展示物を売ってほしいと言われる」と話しており、好評の様子だった。 日本食ブースでは12種類の日本食を用意。とりわけ焼きそばの人気は高く、2日目は300食完売のために急きょ追加で100食を作るほどだった。そのほか、串かつやお好み焼きなども人気を集めていた。 会場は現地のパラグアイ人も数多く訪れた。アスンシオン市近郊在住のアナイ・ロペス・セミナラさんは同展を訪れて、「日本の自然を大切にする文化が好き。ぜひ日本に行ってみたくなった」と話していた。...
ニッケイ新聞 2012年11月14日付け  故郷巡り一行は9月30日朝10時には連邦直轄区の首都から155キロ、ゴイアス州のアナポリス日伯文化協会の会館に到着し、懇親会をした。同地への日本移民入植は、実は遷都のはるか以前から始まっており、歴史は意外に古い。  1929年9月19日付け伯剌西爾時報には「石橋恒四郎(つねしろう)その他の世話でアナポリスの官有地コンセッソンに7家族が入植」とあるからだ。  これが「セラード植民地」で翌30年には24家族、続いて31年には3家族が加わり、邦人34家族の集団地になったが、「コンセッソンの手続きに不備があり、近辺に土地を求めて移動した者が多かった」とある。  アナポリスは当時ゴヤス鉄道の終着点で、新開地の最前線だった。こうしてセラード植民地の入植者の一部が12キロ離れた所に改めて土地を買い、 カナ・ブラヴァ植民地を作った。この2カ所が同州日本人進出の嚆矢だ。「昭和十四(39)年八月には二十家族の集団地を成してゐた」(『日本人発展史』上 巻、1941年)とある。  平子喜三郎さんの息子、圭造さん(86、三重)はまさに生き字引だ。1928年に2歳で渡伯し、最初はリベイロン・プレット近くのサランジー駅 の外人耕地でコロノをやっていたが、1930年にアナポリス郡ネロポリスにカフェと米を作りに移転したというから、まさに草分けだ。  「当時20家族以上いて日本人会まで出来た。収穫はできても、近くに町がなくて販路がない。次第に半分ぐらいがサンパウロ、パラナへ移っていっ た。父は『サンパウロへ帰ってもしょうがない。辛抱だ』といってカフェ、ミーリョ、米を作った。51年に36キロ離れたアナポリスの町に出て精米所とか バールをやった」。  同地は日本人が少なかったため、平子さんは1回も日本語学校に行ったことがない。「ブラジリア建設が始まる前後から急に日本人が増えた」と記憶 する。「野菜の仲買を始め、63年に3人が集まって奔走し、会を新しく作りなおした。それから来年は50周年だ」。平子さんは創立に尽力した3人の一人で あり、会館が建てられるまでの26年間、集会場として自宅を提供した。  同文協の小冊子『30年の歩み』をまとめた村松仁志さん(71、福島)によれば、初代会長は森林久雄(もりばやし)さんで、66年には援協巡回 診療班が通い始め、移民60周年の68年からはバストスの伯光団が数年間、同地で連続公演しており、聖州とのつながりの深さを感じさせる。...
タグアチンガの会館には、日系DF文化協会の梅田寛ワルテル会長の姿もあった。会長職を10年も務めると同時に、連邦警察の国際警察(インタポール)部に勤務するエリートでもある。「つい先日も2週間訪日し、日伯の警察交流の打ち合わせをしてきたばかりだ」という梅田さんは、「日系社会全体の発展のために、県連がこのような懇親会を行い、交流を深めることは本当に重要だ」と高く評価した。日本国大使館の片山幹雄一等書記官も出席し、「ブラジリアは世界遺産になっただけあって、素晴らしく計画的な都市。世界に類がないそんな町で、日系の皆さんは活躍されている」と語った。最後に有志が炭坑節を輪になって踊り「ふるさと」を歌って、懇親会は午後9時に閉会した。 ☆   ☆ 翌30日朝、首都から155キロ離れたアナポリスでの交流会にバスで向かう途上、ガイドのジョアン・パリトーさんは、再び博学ぶりをみせ、遷都にいたる歴史を説明し始めた。最初に内陸遷都を提唱したのは、ポルトガルの植民地だった1821年、サンパウロ臨時政府のジョゼ・ボニファシオ副頭領だった。翌年に独立宣言、1823年の憲法制定議会でボニファシオは新首都の名として「ブラジリア」をすでに提案していた。つまり、海岸都市リオが船による敵襲に脆弱であるとの観点と、大陸的国家の均等な発展という見地から、内陸の中心部に移転させるという考え方は、伯国独立と同じぐらい古くからあった。遷都という国防・産業上の合理的なアイデアに、宗教的な確信を与えたのは、カトリック教サレジオ会の創始者、イタリア人神父ドン・ヨハネ・ボスコだった。1883年に同神父が夢の中で出会った青年から「中央高原に新しい都市が出現する」ことを知らされたとの逸話だ。ドン・ボスコの預言には「南緯15度と20度の間に大きな湖が形成され、(中略)、大きな鉱床があり、川底を掘ると牛乳と蜂蜜があふれ出て、穀物の無限の宝庫となり、カナンの地が出現し、人類の新しい文明が生れるであろう」とある。その中で、遷都実現の時期は「二世代後」となっており、『ブ五十周年』では「一世代が60年だと計算すれば、二世代目は1944~2003年まで」(91頁)と計算する。確かに、この間に、まさにその南緯に遷都は実行され、エジプト神話の鳥イビスを思わせる都市計画の中には「大きな湖」が堰きとめて作られた。思えば、北伯にはカラジャス鉱山という「大きな鉱床」が採掘され始め、「川底」ならぬ大西洋の海底からは岩塩層下油田という「蜜」が次々に見つかり、日本移民が先導したセラード開発で当地は「穀物の無限の宝庫」となった。二世代後の最終年にルーラ大統領が就任し、BRICsと呼ばれて世界の注目を集める新興国に変貌した。預言をしたのが有名なイタリア人神父、遷都を実行したのが歴代の中でも1、2位を争う人気大統領。首都計画案を公募した時、なみいる外国の有名建築家の高価な模型と精巧な設計図を抑えて、審査員が全員一致で承認したプランは、ルシオ・コスタが前夜の真夜中に霊感をえて、たまたまそこにあった新聞紙に殴り書きした手書きの図面だった。それをオスカー・ニーマイヤーが建築家として具体化した。まさにカリスマや伝説的逸話のオンパレード、そのまま伯国建設の国家神話の世界だ。神話に彩られた首都が「人類の新しい文明を生む」のは、きっと次の世代だろう。遷都構想には、欧州文明への劣等感に苛まれていたブラジル人が熱望していた新大陸ならではの神話創造という想いが込められていたに違いない。そして、百年単位でみると徐々に具現化しつつあることがわかる。〃神話〃に加わった聖州等の日系二世、戦後移民らの存在も見逃せない。海岸線にへばり付くようにわずかな平地に密集する首都リオを反面教師とする、まっ平らな高原に作られた新首都は、それまでの伝統を完全に無視したものになった。(つづく、深沢正雪記者) 写真=最後に全員で「ふるさと」を合唱 この連載はこちらでご覧になれます。http://www.nikkeyshimbun.com.br/2012/2012rensai-fukasawa9.html
ニッケイ新聞 2012年11月13日付け  兵庫県神戸市にある「海外移住と文化の交流センター」(元移民収容所)では、11月1日から来年1月31日まで『教科書で見るブラジル日系社会の子弟教育展』を開催している。  今年5~7月に行われた企画展『ブラジルの大地を拓いた日系人たち』では日系移民たちの農業分野の活躍を取り上げたのに対し、今回は「教育」をテーマに、戦後に使用された教科書等が展示される。  「ジャポネス・ガランチード」の根幹にあるブラジルで行われた日本的教育を見直し、来場者にこれからの日本について考えてもらうことを目的としている。  また同県西宮市でも、パラナ州ロンドリーナ市との友好提携35周年を記念した「2012ロンドリーナ週間」を同市役所本庁舎で開催中だ。  同交流センターの中にある日伯協会(西村正理事長)の協力で、過去の特別展、企画展で展示されたパネルを使用するほか、今年はさらにロンドリーナ市をアピールする特別パネルを追加作成する意気込みをみせている。